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暗黒時代21

 彼女は年齢十六歳のエルフの少女で、魔法使い、魔法を扱う才能があるらしい。彼女はゆったりとした黒のローブに、つばの広いとんがり黒帽子を被っている。

 短めの黒髪は癖のないストレート、キラリと輝く気の強そうな瞳、背はウルクナルよりもわずかに高く、はためくローブから覗く足はスラリと長い。全体的にスレンダーな少女のエルフだ。

「何でまたエルフリードに?」

 ウルクナルの質問に、彼女は迷いなく返した。

「王都の冒険者パーティの中でも屈指の有望株だから」


「急成長しているパーティなら他にもあるだろ」

「そうね、でも、どうせ私は入れてもらえない。エルフだから。屈指というのは訂正する、私にとっては王都一の有望株よ。戦闘に向かないと言われているエルフだけで構成されたパーティが、ここまでの名声を勝ち得ているのは異常だもの。エルフの私は、当然エルフリードを選択する」

 サラはハキハキと早口で受け答えする。彼女からは強い決意がヒシヒシと滲み出ていて、実に諦めが悪そうだ。一回断わったくらいでは諦めてはくれないだろう。ストーカーと化すかもしれない。

 二人が決めかねていると、落ち込んでいたマシューが口を開く。

「そのローブ。もしかして、セントールの魔法学術院に通っていました?」

「――っ! ……よく知っているのね。そう、私は才能ある魔法使いしか入学を許されない名門、魔法学術院の生徒だった」


「何か、マシューが恐い」

「あのマシューの目は、実験に使うネズミに向ける目だ」

ウルクナルとバルクには、今のマシューの瞳が非常に恐ろしく感じられた。

マシューは、魔法に関する知識も持ち合せているらしい。無学組には出来ない鋭利な質問を投じ、彼女を見極めようとしているようだ。彼の判断基準はズバリ、自分達にとって有用かどうかである。

「冒険者ランクは?」

「E。在学中に取得した」

「冒険者基礎教練講座は受講しました?」

「当然! アレを受けないで狩りに出かけるなんて愚か者のすることね」

「…………」

「…………」


 押し黙る愚か者二名。マシューの質問攻めは続く。

「使える系統魔法の種類は?」

「四系統全部よ。火、土、水、風。使用可能な魔法のレパートリーは数百種類ある」

「すげー」

 羨むウルクナル。カルロと費用を折半して行った魔力検査が脳裏に浮かぶ。

「……四系統全て、ですか。信じていない訳ではないのですが、念の為、各系統の初級魔法を実演してもらえませんか?」

「もちろん」

 了承したサラはローブ中のホルスターから古びた一本の棒を取り出す。杖だ。魔法使いが手にした時だけ、あの古びた棒切れは杖へと化ける。

杖を構えた彼女が「灯れ」と唱えれば指先に蝋燭の明かり程の火が、「集まれ」と唱えると足元の砂埃が纏まり球体に、コップの水をテーブルに広げ「流れろ」と唱えれば小さな水流となり、「吹け」と唱えれば開け放たれた窓から風が入り込む。

「どう?」


 四系統全ての魔法を実演してみせた彼女は得意げに胸を張った。

「結構。続けます」

 ウルクナルとバルクは驚き戸惑っていたが、マシューは極めて冷静だ。冷めていると言うべきか。

 四系統全ての魔法が行使できる魔法使いは本当に希有な存在だ。それだけで、魔法学術院に通っていたのも頷ける。だからこそ、マシューは彼女へ向ける視線に疑いの色を強めた。これだけの才能の持ち主が、ゴロツキの吹き溜まりである冒険者に落ちて来るはずがない。

 彼女はとんでもない欠陥を抱えている、と推測するマシュー。

「魔法学術院は留年することなく卒業しました?」

「当たり前でしょ? 筆記試験は、在学中の六年間ずっと一位だったんだから」

「なるほど……、では実技の方は?」


「…………」

 あれだけ威勢よく、自信に充ち溢れていたサラの様子が実技の一言で急変する。マシューは彼女の欠陥を突き止めた。

「質問を変えましょう。サラ、あなたの魔力量を教えてください」

「……二百九十」

「ウルクナル。魔法学術院卒のサラが、魔法関連の専門職に就かず、冒険者に成ってしまった理由が判明しました」

「……?」

「魔力量が少ないからです」

 魔力量二百九十。それは、ほんのわずかに中級魔法使いの条件を満たしていない値だ。中級魔法使いは、魔力量三百以上かつ系統魔法が二種類以上扱える魔法使いを指す言葉である。魔法使い人口の大半を占める低級魔法使い達は、中級へと昇格する前に寿命が尽きるという。


