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暗黒時代12

「セントールの高等学術院! ……凄いな」

「……?」

 バルクは、マシューというらしい少年エルフに尊敬の念を抱いて唸る。もう一方のエルフは頭頂部にクエスチョンマークを浮かべていた。

 村育ちで、教養が欠片も無いウルクナルには、セントールの高等学術院とやらに、どんな凄さがあるのか理解できていなかったのだ。ウルクナルに潤んだ瞳を向けられたので、バルクは丁寧な説明を行う。

「先ずセントールってのは、王都の西、トートス王国の丁度中心部分にある街で、様々な研究施設や学校が乱立している場所だ。高等学術院は、セントールで一番頭の良い学校のことだ。わかったか?」

「ありがとう、バルク。よくわかんないけどすげーな、お前!」


「よくわかんねーのかよッ!」

「いえいえ。もう唯の落伍者ですよ」

「……マシューって言ったか、今幾つだ?」

「十四歳です」

「――十四歳」

「あ、俺の一つ下」

 絶句するバルク、嬉しがるウルクナル。二人は対照的な反応を示す。

「そうなんですか? お名前を伺っても?」

「ウルクナルだ。よろしくな」

 ウルクナルが手を差し出すと、マシューは嬉しそうに顔を輝かせて手を伸ばし、両者は快く硬い握手を交わす。


「はい、よろしくお願いします! あの、実はトートスには移り住んだばかりで、お恥ずかしながら色々と不安だったりするんです。時々で良いので、相談とかに乗って貰えると嬉しいんですけど……」

「おう、任せとけ! って言いたいところだけど、実は俺も三カ月前に移り住んできたばかりなんだ。でも、不安な気持ちは良く分かるよ。エルフはどこに行っても邪魔者扱いだしな」

「そうなんですよ! どこに居たって邪魔者扱いです!」


 同年代で同じ境遇のウルクナルに出会えたことに感激している様子のマシューは、左手も添え、両手で握手して激しく上下にシェイク。目元には薄っすらと涙が浮かぶ。

「セントールに居た頃は、それはもう散々な目に遭いました。僕を露骨に無視するのは当たり前、僕が作成していた論文は盗作されるし、研究室が何者かに荒らされても生徒から教師まで全員知らんぷりです。人間達と関わるのが嫌になって、室に籠って研究を続けていたらいつの間にか退学にされていました。卒業試験に合格していたにも関わらず、です! そんなこんなで、全部が嫌になった僕はセントールを飛び出して、気付いたら王都に居ました」


「そうかー、マシューも大変だったんだな。それで、ここでは何をするつもりなんだ?」

「えっと、とりあえず、どこかの研究所に入れて貰おうかと。その件で商会を訪ねたんです。そうしたらエルフの女性職員がとても親切にしてくれて、色々とやってくれました」

「そのエルフの名前って、ナタリアだった?」

「はい、そうです。お知り合いですか?」

「うん、知り合い。でも、アイツ怒ると大変だから、そこだけは気を付けて」

「……そんなに恐いんですか?」

「んー。恐いって言うよりも――」


 ウルクナルとマシューが愚痴混じりの雑談に花を咲かせていると、隣からバルクが口を挟んだ。彼は思いつめた表情をしていて、どこかマシューに対してよそよそしい。

「なあ、マシューだっけ?」

「はい?」

「俺の記憶違いかもしれないんだが、高等学術院って入学してから卒業まで、留年せず順調に行けば六年だったよな?」

「そうですよ。よくご存知ですね」

「……。丁度六年前に、平均倍率七十倍、平均入学年齢二十歳の高等学術院に八歳の若さで入学を果たしたエルフの少年が居るって風の噂に聞いたことがあるんだが。それってもしかしてお前のことか?」

「あー。そうですね、多分僕のことだと思います。あの時は騒がれましたから」

「マシューって凄いんだな! 同じエルフとして誇らしい!」

 と、ウルクナル。


「いやー、幾ら昔にちやほやされても、今は落第した身ですから」

 ウルクナルが無邪気に彼の功績を称える一方で、バルクの顔には嫉妬の暗雲が立ち込めていた。

 今でこそ、巨大なハンマーとタワーシールドが似合う巨体のバルクだが、実は動植物を観察したりスケッチしたりするのが好きで、子供の頃は、高名な魔物学者であった初等学校の校長先生に憧れ、本気で学者を目指していたりもした。

 だが、生来の頭の不出来さに加え、幼少時は金銭的な問題が常に付きまとい、夢を諦めざるを得なかったのだ。


 つまりマシューとは、自分の挫折した夢を軽々と叶え、かつ同時に、トートス王国の最高学府である高等学術院に歴代最年少入学を果たした逸材。

 憧れの対象であり、同時に嫉妬の対象だった。

 バルクには、マシューの話に出てくる人間達の心の有様が、手に取って理解できた。その天才が人間だったならまだ救いがあったのだろう。しかし彼は、虐げられる者エルフの小僧だ。日々見せ付けられるマシューの圧倒的才能、浮き彫りになる己の愚かさ。


 無視もする、盗作もしたくなる、やつあたりの一つもしたくなるに違いない。彼らはきっと、マシューを羨望し嫉妬していたのだろう。中途半端なバルクですらこれである。本腰を入れ、人生を賭して励んでいる彼らは、六年間、嫉妬の業火で我が身を炙られ続けたのだ。

「その、高等学術院とやらではどんなことをやっていたんだ?」

「僕が主に行っていたのは、魔結晶の多角的な利用方法の模索、銃器の改良、宇宙の形の証明などの新学問です。銃器の改良は、威力と命中率を劇的に向上させる方法を考案したのですが、実験に移る前に、学術院を追い出されました」

