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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第一章 何でもありな何でも屋
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5.  妹と便利屋

 武彦の住まいは人文学科の校舎のほど近く。南西部の住宅地にたたずむ学生寮だ。足早に外付け階段を上り、部屋のドアノブに手をかける。


 ドアは抵抗もなく開いた。


 広がっていくドアの隙間を眺め、うんざりした。

 それから心臓が止まりそうになった。薄暗い玄関で体育座りをしている〝たわけ〟を見つけた時には、誰でもびっくりするはずだ。

 もふもふの尻尾に顔をうずめて、誰かが眠っている。尻尾は狐のもので、整った黒の毛なみに、毛先にかけては抜けるような雪色。


「シャルル!」

「ほわっ」


 一喝すると、シャルル――妹の茂来鮭流もらいしゃるるは叩かれたように顔を上げた。


「ほわぁー」じゅるりと涎をすすり、「しまった! たばかられた!」

「何にだよ」

「やや! なんだかぶっこみ……ツッコミたそうな顔をしてるね、お兄ちゃん! 違う?」

「漫才の意味でなら違わない。それ以外だと触れたくもない」

「あはーん!? いいよいいよ! あたしは下ネタも〝おっけぇ〟な鋼の女だもん! 発情期のお兄ちゃんにも真心を込めて対応するよ! あ、でも、あんまり近寄らないでね!」


 シャルルは体育座りから、一挙動で立ち上がった。


「お兄ちゃんを驚かそうと思ったんだけど、途中で眠っちゃったんだ」

「それはいいよ。けど、鍵をかけろっていつも言ってるだろ」

「ご飯できてるよ! それともお風呂にする? それとも、あ・た・し?」

「お前、鼓膜ついてるか」

「付いてるよぉ。それに聞いてるけどぅ……でもっ、まずはベタなネタを優先しなさいって、神様に言われたような気がしたよ! ビビっとね!」


 そんな神様がいるのなら、今すぐ免職処分にすべきである。

 尻尾を振り振り、嬉しそうにはしゃぐ少女は、武彦と二つしか歳が離れていない。

 元気横溢な未来学園の一年生。

 癖っ気のあるセミロングの黒髪に、ぴかぴかの制服を着込んだシャルルは、照れるよりも引く意味で、花も恥じらううら若き乙女だった。


「シャルル」靴を脱ぎつつ、ちらりと妹の顔色をうかがう。「他にやることはなかったのか」

 シャルルは屈託なく笑んだ。にっぱりと、ひまわりのような笑顔。

「なーんも!」


 断言されても困るのだが。クラスに友達はいないのだろうか。ちょっとだけ心配になる武彦だった。


「英研と悪研のどっちに付くか決まったか」

 とりとめのない話をかわしながらリビングに入る。

「あ、おかえりなさい」

「ただいま。……え?」

「しばしお待ちを」

「え、あ、ああ」


 英雄はいつでも公平だ。総英雄長でも扱いは一般の三年生と同じ。

 狭苦しい相部屋から始まり、二年生のときには狭い個室で、そうしてやっと与えられたロフト付きワンルームには、けばけばしい色のソファと安物テーブル、台付きのテレビが置かれ、生活必需品の他にはこれといって物が置かれていない。


 置きたくとも、部屋に二人もいると置くスペースがない。夜にはロフトに上がり、妹とならんで寝なければならなかった。


 妹との同居を決めたのは武彦の実家の両親だ。

 犯罪から守るため、という慈愛の精神には涙を禁じ得ない。


(経費も浮いたしな)


 本来なら学友との相部屋を強いられるシャルルも、いきなりロフト付きのワンルームが提供される。強くてニューゲーム状態。


「お兄ちゃんのために、頑張ってご飯を作りました!」

 武彦がソファに座り込むと、シャルルはてきぱきと料理を運んだ。

「おう。サンキュ」


 バラエティでも眺めようかと思ったが、テレビは剣を持った勇者に占拠されていた。

 一年前に買ったゲームだった。ちょうどドラゴンとの死闘を繰り広げている。となりで知らない女がコントローラーを握りしめていた。


「なあ」

「すみません。話しかけないでください。今忙しいので!」

「はあ」と頷き、武彦は神妙な顔でみそ汁をすする。「これ、ダシ取ったか?」


 シャルルは「何言ってんのこいつ」とでも言いたそうに顎をしゃくった。


「っち、なんなの。そのパターンばっか、おいやめろよ……はぁ? おかしいって……!」

 どうして食事中に、知らない女の悪態を聞かなければならないのか。

「しかし、今日は嫌に寒いなぁ」

「そうかな。お兄ちゃんも自分の尻尾を出して、もふもふすればいいじゃんか」

「嫌だね。それじゃ馬鹿みたいだ」

「ふうん? あたしは馬鹿みたいなのか。ようし、じゃあ馬鹿の尻尾でもふってあげよう!」

「えっ!? そんな展開をタダで見られ――あ」勝手に興奮する知らない女。


 勇者はドラゴンブレスの余熱で即死した。


「あぁー」

「よし。もういいか?」


 武彦は箸を持ち上げ、かちかち鳴らした。

 なるべく柔らかな口調で、


「この子はお友達かい?」


 この子とはもちろん、人の家のリビングでゲームに没頭している女のことだ。武彦は知らないし、シャルルの友達以外ではありえないのだが。


(家に招くなら最初から言えよな。気まずいじゃんか)


