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暗黒時代4

 数週間後。

「ナタリア、ウルクナルに魔力検査を頼む」

「……構いませんが、ご存じの通り料金は高いですよ? エルフの魔法への適性確率は低いですし」

 ウルクナルとカルロは、商会のソファ席でナタリアと会談していた。カルロの言葉に彼女は怪訝気味だ。当の本人ウルクナルは、井戸水とは比べ物にならない透明な水を何度も飲み干していた。

「端から駄目もとだ。……これで足りるよな?」

 そう言ってカルロが懐から取り出したのは、黄金に輝く円形の板。

一万ソル硬貨、金貨だった。


「新米冒険者への先行投資にしては気前が良過ぎると思いますが?」

「半分は、ウルクナルの金だ。それに出世したら十倍にして返すらしい」

 カルロは隣に座るウルクナルを指差して頬を吊り上げる。ナタリアは溜息を吐くと、ベテラン冒険者の口車に乗せられている哀れな新米冒険者と話す。

「Gランク冒険者に銀貨五十枚は大金です。お金の大切さはあなた自身が一番痛感しているはずですよね? こんなギャンブルに費やすよりも貯金の方が利口だと思いますよ?」

「まあ、そうなんだけど。やっぱり気になって、俺に魔法適性が有るのか無いのか。仕事中もそのこと考えちゃって足元が疎かに……」


「こいつ昨日、魔法適性の事考えすぎて、下水掃除中に足元滑らせてドブ川に頭から突っ込んだんだよ」

 カルロは目元と頬を歪め笑うのを必死に堪えているが、そう長くは持たないだろう。

下水道のドブ川に落ちたウルクナルは、その後も城壁外の川で水浴びして、汚れを洗い流した程度だったようで、昨日の訓練では強烈な異臭を纏ったウルクナルが城門側の広場に現れた。

曰く、身体から匂いが取れず、夜も眠れなかったらしい。

その日の訓練は急遽取り止め、カルロに公共浴場へと連れて行かれたウルクナルは、消臭効果のある特別製の薬湯に二時間も漬け込まれた。

「本当に、酷い目にあった」

「ふぶっ」


 遂に我慢の限界を迎えたカルロが噴き出す。口に含んでいた水を盛大に吐きだした。

「汚ねッ⁉」

「悪い、悪い」

 そんなやり取りを見ていたナタリアは溜息を一つすると、小さく手を上げた。

直後。恐らく彼女の部下なのだろう、小奇麗な礼服に身を包んだ一人の幼いエルフが飛んできて、カルロが噴き出した水を空布巾で丁寧に拭き取り、水浸しになったクッションを抱えて商館の奥に引っ込んだ。

「分かりました。もう何も言いません。魔力検査の件、商会が承らせていただきます」

「おう、頼む」


 カルロは踏ん反り返って、水をもう一杯。

 一方ウルクナルは、どこかソワソワしていた。自分の魔法への適性に絶望視しつつも、もしかしたらという期待が捨てきれないのだ。

金貨を手に取ったナタリアは優雅に一礼して、フロアの奥へと下がる。準備に時間を要するらしく、二人はすることもないのでボーっと商館に訪れる人々を眺めていた。事前に予約していた方が、待ち時間なくスムーズに検査を始められるらしい。検査一回に金貨一枚も掛かるのだから色々と準備があるのだろう。

「なあ、カルロの魔力適性ってどうだったんだ?」

「ひっでーもんだった」


「……そっか」

 カルロの一言で全てを察したウルクナルは口を噤む。二人に会話はなかった。

「お待たせしました」

「待たされた」

 と、カルロが呟くと、ナタリアは眉間に皺を寄せる。

「……申し訳ございません。事前予約も無しにいきなり来られましたので、少々手間取ってしまいましたっ!」

 何やら奇妙な機材を抱えてナタリアが現れたのは、最後の会話から数えて、商会利用者が五百名に達した頃だ。冒険者コンビは、だらしなくソファにもたれ、サービスの水を飲み続けていた。

