32. 堕ちる水星①
「卒業証書授与。第十五回及び最終学期生、学生代表、望月メイ」
「はぁい!」メイは快活に返事をした。「桜散る校門を潜って以来、時に辛く、悲しいこともありましたが、実りある日々でした。教室から桜の花を見下ろすと、入学式の初々しさを思い出し、忌々しい桜が十五回も散るのを眺めた頃にはウンザリしたので、実力で卒業いたします。クソ喰らえ。以上。学生代表、望月メイ」
「よろしい。当学園は只今をもって、この者の卒業を……」
「――悪食猫切断!!」
相原の木刀一体型のV‐ドライブが起動。
網目状に走った斬線が卒業証書を八つ裂きにした。
「のわ!」
独り芝居は妨げられ、メイが慌てて横転したところへ、
「熊並の愛を込めて!」
頭上からピードゥの拳が叩き下ろされる。
体格は熊並、力は熊以上を誇る男による鉄拳制裁。
常人には過剰な暴力となる重拳は、しかし、メイに対しては軽すぎた。
「まーたキミかぁ」
へこんだ甲板の中心にあり、彼女は飄々と佇んでいた。片腕を振ってピードゥをはね除けると、何事もなかったように伸びをする。
「いいもんね。卒業証書なんて、いくらでも印刷できるもの」
化け物ぶりは相変わらず。メイにはダメージを感じられない。規格外の力を持つ幻界種でも、さらに規格外の存在。
超常級・人工衛星都市〈月〉の大総督のひ孫であり、悪行秘密結社・研究会の初代からの総帥も務め、十四年連続留年生と。仰々しい肩書きをならべさせた女。
学生たちにしてみれば、肩書きは長い朝礼くらいに味気ないものだ。
先んじた仲間たちにつづいて、武彦も『インベーダー』から戦艦に降り立った。
「常識がないんだね。人の卒業式を邪魔するもんじゃあないよ?」
「そう言わずに、もう何年か学んで行けよ」
「お断りだよ! ボクは学園生活に飽き飽きしてるんだ!」
瞬間。ライトアップされた甲板上を影が奔った。闇の中できらりと光ったのは、サイファーの繰る鋼の糸だ。
複雑怪奇な動きで周囲を取り巻くと、糸は輪の収斂と共にメイを拘束した。
「あいあい、ロックオーン」
「するまでもなく?」
零距離。インベーダーがジェットノズルから火を噴いて前進し、シエシエの右腕を兼ねるGFレーザーバズーカの砲口が、メイの額を小づいた。
「あ、あちっ」
「「解き放て! グングニル・マイウェイ!」」
照射された真紅の光束が、たちどころにメイを呑み込んだ。
膨大な熱量を浴びて溶解し、煮立ったどろどろの道の先で、彼女は肩をすくめてみせた。
「……ふう。で、こんなことをつづけるつもり? 学芸会ならよそでやって欲しいな」
「お前が言えた義理か」
挨拶のしめだ。痛みに悲鳴を上げる足を、強く踏み下ろす。大丈夫だ。泣きたいほど痛むだけで、まだやれる。雷電をまとい、武彦は真っ向から躍りかかった。
「忠告しとくよ。さっきみたく、わめくだけで勝てるとは思わないことだ」
メイは指を振る。魔法陣から出現した光が星の形を模り、垂直に落ちた。横ならびに降った流星弾が前方で炸裂する。思わずブレーキをかけたところで、艦の二階層分をぶち抜いた光をつっきって、メイが突貫した。
真下から蹴り上がったブーツを避け、武彦は横滑りに転がった。
「今度わめくのは僕だけじゃない!」
全身から雷電を放出させる。放電による目眩ましに乗じ、メイの右側面へ。雷拳。が、予想外に遅い。今度は自分の動きが、だった。肉離れを起こした足が痛みを発し、体のバランスが崩れたのだ。
おかげで、目線も動かさずに反応したメイのカウンターに対し、薄皮一枚を犠牲にするだけで済んだ。かわす。
「おおぉ!」
九十度反転。左拳をそのままメイの横面に叩き込んだ。
折れた腕での打撃。恐ろしくひ弱で、しかし男の意地が込められた一撃。
「今度は、仲間もいる!!」
「っち、ラッキーパンチでいちいち喜ぶなっつの……殺されてえのか、ああ? このダァアアアアアアアアアホが!」
役目は果たした。甲板を蹴って後退。
次の瞬間には、背後からの打撃に、注意を逸らす二つの斬撃、正面からのとどめの砲撃。