 そんな風に軽く考えていたものだから、シャルルの返答には、目玉がみそ汁につっこみそうなくらいに驚かされた。


「ううん。知らない人だよ」

「……っ!」

 武彦は口を押えてみそ汁を見た。幸い、目玉は浮かんでいない。

「知らないってどういうことだよ。冗談だろ?」

「え、なあに。あたしは、お兄ちゃんの彼女さんだと思ってたんだけどぅ……違うの?」

 ゆっくりと視線を横に移す。

「……」


 女はまだゲームのコントローラーを握りしめていた。

 握りしめるだけ力いっぱい握りしめて、しかし操作はしていない。

 眼差しで液晶画面を砕いてやろうという気概を感じるほど、テレビを凝視していた。


 たっぷりとしたロングヘアに目がいく。夜の海を髣髴とさせる深い紺色だ。顔立ちも端整で、美少女、と呼んでもいいだろう。

 だが。


「僕には彼女なんていない! こいつは知らないやつだ!」

「えー? それじゃおかしいよう? だったら、この人は誰の彼女さんなの?」


 どうせなら『誰』ではなく、『何』かを問うた方が賢明だろう。


「そういえば」と、シャルル。「お兄ちゃんが帰ってきたら、大声で伝えるように言われてたのに。あたしったら忘れちゃってたね。てへへー、ごめんなさーい」

「えぇそれって……! やっぱり!? あんた、まさか空き――」

「オーケー。落ち着いてください」


 にわかに気色ばんだところで、女は両手を上げた。

 降参、とでも言うつもりだろうか。


「ちゃんと説明しますよ」

「や、説明するも何も! これって不法侵入じゃ」

「でーすーかーら! それも含めて説明しますってばッ!」


 説明するというので、武彦はひとまず黙った。すると女も黙った。腕を組み、女とは思えないレベルで眉根を寄せている。


「う、うーーーーーーん……」


(駄目だこりゃ)


「シャルル、学生監督センターに電話を」

「やぁんっ、せっかちさん!! もう五秒だけ待ってくださいよ、良い説明を考えますから」


 理由がないと言っているようなものだ。


(もしかして悪研の手先か?)


 全身スーツを着ていないところ、幹部クラスとして。それでもプライベートの空き巣はルール違反だ。事業の乗っ取りは許されても、空き巣は許されない。学園の定めた正悪のルールは複雑なのだ。


「整いました。では、ご説明します!」


 女はまだやる気のようだった。

 諦めが悪いというか、納豆のように粘り強い。


「行動順に言いますね。ではまず一、わたしは部屋を借りようと思いました。困ったなー」

「うん」


「二、空いている部屋を借りよう。どれがいいかなー?」

「適当すぎるよう」


「三、空き部屋と思ってベランダから入ってみたけど、意外と空いてなかった。わーお」

「ほう。それで?」


「四、まあいっか」

「わーお」


「五、発見される。そして、わたくしめに行動六を与えるのは、心優しい住人様です!」

「シャルル、早く電話を」

「ええぇー!? わっからないんですかァアッ!? ちょっとした勘違いでしょこれぇ? な、の、に? どうしちゃうんですかぁー。電話しちゃいますかー? 学生さんでしょー? 学生さんなら人に優しくしなくっちゃあ、いっけないんじゃないデスカー!? 社会に出たらドン、ドン! 削られる要素を今使わないで、どぉこで、いつ使うってんすかー、今でしょー、優しさ。ね、優しくしてくださいよ。してよー、っしろよぉお!」

「見苦しい。諦めろ」


「六、目撃者を抹殺する」

「っ!?」


 部屋にいる女は〝物凄くやばい人〟らしい。しかも自分がからまれている。

(これなら、まだロブスタンの方が……)

 おかしい。周りの誰と比べても、怪人の方がマシに思えるとは。


「頼みますよぉ! 本当はのっぴきならない理由があったんですよぉ!」

「何もないだろうが! うわっ!?」


 飛びかかってきた女を、武彦は邪険にはね除けようとした。幻界種は人間と比べてケタ外れに力が強い。不測の事態は起こらない。

 はずだった。


「え」


 女は武彦の腕をいともたやすく払いのけ、

 どん、と。武彦は女に押し倒されていた。


 ――ガチン。

 硬い音とともに、両腕はそのまま、透明な氷塊で床に固定される。


「きゃああぁ! お兄ちゃんが受けに! 謎の女×お兄ちゃん状態に!」

 家族会議を開かざるを得ないくらい、気になる言い回しをする。

「お、お前……なんなんだ?」

「わたしは水上みなかみゆきです! ひぃっ、しまった名前を! どうか見逃してくだしゃあ!」

「お前はなんだと聞いているんだ!」

「だから水上ゆ……わたしは天ノ川カグヤです。天ノ川カグヤをよろしく、はいどうも」

「嘘つくなよ!?」

「え、えっとー? えへへ? ばれちゃいました?」黙ってにらんでいると、やがて女も観念した。「はぁ、そうですねー……。わたしは、ま、あれです。人間じゃあないです。幻界種の第一種で凍結怪異生物。俗称は……雪女」

 肩をすくめて、


「何でもできる便利屋さんですぅ」

「……?」


 見上げる女の瞳は、その言動に反して、透徹された美しさを秘めている。

 ともすれば吸い込まれてしまいそうに、深く、深く。

 瞳はどこまでも――蒼い。

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