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暗黒時代17

「そう言えば、Dランク昇格の為の条件ってバルクは知ってるか?」

「いや。……マシューはどうだ?」

「知っていますよ」

「……なあウルクナル、俺に聞く必要あったか? 直接マシューに聞けばよかったじゃねえか」

「いやー、何と言うか。様式美?」

「お前、言葉の意味分かってないだろ」


 先ほどの戦闘から二時間、ウルクナル達は戦闘を重ねながら森の探索を続けていた。これまでに斃したモンスターは、ゴブリン十二匹、ゴブリンソルジャー二十匹、ワイルドピッグ三頭、オーク五匹である。

 オークを端的に言い表すと、二本脚で立ち上がった大型のワイルドピッグである。槍を持ち、鎧を着こんだ獣人。体長はバルク程もある人型の魔物だ。知能は通常のゴブリン以上ソルジャー未満だが、ソルジャーとは比べ物にならないタフネスの持ち主で、ライフル銃の一撃をその身に受けて内蔵が飛び出ても、怯まずに猛然と突き進んで来るぐらい、良い意味で鈍く、丈夫な生物だ。

 バルクが盾でオークの進撃を食い止めなければ、マシューは大怪我、最悪即死していただろう。

 そして、本日稼いだ討伐報酬の合計は、金貨五枚と銀貨一枚。ワイルドピッグ銀貨十五枚、ゴブリン銀貨三十六枚、ゴブリンソルジャー金貨三枚、オーク金貨一枚と銀貨五十枚となる。


 金貨五枚と引き換えになる証明部位は、ウルクナルが革袋に詰めて背負っていた。

「――Dランク昇格の為には、ブラックベアーを一頭討伐する必要があります」

「ブラックベアーか」

「何だそれ? 強いのか?」

「かなり強力な魔物だと大全集には記されていました。気性が荒く凶暴だとも。オークを一撃で殴り殺し、頭から丸かじりにするらしいです」

「すっげー」

「あのオークを一撃か」

「はい。案の定、ブラックベアーには毎年多くの冒険者が殺されています。その為、Dランクに昇格するのは大変難しく、俗にDランクの門番と呼ばれている魔物です」


「へー」

「討伐報酬は金貨五枚、ブラックベアー丸ごと一頭の市場価格は最低でも金貨二十枚」

『二十枚!?』

 大金の香りに冒険者二人の顔が輝いた。

「ブラックベアーの市場価格が高いのは、肉が滋養強壮や精力増強に最適だそうで、高値を付ける貴族が後を断たないからだとか。また内蔵も高価な薬の原料になるそうです。なので、仕留めた後の処理は血抜きだけで良い、と書いてありました」

「報奨金も合わせて一頭斃す毎に最低金貨二十五枚か……」

「山分けでも、えっと、金貨八枚以上か、凄いな。ブラックベアーと出会った時は、さっきみたいに俺とバルクが前衛、マシューが後衛な」


「…………」

「まさかウルクナルは、ブラックベアーを斃す気なんですかッ!?」

 マシューの青ざめた顔には、冗談ですよね? と書かれている。心なしか手も震えていた。

「当然。マシューだってお金が欲しいだろ?」

「そ、そうですけど。もっと経験と実力を積み上げてから、万全を期して! せめて半年は作戦を練って!」

「それだと、俺が駄目なんだ。半年もEランクのままじゃ、カルロに合わせる顔がない。早くCランクにならないと」

心配する彼らの気も知らず、ウルクナルは今日中にでもブラックベアーを討伐したいらしい。Cランクという単語に、バルクとマシューは激しい眩暈に襲われた。

「なあ、ウルクナル。カルロは多分冗談でCランクに上がれって言ったんだと思うぜ?」

「冗談?」


「ああ。Cランクってのは、武芸に秀でた人間の冒険者が、生涯を賭けても到達できないかもしれない領域だ。それをエルフのお前が三カ月だなんて、……言いたくはないが不可能だ。確かに俺とウルクナルは九日間でFランクからEに昇格したかもしれないが、EからD、DからCは、そう甘くはないぞ?」

「……わかってる」

「いや、わかってねえ。ウルクナル、どうしてエルフが蔑まれているか知っているか?」

「戦闘に向かないから?」

「そうだ。じゃあ何で、俺達が戦闘に向かない種族だと言われているのか知ってるか?」

「…………」

「俺達は、レベルが基本的に上がりにくいんだ。人間よりも多くの魔物を斃さなければレベルが上がらない。しかも、レベル二十を過ぎると極端にレベルアップが難しくなる。三十を過ぎればもう地獄だ。今は実感できないかもしれないが、ブラックベアークラスの魔物と戦うとなると話は違う。アレの討伐推奨レベルは三人パーティなら平均レベル二十一だ」


「…………」

「俺はウルクナルが心配なんだ。お前は急ぎ過ぎている。俺達の寿命は幸いなことに人間よりも長い。少し立ち止まっても焦る心配はないんだ」

 彼らのギルドカードに記されているレベルは、十、十、四。マシューのみレベル四で、他二人はレベル十だ。今回の冒険でマシューも相当数のモンスターを斃したが、それでも精々、レベルが十へ上がった程度だろう。到底、ブラックベアーの討伐推奨レベルには達していない。他二人も平均レベルを三から四押し上げただけに過ぎないはずだ。

