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暗黒時代16

「ん、あ……」

 早朝、日の出と同時にマシューは目を開けた。

 辺りは地獄絵図だ。吐く者、食う者、眠る者。食べカスだらけの大皿がどのテーブルにも積み上げられ、足元は酒瓶で埋め尽くされ、汗と酒と吐瀉物の香りが、朝の澄んだ空気を台無しにしている。そんな雑多雑然とした空間が、三百六十度全方位に広がっていた。

「……ッ」

 安酒を飲んだ影響か、マシューの額に猛烈な痛みが走る。気分は最悪。眠気は一瞬で吹き飛んで、強烈な吐き気と喉の渇きに襲われた。

「はい、水」

「ありが、つ、ござ……」


 彼に水の入ったコップを手渡したのはバルクだ。彼は、ナイフで髭を剃り終え、朝食のパンと野菜を貪っている。隣にウルクナルの姿はない。

「飲むか感謝するか、どっちかにしろよ」

「あ、バルク。……あの、ここは?」

「商館の三階だ。記憶まで無くしたのか。マシューは酒に弱いんだな」

「そうでした。昨日は、酔い潰れてそれで……。銃はッ」

「立て掛けてある」

 マシューは自作銃があることに安心し、大きな溜息を吐きながら、重たいライフル銃を膝の上に置く。彼にとって銃は、一種の精神安定剤として働いているようだ。

「そういえば、ウルクナルが居ませんね」

「外で格闘の訓練をしている。王都に居る間は一日たりとも欠かしていない、アイツの日課だ」

「一日も欠かさず。……凄いですね」


 心から感嘆したマシューは、窓の外を覗く。当然この位置からではウルクナルの訓練を望めないが、しばし外の景色を眺めることで、ゆったりとした時間を過ごした。

「なあ、マシュー」

「はい」

 バルクは朝食を食べる手を休め、真剣な面持ちで彼に語りかける。マシューもその気配を察知したのか、佇まいを直す。喧騒だけが強調された。

「これは、俺とウルクナルの共通した意志なんだが。マシュー、俺達のパーティに入らないか?」

「…………」

 その瞬間、マシューの表情が硬化した。膝の上の銃に力を込めたのか、ミシミシと木の軋む音がやけに響く。反応が今一つだが、バルクは諦めずに勧誘を続ける。


「当然、嫌ならそれで良いんだ。無理強いはしない。マシューには、マシューのやるべきことがあるんだろうからな。どうだ?」

 一筋の滴が頬を伝った。

「――これから、よろしくお願いします!」

 マシューは目元を擦り、涙を拭う。堪え切れなくなったマシューは下を向いて泣く。銃身を大粒の涙で濡らした。

「どうして泣いてんだ」

「すいません、嬉しくて」

「そうか。ほら、ここを出るぞ、今日は大変な一日になるからな」

 朝食を食べ終えていたバルクは適当に皿を重ね、集会所から出て行く。マシューは慌てて銃を抱えると、忘れ物がないか一通りテーブル周りを眺め、彼を追う。


「どこに向かっているんですか?」

「大門近くの公園だ、そこにウルクナルが居る」

「大門近くの公園って、西の城門の側にある広場ですか?」

「そうだ。真正面に銭湯がある」

 そんな風に二人は話ながら歩いていると、公園に到着する。微かに風を切る音が聞こえているのだが、今は無風だ。

「ウルクナル、凄い」

「ああ、迫力あるよな」

 視線の先にあるのは、グローブを嵌めて演武するエルフの少年ウルクナルだ。決して狭くはない公園の敷地を、目一杯使って行われている一人稽古は、見る者を引き込む魔性すら孕んでいる。とにかく、彼の演武は見ていて気持ちがいいのだ。


 指先から足の先、髪の毛一本一本に至るまで、完璧に精神が行き渡り、制御された攻防一体の動き。それは最早、一つの到達点に至っていて、達人と呼ぶに相応しい。ウルクナルの全身から、目には見えないが、確かに闘気が迸っている。

「ふうー。あー、疲れた。やっぱりカルロは強いな、全然勝てない」

 滝のように汗を流しているウルクナルは突然演武を中断すると、ブツブツと言いながら公園を出て行こうとするので、マシュー達が駆け寄った。

「ウルクナル!」

「お、マシューか」

「さっきの凄かったです。思わず見入ってしまいました」

 興奮した面持ちのマシューが、早口で捲し立てながらウルクナルに詰め寄った。


実は、マシューの小さな頃の夢は武術家だったりする。マシューは、己の身体が小さく、元来エルフの体質が格闘に不利なことを書物で知り諦めたが、今もその憧れに変化はない。彼の瞳は、研究に没頭していた日々よりも輝度を増していた。