「ははは、ちっとも分からねー」


 自分の無知を恥じようともせず、豪快に笑い飛ばすウルクナル。

(ウルクナルめ、ウジウジと悩んでいる自分がバカみたいじゃないか。本当に能天気なヤツだ)

 不思議と、彼の笑い声を聞いていると自分の悩みがちっぽけな物に見え、どうでもよくなってしまうのだ。バルクは特大の溜息と共に、醜い嫉妬心を吐きだした。Gランク冒険者だった頃よりも懐が温かいこともあり、すんなりと平常心を取り戻す。バルクは、そんな自分の安直さを自嘲した。

「ウルクナル。談笑しているところすまんが、そろそろ換金しないか? 腹が減って倒れそうだ」

「お、そうだな。俺も腹が減って倒れそうだ。――それじゃマシュー、また会おうな!」

「はい。――ウルクナル」

「おう!」


「――っ!」

 マシューは顔を輝かせた。彼にとって、ウルクナルの名を呼ぶことは大変勇気の要ることだったのだろう。

「あ、あの。これ、僕が借りている家の住所です。気が向いたらで良いので遊びに来てください。それじゃまた」

 走り去るマシュー、ウルクナルの手のひらには住所が殴り書きされた小さな紙切れが残された。だが、この紙を頼りにウルクナル達が彼の家を訪ねることはないだろう。

 何故ならば――。


「……俺、字が読めないんだけど。バルク読めるか?」

「……ナタリアに聞けば早いだろう」

 ウルクナルは字が読めなかったし、そもそもエルフ二人は住所という概念を知らなかったからである。

「あそこかな?」

「恐らく」

 財宝秘宝が犇めく室内を歩くと、鉄格子の嵌められた厳めしい窓口が設けられていた。ここで証明部位を換金してくれるのだろう。二人は重たい革袋を手に駆け寄った。

「いらっしゃいませ、本日のご用件は?」

「斃した魔物の報奨金を受け取りたい」

「かしこまりました、持参された証明部位を籠の中に入れてください」

「ああ」


 窓口の下には、ダストシュートに似た穴が空いている。そこに袋を入れると穴が閉じ、鉄格子の向こう側に袋が届く仕組みのようだ。商会の職員は、手なれた様子で大量のゴブリンの耳を数え上げ、査定を進める。

「ゴブリン二十七匹で銀貨八十一枚。ワイルドピッグ三頭で銀貨十五枚。合計で銀貨九十六枚になります。お確かめください」

 大量のゴブリンの耳とワイルドピッグの頭が換金され、銀貨九十六枚、九千六百ソルもの大金になって帰ってきた。銀貨の柱が取引窓口で乱立する。

 ウルクナルとバルクは、その光景を一頻り堪能。そしてバルクは、懐に大切に仕舞っていた銀貨百枚が詰まった袋を取り出す。これはワイルドピッグの肉で儲けた金だ。

「なあ、本当に山分けで良いのか?」

「俺は数えるのが苦手だからな、二人居るから半々に山分け。簡単だろ?」

「ウルクナルは器も大きいんだな、時々抜けてるけど」

「……なんか素直に喜べない」


 商館の地下一階に設けられた換金所は、銀行の役割も兼任しているらしいので、儲けた金を預けておくことに二人は決めた。

「この金を半分にして、それぞれの口座に納めてくれ」

「かしこまりました。ギルドカードの提示を願います」

 銀貨百九十六枚を折半して二人のそれぞれの口座に入金。同時に、ギルドカード情報の更新もなされた。

「あ、俺のレベルが六になってる」

「俺はレベル五だ」

「やった! 俺の勝ちー」

「……ウルクナル、飯を食べに行くぞッ!」

 ウルクナルがやけに勝ち誇るので、悔しくなったバルクは踵を返して、出口に向かう。

「ちょっと待てよ!」

 慌てて追いかけるウルクナルだった。




 低ランク冒険者の集会所である商館三階では食事も提供される。絶品と言える程美味くはないが、安いし、量が多い。下手な定食屋に入って失敗するよりも、商館で食べた方が無難だ。

 ただ、粗暴な冒険者達の騒がしさを気にしなければの話だが。

「ウメー」

「ウルクナルは良く食うな」

「ああ。いっぱい食べて、身長を伸ばしたいからな。後、頭一つ分は背の高さが欲しい」

 柔らかいパンに、ジューシーなワイルドピッグのステーキ、新鮮な野草のサラダをもっさもっさと頬張るウルクナル。彼は三セット目を平らげようとしていた。時折度数の低い果実酒で口を湿らせ、どこか上機嫌だ。


「…………」

 一方バルクは、ウルクナルの身長に対するコンプレックスを知り絶句していた。

(何もしらないのか。そうか、ウルクナルは村育ちだったな)

 エルフの成長は人間のそれとは大きく異なっている。

 胎児から乳児までの成長は人間と大差ないが、エルフの発育は知能と肉体両面で人間よりも早く。生後六カ月で一人歩きを始め、一歳ごろには走り、言葉を話す。一般的には十五歳頃になると成長が止まり、以後数百年間外見に変化はない。死期が迫ったエルフはその肉体を急激に老化させ、最後は枯れ木のように細くなって亡くなるのだ。

 ちなみに、寿命には個々に大きな隔たりがあり、二百歳で死を迎えるエルフも居れば、八百年間外見に変化が無かったエルフも居る。


 つまりだ。

 ウルクナルの年齢はとっくに成長期を過ぎている。エルフという種族上、幾ら栄養を摂取しようと、肉体面での成長は望めないのだ。

「あー。うめー。おかわりしよっと」

「……言えないな、これは」

 真実を教えて飯を不味くするよりも、バルクは騒がしくも美味い飯を選んだ。


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