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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第一章 何でもありな何でも屋
9/48

9.  雪女vs小鬼熊①

「えっ、ま、魔法……!?」


 クラスメートたちがざわめく。……魔法、か。

(ま、否定はしない)

 雪女渾身の〝腹パン(ボディブロー)〟を魔法扱いしたい人がいたとして、彼ないし彼女の推測をぶち壊しにする理由はないからだ。


「安心してくださいな、アンビスくん」腕まくりをすると、ぐるぐる回す。「わたしは高校の水泳部時代に、厳しい筋トレ生活にのぞんだ過去を持っています。わかりますね?」

「わからん! その話のどこで安心すればいいんだ!?」

「筋トレ生活の部分にですけど」

「さっぱりわからないぞ!?」

「と、に、か、く! 400メートル自由形400秒の記録でなじられたわたしですが、筋トレのおかげで力だけは強くなったんです」

「わかりたくもなくなってきたんだがッ!」

「鈍いですね! だから、熊退治くらいは朝飯前だっつってんですよ! 朝飯前なのは、主にあなたが朝ごはんを提供しなかったせいですけどっ! それとは関係なく、あなたは黒船に乗ったつもりで……って危ない!」


 どん、と武彦をつき飛ばす。

 今の今まで武彦がいた場所を、ひしゃげた机が通過した。


「っぎゃ」武彦は床を滑り、無事に……、

「ぶ、ぶ、無事に昏倒しちゃってあんた……どうすんですかぁ!? う、うわぁあー!」

「……どうやら、お前さんも幻界種のようだなぁ」と、ピードゥ。

「そそ、そそそ……! んん、こほん。――そうですが?」


 生徒たちが蜘蛛の子を散らして逃げていく中、ピードゥだけがのしのしと戻ってくる。机はぞんざいに蹴り飛ばしたようだ。

 彼はポケットから手を抜き出して、拳を受けた腹をさすった。

 大したダメージは食っていないようだ。結構強めにいったのだが。


「やはりこれはいいものだ。面倒事も一言で済むからのう」


 にぃ、と口腔こうこうに覗いたのは、巨体に身合った太い牙。

 どう猛な笑みだった。


「改めて、わしは英雄長V‐Ⅰのピードゥ・サムド。熊でありながら、人文学科の学生代表をつとめておる身よ」

「エイユウチョー……。シャルルちゃんの妄想じゃなかったんですね」

「名乗ったところで、まずは先の非礼を詫びよう。すまんかったな、女だからと侮った」ピードゥはなんとも慇懃いんぎんな熊である。「お前の名は?」

「あ、はい。わたしは水上みなかみゆきです。種族名は凍結怪異生物。俗称は雪女」

 ひとさし指を立てて、

「みんなの町の便利屋さんですよぉーう」


 あえて愉快なキャラで言ってみた。

 が、ウケない。和まない。ツッコまれない。

 それもそのはず。ピードゥはお喋りがしたかったわけではない。戦国時代の武将よろしく、我こそは何々~的な名乗り合いがしたかったのだ。


「これでもう、お互いに言葉はいらんなァ?」


 ピードゥは満足げに言った。途端。

 その足が教室の床板を踏み割った。いや、違う。一歩、足を踏み込んだ。即座に巨体が迫り、放たれたのは、大型肉食動物の膂力りょりょくを乗せた右ストレート。

 馬鹿みたいな大振りだった。ボクシング漫画を読めばわかる通り、こんな大攻撃が無条件で当るわけがない。ゆきは身をかがめて攻撃をかわし、無防備になった横腹に、再び拳を、


「ぬうぇいッ!」


 ピードゥの学生服がひるがえる。踏み込んだ足で転回し、重心が入れ替わった。風を巻き込んだ回し蹴り! 腹パンは即刻中止する。


(ガードを上げて防御しなくちゃ……)

「っ!」

 

