暗黒時代13
五日後。商館前。
「早いな」
「バルクこそ。昨日は眠れなかったんじゃないか?」
「…………」
「図星かよ」
今日はウルクナルとバルクにとって特別な日だった。夢のような日である。
「やったなウルクナル」
「おう」
実は、彼ら二人は四日前から昨晩まで、トートスの森で泊まり込みの魔物討伐を行っていたのだ。その間に斃された魔物は、ワイルドピッグ四十頭にゴブリン三百九十四匹を数えたのである。ワイルドピッグの肉は、売却することなく、二人の胃袋の中に消えた。
それだけの魔物を倒せば当然レベルも上昇する。ウルクナルは六から四つ上げてレベル十。バルクは五から五つも上げて、同じくレベル十へ。
冒険者の間では、レベル十が特別な数字だったりする。
レベル一は卵、レベル三から雛、レベル十で一人前。遂にウルクナル達は、一人前の冒険者として数えられるまでに成長したのだ。
今回はそれだけではない。
彼らは、商会が定めるEランク取得条件であるゴブリンの百匹討伐を達成していたのだ。しかもウルクナルは、エルフの身でありながらFランク冒険者に昇格してから九日目でEランクを獲得するという快挙。これは商会が設立されて以来の記録的な日数であった。
「おはようございます。ウルクナル様、バルク様」
「おはようナタリア、早速だけどEランク認定をお願い」
「かしこまりました。エルフ専用窓口へお進みください」
ナタリアは足早でフロアを歩き、その後ろを二人がついて行く。彼女はカウンターに入ると、九日前のようにペンを走らせ証書作成を開始した。
「ギルドカードを」
カードを手渡すと、ナタリアは窓口の脇に設置されている装置に差し込む。ガチガチと聞き慣れない音が鳴り、十秒余りが経過した。
「Eランク取得条件であるゴブリン百匹の討伐がなされていることを確認しました。認定書をお渡しいたします」
「ありがとう」
感謝を述べたウルクナルは、小刻みに震える手を抑え込んで、恭しく証書を受け取った。そして、ギルドカードに目を落とす。たしかに、Eランクの文字が刻まれていた。
Eランク冒険者ウルクナルの誕生である。
「よっしゃあ。俺もEランク冒険者だ!」
「――お静かに願います」
「すいません」
喜びを噛み締めるも、ナタリアに窘められ、肩を落とすウルクナル。苦笑したバルクは、自分のギルドカードをナタリアに手渡した。バルクも無事、Eランク冒険者の仲間入りを果たし、ウルクナルと同じくレベル十。二人の冒険者人生は順風そのものだ。
「それでは、昇格を果たされましたので、Eランク冒険者に発生する特典と義務についての話をさせていただきます」
ナタリアは普段通りの事務的な態度で、スラスラと説明を行う。
「初めに義務から、お二人には今月から商会へ毎月金貨一枚を収めていただきます。三カ月間滞納された場合は、無条件でランク降格処分とさせていただきますのでご注意ください」
「金貨一枚か、中々大変だ」
「そうか? 二日も森に潜れば稼げるだろ」
ウルクナルの呑気な言葉に、溜息を吐くバルク。
「お前なー。もし、森の中を歩いていて、突然AランクやBランクに相当するような強いモンスターと遭遇したらどうする。ウルクナルは勝てるか?」
「勝てない」
ウルクナルは、自分が敗北するだろうと即答した。
「だろ? 逃げるにしても、攻撃を受ける。そうなれば、大怪我だ。運良く死ななくても、骨の一本や二本、簡単に折れるだろう。となれば、何週間、何カ月とベッドの上で寝たきりだ。怪我した場所によっては数年掛かるかもしれない。魔法治療を受けるにしても金貨何十枚と毟り取られる。それを考えると、金貨一枚は大きな負担だ。身体が元気な時は楽勝だが、ウルクナルも冒険者なんだ。もしもの時は考えておこうぜ」
「……そっか」
考えが浅はかだったと痛感するウルクナル。ただ、バルクも同じく浅はかだったようだ。
「あの、説明を続けてもよろしいでしょうか」
『どうぞ』