「ウルクナルはどこかの流派の師範だったりするんですか?」

「いんや。Bランク冒険者のカルロに少し手解きを受けた程度。それも最初の日で終わって、その後はずっと模擬戦闘訓練ばっかりやってた」

「殆ど独学であの演武を……。あの、この訓練を始めて何年くらいになるんですか? やっぱり物心ついた頃から?」

「んー」

 ウルクナルが指を折って数えたので、きっと歩き始めた頃から厳しい修行を積んできたのだろうと脳内で想像していたが。


「確か、三カ月だ」

「三、カ月? 三十年ではなく?」

「三十年? 俺はまだ十五だぞ? 忘れたのか?」

「――――」

 後頭部を殴打されたかのような精神的衝撃に、マシューはフリーズした。

「ここに居るってことは、俺達のパーティに入るんだよな? 色々と大変だろうけど頑張ろうぜ、マシュー」

 ウルクナルは背中を叩きながらマシューの横を通り過ぎ、バルクを銭湯へと誘う。

 マシューに妙なシンパシーを感じたバルクは、彼の首根っこを強引に引き寄せた。三人のエルフ達が騒がしくのれんを潜る。




 ウルクナルとバルクは、マシューという新たなパーティメンバーを得て、トートスの森深部を目指し、冒険に出かけた。

「マシュー。前方の、幹が二つに別れた木の根元、わかるか?」

「はい」

 バルク指示の下、マシューは草葉の陰から弩を向け、ボルトを放つ。放った直後、即座に弦を引くと同時にボルトがマガジンから押し出され、矢束に手を伸ばすことなく装填を完了。別の目標へ向けて放った。二連続で響くワイルドピッグの悲鳴。ボルトは二匹の魔物の額と脇腹に吸い込まれ、物言わぬ肉塊が二つ完成する。

「よかった。当てられた」

「良い腕だ」

「マシューカッコいい」


 精神の緊張を緩めて、地べたに座り込んだマシュー。横で見ていたバルクとウルクナルは彼に惜しみない賛辞を送る。

 王都を出発して三時間、ここは王都南の森の奥深く。

東の森同様、ここもEランク冒険者がモンスター討伐を行うのに適したフィールドで、王都付近の浅い場所に比べて稼ぎが良い。その半面、危険度はグンと増し、ヒヨッコ冒険者が足を踏み入れようものなら、数時間で魔物の胃袋の中に納まってしまうだろう。

彼らは既に深部へと到達していたが、出くわしたのはワイルドピッグだけ。この魔物は深部にも出現するようだ。今回は大物狙いなので、証明部位だけを切り取って先を急ぐ。

「やっぱり肉が勿体ないなー」

「いいじゃないですか、また斃せば」

「貧乏故の発作だ。気にするなマシュー」


 ウルクナルは、肉を捨て置いて行くのが我慢ならないらしい。口を尖らせてブツクサとぼやく。

「何か居る」

 だが、気配を察知したウルクナルは不満を垂れていた口を閉じる。彼の言葉に後続は敏感に反応し、茂みに身を潜めた。

「どんなヤツだ?」

「ゴブリンだけど、何か違う。結構強そう。数は五!」

「……多いな」

 これまでのゴブリンは、粗末な毛皮の頭貫着に棍棒を持つ、ガリガリに痩せた緑色の小人だったが、あれは違う。通常のゴブリンよりも背が高く肩幅が広い、逆三角形の筋肉質な体格。そして身体を覆う厚い革製の鎧と、鍋に似た金属製の兜。武器も粗悪な金棒から、刃の生えた剣に持ち替え、更に金属製の金具で補強された盾まで携えている。


