12. V‐LINX
シャルルはフロップの手を借り、戦う
(――プラズミング・ザ・コネクト。状態安定、むしろパーフェクト。二重雷電同調)
四肢の上を銀の液体が流れ、次々と装甲を纏っていく。上半身から始まり、足先へと。動きにはよどみがない。さながら魔法少女の変身シーンのよう。それを素直に認められないのは、魔法少女と呼ぶにはいささか衣装が硬質だったためだ。
腕と脚を覆った銀の装甲は、どちらかといえばパワードスーツの趣。
腰回りをベルトが囲み、そこに四機の矢じり型ガンズFsが連結される。花のつぼみを作るように薄い装甲が尻尾を覆うと、新怪人誕生の仕上げに、V字のバイザーが眼前に形成された。
兄とお揃いだ。
(シャツは可愛いから、残したよ)
V字バイザーを繋ぐ耳元のイヤホンから、フロップの声が届く。
(後ね。さり気なさが、ポイント)
右腕の装甲から触手が伸び、シャツの前ボタンを二番目まで外した。胸の谷間が曝け出される。触手はそのまま首を巡り、ぷつんと切れてシルバーネックレスに変化。
「ちょ、ちょっと大胆じゃない?」
(大丈夫。チラリズムよ。チラリのイズムは、文化として確立されてる)
ウィンクでもしそうな明るい声だった。
装甲各部に収まった三センチ大の水晶球が微放電し、金と紫の雷電を混合させる。
「うわ、キモ。何それ、何? はぁあん、あんたぁ何したの?」
前腕部の鰭を団扇代わりに使いながら、ハナが問うた。
「見てわからない?」
シャルルの思惟を受けたフロップが、尻尾部分の装甲をにゅっと伸ばした。脱ぎ捨てたブレザーのポケットから、ある物を引っ張り出す。
尻尾装甲は巻き戻り、ある物はシャルルの手に。
「合体しただけだよ。友情合体と、変身。ありふれた王道パターンだよぅ?」
「???」
擬態金属生命の局所装甲。POFs擬態端末が使用者に力を与えたように、フロップもシャルルに力を貸してくれる。ただし武器としてではなく、共に戦う仲間として。
「あたしは茂来鮭流。彼女はフロップ。対英雄長殲滅兵器V‐X」
銀のヘアチョークを三本、指に挟み、荒っぽく髪に塗りつける。
「最高のV‐Xと完全にリンクする。ぴょいっと縮めてV‐LINX、それがあたしたち」
(可愛くないのは嫌よ。ダサい)
ダサいのがイイのだ。
三本の細い円柱がハナたちに向かい、地面を転がっていった。
「あたしたちはロブスタン先輩を病院に運ぶだけ。邪魔をしなければ、見逃してあげよう」
「ふぅーんんぅうううん……? あっはーっ! 生意気な口ィ。この私に向かっ」
「あ、言っておくけど」
「だからぁああ!? 人が喋ってんのを遮るんじゃねえよぉ!」
全員を睥睨し、くすりと笑う。もはや恐ろしいものは見当たらなかった。
「あのね。あたしたちはもう――悩まない」
「あらあらあららぁ? 今の決め台詞? 驚くべきぃ? へぇー! そりゃあ凄いわぁね!」
苛立たしげにハナ。彼女はドレスを頭から脱いだ。下には競泳用のスクール水着。
右腕と同じく、彼女の全身が鱗に浸食されていく。
半漁人を思わせる様相だ。彼女は鋭い牙をむき出しにした。
「変身できるのはあなただけじゃなしぃ。コンビなのも、こっちもそうだしぃ、それにー? 何よりザ・フリルヴァイパー様が生意気な一年を好むとはぁ、限らぁねえんだよ!!」
「そっか、ごめん!」
「嫌味もわかんないのぉ!? このとんちんかん! 構わないわぁよ。C・プディングマン! 冷や水を浴びせてやんな!」
