24. ヒ ロ イ ン
飛行戦艦の甲板上。
武彦は畏怖の念を込め、それを見上げた。
超感覚統制塔、カド・ボルティレックス。
人の感覚を統制する機械は、コードの取り巻く土台から、避雷針のような切っ先を空に伸ばしている。頂点には微弱電流を送信するための球体が浮遊、回転し、その周囲を三重の同心円が巡りつづけていた。
塔がなすのは、対人クラッキングによる平和的な解決。
と、それほど生易しいものではない。カド・ボルティレックスの鐘の音は話し合いの機会を奪い、敵を服従させる。人の尊厳を踏みにじるような兵器。
(手段を選んでいれば、こっちがやられる)
だから、これは正義の行いなのだ。
そうであるはずだ、と武彦は自分に言い聞かせた。
既に三隻のロビン・フッドMXを撃ち落とし、例の『クオリンク・システム』で敵戦力の大部分も奪取している。状況は想定の範囲内、どころか、全く想定通りに進んでいる。
勝利の確信を胸に、ブリッジの役割を果たすプランニングハウスへ踵を返したところで、「おーい!」と呼ぶ声があった。
「アンビスー! 返事をしなさぁーい!」
「ちっ……!」
フラグ回収にしては仕事の早い想定外が、離れた浮き島の上で騒いでいた。数ある浮き島のどこに〝想定外〟いるかといえば、目印は一目瞭然、氷の棘で覆い尽くされている異様な島の一つがそれだろう。
「あなたは完全に包囲されていまぁーす! 速やかに投降するか、わたしを無視するのをやめてくださぁーい!」
どこから持ち出したのか、水上ゆきはハンドマイクを使って呼びかけてくる。寮の屋根にタワー式のスピーカーが置かれ、延長コードがベランダを通って、部屋の中へ消えていた。
(逃げろと言ったのに!)
不便な便利屋を睨み、武彦は襟元につけた小型マイクのスイッチを入れた。
「あなたは完全に包囲……」
「されてないだろうが! 一体なんの真似だ!」
「おおー」ゆきはピストルの形にした指先を向け、ウィンクを一つ。「あなたを逮捕しちゃうぞ!」
音が割れていた。
「聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「あ、あなたをー、逮捕しちゃうぞう?」
「ああそうかい。で、何の用だ」
「……あの。泣いていいですか」
「ご遠慮願いたいね。これ以上のおふざけもなしだ。こっちは忙しいんだよ」
言外に消えろと付け足すと、本人はそれでボケたつもりだったのか、「なんなの最近の子は」と肩を落とした。
「ふざけているように見えて悪いんですけどっ、わたしは本気ですよ! 変態仮面のアンビス・ペロリストさん! 匿名A様の依頼により、あんたを捕縛します!」
「おい。だから僕は、アビス・テンペストだって……変態ッ!?」
予想外の衝撃で武彦はのけぞった。
自分に指をさし、首肯を返すゆきを見つめ、両手で「僕が!?」と自分の顔を示しまくり、得々と頷いてみせるゆきを注視する。
(なぜ!?)
と、脳裏で二日前のゆきの言葉が再生された。
『……変態めいた仮面のしみったれたやつですよぉ』
しみったれたやつですよぉ、やつですよぉ、ですよぉ。と、粘っこくリピート。
「ああ」初めて気づいた。「や、人違いだッ!! 僕は変態じゃない!」
「でもぉ? 現に仮面かぶってたし、しみった……失礼、大暴れしてるじゃないですか?」
「そこは個人差というか、価値観の違いだろうに!」
超感覚統制塔で巡る同心円の光に誘われ、背後を振り返る。
塔は無機物らしく無言を決め込んでいた。役立たずめ。こういう場面でこそ、感覚を捻じ曲げてやるべきだ。
未来学園生ではないゆきに、『クオリンク』の効果は適応できなかった。
「そっち行きますから。だから、ねっ、おもちゃをかたす準備をしておいてくださいね!」
「何を」生意気な、と言おうとした口を、荒々しい風が止めた。
ゆきと武彦の間に割り込み、突如として銀の塊が浮上する。
ヘリコプターの側にでもいるような暴風だ。事実、卵型の銀塊は胴体を回転子にして、側面に二重反転プロペラを作り上げている。
頭部に映された単眼が、にこりともせずに武彦を見下ろした。
「お待たせ。今度は、本当に許さない。わたし、沢山連れてきたよ」
「V‐X……! っち、金属にクオリンクは効かないか!」
擬態金属生命は攻撃を返答とした。
にゅるりと伸びた触手が振られ、巻き付いた巨大フォークをつき出す。
が、
