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暗黒時代23

「どうぞ、焼けましたよ」

「…………」

「食べないと、この先倒れますよ?」

「……食べるから、食べるから、もう少しだけ待って」

「じゃあ、ここに置いときますね」

 太陽はすっかり沈み、トートスの森浅瀬での夜は更けて行く。サラの魔法によって火を熾し、その周囲をエルフリードの面々が囲む。今日はここで夜を越すのだ。

解体した魔物の肉を枝に刺し、焚き火の回りの地面に突き刺さしている。ブラックベアーの串焼きだ。つい数カ月前、一本銀貨二十枚で売られていた高級串焼きである。現在は一本銅貨二十枚。すっかり庶民の味になってしまったブラックベアーだ。


「マシューの新型銃は使えるな。これがあれば、Gランク冒険者だってゴブリンソルジャーやブラックベアーが簡単に倒せる」

 ウルクナルが熊の手に齧りつきながら、銃を褒める。胴当てだったにも関わらず、ブラックベアーを一撃で葬ったのが衝撃的だったらしい。 

「だよな。こんなのが大量に売られたら、俺達の仕事が無くなる」

 バルクとウルクナルのぼやきにマシューが反応した。

「新型ライフル銃の大量生産なんて、まだ無理ですよ。剣や盾と違って壊れやすく、構造が複雑ですからね。先ずは製法を教え、鍛冶師を教育する段階から始めないといけません」

「ほー。そんなに造るのが大変なのか、銃は」

「それもありますが、銃が何なのか、誰も一切知らないんです。なので、最初に概念の説明から始める必要があります」


「マシューが俺達にしてくれたような説明か、懐かしいな」

「ええ。ウルクナルとマシュー、それにゴードの親方、皆さんが頭の柔軟な方で本当に助かっています。鍛冶師には頑固な方が多いと聞きますから、銃製造が行える技術レベルの職人を説得するのは厳しいでしょうね。ですから、銃専門の鍛冶師として一から育成していくのが一番早い、急がば回れ、困ったものですよ」

 ここで言葉を区切ると、マシューは焼けた肉を口に運ぶ。水分も補給して、話を続けた。

「一つ、商売を考えたんですけど……。聞きます?」

「商売? どんな?」

「銃を売るんです。それも高額な値段で」

 ウルクナルは、そういう難しい話はバルクに任せたと、短剣と枝を手に、火の前から立ち上がり、肉の塊の前に座る。ウルクナルの目の前には、ブラックベアー二頭分の肉が鎮座していて。隣には、ブラックベアーの証明部位である舌がたんまりと詰まった革袋が無造作に転がっていた。

「幾らで? どこで売るんだ?」


「値段は、新型銃を金貨百枚。旧型銃を金貨四十枚。場所は親方の店の一部を借りて」

「場所の話は一旦置いとくとして、……新型の方、値段が高すぎないか?」

「いいえ、そんなことはありません。むしろ安過ぎるくらいかと」

「どうしてだ?」

 マシューは新型銃を持って力説。熱意と勝機をバルクに伝えようと必死だ。

「考えてもみてくださいよ。この銃を金貨百枚払って手に入れれば、後は森に入って魔物を撃ち殺す。それだけでEランク冒険者はDランクに仲間入りです。近頃は、昇格条件の魔物であるブラックベアーが大量発生して、獲物は事欠きません。しかし、レベル十後半のEランク冒険者ではそう簡単にブラックベアーを斃せない、刺し違える覚悟が有れば別ですが。……銃で魔物を斃し、商会から報奨金を受け取れば、昇格もでき、金貨百枚なんてあっと言う間に元が取れてしまいます!」

 バルクは、足りないことを自覚している頭で粗がないか探す。


「新型と旧型、一丁売れたとして、それぞれの利益は?」

「新型が金貨八十枚、旧型が金貨二十五枚です」

「んー。そりゃ魅力的だな、確かに。……旧型で銃とは何かを知って、新型を買ってもらう為の撒き餌にする訳か」

「はい。そうです」

「……新型一本で商売しないか?」

「どうしてですか?」

 バルクの思いがけない提案に、マシューは興味津々だ。

「銃は大量生産できないんだろ? となれば、利益率の大きな新型一つに生産力を集中した方が多くの金を稼げる」

「ですが、見たことも聞いたこともない武器に、ターゲットのEランク冒険者達が金貨百枚払って買ってくれますかね。値下げですか?」


「いや、貸し出すんだ。一日、金貨数枚で。それで、見事銃でブラックベアーを撃ち殺し、Dランクに昇格した場合は、追加で俺達に金貨百枚を支払って必ず銃を買い取ってもらう。そんな契約を、商会を仲介して交わせばいい」

 マシューはバルクの話に聞き入っていた。

「……命は金よりも大切だ。銃の有用性を一度知れば金貨百枚、ポンと払うだろう。新型銃ってのは、それぐらい魅力的な代物だからな。どうだ?」

「たしかにその手がありました」

 盲点だったと、マシューは顔を綻ばせて考えをまとめる。手帳を取り出し、ペンを走らせた。二ページが文字でびっしり埋まった頃、マシューはペンを止める。

「バルク、これは素晴らしい提案です。特に契約の際、商会へ支払わなければならない仲介料すら計算に入っている辺り、お見事としか言えません」

「照れるな」


「ざっと計算した限りですが、現在の設備で一週間フル生産した場合、新型銃は十から十五丁製造できます。一カ月なら、休息と大まかなふどまりも考慮して……。三十丁は確実です!」