ナタリアの声は普段通り落ち着いていて、怒りを内包しているようには到底感じられないのだが、この前こっ酷く叱られ続けたウルクナルとバルクには、彼女が激怒していると感じられるのだ。これが、ナタリア流の冒険者調教術である。
「――Eランク冒険者は、FやGランクと比べ、多くの魔物を倒し、多くの金を街に落とす経済的効果が見込め、エルフといえども無碍に扱うべき存在ではないと、商会では認識されています」
ナタリアの言葉に、どこか嬉しそうに顔を綻ばせるエルフ達。退けものではなく、社会の一員として認められたのが嬉しいようだ。
「そこで、商会は街の東側に位置する借家を、格安で貸し付けるプランを提示します。当然、強制性はありません」
「家か……」
「ふむ」
反応が今一つの二人。正直、魔物が闊歩する森の中で何日も平気で野宿をする彼らだ。家は、屋根と壁と床だけあれば良いと、半ば本気で考えている。
「もう一つの特典は、城門入口付近にある銭湯の永久フリーパスになります」
「――!」
「そりゃ本当かッ!?」
「はい、お二人が義務を果たし続けるEランク冒険者であるならば、永久的に銭湯が使い放題となります。ご利用の際は、ギルドカードを番台にお見せ下さい」
銭湯一回の入浴料は五十ソルだが、積もり積もれば大きな金額になる。毎朝訓練を行って汗だくになるウルクナルとしては、場所的にも時間的にも銭湯に入りたくてしかたがなかったのだ。
これで思う存分、気兼ねなく気持ちの良い湯船に浸かれると大喜びするケチくさいエルフ達だった。
商館の三階で高めの料理と酒を注文して、祝杯を上げた二人は、ほろ酔い気分で王都の繁華街をぷらぷらしていた。
「バルク、盾買いに行こうぜ。俺も防具が欲しい」
「そうだな、Eランク昇格の祝いも兼ねて高くても良い物を買うか」
Eランクを取得したことで、彼らはトートス森東側の深部、トートス王国の国境付近まで立ち入ることが許可された。耳にした情報によれば、これまで二人が潜ってきたセントールへと続く街道がある西側の森に比べ、東側深部は凶悪で凶暴なモンスターが多いそうだ。
モンスターの対策には、遠距離から攻撃できる弓や弩か、攻撃を受けてもビクともしない頑丈な盾が必要となるらしい。
だが、遠くから矢でチクチクなど、このエルフ達には向かず。そもそも、投射の才能が彼らには存在しない。
それに、誂えたかの如くバルクはエルフ離れした筋力の持ち主なので、彼の筋力を最大限生かし、盾を用いた正面きっての殴り合い、従来通りのスタンスを採用した。つまり、彼らの戦い方に大きな変更点は無い。これで一応は、高火力モンスターへの対策がなされる予定なので、まったく歯が立たない、なんてことはなさそうだ。
「これなんてどうだ?」
「……もっと重くても平気だな」
「やっぱりバルクは力持ちだな。俺なんか両手で持つので精一杯だ」
鍛冶屋、店名ドワーフの鉄に足を運んだ彼らは、商売道具の物色を始めた。
バルクの筋力は、レベル十に到達したことで格段に増強され、現在使っている金属の塊のようなハンマーすら軽いと感じていた。流石に、ハンマーと盾を同時に新調しては生活費が底をついてしまうので、今回は盾のみにターゲットを絞ったが、近々武器も買い変える予定だ。
「お、重いッ」
バルクは次々と盾を持っては、軽い、もっと重い盾をと連呼するので。この店に置いてある盾の中で最も重く、分厚い盾を運んできたウルクナル。両足がハノ字に開いて閉じられない。今にも押し潰されそうになりながら、バルクに救援を求めた。
「大丈夫か、ウルクナル」
重さから解放され、安息するウルクナル。
「あー、死ぬかと思った」
「そんな大袈裟な」
「いやいや、本当だっ――」
見ると、軽々とまではいかないが、確りと片腕で盾を構えているバルクの姿があった。
「バルク、お前って本当に力持ちなんだな……」
何かと負けず嫌いのウルクナルだったが、こればかりは素直に負けを認め、バルクに感服する。
