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暗黒時代14

「これから微調整するから少し待っていてくれ」

 盾を担ぎ、アーマーを小脇に抱えたゴードはカウンターに入り、ハンマーやハサミを用いて細かな作業を行う。暇なエルフ達は、店内を見物しながらこれからの予定を話し合っていた。

 太陽が傾き、空が紅く色付き始めた頃、誰かが店を訪れる。

「……ただいま戻りました」

二人の聞き覚えがある声だ。だが、気色はどん底。顔面蒼白である。

「おう、どうだった」

「厳しいです」

「そうか、そういうこともある。お前もまだ若いんだ。次のチャンスがあるさ」

「……はい」


「あれ? マシューじゃん!」

「! ウルクナル」

 小柄なエルフ、彼は商館の地下一階で出会った天才少年エルフのマシューだ。マシューは自分の身長並みの大きさがある棒状の物体を布で覆い、重そうに、それでいて大切そうに抱えていた。目元が赤く腫れていて、涙の跡が窺える。

「何だ、お前ら知り合いか?」

 ゴードは不思議そうに首を傾げて呟く。

「ああ、ちょっと前に商館で友達になった」

「そうかい、おいマシュー」

「はい、親方」


 ゴードがマシューを呼ぶと、彼はゴードのことを親方と呼び、返事をする。

「これやるから、そいつら連れて街で遊んで来い」

「え? こんなに」

手渡されたのは金貨一枚。高い店で食事をしない限りは、ウルクナルとバルクが如何に大飯喰らいでも、一日では使いきれない額だ。

「美味い物食って、酒飲んで、大騒ぎして来い。お前が唯一持っていない知識は、失敗を乗り越える術だ」

「……親方」

「ただし、遊廓には行くな、ケツの毛まで毟り取られる」

 と、女遊びだけは禁じたゴードだったが。


「ウルクナル、遊廓ってなんですか?」

「さあ? 高い飯屋か何かだろ。バルクは知ってるか?」

 ド田舎育ちのエルフと、研究が唯一の親友だったエルフの少年コンビには不要な忠告だったらしい。彼らにそういった言葉を理解する下品な知識は無かったし。そもそも、女の尻を追って遊ぶよりも、城壁の外で魔物と戯れるか、研究室に籠って実験データの収集をしている方が、有意義で楽しいと感じているタイプのエルフ達である。

「こりゃ、要らん世話だったかな?」

 ポリポリと頭を掻きながらカウンターに座り直し、微調整を再開するゴード。

「……お前らって」

 ウルクナルとマシューの天然純粋培養ぶりに、自分の心が汚れているのではないかと、己を見詰め直すバルク。


「なあ、そんなに美味いのか、その飯屋は!」

「遊廓ですか、世界には僕の知らないことがまだままだ沢山あるんですね。調べておかなければ」

「飯食いに行くぞ、マシューは調べなくていいから」

「そうはいきません。僕は疑問に出会ったら、即座に解決理解しないと落ち着かない性分なんです!」

「――ところでゴード、俺の鎧は?」

数時間前にEランク昇格を祝して、大飯を平らげたウルクナルだったが、タダ飯にありつけるとなるや、胃袋は空腹に鳴いた。ただ、仲間達の首根っこを引っ張る前に、自分達が買った道具が今どうなっているのかが気懸りだ。

「ん? それなら、飯食った後で取りに来い。それまでには仕上げとく」

「よろしくな。バルク、マシュー、飯だ!」

 ウルクナルは、二人の背中を押して店を出た。


買い物をする住人でごった返した夕刻の繁華街は一種のカオスだが。ウルクナルはマシューとバルクの背中を押して、人海を押し広げながら我関せずとズンズン進む。

「おい、押すな! ……どこで食うつもりだ?」

「商館! 三階!」

「またか。いつでも食えるだろ」

「商館の三階って、冒険者の人が集まる場所ですよね。僕行ったことがないので、楽しみです」

 マシューの呟きを聞いてハッとするバルク。

「そうだ。あそこは冒険者専用、マシューが入れないぞ」

「あッ」

 盲点だったと急ブレーキをかけるウルクナルだったが、マシューは大丈夫だと笑う。

「平気です。僕も入れますよ、ほら」


 マシューがポケットから取り出したのは、銀色に輝く冒険者の証、ギルドカード。レベル四、ランクはFだった。

「それ、どうしたんだ!?」

「在学中に取得したんです。色々思うところがありまして、将来なにかの役に立つかなと思って。肩書だけじゃないんですよ? ちゃんと王都に移り住んだ後に、商館に足を運んで冒険者基礎教練講座を受講しましたから」

