暗黒時代15
「……銃」
聞き慣れない単語に頭を傾けるバルク。ウルクナルは二皿目に突入していた。
「銃とは、球形をした小さな鉛玉を超高速で撃ち出す武器です」
「弓のような、遠距離武器なのか?」
「そうです。ですが、銃は並みの弓よりも遥かに高威力。人間やエルフは言うに及ばず、森に出現する大概のモンスターなら、頭に一発当てれば仕留められます」
「そりゃすげーな」
ウルクナルが呑気に驚いている一方で、バルクは腑に落ちない顔をする。
「ふむ。そこまで強力な武器なら、もっと普及してもおかしくない。街を歩いていても全然見かけないのは何故なんだ?」
「それは単純で、銃はメリットに比べてデメリットの数が多過ぎるから、です」
マシューは銃身を撫でながら説明を続けた。
「重い、その癖射程が長弓よりも短い、精度が悪い、雨の日は使えない、二発目を撃つのに時間が掛かる、値段が高い。上げ連ねればキリがありません」
「それは、普及しない訳だ」
納得したと、バルクも料理を口に運んだ。マシューもやや冷めた料理を切り分けて口に運ぶ。
「そう言えば、前に会った時に言ってたっけな。銃器の改良をしているって」
ふと、バルクはマシューと初めて出会った地下換金所での会話を想起する。
「起死回生の策、そして研究は銃の改良。このテーブルの上の銃は、改良型なのか?」
「その通りです」
マシューは誇らしげに、そして悲しそうに頷く。
「この銃が既存の銃と比べて秀でている点は数多くありますが、筆頭すべき点はこれ――」
マシューは熱の籠った声で、バルクとウルクナルに語り掛けながら、銃を持ち上げ、銃口を指差す。
「そのギザギザが改良点なのか?」
「そうです。これだと分かりにくいので、模型を用意しました」
マシューがポケットから取り出したのは、半円形になるように切断した二種類の鉄の筒だった。片方の筒の内側はツルツルしているのに対して、改良型の方は緩やかなカーブを描いた溝が筒の内側に幾筋も刻まれている。
マシューは模型の上に鉛玉を置いて発射の過程を説明する。
「この丸い玉は弾丸と言い、弓や弩などの矢に相当します。この弾丸が筒の中を通り抜け、狙った標的に高速で飛んで行く、これが銃による攻撃、銃撃です」
「マシュー質問」
「どうぞ、ウルクナル」
「弓とか、弩って、矢を発射する為に弦を引き絞るけど、その銃には弦がない。どうやってその、弾丸とやらを発射するの?」
「鋭い質問です。――これが、銃の弦。火薬です」
マシューは折り畳まれた薬方を広げ、真っ黒な粉末、火薬を二人に見せる。
「これは、油と似た特性を持つ粉末で、火で少し炙った程度でも激しく燃えます。この火薬を銃口から流し込み、その後、弾丸を押し込む。これで銃は、弓や弩が弦を引き絞った状態と同じになるわけです」
「なるほどなー」
「ウルクナル、本当に分かったのか?」
「うん、火薬は危ないって事がわかった」
ウルクナルはしきりに頷きつつ、食事を再開した。
「銃撃の過程は俺でもまあまあ理解できたし、二発目が遅れるっていう理由も理解できた。となると、その改良型に刻まれている溝の役割は何だ?」
「はい、この溝はこれまでの銃のデメリット、射程の短さと命中精度の悪さを改善してくれます」
「ほー、そりゃ凄い」
「火薬が燃え、銃身内で静止していた弾丸が動き始めると、弾は刻まれた溝によって一定方向に回転しながら前進し、銃口から発射されます。弾丸は回転しながら飛ぶことで、安定し、遠くまで飛ぶ。僕は、この銃をライフル銃と呼んでいます」
「……改良点はそれだけじゃないんだろ?」
「もちろんです。これまで点火には燃えている縄を用いていましたが、それだと天候によっては使用できず、点火にも縄が燃え尽きるまでという時間制限がありましたので、火打石を採用。依然として雨天に弱いですが、幾分改善されています。また、近接戦闘もこなせるように銃剣というものを考案しました」
マシューは、鉄製の棒を取り出すと銃口に押し込む。
「予算が足りなくて、刃が付けられませんでした」
「いや、これでも何がしたいのか十分理解できる。短槍になるんだな」
「はい。ですがこれには欠点が有って、一度銃剣を装着すると銃口に密着し外せなくなる。銃が撃てなくなってしまうんです。解決策を模索していますが、これも資金が。……銃の改良点については以上です。聞いてくれてありがとうございました」