「わかってるよ、ハナちゃん。怒鳴らないで」
「本名で呼ぶんじゃねえよぉお!」
だって長いだろ、と愚痴が聞こえたが、プディングマンには幸いなことに、激昂したハナは気づかなかった。
プディングマンは甲羅の装具から、八本の水の鞭を射出した。
水の鞭は浮き輪に乗ったハナの周りを走り、三次元的に定位する。九本の水の竜。
「見せてやるわぁよう! 私たちのコンビネーションをぉ!」
解放された複数の鰭が切り裂かれ、どぱん、と浮き輪が割れた。
神経毒付きの鰭に覆われたハナは、けれど純粋に美しいと思えた。
アサギ色の髪を背にして、彼女はきらめく水に浮かんでいる。翼のように広がったハナの鰭は、その薄膜に夕焼け空を透かしていた。
「水は魚の通り道。……私の種族はねぇ、皆が泳ぎ上手なのよぉう!」
九本の水の鞭が出し抜けに伸びる。ハナは絡まり合う水の鞭を高速で泳ぎながら、九本の道を変則的に移動する。
その度に発散される水しぶきが、水の絡まりの根元から次第に近づいてくる。
「わわわ」
「あははははは! 捉えられないでしょおおう!? 捉えたとしてもぉお、毒鰭があっちゃあ触れられなぁあい! きゃっはははッ、これぞヴァイパー・ザ・スイミング!」
(ね、シャルル。技名は考えないと。滑っちゃう)
「ぶふっ」
確かにハナは滑っていた。水の中を滑りまくっている。
噴き出している場合ではなかった。どれだけ能力がアップしても、自分はまだまだ戦闘慣れしていない未熟者なのだ。ここぞで働く機知も少ない。
大ピンチだ。
(そうでもないよ)
フロップが言った。尻尾を覆うテールアーマーが、バナナの皮をむくように四つに分かれ、細長い銀の尾に変形。新たに生まれたのは、狐の尻尾に擬態したV‐LINXの銀尾だ。
「切り刻まれろやぁあ!」
「ふふん」シャルルはちょいと指を立てて、前髪を弄んだ。「だったらどうした、だね!」
その指をハナに突きつけるよりも速く。
四本の擬態尾がハナの動きを見切り、びよんと伸びる。鰭によって装甲に傷を負うものの、擬態金属生命は神経毒なんてなんのその。擬態尾はハナを拘束する。
「は、はひー……? なぁ、なぁんでぇ?」
ハナと視線を合わせたまま、「なんでだろうね」
腰に巻かれたベルトから四機のガンズFsが発射され、自律飛行でハナの腹部に体当たりを食らわせた。衝撃で身体が浮き上がったところを再度、擬態尾で釣り上げる。
「ちょおっと、シャルルちゃぁあん? や、やめ……」
「お断りします!」
バチ! と金属生命と鳴神狐の雷電が共鳴した。
金と紫の雷を纏った四本の擬態尻尾が、浮き上がったハナを滅多打ちにする。
「ぶ、げ、ぐげげ! ドSかこんチッキショオオオウ!!」
サポートに回った水の鞭に一心不乱で飛び込むハナ。再び高速遊泳で逃げていく。
「逃がさないよ!」
(わたしも、同意見。脚部ジェットブースター、起動)
足とふくらはぎの裏から蒼炎が噴いた日には、シャルルも呆れざるを得なかった。
もちろん直接出ているわけではなく、炎の噴射はフロップ製の脚部装甲からだ。
空を跳んだのは生まれて初めてのことだった。まるで、スーパーマンみたいに。
縦横無尽に空間を泳ぐハナに一歩も引かず、飛行能力で追いかける。
殺到する水の鞭をかいくぐり、ガンズFsで牽制、彼女の泳ぐ道をぶちまける。水の鞭はそれ自体が生き物であると錯覚してしまいそうにのたくり、ハナを上空へ逃がす。
