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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第五章

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ソラからの使者13

 会食が終わったのは、日付が変わった後だった。

 ホテルに戻り、少し寛いでからシャワーを浴びる。

 ウルクナルとしてはもう寝るだけだったが、マシュー達三人は、ホテルに戻ってからというもの、メルカルから渡された記憶媒体を熱心に閲覧していた。


 データのコピーにも成功したようで、マシューの外骨格から、壁の外の飛行艦を経由し、わずかずつではあるが王都へとデータを転送しているらしい。ところが、あまりにもデータが膨大で、かつ回線が貧弱であるため、全データの転送は不可能であるようだ。


「ねー、コーヒー淹れようか?」

「…………」

 ウルクナルが珍しく気を利かせて、飲み物を用意しようかと尋ねても、一同は無言であった。


「んーっ! お休みっ!」

 皆の冷たい態度にヘソを曲げたウルクナルは、すごすごと寝室に向かい、そのままふて寝してしまう。本来エルフリードに睡眠は必要ないが、寝ようと思えばすぐに寝られる。

 こういった融通は利くのである。

 ベッドで横になってから五分もすると、ウルクナルは寝息を立て始めた。

 ところが。


「おい、起きろ! 起きろウルクナルっ!」

「痛てっ」

 熟睡していたウルクナルは、ベッドから床に投げ出されて目を覚ます。

 冒険者として野山を駆け回っていた頃は、こうしてバルクに叩き起こされるのも日常茶飯事だったが、それは野宿での話。温かなホテルの一室で安心して寝ていただけに、目覚めの気分は最悪だった。


「もう、なにぃ?」

 眼をこすり、今にも寝入ってしまいそうなウルクナルだったが、次のバルクの一言は、その眠気を吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。

