暗黒時代20
一カ月が経過した。
日が城門より顔を出す時。それは、商館一階の大扉が開く時間だ。
商館前には、朝一番で所用を終えなければならない人々が立ち並んでいた。その一方で、特に用事もないのに、朝から並んでいる物好きも存在する。
ウルクナル達、エルフリードの面々だ。
彼らは、これから城門の外に出向くかのようなフル装備だが、今すぐ冒険に出発する訳ではない。これも冒険者としての嗜みである。冒険者は、常在戦場を心掛けなければならないのだ。誰が言い始めたかは知らないが、冒険者達は酒を飲む時も、寝る時も、常に武器を手の届く位置に置いている。
なので、ウルクナル達もご多分に漏れず、である。
「何も、こんなところで、しかも朝から」
と、欠伸混じりにぼやくのはバルクだ。一カ月前のブラックベアー戦での傷はとうの昔に完治していて、先週新調したばかりの盾とハンマーを背負い、鋼の重い鎧を纏っていた。
盾とハンマーは共に以前愛用していた物よりも重量が増し、盾の表面には棘が生えていた。盾の棘は、突進してくる魔物にダメージを加え、衝撃を和らげる。ハンマーは単純に大きくなったことで、殴った際の威力が増していた。
鎧は、ハンマーや盾共々ゴードの店で購入した物であり、全身をプレートで覆う強固な鎧である。
素晴らしい攻撃力と防御力を併せ持つバルクの装備一式だが、常人が装備すれば重さで身動き一つとれなくなるのは言うまでもない。
「ですけど、ここしかありませんからね。どうします、皆さんでお金を貯めて一戸建てを買いますか?」
「王都の土地代って幾らだ?」
「聞きたいですか?」
「やめておく」
マシューの装備は、革製の鎧にブーツと、狩人を想起させる装いをしている。背中には愛用のライフル銃を、腰には弾薬の詰まったポーチを吊り下げていた。彼の手には、布で覆われた棒状の物体を所持している。形状と長さからして、銃器に間違いない。マシューは包みを固く擁き、大切に持ち運んでいた。
「入ろう」
ウルクナルの装備に目立った変化はない。ただ、金は注ぎ込まれていた。ウルクナルが愛用しているグローブの金具を鉄製から、ワイバーンの鱗を鋳溶かし精製された金属、鈍く光る高純度の魔物鉄ワイバーンへ。ゴードに大金を渡し、鋳造と取り換えを行ってもらったのだ。
料金はなんと、金貨七十枚。その八割が素材費だそうだ。最高級品の魔物鉄ワイバーンを使用したそうで、グローブに用いた薄刃の剣を一本造るのがやっとの量でも、金貨が大量に要るらしい。バルクが纏っているプレートアーマーをその魔物鉄で造るとなると幾ら掛かるのか、想像もしたくない。
ただ、魔物鉄ワイバーンには、値段以上の価値が確かにあった。
鉄の半分の比重で、強度は鋼の三倍。
非常に軽く、凄まじい硬度を持ちながら、粘り強い金属なのである。
「おはよう、ナタリア」
「おはようございます」
普段通りのナタリアに挨拶して、一行は三階へ。
三階では、昨晩酔い潰れた冒険者達が酒瓶を抱いてうたた寝している。とにかく匂いが強烈なので、バルクは苛立ちながら窓を全開にした。
「あー、くせー。だからここが嫌なんだ」
「朝定食!」
「朝定食おねがいします!」
「お前ら、……朝定食もう一セット追加ッ」
エルフリードの面々が座しているのは、三階の一番右端の列のテーブル、Dランク冒険者の許しがなければ、使用することの叶わない卓だ。
ウルクナルに続き、バルクやマシューもブラックベアーを討伐し、晴れてDランク冒険者の仲間入りを果たした。バルクはハンマーで殴り殺し、マシューはライフル銃の長距離射撃によって脳天を吹き飛ばして勝利したのである。
そしてレベルは、ウルクナルが二十四、バルクが二十四、マシューが二十二へと上昇。やはり、レベル二十を超えた辺りからレベルアップが難しく。上昇頻度が大幅に下落した。最近は、一週間フルに潜っても、レベル一しか上がらなかったなんてこともある。
早急に次なる高レベル帯フィールドに移りたかったが、現状それが不可能なので、フラストレーションが溜まり気味なウルクナルだった。彼のストレスは、Cランク昇格の為の狩り場が少々特殊なのことに起因する。
「うわ、また手だ」
運ばれてきた料理を見て、ウルクナルが愚痴を言う。
「仕方ありませんよ、僕達の所為ですから。自業自得というやつです」
「何が高級食材だ。腐るほど獲れるじゃねーか、ブラックベアーなんて」