「びゃ!」
横合いからのレーザーの直撃を受け、フロップがすっ飛んでいく。
すんでのところで駆け付けてくれたのは、よく言えばサイドカー付きの空飛ぶUFOで、悪く言えばサイドカー付きのお釜だった。
どっち道ダサい飛行体に搭乗するのは、シエシエとルカルカの二人組。
UFO下部に懸架された腕部接合型の重火器――使い捨てのレーザー誘導クラスターランチャーに、多連砲身ガトリングガン、大口径カノン砲、GFレーザーバズーカ――を、本体付属のロボットアームが掴み、シエシエの右腕に接合、あるいは取り外す主砲選択式の戦闘機。
その名も『インベーダー』だ。
腕が着脱可能で、耐久性がピカイチのアンドロイドならではの戦術兵器である。
「あいつは任せて、ボス!」と、シエシエ。
真摯な眼差しを見返せば、思いを伝えることもないとわかった。
「ああ、頼むぞ!」
シエシエの指示を聞き、ルカルカが満身の力をこめ、推進用の電力の確保を開始。
彼女が乗るのは『インベーダー』のサイドカーだ。そこにはルカルカの努力と熱意、そして、わりかし微妙な存在意義に応えるべく、自慢の相棒が――自転車があった。
この素晴らしき発電機を、ルカルカは、漕ぐ。
漕いで、漕いで、漕ぎ尽くす。
ペダルから生み出された電力が推進機構へ流れ、後部につけられたジェットノズルがどうと炎を噴く。『インベーダー』発進。
「工業学科・英雄長V‐Ⅱ、ルカルカと?」
「同じくシエシエ!」
「「いっきまぁーす!」」
決戦の空に飛び出した『インベーダー』を、甲板の縁から見送る。
待ち構える擬態金属生命と、フロップいわく沢山の「わたし」との激闘の始まりを、武彦は祈るような気持ちで見つめた。
開始早々、屹立する四本の五面反射型レーザー砲が膨大な光を照射し、多くのフロップの分裂体を消し飛ばした。悲鳴を一つ、残った分裂体を弓と矢に変形させ、無限回帰弾で応戦するフロップ。
金属生命の飛翔体と、アンドロイドが操る『インベーダー』が幾度も空中交差し、シエシエがレーザー誘導クラスターランチャーを発射。クラスター弾は小型ミサイルを展開――
「んわー、凄いですねぇ。ド迫力な映画を見てるみたいですよぅ?」
「そうだな……って、うわ!?」
いつの間にやってきたのか、武彦の隣でゆきが一緒にのぞき込んでいる。
飛びあがった武彦を無視し、彼女は未だに『アンドロイドVS擬態金属生命』の戦闘を鑑賞していた。
「お、お前……どうやってここに」
「さて、どうやってでしょうか。うふふっ、女の子にはいっぱい秘密があるんですよ?」
面白そうに目を細めるゆきの瞳は、やはり――蒼い。
透徹した輝きの奥に、底知れない力がある。見つめられる。それだけで伝わった冷気が、骨身をひえびえと凍えさせるようだ。
水上ゆき。
便利屋に勤める雪女は、馬鹿で間抜けで、可愛げも色気もなく。人の邪魔を余念なくこなす不法侵入者だ。だというのに、なぜ?
「さあさあアンビスくん! 捕まってくださいなー」
「ま、待て」
カツン、と靴音が鳴る。
(なぜ僕は)
「そうしたければ、お姉さんの胸に飛び込んで来ても良いんですよ? 欲望のままにね! うふふ、マジでやったらぶっ飛ばしますけども」
(お調子者でしかない女を……、恐ろしい、だなんて)
カツン、カツン。
軽快な靴音を立て、ゆきが歩いてくる。近づいてくる。
理解できない状況だった。しかし、体は勝手に動く。
ゆきとの接触を全身で拒絶し、両手のガントレットを打ち鳴らすと、武彦は鳴神狐の力を開放した。
「最大出力ッ!」
「およよ?」
大放電。まばゆい電撃が放射状に弾ける。光の洪水が甲板上を塗りつぶし、
――ガキン、と。
冷気を棚引かせた紺色の氷が、電撃もろとも空間を凍結させていた。
「まだだ! 電磁加速雷拳」
武彦は素早く動き、既にゆきの背後を取っている。
(一撃で意識を刈り取る……!)
得体のしれない危機感から、一も二もなく攻撃の判断を下す。
「ボルティック・バース……」
ゆきの髪がふわりとなびいた。
潤沢な髪は月光に濡れそぼっていて、戦いの最中にも見惚れてしまいそうになる。
あ、と気づいたときには遅かった。
「えい」
ぎゅぎゅ、と靴底で急制動をかける音が聞こえ、武彦は頬を打ちつける硬い感触を知覚した。少しだけ冷たい体温に、硬いのは雪女の拳、と理解すると――鋭い衝撃が貫いた。
意識はあっけなく、空白の澱に沈んでいく。