「緊急事態だ。トートス王国が危ない」


「――!」

 すぐさま体を起こし、リビングへと駆けたウルクナルは、すでに準備を終えていたマシューとサラに言い寄った。

「何があったの?」

「五分前、ナタリアから緊急の通信がありまして。王都の上空に、全長十キロメートルもの謎の生命体が出現したとのことです」


 外骨格エンデットを装備したマシューが、淡々と状況を説明してくれる。

 状況説明を受けたウルクナルだったが、全長十キロの生命体と耳にして、まだ自分は寝ぼけているのと首をかしげた。

「ん? 全長十キロの生命体? ……ガダルニアが送り込んだ魔物ってこと?」

 すると、サラが首を横に振る。

「ちょっと前にメルカルと電話で話したけど、どうにも違うみたい。相手の言葉を信じるのなら、だけど」

「そっか」

 今まで気づけなかったが、今現在パジャマ姿なのはウルクナルだけで、バルクもサラも、魔物と戦うに相応しい装束を纏っていた。


「王都のエルフリード隊は強いから大丈夫だと思うけど、早く帰ろう。準備はできた?」

「できてます。僕達はウルクナルを待っていたんですよ」

 ウルクナルは首肯しながら、濃縮された白色に輝く魔力で、鎧とガントレットを紡ぐ。

「行こう」

 一分でも早く王都に帰るべく行動を開始したウルクナル達は、自前の飛行能力で飛び立とうと非常階段を駆け上る。


 屋上に出た時、彼らはある異変に気づく。

「……?」

 現在の時刻は、いかにガダルニアの首都ガイアでも、誰もが寝静まる頃合いで、街の明かりも消え、漆黒の夜景が広がっているはずだった。


 それがどうだろうか、まるで巨大なLED照明で照らされているかのように、街は青白い光に包まれている。

 夜空が、青白く輝いていたのである。


「なんだ、これは」

 不気味に輝く夜空を茫然と眺めること数秒。

 夜空に青白い閃光が走ったかと思うと、首都ガイアを覆う透明なドームが瞬時に赤々と色づき、一秒が経過する前に溶け落ちた。

 その瞬間、摂氏何十万度というプラズマ化した大気がガイアに流れ込む。

 ドーム内部の空気は瞬く間にプラズマ化し、周囲全ての物質が沸騰する間もなく蒸発してゆく。

 ガダルニアの首都ガイアは、二千万の住民と共に、一瞬にして地上から消滅した。




 レベルシグナル予想。

 解放歴一〇四七年に、ガダルニアの著名な科学者が提唱した予想である。

 しかし、その内容は妄言に等しい。

 全文を要約するなら『超高レベルに至った魔結晶からは、強いシグナルのようなものが発せられ、宇宙の彼方から何らかの超越的な存在を引き寄せる』となる。

 実に抽象的で、不明瞭なのだ。

 当然、レベルシグナル予想を提唱した科学者は嘲笑された。

 信用を失い、学界を追放され、翌年に科学者が自殺してようやく、誹謗中傷はやんだ。


 ところが。

 レベルシグナル予想は、おおむね正しかったのである。

 超高レベルに至った魔結晶より発せられたシグナルに引き寄せられ、大宇宙の彼方から、奴らが来襲したのだ。

 地球人類は、奴らのことをこう呼ぶ。

 ――宇宙植物と。


 ガダルニアが、解放歴三百年から八百二十年までの五百二十年間を費やし、大型無人宇宙船を運用した連続短距離ワープ航法による太陽系到達計画の結果。

 太陽系第三惑星、地球の消滅が確認された。

 太陽系内には、無数の宇宙植物の死骸と、大破した宇宙船や、第七世代軍事用エルフの残骸が散乱するばかりで、生命反応は皆無だった。

 そう、地球文明は攻め寄せてきた宇宙植物と戦い、敗北し、滅ぼされたのである。

 ガダルニアにおける最大の禁忌は、魔結晶の無制限成長とされているが、その理由はレベルシグナル予想に記されている通り、超高レベルの魔結晶からシグナルが発せられ、超越的な存在――宇宙植物を惑星アルカディアに引き寄せてしまうからである。


 ガダルニア黎明時代からの賢者達、つまり当時の地球人達は、宇宙植物という抗えない脅威を知って国民がパニックになるのを避けるべく、このレベルシグナル予想を徹底的に抹消したのだ。

 賢者ネロは、実験エルフが集団脱走した事件の後に就任した若い賢者であったために、そういった諸々の事情を知らされていなかったのである。

 しかしながら、賢者ネロが魔結晶の無制限成長という禁忌を破るよりも以前に、ガダルニアは完全に詰んでいた。


 自由意志を持ち、無制限にレベルアップを続けるエルフ――ウルクナルが出現した瞬間、軍備の現状と、五十年に一度の魔物の大進行が重なり、それが致命傷となったのだ。

 エルフが覚醒したことで、彼らの体内に宿る超高レベル魔結晶から発せられたシグナルに宇宙植物が引き寄せられ、地球同様、惑星アルカディアは宇宙の塵となるだろう。

 一人残された賢者メルカルの役目は、ガダルニアに終末期医療を施すことだったのである。ガダルニアの国 民が、滅亡の瞬間まで、可能な限り健やかに暮らせるよう、普段通りの日常を必死になって演出し続けたのだ。


