2. POFs擬態端末①
桜の木の下で、どくだみの集団が小振りな蕾を支えている。
五月も中旬となり、過ごしやすくなった全寮制未来学園VVは今日も平和であった。
望月メイが企図した〝卒業パーティ〟の爪痕は残しつつも、武彦を含めて、学生たちはぽかぽかとした日差しに目を細め、いつかは切望する青春時代に没頭している。
大概は青春を浪費しているのだが、構わない。
青春は時間によって削られていってしまうのだ。貯蓄しておければいいが、そうもいかない。
使えるだけを使い、堪能しておくべきだ。売買するのはご法度だが。
多くの学生は、本能的にそれを理解しているらしい。
とりわけ未来学園の生徒には顕著な発想で、たとえば彼らは、
「ははは、この公園は俺たちが頂いた! 我が悪行秘密結社・研究会のアジトとするのだ!」
憩いの場をアジトにしようとしていたり、
「アジトにして、この開放感か。諜報員に優しいアジトにしてくれる気持ちはありがたいが、ありがた迷惑だ!」
アジトを作ろうとする輩を、懸命に止めようとしていたりする。
一方はザリガニを模したロボットスーツを着込んでいて、また一方は、これは自分のことなのだが、V字のバイザーをはめ込んだフルフェイスの仮面に、男子中学生が好きそうな黒のロングコート、右腕には特徴的なフォルムのガントレッドを装備している。
左腕はもっと前衛的というか、ギプスで覆われ、三角布で吊っていた。
これは流行のファッションでも、どこかを痛めている系男子のアピールでも、同情を買うための小道具でもない。
ただ、ぐきゃっと骨が折れているだけだ。
長閑な景色につられて、武彦はあくびをした。
学生が寄り集まって、小さな公園で正義と悪の決戦を行う。
生徒を正義と悪の派閥に分け、競い合わせる未来学園では、史上最低規模の正悪決戦となるだろう。
学内の惨状と、その修復費用が間に合わないために、追加で物を壊されたくない学園側の思惑が直結した結果。つまり、卒業パーティの爪痕とはこのことだ。
水上ゆきがいれば、憚りもなく笑い転げている場面だろう。
いや、やつのことはもういいのだ。忘れなくては。
武彦は気を取り直して敵のロブスタン軍曹と、彼を護衛する下級戦闘員たちに正対する。
「では行くぞ。貴様らの、はっきり言って異様に放っておきたい企みは、総英雄長V‐Ⅳ、アビス・テンペストが阻ませてもらう」
「礼儀正しいものだ。俺も名乗るべきかな?」
「必要ない。覚えているよ」
「ならば今すぐ忘れて、覚え直せ! 俺はザリガニ怪人のロブスタン軍曹だ!」
ロブスタンは鋏状のロボットアームをガチン、と鳴らした。
「そして――」
頭上から、ロブスタンとは別の声が降った。
確かに振ったのだ。見上げると日輪を遮る影がある。すらりとした人の影。そいつは落下しながら、両手に構えた二又の何かを武彦に向けた。
(危ない!)
思考は本能に支配される。ガントレッドを起動。
ガントレッド前腕部から同心円が展開され、防御フィールドを形成する。途端、何かから迸った二条のプラズマ光が直撃。和やかな公園で鮮烈なプラズマ光が拡散した。
風変わりな組み合わせに呆れていると、目前でびゅんと風が唸った。
薙がれた銀の刃が額をちりつかせる。おかげで浮き足が地についた。
続く袈裟切りはガントレッドで防いだが、刀身からプラズマ光が伝播し、皮膚に辿りつくとその熱量でじっくりと焦がした。
「うあっつ!!」武彦は思わず飛び退いた。「誰だ!」
誰何に答えたのは、同じくロングコートに身を包んだ男。
「俺は甘いマスクのエビ男、ミスターイセリアン! 満を持してここに見参!」
誰かと思えば、殿田だった。
武彦のクラスの友人。ワンレンズサングラスでクールを装っていても、彼生来の抜けた雰囲気は、その黒塗りの隙間から滲み出てしまっている。
殿田はこの間までは悪研の下級戦闘員、つまり「イー」としか言えない全身スーツ姿の集いに埋もれていたはずなのだが。自由な服装は、幹部だけに許された特権だ。
「この全くクソ以外の何物にも見えんエビはな、新たに昇格した幹部だ」ロブスタンが補足する。「かましたな、ミスターイセリアン。良い挨拶だ!」
殿田は腕組みをして頷く。口元には強かな笑みが刻まれた。
両手には二丁の銃剣。二又の刀身は鋏のように平たく伸びている。
「なんだよ殿田、メイに賄賂でも……」
「二番目にボク(メイ)を裏切ったで賞! の、褒美として幹部に昇格したんだよ」
「なんだそりゃ」
「知るかよ。総帥様のお戯れだろ? けどよ、こいつは」殿田は銃剣を掲げる。「これは俺のアイデアだぜ。POFs擬態端末を用いたスペシャルな武器だ。ピース・オファリング・フロッパーズ! ご存知、擬態金属生命【SIX/FLOP】の分裂体で構成された代物さ!」
「要は小さなフロップってことか。よくそんなものを持っていられるな」
「なんとでも言えい。見ろよ、プラズマガンとして機能するのに加えて、このように」
と、銃剣が変質する。二又だった刀身が銀色にぬらめくと、溶け合わさるように併合され、長く伸びた。一瞬後には、両刃の剣が彼の手に握られている。
「プラズマ・スタンブレードともなる! 武器自体が独立して機能する性質上、幻界種科学と違って人間が扱うことがもできる! わはは、どうだ茂来よう! ぶったまげただろ!」
「ふうん」
武彦は〝親しき仲にも礼儀あり〟の慎ましさを意識して、控えめに意見を言った。
「お前の衣装は僕のとかぶってるよ」
「んなっ、うるせえ! ロブスタンみたいな格好悪い装備にしろってのか!」
「…………」
ロブスタンは表情を変えない。
「や、僕が悪かったよ。ダメ出しをするつもりはなかったんだ。本当にこれっぽちも。マジかよパクリ野郎……とか思うわけがないだろ? 僕たちは親友なんだからな。ただ、エビを目指し始めた我が友のために、ひとつ言わせてくれ」
「お、おう。ダチだしな、歯に衣着せずどーんと……」
「そのサングラスはない」
友としては、過剰なまでに控えめな意見だった。
「オーダーメイドなんだけど……?」
「駄目だ。僕の仮面のV字バイザーと、割かしかぶっているような気がするんだ」
「うわぁー。うわぁ、総英雄長とかいうクソを見た気がする」
「そこまでにしておけ! 馬鹿どもが!」
罵り合いが永遠に続く気配を悟ったのだろう。ロブスタンが割って入った。
「身内のノリで喋られるのは腹が立つよな」
下級戦闘員を見回すロブスタン。
「俺もむかついている。おい、このまま胃液を煮えくり返したら、一体何ができ上がるんだろうな? 誰かわかるやつがいるか? お前は?」
「イー!」
否定のイントネーション。
「そうだろう。普通はわからん」
よく訓練された部下に、ロブスタンは大仰に首肯してみせた。
「だがッ、わかるまでくだらん漫談を聞いている必要はない! 各員『イー』と叫んだら、思う存分に怒りをぶちまけろッ!!」
「「イーッ!!」」