「……少し休憩しよう」

「賛成です!」

「……そうだな」


 唐突に休憩を提案するウルクナル。バルクもマシューも賛成した。彼らは近くの草を刈って空き地を作り、腰を下ろす。軽い食事を口にした。

「……バルク。カルロとは、ウルクナルに格闘の手解きをしたエルフなんですよね?」

 マシューが水筒を片手にバルクに尋ねた。

「そうだ。俺も直接会った訳じゃないから何とも言えないんだが、人の話を聞く限りだと凄腕の剣士らしいな」

「ゴードの親方もそう言っていましたもんね。……彼は今どこに?」

 口を噤んでいるウルクナルに代わり、バルクが答える。

「トートス王国の南、ダダールだ。マシューにはセントールの真南と言った方が分かりやすいな。カルロはBランク冒険者らしいから、Aランク獲得に挑戦しているんだろ」


「Aランク獲得条件は確か。ビッグアントの洞窟、その最下層に潜むビッグアントクイーンの討伐だったと記憶しています。ですが、これ、我々エルフが達成できる条件ではありませんよ。足手まといだからと、人間の冒険者がエルフをパーティに入れることもありませんし。……これまでにAランク相当に到達したエルフは、アルカディア二千年の歴史上唯一人きりです。その記録も商会が設立される遥か以前のものなので、正式な記録ではありませんが」

「なあ、マシュー、そのAランクに到達したエルフってどんなヤツだったんだ?」

 マシューの話に、ウルクナルが興味を示した。史上最強のエルフの話が聞きたいようだ。

「彼に関する記録はそれ程多く残っていません。非常にマイナーな存在です。何しろ、そのエルフが生きていた時代は一千年以上前。ある学者が唱えている説が正しいとするなら、二千年近く前のエルフになりますから」

「……二千年前、世界が始まったばかりの頃のエルフか」


 と、ロマンに浸るバルク。

「ただ、書物を読み解くと、僕にはどうも、彼がエルフではないような気がしてしまうんです」

「どうしてだ?」

「彼がどんな武器を使用して、強大なモンスターを屠ったのか一文も記されていないんです。一千八百年前に記されたと云わるアルカディア創世記に出てくる神々は、剣や槍などを好んで使い、様々な悪魔を討ち滅ぼしています。戦いの神話には必ず武器が登場するのですが、彼の話には一節たりとも武器が記述されていません。そのことから僕は、彼の武器が素手なのではないかと、推測しています」

「素手!? まるでどっかの誰かみてえだな」

「……それで?」

 ウルクナルはバルクを無視して、話の続きを望む。


「僕が、エルフとは異なる種族である、とする根拠はもう一つあります。彼の、肌と髪と目の色が現在のエルフと違うんです。肌は白亜、髪は白銀、瞳の色に至っては七色だったそうです」

「ははは、そりゃあ確かに、エルフじゃないって思っても仕方がないな。目がキラキラと虹色に光ってたのか」


「あ、いえ、その辺りは書物が古く読み取れなくて、時々学会でも議題にのぼります。彼の虹彩の色には、二通りの学説があります。一つは常に虹色に光り輝いている。もう一つは黒、青、赤、銀と単色で虹彩を自由に変えられる、だったと思います。すいません、歴史関係は専門外なので詳しくないんです」

「いやいや、マシューは十分詳しいぜ。俺の初等学校の歴史の教師よりもずっと」

「え、バルクも学校に?」

 マシューが驚くと、バルクは恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。

「まあな。ただ、俺は頭の出来が悪くて、金もなかったから卒業前にやめちまった」

「そうだったんですか」

「…………」

 ウルクナルは、押し黙ったまま水を飲む。




 太陽の位置が頂点を過ぎた頃。エルフ達は王都から徒歩四時間の位置に居た。タイムリミットが刻々と近付いてくる。そろそろ来た道を引き返した方がよさそうだ。

「ウルクナル、そろそろ引き揚げないか?」

「……そうだな」

 どこか覇気のないウルクナルに、小首を傾げる二人。無言でせっせと片付け、荷物をまとめ上げると、来た道を辿って行く。

「何だか、ウルクナルに元気がありませんね」

「大丈夫だろ、明日になれば普段通りのアイツに戻る」


「だと良いんですが……」

 その後会話もなく、二時間も歩いていると深部を抜け、FGランク冒険者御用達の、トートスの森の浅瀬に帰ってこられた。この辺り一帯は、ウルクナルとバルクが殆ど毎日訪れている場所なので、食べられる木の実や草、飲料に適した水が湧く泉など、地形を熟知している。庭のような場所だ。

「……変だ」

「静か過ぎる」

「え、そうですか?」

 今の森は普段の森とは違うのだと、ウルクナルとバルクは敏感に感じ取れた。二人に比べて経験の少ないマシューは、違いが分からず不安げに周囲を見渡す。

「ん? これって」

 ウルクナルはしゃがむと、地面に手を這わせ、何かを凝視している。


「――ブラックベアー」

 目で直接みれば、経験はなくとも知識が豊富なマシューにも理解できる。地面に刻まれていたのは、巨大な肉球、五本に別れた足の指の痕。足跡の大きさから推測するに、体長三メートル近い大型のブラックベアーだ。

冒険者の卵や雛がうろつく森の浅瀬には、絶対に出現してはいけないモンスターである。

メンバーに緊張が走った。

「マシュー、銃の用意」

「はい」

「バルク、盾とハンマーを持て、俺は荷物を持つ」


「わかった」

 ウルクナルがテキパキと指示を出し、二人はそれに従う。そして隊列の順番を変え、マシューを中心にして、後方はバルク、前方はウルクナルとした。

荷物は手で持つ。肩に担いでマシューの視界を遮らないようにとの配慮だ。

 三人は神経を張り巡らせ、慎重に夕刻の森を行く。

「ぎゃああああああああ――」

 トートスの森に、絶叫、断末魔が響き渡った。

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