 技術はどれも未成熟で、ガダルニアの人間は平和に慣れきっていて、か弱く、自らの意思で首都ガイアを覆う防護壁という名のフラスコから出る勇気もない。

 その勇気が民衆にあったのなら、ガダルニアの人口問題など一千年前に解決していただろう。

 ゆえに逃げ場は最初から存在しなかった。

 終末を知りながら、それでもメルカルは生き続けたのである。




 解放歴二〇六九年。トリキュロス大平地。

 エルトシル帝国の首都たる帝都ペンドラゴンは、ガダルニア侵攻以前の活気を取り戻しつつあったが、今日に限れば戦前以上のものがあった。

 本日、帝都が普段以上に活気づいているのは、ナラクト公国の『シトレ大公』が、親族を連れて帝都に来訪するからである。

 城門から宮殿まで続く帝都のメインストリートには人が押し寄せ、さらには集客が見込めそうだからと多くの屋台が並び立つ。


 となれば当然、お酒を提供する屋台が出始める。

 燻製された腸詰め、揚げた白身魚やフライドポテト、グリル料理などの塩辛い屋台料理には、冷えたビールが非常によく合う。

 大公一行の到着は昼過ぎだというのに、その何時間も前から、街中が祭りのような混沌とした喧騒に包まれていた。


「いやー、改めてすごい人だねこりゃ」

「ええ、本当に」

 エルトシル帝国の最高学府、マニエール学園。

 食堂屋上の開放的なテラス席に腰かけ、人でごった返した帝都のメインストリートを眺めながら歓談するのは、魔法剣士のカレンと、エルトシル帝国の第二皇女カトレーヌであった。

 カレンはテーブルの上に並べられた屋台料理を口に運び、ゆっくり味わってから冷えたビールと共に飲み下す。


 屋台料理は、学園の食堂一階で、今日限りの特別メニューとして提供されたものだった。

「帝都の人達って、いつも不機嫌そうな顔してるくせに、こういうイベントが大好きだよね。国賓を歓迎するっていう口実を得た途端、今日みたいな騒ぎになるし」

 そう言いながら、カレンはハーブの練り込まれた腸詰めを口に運んだ。

 ジューシーでありながら爽やかな味わいを堪能して、ビールを飲む。

「…………」

 ジョッキを手にしているのは、カレンのみであった。


 皇族であるカトレーヌは、大公一行との会見をひかえているために、飲酒を我慢していたのである。もっとも、目の前でこうもおいしそうに飲まれては、耐えられたものではない。

 端的に表現するなら、我慢の限界であった。

 カトレーヌは、辛みの効いた腸詰めを口に入れると、カレンの手にあるビールジョッキを強引に奪い取る。


「あ、私のっ!」

 彼女の抗議に無視し、腸詰めの味を十分に楽しんでから、ビールと共に胃へと流し込む。

 ゴクゴクと豪快にのどを鳴らし、カトレーヌはジョッキを開けてしまうのだった。

「はあー、おいしい」

 彼女の見事な飲みっぷりに、しばし呆気に取られていたカレンだったが、奪われたビールの怨みを晴らすべく、口を尖らせて嫌味ったらしい言動をする。


「ちょっと殿下ぁ、お昼間から、おビールを、お飲みになって、およろしいのでございますか~?」

「いいんですよ、別に。大公の到着まで時間はありますし、いざとなったら自分の水系統魔法で血中のアルコールを除去すれば問題ありません」

 張り合いのない返答に、カレンはズルズルと椅子に沈み、ふて腐れながらフライドポテトをほおばるのだった。


「……まったく、どうせ飲むなら、自分のも頼めばよかったのに」

「すいません」

 謝るカトレーヌであったが、彼女のやや赤らんだ顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。

 結局、飲み足りないということで食堂一階にてビールを再注文し、新たなジョッキをかたむけながら、人であふれた帝都のメインストリートを物見していると、カレンはふいに、もう一人の親友のことを思い出す。

「ねえ、今からでもシルフィールを呼ばない? ほら、バイクって言ったっけ? この前の手紙で、マシュー局長が造ってくれたって自慢してた赤い乗り物。あれがあるなら、王都から帝都まで自動車道も開通したし、すぐに来られるんじゃないかな?」