数週間前から、トートスの森ではブラックベアーが大量繁殖して、深刻な問題となっていた。あの魔物は、FやGランクの冒険者には手に負えない存在。なので、DランクからBランクまでの冒険者達が、商会の命により総動員され、ブラックベアーを狩りまくったのだ。
ウルクナル達エルフリードは、初週で並みいるDランクパーティの中ではダントツの四十頭を斃し首位に、Cランク以上のパーティには負けたものの、商館内ではCランクに最も近い冒険者達と認識されていた。
しかし、ブラックベアーが短期間に何千頭と斃されたことで、市場に大量の肉や毛皮や臓器が出回り、一頭当たりの価格が暴落。現在では、一頭単価金貨三枚という捨て値同然の価格で取引されている。
結果、魔物討伐のうま味がなくなり、現在Cランク以上の冒険者達はブラックベアー狩りに消極的だ。その一方で、嬉々としてブラックベアーを狩りまくったのがウルクナル達エルフリードである。
彼らが討伐したブラックベアーは現在までに二百頭を数えていた。
そして今、大量捕獲の弊害がウルクナル達に襲い掛かる。
銀色ギルドカードを持つ冒険者達の憩いの場、商会三階で提供される食事には全て、ブラックベアーの肉が使われているのだ。
今日注文した日替わり朝定食のメインディッシュは、ブラックベアーの手の姿煮である。つまり、熊の手の煮物だ。
二週間連続のブラックベアー定食に、大飯食らいで、質より量のウルクナルですら愚痴を垂れる始末。ちなみに先週、日替わり夜定食を頼んでお頭が丸々出てきた時は、流石に商会へ文句を言った。
朝定食三セットで銀貨二枚、高級食材のありがたみも何も有ったものではない。
だが彼らは、定食を綺麗に残さず平らげた。味は悪くないのだ。
「で、そろそろお披露目してくれても良いんじゃないか? マシュー」
「そうですね。ではお見せしましょう!」
マシューは楽しげに声を弾ませている。布を払い、それをテーブルの上に乗せた。
「新型のライフル銃が遂に完成しました」
素人目では、外見上の変化に気付けない。
「おー、それでどこが新しくなったんだ?」
「装填の高速化、信頼性の向上、銃器の軽量化、射程の向上、威力の向上。この五つが、これまで使用していたライフル銃より向上、改善されています」
「そりゃ凄いな」
ここ一カ月の間、マシューが銃を使う様子を見続けてきたバルクとウルクナルには、新型銃の説明を聞き、理解できる知識の下地が備わっていた。
「銃身をより長く、細くしました。これによって軽量になり、わずかながら射程が向上しています。また、パーカッションキャップの開発と導入により装填速度が向上、雨天にも強くなっています」
「パーカッションキャップってなんだ?」
ウルクナルが尋ねる。マシューはあのウルクナルが真剣に耳を傾けてくれていることが嬉しくて、説明にも自然と熱入った。
「これです」
マシューの手のひらに、黄金色に輝く一センチにも満たない金属の部品が乗せられている。形状はシルクハットだ。
「金?」
「いえ、真鍮という合金で、銅に近いです」
「それで?」
「はい、このキャップには火薬が塗布されていて、一々火薬を火皿に撒く必要がありません。このように、乗せるだけで済みます」
マシューは一つ摘むと、旧式銃の火皿があった位置に新しく増設された小さな突起へとパーカッションキャップを乗せ、撃鉄を起こし、引き金を引く。
パンッと可愛らしい破裂音。わずかながら白煙も立ち上る。
「これまでのフリントロック方式は、点火に火打ち石を使用していましたので、何回か発射していると石が擦り減り、火花が発生せず、上手く着火できないことがありました。それに比べパーカッションキャップ方式は確実で、一回引き金を引けば、ほぼ百パーセント銃弾が発射されます。また同様に、装填時間も短縮され、点火から発射までのタイムラグも大幅に縮まりました」
「じゃあ、威力は?」
「はい、威力の向上には、この新型弾を――」
「――あなたがウルクナルねッ!?」
「ん?」
威勢のある高い声がマシューの説明を掻き消す。天才発明家マシューは新型の弾丸を取り出そうとするモーションのまま硬直し、どこか気落ちした様子で、新型ライフル銃を撫でた。
「誰だコイツ。ウルクナルの女か?」
「知らない、お前誰?」
「私はサラ、魔法使いよ。私をエルフリードに入れて欲しいの!」




