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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第一章 何でもありな何でも屋
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2.  全寮制未来学園VV①

 柔らかな暮色を受けても、工場のトタン屋根はしょせんトタン屋根でしかなかった。


 オレンジ色に染まった蛇腹の傾斜には、なんら風情を感じない。

 その上を幾数の足音が行きすぎ、赤さびの浮いた屋根をきしませた。

 足取りは不揃いで、慌ただしく。人が走っている。


 シンプルな状況だ。彼らは悪党のポジションで追われていて、正義側の茂来武彦もらいたけひこが追っている。

 理由を説明すべきだろうか? いいや、悪党を追うのに弁明はいらないはずだ。


(これはあくまで学園の行事なのだし)


 敵は二十人かそこらで、武彦は一人。

 数でこそ相手に分があるが、さりとて問題はない。先頭の男の他はいわゆる下級戦闘員であって、大半が今年に入学した新入生たちだ。


 下級戦闘員たちは総じて弱い。弱くなくてはならなかった。

 下手に目立てば先輩怪人に不興を買って、組織でほされるからだ。彼らは時代錯誤の全身スーツで身を包み、「イー」とだけ叫びながら、雑魚キャラの立ち回りに終始するのである。


「助けてー。エイユウチョー。アビス・テンペストー」


 先頭の男に担がれた少女が、悲痛な声(笑)で助けを求めた。台詞が棒読みでも彼女は人質だ。無視はできない。

 脚に力を籠め、勢いよくトタン屋根を蹴った。戦闘員の頭上を跳びこえ、瞬間。


 バリ! と雷鳴が轟いた。


 髪の毛先からコロナ放電が発し、身体中からあふれた雷電は、膨張するとともに足の先へ。


 イメージしたのは白刃の閃き。雷をまとい、たそがれの空より直下する。

 V字バイザーが付いたフルフェイスの仮面に、なびかせたロングコート。両腕に装着しているのは、楕円形のフォルムを持つ戦闘用ガントレットだ。


 全寮制未来学園VVが総英雄長V‐Ⅳ、アビス・テンペストは悪の道を阻んだ。


「おのれ! にっくきアビ、アンビス……なんとかめ! 俺の手で『無敵英雄研究会』と我が『悪行秘密結社・研究会』の抗争に、決着をつけてやる!」


 先頭の男はザリガニを模したヘルメットに、尻尾に、はさみ状アームまでついた全身アーマーを着込んでいた。


「俺の名はロブスタン軍曹。見ての通り怪人だ」彼は唐突に自己紹介。「お前は俺を追い込んだと思っているようだが、果たしてどうかな?」

「どういう意味だ」


 と、工場のトタン屋根が盛り上がり、内側から破断した。脚部スラスターから炎を吐いて飛び上がったのは、黒色に塗装されたロボットだった。

 十角形の胴体は小さく、両腕にはロブスタンと同じはさみ状のアームを備えている。頭部で光が走り、潰れた「W」の字を浮き立たせた。


「飛行可能のロボットマシーン……! 新型か」

「いかにも」


 周りの工場の屋根からも、他に二機のロボットマシーンが出現する。底部がヒールのようになった脚は炎の噴射を終えるとスライド変形し、歩行モードに移行。


「型式番号VR‐N7:ロビン・フッド。我々ではロビンで通っている」

「……ここはお団子ポンポン串の生産工場だったはずだが?」


 学園名物で、串に丸いドーナツ刺した商品のことだ。


「工場を取り仕切る法人団体に、我々のスパイがいたのだ。やつが出世をしてこれを支配し、方針をロボット工学向けに変更した。ははは! 貴様の目に見えるすべての工場が、殺戮さつりく兵器を造っているのだ!」