 やはり中途半端はいけなかった。

 ドパン! と、衝撃よりも早く音を認識。同時に空白がゆきの意識に差し込んだ。

 まるで丸太で殴られたようだった。理解できない。それでも足は直感的に床を蹴っていた。再度の打撃音が耳朶を打ったとき、ゆきの寝ぼけた頭脳はようやく『追撃の膝蹴りをかわした』と理解した。


「ようかわしたの」


 冗談ではない。ピードゥは教室の奥の、もっと奥。繋がっていてはいけないとなりの教室から取って返す。作りたてのトンネルをくぐるさまは、居酒屋の暖簾をくぐるサラリーマンのノリと大差ない。


「壁を崩す膝蹴りなんか、死んでもくらいません」

 なぜなら。

「かわさないと死にます!」

「っかか! よせやい。褒めても何も出んぞ」

「褒めてはいないんですが!」


 と、会話はしていても決闘は中断されない。

 パンチ一発でのせると思っていたのだが、ピードゥは予想外に手強い。

 突きに、蹴り。どれもが殺人級の威力を誇るために、半端な防御は許されない。

 幻界種の大暴れで机はなぎ倒され、教科書とノートが狂ったように乱舞する。

 その隙間を、ぱっと群青の光が縫った。

 光を引き起こしたのは、雪女の冷凍能力。

 飛んできた椅子を靴底ではねつけると、床に手をかざす。机が窓ガラスを割って飛び出すのと同時に『特別特異特性』を解放した。


「キーンとしゅまっ、しますよ!」


 決め台詞を噛んでも気にしてはいけない。 

 拡散したのは強力な冷気。瞬きの間に教室は氷で覆い尽くされていた。目的は教室でスケート遊びを楽しめるようにすること、ではない。

 放し飼いにされた凶暴な熊を、氷の枷で床に繋ぎ止めてしまうこと。それは成功した。


「ははは、どうです。ここからはわたしの反げ」

「寒いわァ!」


 ピードゥは怒声を上げて氷の床を殴った。

 なんのことはない。捕獲された動物のとるつまらない抵抗だ。今に極上の冷気にうっとりと微睡み、うっかり冬眠したくなってしまうだろう。

 心地のいい振動が足首を這い、腰にまでのぼり、そうして振動が激震に変わるまでは、ゆきは気楽に構えていた。

 ピードゥの拳が床をぶち抜いてしまうとは、思わなかったから。


「んなぁあああああああ!?」


 轟音とともに、落ちていく。

 氷は砕け、床も砕けた。机やら教科書やら学生鞄やら、一切合財まとめて崩落する。

 落下以外の動きを見せたのは、真っ黒の影。学生服をはためかせ、学帽をすっ飛ばしたピードゥが机を蹴り、肉食獣の身のこなしで迫ってくる。


(うわ。避けらんない……)

 頭からの突進をもろに受け、また背中で壁をぶち抜いた気がする。


「っくそ!」


 ピードゥの顎に膝を入れて突き放し、一目散に逃げ出した。

 教室の階下、逃げるにはうってつけの縦長の部屋は……職員室だろうか。

 折れかかった心は逃げの算段に終始している。

 ゆきがいくら氷の棘を生成して妨害しようとも、ピードゥはデスクを蹴り、壁を蹴り、天井まで蹴りつけてかい潜り、距離が離れない。冷気で野性を刺激したのは、失敗だったと言わざるを得ない。


(なんてこった!)

 ピードゥは本能に任せて四足で疾駆していた。


「っ!!」


 辿りついた職員室の端で、とうとう熊と対峙する。三秒弱の追いかけっこは終わり。


「こんのぉ! 氷結棍・フリージング!」

 雪女の力で氷製バットを構成したゆきに対して、

「ダブルA級、超重拳」


 ピードゥは空中でくるりと回転し、二足歩行に戻る。剛腕を振りかぶり、音がしそうなほどに脇を引き絞った。


「――ボンバァアア!」

「――熊なみの愛を込めてッッ!」


 氷結バットと熊パンチが激突する。

 ぶつかるべきではないものの勝負の果てに、氷は拳に打ち負けた。

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