「今日はもう難しいと思いますよ? 私も、もう少し休んだら宮殿に戻らないといけませんし」

「……そっか。やっぱり、そうだよねー」

 自分の提案がいかに無茶であるか理解していたため、カレンはとても残念に思いながらも、今からシルフィールを呼ぶという計画をあっさり諦めるのだった。

 するとカトレーヌが、友達を自宅に招くような気軽さでこんなことを言い出した。

「来月あたり、シルフィールを国賓として宮殿に招くというのはどうでしょうか?」

 その提案にカレンはハッとする。


「…………」

 そして今、自分の目の前で、ビールジョッキを片手に白身魚のフライを味わっている我が親友が、帝国の第二皇女なのだと再認識するのだった。

「カトレーヌが家に外国人を招くと、自動的に国賓扱いになるんだね」

「そうなのですよ! お友達を実家に招待するだけで国を挙げての大騒ぎです。皇族に生まれた宿命とはいえ、もう少しプライベートに配慮してほしいものです!」


 そうまくし立てたカトレーヌは、鼻息荒くフライを口に投げ入れ、ジョッキに口をつける。

 完全に、場末の居酒屋で会社の愚痴をこぼす女性のそれだ。

 彼女のような第二皇女が居るのであれば、帝国の未来も明るいと確信するカレンであった。

「日取りはどうする? 騒ぎになるのは割り切るしかないだろうけど」

「そうですね。シルフィールも何かと忙しいでしょうから――」


 そうやっていつまでも続くかに思われた二人の会話は、突如として中断された。

 帝都中にサイレンが鳴り響いたのである。

 その不協和音を多用したサイレンは、人々に底知れぬ恐怖を感じさせる。

 お祭り騒ぎだった帝都が、まるで性質の異なる騒然とした空気に包まれてから、数秒。

 ガダルニアの首都を焼いたのと同じ、青白い輝きが、帝都上空に現出した。




 トートス王国、王都。

 けたたましいサイレンが王都中に鳴り響く。

 最高レベルの防衛準備態勢が発令され、全エルフリード戦闘員に、緊急出撃命令が下された。

「間違いないのだな?」

「はい」

 アレクト国王が険しい表情で尋ねると、王族と大臣達との懇談の場に飛び込んできた伝令は、強張った表情で頷く。


「マシュー局長が、現地から科学研のメインコンピュータへ転送していたテータ群によれば、トリキュロス大平地各所に出現した謎の敵性生物は、ガダルニアにおいて宇宙植物と呼称されていたそうです」

「……向こうのウルクナル達と連絡は取れたのか?」

「一時は取れていたのですが、五分前の交信を最後に不通となっています。恐らく、渡航に使用した艦の通信設備が、敵性生物の光線照射により破損したのではないかと――」

 それ以降の会話は、懇談会に同席していたシルフィールの耳には入ってこなかった。

 今も続いている父アレクト国王と、伝令との逼迫した会話が、まるで壁越しであるかのようにこもって聞こえる。


「――――」

 シルフィールは瞬きすらせずに、ひざの上で両手を握りしめながら、テーブルの木目を凝視する。

 つい三分前、エルトシル帝国とナラクト公国の首都消滅が確認された。

 死者数、負傷者数、共に不明。


 はっきりしているのは、両国の中枢である首都が、宇宙植物と呼称される敵性生物の襲撃を受け、レンガ一つ残らず、地上から完全に消滅してしまったという覆しようのない現実のみ。

 シルフィールは、帝都ペンドラゴンの完全消滅を、親友二人の死という現実に結びつけるまでに、長い時間を要していた。

 今からでも急いで帝都に向かえば、カレンとカトレーヌが笑顔で出迎えてくれる気さえする。

 だが無情にも、現実は違う。


 あの二人はもう現実には存在しない。

 二人の笑顔は、現実から永久に失われた。

 帝都ペンドラゴンは地上から完全に消えたのだ。


「……お父様、私」

 静かに顔を上げたシルフィールは、対面に座る父と短く言葉を交わす。

「ゆくのか、シルフィール」

「はい」

「そうか、必ず帰ってきなさい」

 ――王は、王女を戦場へ送り出した。


「はい!」

 アレクト国王へと深く座礼したシルフィールはすぐさま席から立ち、口を固く閉ざして、無表情のまま歩き出した。

 会場の扉を押し開け、廊下を歩きながら、体を覆う宝飾品を剥ぎ取っていく。

「姫様ッ! 姫様、お考え直しくださいッ!」

「どけッ!」

 シルフィールの心中を察した女性侍従が、彼女が投げ捨てた宝飾品を拾い集めながら駆け寄ってくる。しかし、怒り狂ったレベル三桁後半のシルフィールを、侍従が止められるはずもない。