泳ぐのと飛ぶのでは、どう足掻いても後者の方が速かった。
四本の擬態尾がねじり合って一本となり、強かにハナを打ち付けた。
「ぎゃああぁお!」
「ハ、ハナちゃん! おのれ、よくも!」
同時に水の鞭は補助の役目を放棄、C・プディングマン独自の攻撃手段へと転じた。
九本の水の鞭が竜の頭部をもたげ、全方位から突撃する。
「退避ー!」
叫ぶや否や脚部ジェットブースターを点火させ、一息に後退。
(シャルル。実はわたしたち、コンビじゃないの)
唐突に告白したフロップに、シャルルは口元を片端を吊り上げた。
「そうかもしれない」
四方八方から殴りかかる水の竜を潜り抜け、避けきれない攻撃はガンズFsと擬態尻尾で迎撃する。
「飛び回るんじゃねえよ」と、プディングマン。
必死の防御もむなしく、水の鞭はシャルルを中心に牢を形成した。全周囲を囲まれ、逃げ場はない。水牢は網目状の格子をのたくらせ、内に向かって勢いよく収縮する。
その瞬間。外からの攻撃で、水牢の横腹が爆発四散した。
「なんだと!?」
水の網を貫いた〝彼〟を手に掴む。急速後退。網に開いた穴から脱出する。
従属するフロッパーズで武装した彼は、鈍く輝く銀製フォーク。
(ツェーネも仲間に入れてあげて。あのね、意外と嫉妬深いの)
「もちろん!」と、巨大フォークを掲げる。「あたしたちは悩まず不屈のV‐LINX! 擬態金属生命と、鳴神狐と、巨大フォークのトリオだ!」
装甲各所にはめ込まれていた水晶球が排出され、各自で浮遊する。水晶玉は戦いの合間に鳴神狐の雷電を充填し、その曇りなき球の中央にエネルギーを溜め込んでいた。
四つのガンズFsが融合する。
形成されたのは長大な弓。フロップの意思で自律浮遊する長弓は、ブゥウンと振動音を立てて起動。上下の弓はずから放出されたアーク放電が、巨大フォークに吸着した。
「チキショオ、このザ・フリルヴァイパー様にぃぃい!! こんなことしてタダで済むと思うなぁあよ!? 部下を使ってでも、ねっちりいたぶって……」
「それでも! 何度だって叩き潰す! 誰が何をしようが」
(フロップが言うよ、だったらどうした、って)
「あたしたちは逃げないんだから!」
「ガキぃい……!」
怒鳴り散らすかと思えば、反してハナは薄く笑んだ。蔑む目に、できるもんならやってみろと言われている気がした。
蓄電済みの水晶球が巨大フォークを取り囲む。弓を使うには矢が必要不可欠であって、矢のない弓なんてのは屁の音のする弦楽器にすら劣る。
シャルルたちの持つ矢は、弓の性能を最大限に引き出す代物だ。
(全力を出すのよ、シャルル)
「りょーかい!」
巨大フォークを握る掌に力を込め、やり投げの要領で振りかぶったならば、
「三位一体ッ! 電磁加速雷槍・サクリファイス――」
撃ち放つ。
加速した巨大フォークが水の鞭を貫き、地面を穿ち抜く。瞬間、追随する水晶球が散開。一条の電流がシャルルの指先からフォークの柄に、さらに散開した水晶球へと。
全てを繋げる。
それは水晶球が蓄えた雷電を解放させる、励起信号だった。
「――バースト!!」
呆気にとられるハナたちの前で水晶球が紫電を帯び、光を発した。
大気を膨張させた雷鳴が地に響き、猛々しく発した金色の雷柱が天に昇る。
つき上がった雷の柱は公園の上半分を黒焦げにして、直接川と繋がるクレーターを新造した。不運なベンチは右側をハナに抉られ、今度は左側を雷に吹き飛ばされてしまっていた。真ん中だけが器用に残っている。
