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暗黒時代24

「痛い、わかったから、腕引っ張らないでッ」

 ウルクナルの悲鳴が昼下がりの王都に轟く、トートスの森から帰ってきたばかりの彼の腕を掴んで離さないのは、マシューとサラだ。二人は、昨日の夜から妙に興奮していて、瞳を爛々と輝かせている。ウルクナルがモルモットにでも見えているかのような視線を送っていた。

 討伐した魔物の換金はバルクに任せ、二人はウルクナルを商館へと引き摺っていく。大扉を潜ると、ナタリアが普段と変わらぬ様子で現れる。

「ナタリア、最高ランクの魔力検査を頼みたいんです。お願いできますか?」

「はい、構いませんが。……お高いですよ?」

「これで足りますか?」


 マシューが差し出したのは、琥珀色に輝く硝子質の物体。魔結晶を加工して硬貨にした金貨百枚分の価値がある宝石貨だ。周りを行き交う商館利用者が、驚きと溜息でその光景を遠巻きに眺めていた。

「お預かりいたします。どなたが被験者に?」

「ウルクナルを」

「かしこまりました。こちらへ」

 恭しく一礼したナタリアは、キュッと踵を鳴らして方向転換すると、速足でフロアを進む。

「レベル三魔力検査の依頼です。機材の準備をお願いします」

『はい』

 ナタリアが指令を出すと、彼女の部下のエルフ達が機敏に動き、一階の奥に姿を消していく。どこか只ならぬ雰囲気に、ウルクナルは目をキョロキョロさせていた。


「マシュー、検査って何をするの?」

「大丈夫ですよ、ウルクナル」

「サ、サラ、検査って血液採取だよね? そんなに痛くないよね?」

「大丈夫、大丈夫」

「…………」

 生粋の研究者である二人は、ウルクナルと視線を合わそうとはしなかった。各自の両腕で、ウルクナルの腕を片腕ずつ抱き寄せる。まるで、彼を逃がさない為に、拘束しているようではないか。

「行きましょう、ウルクナル。簡単な検査です。大丈夫ですから」

「普通の検査だよ。痛くない、痛くない」


「嫌だ、絶対に嫌だ! 離して!」

 ウルクナルの悲痛な抗議も空しく、彼は仲間二人に拘束され、商館の奥へと引っ張られていく。ウルクナルが、簡単で普通で大丈夫で痛くない検査から解放されたのは、街の明かりが消えた深夜。彼の両目は真っ赤に泣き腫れ、幾筋もの涙が伝った痕が頬に残されていた。

「大丈夫か、ウルクナル」

「もうやだ、マシューもサラも嫌い」

 商会三階、いつもの場所で、ウルクナルとバルクは酒を飲み食事をしていた。ただ普段と違い、ウルクナルが強い酒を飲んで泥酔している。呂律も怪しい。辛い記憶を消し去りたいのだろう。それだけ、レベル三魔力検査が酷な内容だったのだ。


「何やられたんだ?」

「色々、もうやだ」

 気になるバルクが尋ねてもずっとこの調子。その後まもなく、酔い潰れてうたた寝を始めるウルクナルだった。

「マシューにサラ。流石にウルクナルがかわいそうなんだが?」

「……そうですね」

「……ええ」

 上の空の研究者二人、テーブルには山と積まれた書類。書類には、レベル三魔力検査によって判明したウルクナルの検査結果がびっしりと書き込まれている。二人は早々に食事を済ませ、その書類の束を絵本でも読むかの如く消化していた。驚異的な速読スキルと集中力だ。それだけ、魅力的な内容なのだろう。


そして、書類は現在も増殖を続けている。二階のオフィスから商館職員達が書類を絶え間なく運びこんでくるのだ。

「――で、どんな結果だったんだ?」

 口で避難しても、結果は気になるバルクだった。

「まだ全部目を通してないので断言できませんが。なぜ、ウルクナルが魔力四千を体内に宿しているにも関わらず、系統魔法への適性が皆無なのか、その理由が判明するかもしれません」

「しかも、それだけじゃないの。この検査結果を元にすれば、途轍もなく強力で新しい魔法が開発できる、かもしれない」

「新しい魔法って、どんな魔法なんだ?」

「構想段階で、何とも言えないんだけど。既存の魔法とは違ったユニークで誰も考えつかないような魔法。……でもそれは、私の妄想の域を出ない。今すぐ使える応用方法としては、ウルクナルの魔力を代価に、私が魔力消費零で魔法を行使するとか!」


「……それって」

 バルクは何故、サラがここまで熱狂しているのか漸く理解できた。

「そう! 私は四系統全ての魔法が扱える。そこにウルクナルの魔力量四千が加われば、擬似的にだけど、魔導師の条件を満たしてる! トートス王国に、事実上三人目の魔導師、史上初のエルフの魔導師が誕生するの! ……非公式だけどね」

 知る者は非常に少ないが、他人の魔力を自分のものとして魔法を行使するのは、熟練した魔法使いならば比較的容易なことだ。ただ、誰もそれを行おうとはしない。何故なら、とても非効率だからだ。他人の魔力で魔法を発動させる場合、魔力消費量が倍になる。


サラが昨日森で行使したファイアーボーンの消費量は百四十。他者からの魔力提供で魔法を行使する場合、二百八十もの魔力を消費しなければ、同じ魔法が発動しないのだ。そんなことを実験やお遊びで行うならまだしも、実戦でやれば自殺行為に他ならない。

 通常ならば。

ウルクナルの魔力量は異常。消費量二倍の制約を物ともせずに初級中級魔法を連発できる。余力があれば、魔力消費量一千の上級魔法ですら実戦中に手を出せるのだ。

「そんな夢物語が、現実のものになる可能性が高いって、この紙の束には書かれている。私達が夢中になってる理由がわかった?」

「わかったが……。続きは明日にしないか? 俺もう眠いんだけど」

「冗談言わないで」

「冗談言わないでください」

 彼らは口を揃えて言う「どうせ眠れない」と。


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