 自室にて自らの手でドレスを引き裂き、外骨格のパイロットスーツに体を押し込んだシルフィールは、王宮ビルの地下駐車場にて、愛用の赤いバイクに跨り、王都の西のはずれに建造された科学研の格納庫へと向かう。


 エルフリードよりも遥かに劣る、単身では地を這うしか能のない我が肉体が情けない。

 内燃機関特有の爆音をまき散らし、ビルの合間を縫うように疾走しながらシルフィールは頭上を見る。

 ――上空では、全長十キロメートルもの生物が音もなく浮遊し、その巨体で王都の空を覆い隠していた。


「司令部より、各員へ通達」

 パイロットスーツに一体化した耳下の骨伝導スピーカーに、王都地下の指揮所より通信が入る。

「上空に出現した生物を以後、宇宙植物と呼称する」

 王都上空に浮かぶ宇宙植物の形状は、四つ葉のクローバーに近いものの、体表面上には短い触角がまばらに生え、ゆらゆらとなびいていた。

 また色彩も異なり、草原に群生するクローバーの青々とした緑ではなく、赤黒い木苺をすり潰したようなドドメ色をしている。


 生物の体表面には触角の他にも、『気孔』と呼ばれる、植物の葉に存在し、呼吸などを行う器官に似た構造体が複数確認できた。

 その気孔から、以前ウルクナル達が未踏破エリアにて遭遇した、あのクラミドモナスを巨大化させたような生物が、雲や霞の如く排出されている。

 空は瞬く間に黒く染まっていった。

 奴らこそ、地球人が宇宙植物と呼称する生物。

 外宇宙からの使者。

 人類種の敵である。


 気孔から排出された多数のクラミドモナス型宇宙植物は、穀倉地帯を食い尽くすイナゴの群れを想起させる動きで、王都の市街地へと殺到する。

 マシュー、サラ、バルクという指揮官不在による初動の遅れから、いまだ王都には都市防衛用の魔力障壁が展開されておらず、現状王都は丸裸に等しい。

 ただ、王都防衛の要は、魔力障壁ではない。

 市街地が宇宙植物の群れにのみ込まれようとした刹那、横合いから放たれた幾筋もの黒い光線が束となり、群れを瞬時に消し飛ばす。


 そして幾千もの黒い光線が、上空のクローバー型へと殺到し、宇宙植物は数秒の内に幾万もの残骸へとなり果てる。残骸が王都に落ちて被害を出さぬよう、彼らは執拗に光線を放ち、徹底的に燃やし尽くしていく。

 彼らこそ王都防衛の要、エルフリード隊である。

 戦いは、もう始まっていた。


「――ッ!」

 敵はまだ存在する。だからこそ、初戦に加わりたかった。

 シルフィールはバイクをさらに加速させ、頭上の外敵を一匹でも多く葬り去るべく、格納庫を目指す。

 目的地に到着した瞬間、スタンドも立てずに投げ出されたバイクだったが、重力制御を応用した擬似的なジャイロ機能が搭載されているので横倒しにはならず、コンクリートの地面に二輪のタイヤだけで自立する。


