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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第一章 何でもありな何でも屋
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7.  ともだち

 翌日。

 登校して教室で席につくなり、腹の奥がぎゅっと蠕動ぜんどうし、憂うつが気化したような重々しさが喉を通過していった。

 どっとため息が漏れた。運悪くそのタイミングは、前の席の友人が武彦にあいさつするのと、かぶってしまった。


「おやまぁ、陰気な半眼にやつれた面して? 朝から物憂げにため息ついちゃう、ね。まるでエロゲーの主人公みたいなやつだな。こりゃあ転校生でも来るかな?」

「わけがわからん」


 おざなりに言い捨てても、殿田ツトムルはニヤつくのをやめない。

 彼は武彦と同じく人文学科の学友で、性格が悪い。

 間違えた。皮肉しか言えないように舌が設計されているだけで、根は良いやつである。

 ツトムルという名前が体現する通り、彼は何においても、とにかく少数派のものを好むシニカルセンスを保有している。

 風変わりな名前は、両親に人間と幻界種を持ったおかげであって、つまるところ種族における姓名の傾向をかけ合わせた結果だ。

 今どき種族違いのハーフは珍しくもない。


「一限目の古文の要約、やってきた?」

 あ、と声を上げるかわりに、またため息をついた。

「そういえばやってないな。しまった。つい忘れてたよ」

「マジかよ! 俺は誰にノートを見せてもらえばいいのさ!? このサボり魔が!」

「疲れてたんだよ」


 お前は気楽そうでいいな、と言いそうになって思い直し、武彦は三度目のため息。

 減るものでもなし。ため息はいくらでもつける。しかし、それでうれいが身体から出て行くかといえば、全くそうではないのが辛い。


「俺だって昨日は大変だったんだぜ」

 大変だったという割には、さも自慢げに言う殿田である。

「何かあったのか」

「あったとも」殿田はにっと笑み、「生れて初めて雷を浴びたんだ」

「ぬ」


 話を聞くとこうだ。

 殿田がゲームセンターで、格闘ゲームをきっかけにリアルファイトを始めようとしていたとき、彼の属する〝チーム〟から招集がかかった。

 連絡は学園専用のSNSを介したミニメールで、本人いわく非常に軽率な行動により、メールは既読状態になってしまった。

 ならば悪の縦社会で、上からの指示を無視するわけにはいかない。

 センスのよろしくない制服を着て待ち合わせ場所に向かうと、工場の屋根に登らされた。

 五分後に『英雄長』の面々が工場へ入って行くのを見たが、それに対するアクションは禁じられた。さらに十分後、総英雄長に追われたロブスタン軍曹が合流。そこからは場の流れで。


 殿田ツトムルは、悪研の下級戦闘員だった。


「受け身の練習はしてるんだけどよぉ、感電させられるとは思わねーじゃん? 普通」

「そ、そうだよな。ごめん」

「ばっか! なんで茂来もらいが謝るんだよ!」


 武彦には感電させた心当たりと、罪悪感があるからだ。

 幻界種と人間のハーフとはいえ、殿田は幻界種の親から『特別特異特性』を受け継いでいない。つまり、種族としてはまっとうな人間に当たる。電撃を受けるのは苦痛だったろう。

 心労をおもんぱかり、自己嫌悪でしょぼくれた武彦に、殿田は逆に戸惑ったようだ。


「元気ねえなぁ。もしかして」殿田は目を細めた。「下痢か?」

「いいや」

「恋わずらい、とか?」

「言い回しが微妙に古いぞ。当然違う」

「だったら元気出せっての! お前はアレか、もやしか! ビニールハウス出身の!」

「やかましい。ハウス栽培をなめるな」

「知ってるかぁ? 古今東西どこでもだよ。鍋パーティーを開くとよぉ、いるんだよなぁ。狂ったようにもやしを入れて、味を薄めちまうもやしっ子がよォ!」

「古典に〝鍋パーティー〟の記述はない」

「つまんねーツッコミすんなよー! なはは!」


 全く。前の席に座らせておくと、うっとうしくて敵わない。こんな男でも悪研では「イー!」と叫ぶことしか許されないのだから、おかしな話である。

 ホームルームも間近になり、次に嘆息したのは殿田の方だった。


「でもさぁ、ほんと誰なんだろうなぁ」

「もやしっ子の話か?」と、武彦。


 殿田は鼻を鳴らし、言下に否定した。

 もやし談義には飽きてしまったよう。


「新しい総英雄長のことだよ。ほら、アンビス・ペロリストってヤバいやつ」

「それは確かにヤバいが……、彼の通り名はアビス・テンペストだったと思う」

「そうそれ。茂来は英研だったよな、あいつが誰だか知ってる?」

 苦笑した。それから、首を横に振る。

「さっぱり」

「あいつさぁ、なんで顔を隠すんだろうな。しみったれた仮面でさ。他の英雄長もちぃっと態度が悪いしぃ?」

「うん。僕もそう思うよ」

「うちのチームじゃあいつの評判は良くないぜ。俺としても、前の総英雄長のが良かったな、やっぱヒーローならスッキリしてて欲しいってかぁ。最近の英雄業界じゃ、ミステリアスなのが流行ってんのかね」

「どうだか。実は自信がないだけかもな」

「ロブスタンは絶賛してたけど、だぁーめだ、俺は納得いかん。張り合いがねぇもの」

「へえ」


(ロブスタン。やっぱりあいつは良いやつだ!)