激昂するメイを、英雄長たちの猛攻が襲った。
何も一人だけで頑張ることはない。足りない部分は補い合って、ここぞという局面では最大の効力を発揮する。
幻想とも思われた理想が、武彦の目の前で実現されつつある。
「英雄長は六人、英雄なら学園中に! お前如きが、未来学園をなめるなッ!!」
「うるせえガキだな!」
強制的に後退させられたメイが、苛立たしげに砲弾を投げ捨てる。シエシエがGFレーザーバズーカから切り替えた、カノン砲の弾丸だ。手づかみで止めたらしい。
「仲間がいても、気合だけじゃなんともならねぇんだよ!」
「仲間さえいれば、なんとでもしてやるよ……!! 忘れてんじゃあないぞ! それができるからこそっ、英雄なんだろうが! 仲間の重みを知りやがれ!」
「……っ! ああ、重みなら知ってるよ」
ぼそりと言う。腕を広げたメイの周りで、細々とした流星弾の帯が流れる。青白い光を下地にして渦を巻き、きらめく川のように空間をひた走った。数秒も経たず、ミニチュアサイズの天の川銀河が完成。
「足を引っ張るやつは重いよなぁあ!?」
器用に星の帯を巻き上げ、メイが腕を振るった。
威力は単体の流星弾より控えめだが、それでも武彦たちに防ぐ術はない。薙ぎ払った星の帯が甲板をめくり上げ、爆風と衝撃波が一緒くたになって仲間を襲った。
「みんなっ!」
悪研の戦闘員たちまで悲鳴を上げるほどだ。仲間の安否を気づかって致命的な隙が生まれた。
それを見逃してくれるほど、メイは甘くない。
息を呑むより速く間合いを詰めたメイが、再び殺人パンチを放ち……。
と、おかしなことに気がついた。
彼女の細いウェストを、横手からカニバサミがくわえ込んでいた。カニバサミは内側から歯車を突出させ、それはぎちぎちと回転を始め、
「痛てててて!」
堪らずに飛び退くメイ。「痛てて」で済むのは驚異的だが、問題はそこではない。問題は彼女を挟んだのが、他ならぬロブスタン軍曹だった点だ。
「はあ!? おぉおい、こりゃあイタズラか? それとも裏切るのかよ、ロブスタン!?」
「謀反は悪党の基本思想です、こんなことは下級戦闘員でも知っていますよ、総帥」
平然と嘯くロブスタンは、正直、頼もしく感じる。
「お。だったら俺もいちぬーけた」
下級戦闘員の一人が列から外れ、のこのこと歩いてくる。
この声は殿田か。
「お、お前ら……。い、いいのか?」
「正義も悪も、関係がない。そうほざいたのは貴様ではないか」
武彦はそれで迷いを払えると信じているみたいに、何度も目を瞬いた。
「気色の悪い勘違いはするなよ。戦場では、あらゆる感情が不測を招くものとして排除されるが、例外として一つだけ尊重される情がある。それは信頼だ! 俺が部下をクズ呼ばわりするのは愛があってのこと。我らが信頼すべき総帥殿には、いささかも愛がないようだ。俺の美学に反するし、我慢がならん!」
「だとよ?」
殿田は面白そうに顎で示す。
怒れるザリガニ怪人と、軽薄そうな下級戦闘員。友人RとT。過去には怪人トリオ結成をともに夢見た、武彦の友人たち。
三人並んで最後に敵を見据えたのは、いつのことだったろうか。
「すまなかった、僕が、あのとき」
間抜けだったばかりに、と言いかけた武彦の尻を、二人して蹴飛ばしてくる。自分の間抜けさにはつくづく閉口させられる。かける言葉が全然違うだろうに。
(……ありがとう)
「行くぞ。あの高慢ちきなクソ女をぶっ潰す!」
「ふん。それでいい」
「よしきた!」と殿田。「お詫びがしたいなら、今度シャルルちゃんを紹介してくれ」
「断る! お前は年収一千万以上でも、ましてやドクターでもない!」
「えぇえ……。そんなハードル、俺にはこえられねえよ……」
「命令だクズども! 馬鹿な話はそこまでに……ちッ! くるぞ!」
左右に分かれ、流星弾をかわす殿田とロブスタン。武彦は後方に跳んで回避を試みる。微妙に失敗。
爆散した光に足をすくわれ、無様にひっくり返った。




