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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第三章 理想の果ての幻想
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27. 上の上にある世界と天井

 しゃにむに硬いだけ。ただし、硬さでは何物にも負けない。

 ふと思った。そんな物が仕事の役に立つのだろうか。

 町の便利屋が持っているにしては、とりわけ必要のない能力だ。


「どうしてだ?」


 言って、武彦は自分の言葉に驚いた。

 適当な感想でお茶を濁そうとしたはずが、思いがけない問いかけをしている。きっと舞い戻った夜の静けさが、しけた心の隙間に入り込んだせいだ。


「どうしてお前は、それほどの力があるのに……プロの便利屋が……」


 ゆきは片眉をつり上げて武彦を見る。

 武彦も憮然ぶぜんと見つめ返した。自分の言わんとするところが、自分自身にもわからない。

 蒼色の瞳は意識に入らず、泥沼の底を見下ろしているような鬱屈さが胸に充満した。

 

「便利屋は、違う、もっと……!」

「ええっとぉ? 何が言いたいんです? 頭ぶちました?」

「便利屋は困っているやつを助ける存在だ! 目先の利得を追って、滅茶苦茶するやつなんかじゃない!! 絶対に違う!」


 ゆきの顔が凍り付く。それは雪女らしく、限りなく冷淡で。

 冷めていた。

 負け犬とは違い、鳴神狐のヘボ狐はある程度の矜持を持っている。

 たとえ尻尾が垂れていても、咆える時には正面から咆える。それだけに、言葉は「後で覚えていろよ!」等の捨て台詞よりは、心がこめられている。

 

 人を笑顔にさせるのではなく、暗鬱な面をきれいさっぱりなくしてしまう存在が、便利屋。

 長年抱いてきた幻想は、しかし、武彦の偽りのない想いだ。


「アンビスくん」それを。ゆきは口に手を当てて、「よ、よくもまぁ。恥ずかしげもなくそんなことが言えますねぇ」

 彼女はわらった。

「理想主義ってやつですね。やだなぁ、もう。わたしに何を求めてるんです?」

「どうしてだよっ。お、お前だってそうだろ」

「あっはっはー……」

「困っているやつを助けたいから、便利屋に……」

「はあ。子供みたいなこと言わないでよ」

 乾いた笑いはすぐに止まった。

「あのねえ。便利な人と便利屋では違いますよ。わたしたちが便利というのは、依頼をなされたお客様に限っての話ですし」

「なっ」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 辛辣な口ぶりに加え、嫌悪を孕んだ瞳の蒼色がつき刺さった。

 未熟な思想を見透かされているようで、恐ろしいのに、目を逸らせない。


「ふざけろ……、お前なんかが、お前が! 本物の便利屋なわけがない!」

「あんたに認めて貰わなくとも、お客様が認めてくださいます」

「上辺だけだ。思いやりがなけりゃ、便利屋なんてただの」

「じゃあ聞きますが。認められるために必要なのは、何? え? いいですか学生さん。必要なのはね、優れた人格、じゃありませんよ。もっと具体的な実力、実績、とにもかくにも実のある力です」

「……」

 それではあまりにも冷たすぎる。

「ピンとこない? わたしが言いたいの簡単なことですよ。つまり、あんたの言う思いやりなんてものは、負け犬の餌としても劣悪だってことです」

「そんな!」武彦は嫌々をするように首を振った。「違うよ」

「違うって? そう思いたいんですか」

「いいや違うさ!! だってお前は、そんな冷めた奴には見えなかった!」

「だったら答えは出てるじゃないですかぁー……。見えなかっただけ、です」


 そうではない、と武彦は信じたかった。

 ゆきは馬鹿で、不法侵入をする上に、空気が読めず、暴力的で……。


(そうだ。暴力的だ!)


「お前は僕のためにピードゥを殴ったじゃないか! あれは依頼とは関係ないぞ! それって他人のためで、思いやりだろ。さもなきゃ好きでやったのか!」

「ちょっと待って。別にね、わたしに一切思いやりがないって言ってるわけじゃ……」

「どうなんだよ! 熊をいたぶるのが好きなのか!」

「いやいや!? だ、だからー……っ」

 ゆきは打って変わって赤面して、

「そういうことにしたきゃ、いいですよ! 大好きですよ、英雄気取りの熊ってむかつきますし、それにあの。実はわたし、副業で悪の総帥もやってますし!」

 ぷんすか、怒る。

「そんなわけあるか!」怒鳴ろうとしたときだった。



「――キミ、嘘つきだね。悪の組織の総帥やってんのはボクだぞ」



「「わっ!?」」


 間近から声をかけられ、ヒートアップしていた二人は一緒に跳び上がる。

 見ると、スイカをかぶった変質者が瓦礫の上で足を組んでいて、二度驚いた。

 カボチャのお化けを模したギザギザの口に、ぽっかり空いた三角形の眼孔。いつの間に。それよりもどこから来たのか。


「いけないなー。嘘つきは泥棒の始まりって……ううん。それよりもキミ」

 スイカ頭はゆきについと指を向けた。

「色々とお膳立てをしてくれてありがとう。でも、もう邪魔だからね。どっか行ってろ」

「っ!」


 とっさにでも反応したゆきは流石だった。

 凍結時空域とやらで防壁を形成し、スイカ頭が指先から放った光の粒を防ぐ。

 すさまじい衝突音。巻き起こった力の渦に押されて、戦艦までもが微震している。


 連射される光の粒と最硬の防御壁(凍結時空域)の攻防は、流れ星によって幕を下ろした。

 比喩ではない。光の尾を引き、ヒトデの形の流れ星が落ちると、

 最硬の空間物質は、パリン、と。


「……は?」


 砕け散った。

 爆散する光を受け、ゆきの身体が弾き飛ばされる。

 鈍い音を立てて甲板を転がっていき、動きを止めた。


「は?」


 武彦もゆきに便乗して疑問符を出す。

 まだ話の決着はついていないのに。迷惑な便利屋は倒れたままで、ぴくりともしない。カド・ボルティレックスの律動も既に途絶え、戦艦上には風の音だけが残っていた。


「お、おい……っ!? え、お前、世界最硬のぶっし、つ……?」

「上には上がいる。うーん、共感できる話だね」と、スイカ頭。「世界は広いって。なあ、そう思わないかい?」


 武彦の視線はスイカ頭には戻らない。

 戦艦の浮かぶ、その遥か上。満月が照らし出す絶望的な光景に釘付けになっていた。


「……なんだってんだ。ちくしょう」


 馬鹿げている。今まで『何』を相手にしてきた?


「もしも世界を広いと思わないなら、ボクたちは気が合うよ! ボクにとっても世界は狭いんだ。広いって言っているやつの気が知れないくらいには、さ」

「お、お、お前は」

 次に言うべき言葉を見つけるのにしばらくかかった。

「何……?」

「あはっ! 何ぃって言われるとねー? れっきとした人間様なんだけど。あぁ違うよね。キミはそんなことが聞きたいわけじゃあないよね? はてさて、どう答えようか」


 どうしようもなく軽々しく、「こんなのはどうかな」とスイカ頭は指を立て、


「世界最強の」彼女は言った。「――魔法使い」

 けたけたと笑い、瓦礫の上からぴょんと降りる。

「どうも初めまして! ボクは悪行秘密結社・研究会で、初代からの総帥をやっています。噂の十四年連続留年生、望月もちづきメイといいまーす」


 よろしくね、とスイカ頭。望月メイは快活に挨拶したのだった。




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