 と、再度ロブスタンに感銘を受けたところで、友人から悪しざまに評されたもやもやは晴れなかった。


 本当に、おかしなものだ。

 全寮制未来学園VVでは、未来の社会をになう人材を育成する。

 そのために採用されたのは、伸びやかな学習方針とは正反対。両極をなす組織を競い合わせ、実戦で力をつけさせる教育プログラムである。

 設定されたのは、学生にはたいてい略されるか、読み飛ばされる『悪行秘密結社・研究会』と、『無敵英雄研究会』の二つの派閥。


 未来学園は高校でありながら専攻学科が存在し、広大な学内には人文学科、経営学科、工業学科、法律学科ごとに四つの校舎が存在している。

 英研の場合は、各学科の代表者たる『英雄長』がトップ4に据えられ、さらに全学科を代表する『総英雄長』がこれを率いる。


 英雄長の任命には実力以上に、前任者の意向が尊重されやすい。

 対して悪研は学科を問わず、複数のチーム分けで所属部隊を決め、働きによって――下級戦闘員は別として――幹部に昇格するシステムだ。

 両派閥の生徒たちは学園側が課すルールの下、『正悪決戦』の指定日にて、ランク別に対応するチーム戦を行うこととなる。


(なんだかな)


 順当に行くと、武彦は英研の最高責任者になるのだが。実感がない。

 というのも、前の『総英雄長』から投げやりな指名を受けただけなのだ。

 平社員だったのが、一足飛びでオーナーになった感じ。

 それでも武彦は精一杯やっているつもりだった。足りないと言うのなら、ぜひとも良いやり方を教えて欲しいくらいには。 


「……茂来?」

「いいや、なんでもない。ちょっと腹が痛くって」

「やっぱ下痢かよ。意地張ってないでトイレ行けよ。別に恥ずかしくねーから」

 殿田が鈍感で良かったのか、悪かったのか。微妙なところだ。

「こっちからも聞いておきたいんだけどさ」

「うん?」


 さりげなさを装おうとして上手くいかず、妙に抑揚のない声になる。


「お前のとこに、水上みなかみゆきって名前の女幹部がいないか?」

「んん。水上ゆきぃ?」


 殿田の反応は、『見ず知らずの名を問われた反応』に見えた。

 まんまである。武彦は、それが本当に彼女を知らないがための反応なのか、あるいは末端の戦闘員にまで及ぶ守秘義務なのか探ろうとした。


「知ってるかい? 隠さなくてもいいよ、どうせ僕とお前の仲じゃないか」

「さあ? 聞いたことねえ名前だけど」

「そうやってごまかせと、幹部たちから釘を刺されているんだな?」

「あのなー。悪研でも、中二病への対処の仕方なんて教わらねえよ」

「ふむ」


 半眼でめつけてわかったことは、気味悪がられているという事実だけ。


「ならいいや。僕の早とちりだったよ、ごめん」

「あ、いや俺も言い方が悪かったわ。お前マジに疲れてんだなぁ……」

「やめろ」


 友の憐憫れんびんから逃げた視線は、教室を横断して窓の外へ向いた。

 綺麗な青空が広がっている。

 見ていると、綿あめのような雲がたなびく下を数羽の鳥たちが飛んで行った。

 ほぅと息を付く。今度は鬱屈ではなく、いくらかの安堵が胸にしみた。

 人の営みの外へ目を逃せば、安らぎの景色はどこにでも広がっている。……逆に。


「かわりの情報っちゃなんだけど」

 殿田はいかにも「悪だくみをしています」という、顔つきになる。

「ここだけの話、うちの対英雄長用の最終兵器は、とっくに起動状態に」

「……っ、………!?」


 逆に。

 人と、そして幻界種の世界を見返せば、そこにはいつでも頭痛の種が植わっている。どっかりと。ところ構わず根を下ろし、いくら引っこ抜いてもきりがない。

 武彦が目を下ろした先。校庭には例の女がいた。

 空よりも蒼い瞳と視線がまじわると、水上ゆきは笑顔で手を振った。


(かわいい)

 つい思ってしまった自分を恥じる間もなく、ゆきは跳躍。


「っとと、やあアンビスくんっ! おっはようございまぁす!!」


 ベランダの縁で仁王立ちしつつ、ゆきは気持ちの良い挨拶をした。

 臙脂えんじのジャージに、失われた時代を感じさせるブルマ、そしてなんら物怖じのないドヤ顔。

 校庭から二階のベランダまで、ひとっ跳びだ。

 せめて下駄箱くらいは通って欲しかった。


「あ、あいつ、アンビスって。今お前のこと」

「トイレに行ってくる」言って、席を立った。「下痢気味なんだ。もう耐えられない」


 クラス中の注視を集める中、ひどい告白となった。



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