「僕の記憶が正しければ、魔法学術院に入学する為の条件の一つに、レベル五未満かつ魔力量三百以上という記述があったはずですが? 魔法学術院卒は嘘なんですか?」

「…………」

「どうなんですか?」

「そうよ。私は、低級魔法使い。だけど、四系統全ての魔法が使えるから、特別に入学させてもらった。でもね、学院はちゃんと卒業したんだから。ほらッ」

 サラが見せたのは、魔法学術院の卒業筆記試験主席合格者のみに授与される銀の懐中時計だ。流麗な装飾の施された時計は、今も正確な時を刻んでいる。

「……エルフの魔法適性は極めて程度が低い。魔法使い人口も、人間の十分の一に満たない。魔力量も種族的に増えにくいから、これからレベルアップを重ねても、増加量は少ないかもしれない」

 サラの声が段々と先細りして、表情も陰る。瞼に涙を湛えていた。


「だけど、だからこそ私は諦めたくない。魔物を斃して、お金を稼いで、レベルアップして、魔力量を増やす。稼いだお金で、魔力量の簡単な増加方法を発明する。いつか必ず、魔導師の称号を獲得した史上初めてのエルフになって、私を欠陥魔導師とバカにした奴を絶対に見返してやるんだッ」

 ボロボロと涙をこぼし、思いの丈をぶちまけたサラは、肩を上下させながら嗚咽を抑え込む。

 魔導師とは魔法使い最上位の称号で、四系統全ての魔法を自由に操り、体内に魔力を三千以上内包した人物を指す言葉だ。トートス王国でも、正式に魔導師の称号を与えられているのは二人のみで、一人は魔法学術院の学院長、一人は商会に属するSSSランク冒険者だ。当然、歴史上エルフが魔導師として認められた前例はない。


 四系統全ての魔法を扱えるのに、魔力量が足りず、依然として低級のままだったサラは、学院で欠陥魔導師と影口を叩かれていた。陰湿な嫌がらせにも屈せず、六年間ひたすら無遅刻無欠席で通い続け、筆記試験は常にトップ。並大抵の精神力では成しえない偉業ではあったが、いかんせんその才能は実用向きではなかったのだ。彼女がエルフであったことも災いし、学院卒業後、サラを受け入れてくれる優良な魔法職はなかった。

 それでも魔導師になる夢が諦めきれなかった彼女は、セントールを飛び出し、チャンスを求め、冒険者に成る為に王都を訪れた。その折、エルフのみで構成された新進気鋭のDランクパーティ、エルフリードの噂を聞きつけたのだ。


 冒険者はバカが多い、どうせ魔力量など、派手な四系統の魔法に隠れて気付かれないだろうと高を括っていたサラだったが。その甘い考えは、マシューに看破されてしまった。自分が魔力量の少ない欠陥品だと知られた以上、どうせ仲間には入れて貰えないだろと諦めていたサラだったが、彼女の予想は二度覆された。

「――良い、凄く良い。採用」

「え?」

 自分の口から間抜けな音が漏れるのをサラは堪えられない。

「ウルクナル!」

「マシュー、良いじゃん別に、魔力量が少ないくらい。何とかなる」

「……まあ、そこまで言うんでしたら構いませんけど」

「バルクはどうだ?」


「別に構わない」

「よし、異議無しだな。サラ、今日からエルフリードの一員だ。よろしく!」

 サラが、他人に話せば必ず不可能だと嘲笑される程に尊大で、傲慢な夢を必死に追い求めていることを知った瞬間。ウルクナルは、サラをパーティに招くことを決めた。ウルクナルが、彼女を招き入れたいのだ。

 ウルクナルはグローブを脱ぎ、手を伸ばして握手を求めるが、サラは目を赤く腫らしたまま固まっていた。

「……気が変わった?」

「い、いえ。全然、これっぽっちも!」

 サラは慌てて、ウルクナルと握手を交わす。

「改めてよろしくな、サラ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「そんじゃまあ。早速出掛けるとするか」

「どこに?」

「森へ」


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