「それでは、ウルクナル様。腕を」

「腕?」


「はい、袖もまくってください」

 疑問に思いつつも、ウルクナルは素直に腕を差し出す。ナタリアが濡れた白い綿で左腕を拭うと、途端に腕がスースーとして冷たくなった。隣を向くと、カルロの目が笑っている。彼の笑みに、強い危機感を覚えたウルクナル。彼の予感は的中し、突如腕に激痛が。

「痛ッ」

 見ると、銀色の細い針が腕に突き刺さっていて、その後方に付けられたガラス製の容器に自分の血液が吸い込まれていく。ウルクナルは、自分の血液が赤色なのだと初めて知った。

「動かないで下さい。針が折れて死にますよ」

 ナタリアの死ぬとのフレーズに、ウルクナルは青ざめて硬直する。採血は十秒足らずで終了。涙目のウルクナルは、慎重な手付きで袖を直すとカルロに恨みの籠った視線を投げる。彼の愉快そうな面に拳を突き立てたくなってしまうのであった。


「もうしばらくお待ちください」

 ナタリアは採血した血液を持ち運んできた機材に注入する。機材は何やら騒がしい音を立てていたが、数分で静かになった。

「出ました」

 ナタリアは、ペンを持ってカリカリと書きこんでいた手帳のページを破き、ウルクナルに手渡す。

「正式な検査結果をこの後まとめてお渡ししますので、今しばらくお待ちください」

 早口で言うと、ナタリアは機材を抱えて奥に消えた。

「何これ」

 ウルクナルは手渡された紙に目を落としてみたが、記号やら良く分からない数字やらが羅列していて意味を理解できない。

「どれ、見せてみろ」


 と、横からカルロが手を伸ばして紙を引き抜く。紙に記された数値を見た途端、カルロの表情が急激に硬化する。

「こりゃあ、変だな……」

「何が変なんだよ! 俺にも教えろ!」

「俺も教えたいんだが、お前、商会の魔法講座初級編って受けたか?」

「魔法講座? ああ、銀貨十枚の? 銀貨が勿体なくて、まだ」

「お前なあ……。まあ人のことは言えんな、俺もそうだったし」

 カルロは昔を懐かしみ遠い目をするが、ウルクナルとしては早く結果を聞きたくて堪らない。明快な回答を求めた。


「なあ、カルロ。俺は頭が良くないから詳しい説明をしてもらっても理解できる自信がない。俺には魔力が有ったのか、無かったのか。それを教えてくれ」

「そうだな。――端的に言えばお前には魔力がある。それも莫大な量だ。単純な比較なら、城仕えの上級魔法使いレベルだ」

「それって、俺が魔法を使えるってことかッ!?」

実戦で実用に耐えうる程の魔力を有している人材は人間でも稀だ。種族的に魔法が不得手なエルフならなお更少ない。ウルクナルの魔力は二千五百。数値的には上級魔法使い並みの魔力量だ。レベル一の冒険者に二千五百もの莫大な魔力が宿っていること自体が、奇妙で奇天烈だった。

 カルロは、機材の故障を真っ先に疑ったが、几帳面で正直者のナタリアが嘘を吐けるはずがない。間違いなく、ウルクナルは途方もない魔力を体内に秘めている。

 ただ、ウルクナルの魔法適性には一つ、致命的な欠陥があった。

「いや、お前に魔法は使えない」


「え、どうしてだ? 俺には結構な量の魔力があるんだろ?」

「確かに魔力は具わっている。だが、系統魔法への適性が皆無だ。よって魔法が使えない。膨大な魔力が宝の持ち腐れだな、こりゃ」


 魔法には火土水風と四つの系統が存在する。火なら火柱を立て、水なら水流を操るなど、魔法はその属性に沿った現象しか引き起こすことができない、とされている。

 大概の魔法使いは、四系統の内で一系統の魔法しか操れず。魔力消費量の低い低級魔法であっても、十回行使すれば魔力切れを起こして行動不能に陥る。そんな魔法使いをここでは低級魔法使いと呼ぶ。一方のエリート、上級魔法使いの条件は、最低三系統の魔法を操り、かつ千以上の魔力を有する、とある。