 格納庫内では、野太い怒声が絶え間なく響いていた。

「バカ野郎ッ! ぐりぐりと信管を押し込んでんじゃねぇぞ、弾頭は丁寧に扱え、ここを吹き飛ばしたいのかッ!? ――そこッ! ちんたら運んでんじゃねえッ! 台車が足りねーんだから、弾頭は両脇に二つ三つ抱えて運べッ! いいか野郎ども、現時刻をもって、王都第一整備部隊は、無期限の厳戒態勢へ移行するッ! ぶっ倒れそうになったら特製の滋養強壮ドリンクおごってやるから、遠慮なく言えッ!」

 魔導スーツを着こんだ何十という整備員達が、巣を突かれた蜂のような忙しなさで内部を行き来している。


 シルフィールは、その中を臆せず進み、格納庫中央にて腕組みし、衝撃波に等しい大声で理不尽かつ的確な指示を出す男のところへと向かう。

「私の機体はっ!?」

「準備できとる」

 肺の空気を絞り出したシルフィールの声は、一発で彼の耳に届く。この騒音の中、作業に集中している彼と肉声で意思疎通できるのは、シルフィールくらいのものだろう。

「ついて来い、こっちだ」


 身長百八十センチ以上、背丈ではバルクに届かないものの、腕の太さは一般人の太ももと同じ直径で、筋肉質かつ骨太の体格。そんな彼に先導され、シルフィールは歩く。

 彼はモーゼだ。


 どれだけ忙しくとも、彼の姿を目視した途端、整備員は脊髄反射で道を譲る。

 そんな格納庫の最奥でシルフィールを出迎えたのは、深紅に塗装された人型の兵器であった。人型兵器の前で男は立ち止まり、鼻で荒く息をしながら腕を組む。

「スーパー・エンデット。制御系も、駆動系も、ネジの一本に至るまで、お前さんの指示通り、カリカリにチューニングしてある」


 本来、第二世代機エンデットの全高は三メートルだが、その深紅の外骨格は四メートルに達していた。

 装甲、リアクター、武装。その諸々をこれでもかと機体に盛り込んだのである。

 特に、背面のメインスラスターと、機体各部に設けられた姿勢制御用のバーニアスラスターは、改修元の第二世代機には影も形もなく、スーパー・エンデットのためだけに開発されたものだ。機体の魔力消費を抑えながら、さらなる運動性を獲得するべく開発された、魔力を一切消費しない純粋なロケットエンジンである。

 機体名、スーパー・エンデット。

 第二世代機比で、エネルギー出力四倍、火力六倍、機体重量六倍という、並大抵のパイロットでは扱いきれない正真正銘のじゃじゃ馬である。

 だが、シルフィールが操るのなら、この深紅の機体は、現状のエルフリード戦闘員すら凌駕する戦闘能力を発揮するだろう。


「私の、力」

 シルフィールは唇を噛みしめ、万感の思いで深紅の外骨格を見上げた後に、四メートルの機体を持前の身体能力で駆け上り、ハッチを開いて内部に体を滑り込ませた。

 四基の魔力炉と、四基の核融合炉へ順々に火を入れる。

 機体各部正常。

 アビオニクス・オールグリーン。


「調子はどうだ?」

 シルフィールは王都第一整備部隊隊長の名を、最大の敬意を込めて呼んだ。

 彼女の声が、機体の外部スピーカーからクリアに響く。

「完璧。ありがとう、ゴード」


 御年八十歳。

「当たり前だ。行って来い、そして帰って来い。そいつは俺が直接整備する。機体さえ持ってくれば、何度でも完璧に直してやる」

 この十年間、超高レベルモンスターの肉を食べ続けたゴードの肉体は若返り、この年にして全盛期を迎えた。ニカッと頬を吊り上げ、大胆不敵に笑う。


 シルフィールの頭部の動きに機体頭部が連動し、外骨格がモーターを駆動させゆっくりと頷く。

 格納庫の天井が一部開かれた。

 深紅の巨人は、魔力の鎧を纏うと滑らかに浮き上がり、華麗に宙を舞う。

「――ゆきます」

 シルフィールはスーパー・エンデットを駆り、激情を滾らせ戦場へと赴く。


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