「こちらこそ。バカな俺達のレベルに合わせて丁寧に」
「いえ、この説明はトートス王国の軍事大臣、スベルバー卿にした説明と完全に同じですので」
説明を終えたマシューは、模型やサンプルをテーブルの上から回収し、銃を布で包んで、すっかり冷めてしまった料理の残りを平らげる。酒もゴクゴクと荒々しく飲み干した。
「……スベルバー卿って、まさか銃の売り込みに城へ上がったのかッ」
事の重大さに漸く気付けたバルクが、数分経過した後に、度肝を抜かれて叫ぶ。
「はい。本来、エルフは門前払いされるんですけど、天才少年の肩書を利用させてもらいました。結果は惨敗でしたけどね」
酔いが回ってきたのか、マシューの頬は上気し、自虐的に。どうやら彼は、酒に弱いらしい。
「城に入れた時は、やったと心の中で叫びました。これで、新しく高性能な物には惜しみなく開発援助をしてくれるトートスの王、アレクト国王に拝謁さえできれば、次々と高性能な銃器を開発できたんですけど、王宮に上がって運が尽きてしまいました。通されたのは、スベルバー卿の執務室だったんです」
「聞いたことあるな。スベルバー卿ってのは、過度のエルフ嫌いで、しかも魔法が全ての武器や学問よりも優れていると疑わない人柄だと」
「実際その通りの人物でしたよ。人間至上主義、魔法至上主義に凝り固まった。旧態然とした堅物です。最初は僕の説明をそれなりに聞き入って貰えたのですが、ライフル銃のデメリットを一つでも説明すると、急に頭ごなしに否定して、城から蹴り出されました」
天才少年マシューが味わったのは、嘗て経験したことのない辛酸の味だった。
立ち込める足元すら見えない濃霧。高等学術院というトンネルを抜けたら、またトンネル。高等学術院から退学させられた時は、自分の失敗を他人の所為にし、自分のプライドだけは守り抜けた。だが、今回は違う。
銃の発案から設計まで、マシュー単独で行った。製造はゴードに依頼したが、彼は完璧な仕事を行ってくれたので責めようがない。値段が高い、壊れやすい、装填速度が遅いなどの、指摘されやすいデメリットを残してしまったのもマシューの責任だ。
全てが自分の失敗、自分の責任なのである。
「あー、ちくしょー」
完全な挫折に、心まで折れてしまったマシューは酒を煽ってテーブルに突っ伏した。殆ど酒が飲めない彼であったが、今日だけは飲まずにはいられない。酒を飲むと惨めな気持ちが軽くなるのだ。
「……天才も天才で大変なのか」
バルクは酔い潰れたマシューを見ながら溜息混じりに呟く。バルクの考えていた天才とは、決して失敗せず、上手く立ち回り、最小の努力で最大の成果を得る、そんな物語の中に登場するような存在。
だが、この天才はどうだろうか。苦悩し、責任転嫁し、挫折する。知識が豊富で、着想や発想は非凡なれど、それ以外は普通の十四歳のエルフだ。
根幹的な部分では、自分達と差異はない。
「なあ、バルク」
「どうした?」
「マシューはどうして、銃を商会に売り込まなかったんだ?」
「憶測だが、マシューは王都に移り住んだ初日に、商会へ自分の銃を売り込んでいると思うぜ」
「というと?」
「マシューはゴードに銃の作成を依頼した。その金はきっと商会側が融資した金だ。金貨何枚かわからないが、十枚や二十枚じゃ話にならないだろう」
「! それって」
「マシューは借金を背負っている。それもかなりの額だ。きっと期日までに返済しないと借金奴隷だろうな」
商会は容易に大金を貸すが、額が多ければ多いだけ、借金返済の取り立てに情けや容赦がなくなることで有名である。膨大な借金を抱えている場合、財産を片っ端から没収し、それでも足りない場合は商会の借金奴隷として強制労働させられる。しかも、宛がわれる仕事は、どれも苦役だ。
「大変だッ」
「まあ落ち着け、所詮は俺の推測だ。マシューに借金があると決まった訳じゃねえよ」
「……だ、だけどさ」
バルクは、マシューの自信作であるライフル銃を掴むと、細部までじっくりと観察し、思案する。ライフル銃はずっしりとしていて重く、最初こそ歪に思えた形状も、じっくりと眺めていると機能美に溢れていることに気付かされた。
天才マシューが一から設計した力作。これを使わない手立てはない。
「――一つ、ウルクナルに提案があるんだが、聞くか?」
バルクはウルクナルを口車に乗せ、説得を試みる。
トートス王国の夜は更けていく。