「たまげたなー、エルフのあんちゃん。ソイツを片腕に吊り下げちまうなんて、数十年ぶりだ」
「あんたは?」
「俺は、ゴードだ。この店の店主で、鍛冶をやる」
現れたのは、長い髭を蓄えた極端に腕の太い、矮躯な人間の男性だった。彼は老けて見えたが、足腰は強靭なままで背筋も真っ直ぐ。顔は老人でも、身体は現役そのものだ。
「どうだ、その盾」
「すばらしい盾だ。だが、今の俺には使いこなせない。もう少しレベルを積んだ方がいいだろうな」
「俺も同意見だ。エルフのあんちゃん、名前は?」
「バルクだ」
「バルクか、……この盾を持ってみろ」
ゴードが持ち出したのは、最も重い盾よりも二回り小さな品だった。それでも鋼の塊から削り出したかのようなそれは、ウルクナルの体重よりも重い。常人が扱える代物ではないことに変わりはなく。それを片腕で支えようなど正気の沙汰ではない。にも関わらずバルクは、ゴードが差しだす盾を片腕で持ってしまった。無理している訳でもない。
「普通これは、地面に置き、両手で支えて使う物だが、お前は片腕で十分だな」
「……これは幾らだ?」
決心したバルクは値段を尋ねる。予算内であれば、躊躇う必要はない。
「定価は八万ソルなんだが、バルクは俺の作品で一番重い盾を片腕で構えてみせた。見物料を差し引いて、五万ソル、金貨五枚でいい」
「……!」
それでも著しく予算オーバーであったが、バルクは諦められなかった。財布を開き、中身を確認する。確かに足りてはいるのだが、金貨五枚が財布から消えると明日からは水と乾パンだけの生活になってしまう。
「……この盾は人気だったりするのか?」
「どーだかなー。ただ、俺の店に置いてあるのは全て一点物だから、売れちまったら在庫がない。次に同じ様な形状と重さの盾が並ぶのは、何年も先だ」
在庫はない、何年も先、これが決め手となった。
「――買った」
「まいどあり」
バルクは財布から重たい五枚の金貨を差し出し、同等の重さの盾を受け取るのだった。
「坊主、どうした?」
「坊主じゃねえ、ウルクナルだ」
「そりゃすまんかった。ウルクナル、何をお探しかな?」
「……軽い防具が欲しい」
ウルクナルは眉間に皺を寄せつつも堪え、希望を告げる。ゴードは彼を旋毛から靴の先まで凝視し、その視線は両手のグローブに止まった。このグローブの特殊性に気付いたのだろう。
「D、いやEランク冒険者か?」
「そう。バルクとパーティ組んで冒険者やってる」
「なるほど。それにしては、やけに上等なグローブをしている。ワイバーンの皮……翼膜か?」
「うん。カルロって言うエルフの冒険者から貰ったんだ。ワイバーンの翼膜で作られたグローブらしい」
「ほう、カルロか」
「知ってるのか?」
ゴードが歩きだしたので、ウルクナルはその後を追う。
「ああ、もちろん。少々性格に難はあるが、凄腕の剣の使い手だ。うちの店によく剣の整備を頼んでくる」
「へー。ゴードって腕が良いんだ」
「当たり前だ! 俺の腕前は王都でも三本の指に入る、その自負がある!」
ゴードは喋りながら店内にある軽装を探し、数点の候補を見つけだした。
「ウルクナルのサイズに合うのはこの四着だけだ。特注も受け付けているが、最短でも二週間は掛かる」
提示された四種の軽装は、鎖帷子、厚手のコート、レザーアーマー、胸部と腹部に金属の板が縫い込まれたレザーアーマー。それぞれには値札が付けられていて、コートが最も安く銀貨五十枚、反対に装甲付きのレザーアーマーは金貨二枚である。
それぞれを試着し、ウルクナルは装甲付きのレザーアーマーの購入を決断する。
「まいど」
ウルクナルは金貨二枚をゴードに手渡した。
選んだ理由としては、通常のレザーアーマーに比べやや重いものの、腕の可動域に制限がなく。また胸や腹部など、急所が密集する箇所に鉄板が仕込まれているので、魔物の攻撃を受けても、致命傷だけは避けられる可能性がある。
というのは建前で、本当は。
(一番カッコいい)
そんな理由だった。