「…………」
肝心のハナたちといえば、流れ込んだ川水に足を浸して、二人仲良く倒れている。
怒り心頭に起き上がるとは思えない有り様だった。
「やっ……たぁ! フロップ!!」
舞い戻った水晶球が迷うことなく装甲に収まる。シャルルは地面に降り立つと、クレーターに刺さった巨大フォークを取り上げた。
(ツェーネも、身体を張った。ウフフ、帰ったらお楽しみよ)
「ほえぁ!? え、え!」
(……シャルルは、どうしてか盛りがついてる。はあ。磨いてあげるだけよ)
「え、ち、違うよう!? 馬鹿ぁ! 別に、そんなんじゃないもん!」
こちらは清純さを看板に引っさげている乙女だ、そんな俗な妄想はしない。全く馬鹿らしい。馬鹿なシャルルでも嫌になるくらいに。
ところで、ロブスタンはどこだろうか。
「おい」
「ほわっ!」
間近からの声はロブスタン先輩のものではない。もっと野太くて野性的な。
「ピードゥさん!?」
なんということだ。ハナの相手をしていたせいで、彼のことをすっかり忘れていた。
すわとばかりに色めき立ったシャルルを、ピードゥは「待てい」と静止する。
「こっちはもうやる気はないわい。勝てる気もせんしな。ほれ、よう見ろ」
彼は背を向けた。
隙を見せているのではなく、そこにはロブスタンが背負われていた。
「それどころか。実をいうとわしはなぁ……すこぶる感動しとるんじゃあ! 大見得に次ぐ大見得に、初々しい有言実行! どらま、いうもんかのう! お前さんがおっては、こりゃあ茂来の立場も危ういわい! がっはははははは……がうぉおおおおおおん!」
むさくるしく男泣きするピードゥ。
なぜ泣く。男の人を理解するには、まだまだ時間が必要な模様。
戦いは終わりと知れて、フロップがシャルルとの合体を解いた。
唐突に身体が軽くなったものだから、クレーターの底に尻もちをついてしまった。流れ込んでいた川水のせいで、尻尾の先までびしょびしょだ。
「やり過ぎだぞ、シャルル」ピードゥの背で、ロブスタンが虫の息で言った。「公共地荒らしの責任を取るつもりはなかったんだが」
自慢の熱意まで虫の息だった。ハナの毒のせいだろう。
「責任はあたしが取りますよ。でもぅ、あたしに責任を取らせた責任は、取ってくださいね」
彼は狐につままれたような顔をした。
「はあん? 全く、馬鹿馬鹿しいお嬢ちゃんだな! 責任をケーキみたく分割できるなら、俺は一切れだって頂かなくて結構だ。お前と、そこの鉄くず! お前らに全部くれてやる」
「ロブスタン、くたばれ」とフロップ。
「単刀直入に言ってくれて嬉しいよ」
フロップはその場で巨大フォークをぶんとスイング。ボールを打ち返す分には不格好だけれど、人を殴りつけるには様になったフォームだ。
ザリガニ怪人と金属の相性はどうにも悪いらしい。
「……おおお、うぉおおおおおおおん!!」
「もう」
ピードゥの暑苦しい咽びを耳にしながら、シャルルは川の向こうを拝む。
日没後の空では、澄んだ露草色が青のスペクトルを織りなしている。
ブルーモーメント。沈んだ日の名残りが生み出す、数分間だけの美しい青の天球。
茂来鮭流の理想は落日と共に没した。
だからこれは、V‐LINXの始まりを告げる光景だ。
「見入っとる場合か! 早く病院に連れて行け! 俺のやせ我慢にも限度がある!」
「わっ、ごめんなさぁい!」
シャルルはぺろりと舌を出した。