「三十かー。皮算用だが全て捌ければ宝石貨三十枚から原価を引いて、宝石貨二十四枚、二千四百万ソル……大金だな」

 バルクとマシューが金儲けに頭を働かせている一方で、ウルクナルは顎を働かせていた。焼き過ぎて、表面が炭化していたが、彼はお構いなしにもっさもっさ。大口を開けて、拳大はある肉を一個、二個、三個と胃袋に収めた。次の串を持つ。

「サラ、お前は食わないのか?」

「……、食べる、食べるから、もう少し時間をちょうだい」

「これ以上待ったら、肉が炭になるぞ?」


 サラは水を飲むばかりで、まだ一口も肉を食べていなかった。串を手に取る度に、グロテスクな臓物に塗れた魔物の死体が頭をよぎるのだろう。彼女は両膝を抱え、火を見詰めるばかりで、手を伸ばそうとはしない。

 このまま放置していても彼女は食べそうにないので、ウルクナルは一つの肉を半分に裂き、強引に彼女の口の中へ手で押し込んだ。

「むぐッ」

「食え、食わないと明日死ぬぞ?」

「んー、んッ」

 サラの抗議などお構いなしに、ウルクナルは顎を手で押さえ、強引に咀嚼させる。彼女は初めこそ抵抗していたものの、ウルクナルの外見に見合わない腕力に抵抗するだけ無駄と諦め、次第に大人しくなった。同時に、肉が想像よりもずっと美味しかったのだろう。


 朝から晩まで森の中を歩き通し、魔力も枯渇気味、これで腹が空かないわけがない。高級食材のブラックベアーの肉が美味しくないはずがなかった。肉を嚥下する。

「どうだ」

「……美味しい」

「だろ? 沢山食え、肉は串焼き千本分ある」

「うん」

 しばらくの間、無言の食事が続く。一度、魔法使いであるサラに聞いてみたいことがあったウルクナル。食事が一段落するのを待って、彼女に話しかけた。

「なあ、サラ。魔法関係のことで質問なんだけどさ」

「何でも聞いて! 魔法のことだったら大概は答えられると思うから」


「……魔力は有っても、系統に一つも適性がない場合って、魔法は使えないのか?」

「現在の書物に書かれている文章には、不可能だと明記されてる」

「やっぱりそうか」

たいした期待もしていなかったが、本物の魔法使いに否定されると、ズンと心が沈む。気の済んだウルクナルは、早々と話題を変えようとするが、彼女は衝撃的な言葉を紡ぐ。

「でも、可能性は残されていると思う。少なくとも可能性零は絶対にありえない」

「え?」

「魔法の学問書って、コロコロ内容が変化するの。それも数年で。本を何冊も丸暗記していると、数年後に改訂版が出版されて、記述内容が丸っきり逆になっていたことが結構あった。だから、本に書いてあったから不可能だとか安直に断言することはできない」

「魔法って相当いい加減なんだな」


「そう、いい加減なのよ。まだまだ発展途上の学問だから。……だからこそ、可能性に満ちていて、新しい発見が星の数程埋もれているって証拠でもあるんだけどね」

 目を輝かせ魔法の魅力を語るサラに反して、ウルクナルの表情は暗い。

(また……中途半端な。どうして、魔法が使えないなら使えないで、絶対に無理って断言してくれないんだ?)

 再び生殺しの気分を味わい、理性の鎖が一本弾け飛んだ。鈍感なウルクナルでも、流石に自制していた質問をサラへと投げることにする。

「もう一つ、質問があるんだけどさ」

「なになに?」

「俺って、魔力が四千も有るのに、どうして系統魔法に一つも適性がないんだと思う?」

「は?」

「それは本当ですか、ウルクナル」


 ウルクナルは、エルフリードの面々が集う野営の場に、爆弾を投下してしまう。

「よ、四千!? 四十じゃなくて?」

「うん、四千。ほら」

 訳が解らないと聞き返すサラに、ウルクナルは証拠を渡す。

それは数週間前に行った魔力検査の簡易結果報告書だ。前回の検査から相当レベルが上昇したので。何か系統魔法が使えるようになったかもしれない、という期待を込めて検査に臨んだのである。しかし結果は、想像の斜め上を行っていた。相変わらず系統魔法に一切の適性が無かったにも関わらず、魔力量のみが、前回の二千五百から千五百も増加していたのである。


彼女はその書類をひったくり、鬼の形相で文章に齧り付く。バルクとの会話を終えたマシューも興味深そうに、身体を傾かせて背後から覗き、書類を注意深く読んだ。

「信じらんない。こんなことってありえるのッ!?」

「これは、非常に珍しい」

 努力の天才と発想の天才。畑は違えど、二人の天才が同時に驚愕し、ウルクナルの特異な体質に興味を示す。二人はじっくりと何度も書類を読み返し、情報を整理、有り余る知識を紡ぎ合わせ、仮説の構築を試みる。

「何か、大変なことになってきたな」

「どうしよ、マシューとサラが燃えている」

 空が明らんで行った。


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