「金貨一枚出したの?」

 ウルクナルが尋ねと、マシューは頷く。

「はい、それ以上の価値はあったと断言できます。有意義な三日間でした」

 本来、エルフがギルドカードを所持するには、ウルクナルやバルクが行ったような、過酷な労働を三カ月間行わなければならないのだが。落第者ではあったが、マシューは高等学術院の学生だったので、彼をGランクに押し込んだのでは多大な損益を被ると判断した商会が、特例としてFランク所持を許可したのだ。


「何でまた冒険者の資格を」

 バルクが尋ねると、マシューはやや頬を赤らめ、恥ずかしそうに言う。

「遠くを見てみたいんですよね。知らない景色や行ったことのない国をこの目で」

「冒険者はそんなに綺麗な職業じゃないぞ?」

「わかっています」

 バルクの言葉にマシューは真剣な面持ちで言葉を重ねた。

「三日間の講座で思い知らされました。ですが、それを差し引いても、冒険者という職業は魅力的です」

 訓練を思い出したのか、心なし顔が青い。

「と言うと?」


「一度軌道に乗せられれば、短時間で大金が稼げる。もちろん、常に死のリスクが忍び寄ってきますが。それを差し引いても、冒険者は魅力的です。僕はお金が必要なんですよ。それも莫大なお金が」

 商館に到着した三人は、それぞれナタリアに挨拶して三階へ上がる。

 低ランク冒険者の溜まり場である三階は今日も満員で、空いている席は殆どない。彼らは無意味ないさかいを避ける為に、若干右寄りの、Fランクテーブルに近いEランク席につく。周囲から、幾つか舌打ちが届いた。異例の早さで昇格を続けているウルクナル達が気に入らないのだろう。

「なーなー、二人はどれを頼む? 俺は、肉が食べたいな」

「ウルクナルが好きなのを適当に頼め」

「やったね!」

やっかみを軽く流したウルクナルとバルクは、メニュー表に目を落とす。

「周りの奴なんか気にするな、マシュー。エルフはどこに居てもこんな扱いだ」

「……はい」


 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回しているマシューをバルクが諭した。料理が出てくるまで間、暇なウルクナルは、凶悪な冒険者の視線に晒されて居心地の悪そうなマシューに語りかける。

「さっきの話の続きだけどさ、マシューは沢山金が必要とか言ってたけど、何に使うんだ?」

「研究です。僕がしたい実験にはとにかくお金が掛かる。それを含め、お金を集める為の起死回生の策を試みていたんですが、先ほど失敗に終わりました」

 マシューは顔に影を落とし、テーブルに立て掛けている布に包まれた長細い物を撫でた。

「何だそれ。短槍か?」

 先に運ばれてきた弱い果実酒で口を湿らせたバルクが、興味深そうに、高等学術院の天才が起死回生に策に用いた物品を推測する。

「槍、という表現はある意味適格です。火の槍と書いて火槍とも呼ばれていますから」

「火の槍? 槍の先端から火の魔法でもぶっ放すのか?」


「惜しい、魔法をぶっ放すのではなく、科学をぶっ放すのです」

 マシューは、それを覆っていた布を外し、自信作をテーブルの上に置く。それは、バルクが初めて目にした武器だった。

 マシューが火の槍と言っていたので、てっきりメラメラと燃える炎の刃でも付いているのかと考えたが、これには炎どころか刃すら見当たらない。

 一部が金属製なので打撃武器かと考えたが、それもシックリしなかった。持ち手の部分は美しい木目だが、やけに歪で、意味不明な金属の装飾でゴテゴテに覆われている。しかも、三分の一程度のところで一度折れ曲がり、への字になっていた。だが、壊れている訳ではなさそうである。これが、設計者によって定められた武器の形なのだ。

 ウルクナルは運ばれてきた飯を食いながらチラチラと、バルクは食器を置いてじっくりとその一品を観察した。マシューは、微笑を浮かべながら、黙って食事を口に運ぶ。

「まったくわからん!」

 バルクはお手上げとばかりに椅子へともたれ掛ると、開発者に目を合わせて教えを乞うた。

「これは、銃という武器です」


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