 ウルクナルの魔力二千五百という数値は、最も低燃費な上級魔法を五回行使可能な魔力量。


 日に数回しか上級魔法を使えないというのは、いささか心許なく感じられてしまうが、ワンランク下の中級魔法なら最大二十五回は発動可能だ。その更に下の低級魔法ならば、最大で二百五十回。

 大抵のモンスターなら中級魔法一撃で、二匹から三匹はまとめて屠れる。

 上級魔法なんてものは、ドラゴンでも現れない限り使うタイミングが殆どない。

 もし、ウルクナルに一系統だけでも適性があったなら、各方面からの引く手数多間違いなし。本人が希望さえすれば、嫌われ者のエルフであっても、トートス王国一の魔法の名門、魔法学術院に推薦で入門できただろう。

 それだけ、レベル一のエルフが、二千五百という魔力を備えていることは異常なのだ。

ちなみに、古くから魔力を完全に消費し切ると人は死ぬと考えられている。

これは迷信の類であるとほぼ確定しているのだが、魔法使いは非常に保守的な生物。古くからの慣習や言い伝えを厳守し、かつ頑固で偏屈な人物が多く、現在でも魔力の完全消費は禁忌であると定められているのだった。

「……つまり、どういうことなんだ? 魔力があるのに、魔法が使えない?」

 ウルクナルが持つ魔法の才能は極めて歪なのである。

「ああ。使えない。魔力が有っても、お前は火や水を操れない。そういう体質のようだ」

「…………」


 ウルクナルは両手で顔を覆い隠し、身体を縮める。誰から見ても彼は深く落ち込んでいた。無理もない。どうせ魔法が使えないのなら、魔力なんて要らなかった。中途半端な才能があるせいで、踏ん切りがつかないのだ。無いなら無いとハッキリ明瞭に、単純であって欲しかった。

「そんな落ち込むなよ。駄目で元々だったじゃねえか、な?」

「うん」

「そうだ。今日はもう仕事入ってないんだよな? 飯でも食いに行こうぜ、値は張るが良い店知っているんだ。おごってやるからよ」


 カルロはウルクナルの肩を寄せ、励ますように言い聞かせる。ウルクナルは小さく頭を上下させて同意を示す。が、ショックからまだ立ち直れていないらしく、ソファから立とうとはしない。ナタリアが、検査の詳細なデータをまとめた書類を持ってくるまでの間、カルロは彼を励まし続ける。

 ナタリアに礼を言って、カルロ達は繁華街へと繰り出した。

「ここだ」

「高そー。というか、俺達エルフが入っても平気な店なのか?」

「大丈夫だ。この店は、少し変わっているからな。当然、味は保証する」

 二人が訪れたのは、王都トートスの西部にある隠れ家的な佇まいの料亭だ。ここは、エルフの出入りが許可されている王都唯一の高級料理屋だったりする。

 店名はシルバーフォレスト。王都でも屈指の老舗だ。


「うめー。こんな美味い物を食べたのは生まれて初めてだ」

「おい、おい。お前、さっきから高い料理しか食ってねえだろ。少しは遠慮ってものをだな――」

 提供される料理は、どれも珍味ばかり。肉汁滴るワイバーンの肉は、それはもう絶品で、一皿乾パン三カ月分の値段なのにも関わらず。躊躇なくお代りを注文してしまった。他人の金で喰う飯は美味いのでいたしかたない。

 魔力検査の深い悲しみは、これまで口にした中で最高の料理と、美味い酒によって綺麗に洗い流すことにしたウルクナル。みるみると溶ける銀貨に渋い顔をするカルロを無視して、おごるという証言を盾に、超が付く高い料理をここぞとばかりに注文するウルクナルだった。



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