 深部のゴブリンは完全に別格だ。

「あれは、ゴブリンソルジャーです。レベルは十三。報酬は千五百ソルです」

「バルク、千五百ソルって銀貨何枚?」

「いい加減覚えろ、銀貨十五枚だ」

「あそっか。それで、証明部位はどこだ?」

「えっと、両手の親指で、セットが揃わないと報酬は半減だったはずです」

「マシュー、よく覚えてるな」

「商会の魔物大全集を暗記しています」

「暗記って、あの分厚い本をかッ」

「はい。――でも、あれは優しい部類ですね。魔法大全集の半分の厚みですし」

「…………」


 さらりと言ってのけるマシューに薄ら寒いものを感じたバルク。開きかけたトラウマの扉に鍵を掛けて、眼前の強敵とどう戦うか頭を捻る。

「マシュー。お前の銃で、兜ごと魔物の頭を撃ち抜けるか?」

「問題ありません。あの程度の厚みなら余裕で貫徹できます」

 その返答で、バルクの作戦は完成した。彼はメンバーに内容を伝える。

「作戦は普段と殆ど変らない。マシューの銃撃の後に、ウルクナルが突貫、遊撃しろ」

「任せとけ」

「俺は、後衛の守りに徹する。マシューは銃の装填が完了したら俺に知らせてくれ」

「わかりました」

「ウルクナル、俺が下がれと言ったら絶対に下がれよ」

「はいよ」


 各自は返事をしつつ武器や防具を整え、マシューはライフルの銃口を、ゴブリンソルジャーの頭部に向ける。

標的との距離は二十メートルであったが、草木が生い茂り、標的の体を覆い隠してしまう。マシューは歩行する標的を木々の隙間から狙撃しなければならなかった。

ライフル銃を用いた初めての実戦。マシューは息を止め、引き金を引く。

「――ッ」

 ガチッと音が鳴って留め金が外れ、ゼンマイの力で火打ち石がヤスリに擦り付けられて火花が飛ぶ。火打ち石は眩い火花を発しながら、火皿に触れた。

火皿は、銃身に開けられた小さな穴、それを囲うように配置された受け皿だ。銃身に開けられた穴は、点火薬の燃焼を銃身内部の炸薬へと導く働きがある。


 火皿に乗せられていた少量の火薬、点火薬に火打ち石が火花を散らしながら突っ込み、白煙が立ち上ると、わずかなタイムラグの後に、火が炸薬に届き急激な燃焼が開始される。

 急激な炸薬の燃焼による爆音の直後、銃口から、回転した五十七口径の鉛玉が発射された。ライフリングによって弾道は安定し、マシューの腕前も加味され、悪条件をものともせず、銃弾はゴブリンソルジャーの兜に見事命中。ヘッドショット。魔物の頭部は跡形も無く吹き飛んだ。

「よしッ」

 マシューは、小さくガッツポーズを取り、喜びを噛み締る。弾丸がライフリングによって思い描いた通りの場所へ飛んで行ったことが嬉しくて堪らない。実戦で一度も使われたことのない武器に出す金はない、と王宮でスベルバー軍事大臣に擦り付けられた屈辱の一つをマシューは自らの手で覆したのだ。自分の設計思想が間違っていないこと、ライフル銃の有用性が、スベルバーの言う実戦で証明されたのである。


「一撃だ!」

「よくやったマシュー」

「はい!」

 二人はマシューの背中をバシバシと叩きまくった。マシューは嬉しそうに、だが痛そうに顔を綻ばせ、次弾装填に取りかかる。

「ウルクナル、行け」

 残存する魔物は四、ウルクナルは臆せずに正面切って殴り込む。

 ゴブリン達は、ウルクナル達の存在に、そして強力な兵器の存在に気付き、盾を構えて一直線に突撃してくる。ゴブリンよりも数段知能が高いらしい。


 ゴブリンの刃がウルクナルの眼球を抉るように突き出されるが、彼は紙一重で回避。地面を強く蹴って飛び上がった。地面が頭上、空が眼下。ウルクナルは空中で逆さになると、ゴブリンの頭の上で逆立ちする。

 ゴブリンの首を両手で掴んだウルクナルは、両足を揃えて振り子にし、地面に着地した。ウルクナルの前方に着地しようとする力と、ゴブリンの前進しようとする力。相対した力が集中した箇所で最も脆かったのは、ゴブリンの首。

 ゴブリンソルジャーの首が森の彼方へ投げ飛ばされた。

「あ、やべ」

 見事ゴブリンを斃したウルクナルだったが、残り三匹が後衛目掛けて突っ込んで行く。急ブレーキを掛け、反転したウルクナルが猛追するが間に合わない。後数歩で味方陣地への侵入を許そうかというところで、最終防衛ラインが登場。


 タワーシールドを構えたバルクだ。

 彼は茂みの影から躍り出ると、地面にその重たい盾を突き刺し固定する。先頭を走っていた一匹のゴブリンが、なすすべなく鋼鉄製の頑丈なシールドに激突。地に食い込ませた盾が地面を掘り返した。

「くらえッ」

 バルクは、体制を崩したゴブリンにハンマーを振り下ろし一体をひき肉へ。

「撃ちます!」

 マシューの宣言に、バルクは盾を持って飛び退く。弾丸は容赦なく魔物の胴体を革の鎧ごと撃ち抜いた。そして後方から、追い付いたウルクナルが飛び上がり、残りのゴブリンの頭を両足で兜ごと踏み潰す。

 ゴブリンソルジャー部隊は殲滅された。


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