「からめ手というわけか……!」


「違うと思うわ」と、少女。


「多勢に無勢だな、アンビス・ペロリスト!」

「ち、違う。僕はアビ……」

「こちらには人質に加え、最高の兵器もある。勝ち目があると思うな! お前らも出番だ下級兵ども! 各員『イー!』と叫んで突撃しろ!」


「「イー!」」


 号令を受けて、下級戦闘員がわらわらと押し寄せてくる。

 心配はいらない。彼らは宿命づけられた雑魚だ。個人の力量にかかわりなく、ちぎっては投げられる役目しか回ってこない。


「からめ手に近い何か、か」


 最初の戦闘員を、武彦は軽いジャブでのけ反らせた。つづく戦闘員の突撃には最小限の体さばきで対応する。面倒くさい。

 武彦はまた〝力〟に頼った。

 それは人間の扱う魔法ではなく、ましてや科学でもない。力は『種族』が持つ固有のものであり、『幻界種』が生得的にそなえている特性。


 ――特別特異特性。


 三つの特が重なった独自の力を、武彦も生まれながらに持っている。

 バチチ、と発した雷電で毛先が浮いた。今度のイメージは、収斂しゅうれんと拡散。全力で行う大放電だ。

 閃光。荒々しい電撃が戦闘員たちを呑み込む。


「馬鹿が! 端からそいつらには期待しておらん!」


 ロブスタンの怒号に呼応して、脚部スラスターを噴かせたロボットマシーンが猪突する。ロボットははさみ状のアームから火を放った。

 バーナーブレードとは、また乙な武器だ。しかし。


「からめ手ならこちらも用意している。やれ、相原」

「何!」


 瞬間。ロボットマシーンを追い抜いて、何者かが武彦のとなりに着地。

 ――チン。遅れて鍔鳴つばなりがひびくと、一体のロボットマシーンが縦にずれた。一刀両断。


「今風に言えば」そいつは、元人質の少女は首をかしげ、「斬りぽよ?」


 爆散したロボットマシーンの熱波に、少女の髪が煽られる。逆手持ちにしている木刀の柄には、鍔鳴り音用の押しボタンがついていた。

 彼女こそ未来学園の経営学科・英雄長V‐Ⅲ、相原愛莉あいはらあいり。学園最強の女子高生にして、六人の英雄長の一人だった。


「こしゃくな真似を! だが人質がいなくなったところで……ッ! 二号、三号!」

「そいつらは休暇中じゃよ」


 だしぬけに割り込んだ胴間声を聞き、武彦は不敵に笑む。英雄長の強襲はつづく。


 声の主は、熊だ。比喩ではなく本物の。

 幻界種、種族名は小鬼熊。学生帽を目深にかぶった熊が、となりの工場の屋根で男立ちをしている。

 肩には頭部がもげたロボットマシーンをかついでいた。


「人文学科・英雄長V‐Ⅰ、ピードゥ・サムド……!」

 歯噛みするロブスタン。説明の手間が省けてありがたい。

「……こちらも、忘れないで頂きたい」


 反対側の屋根で出番を待っていたのは、法律学科・英雄長V‐Ⅴのサイファーだ。バラバラにしたロボットマシーンの上に座り、残った破片を指先でもてあそんでいる。


「これで全滅したかな?」と、武彦たけひこ

「我々の経営力を舐めるな! 在庫はまだまだ余っているぞ! 四号から三十号までのロボどもに命令する、英雄気取りのクソッタレを叩きのめせ!」


 工場の屋根を破り、壁をつき壊して、次々とロボットマシーンが出撃してくる。すごい数だ。こういう展開には、彼女たちが役に立つ。


「無駄だね! ルカルカ、シエシエ、出番だ!」

(……。…………)

「ルカルカ、シエシエ!?」


 と、トタン屋根の端から二本、にょきりとプラグ付きのコネクタコードが覗いた。くねくねと揺り動き、つづいて二人の少女たちが跳び上がる。


「あいあい、ボス!」

「やった。懸垂地獄からは解放、みたいで?」


 独特な足音を立てて、伸長130センチの双子が走ってくる。

 工業学科・英雄長V‐Ⅱ、シエシエとルカルカのコンビだ。二人ともそっくりな面体に、そっくりな表情。臀部でんぶから生えたコネクタボディ付きの尻尾を嬉しそうに振っているが、愛玩動物のたぐいではない。


 生物ですらない。

 二人は幻界種でも異色とされる存在なのだから。


「やつらのど肝を抜いてやれ」

 命じると、シエシエたちは首をかしげ、お互いに視線を交わした。

「あるぇー? でも、あれはロボかも?」

「シエシエたちの、ナカーマじゃない? 肝はないかも……うぁう? というかこれって、パワハラかと」

「しく、しく。英雄の世界にもー、やっぱりあるよねー?」

 自律駆動人形アンドロイドの二人組はしょんぼりとうな垂れた。

「ねえ茂来もらいくん、私はこれから女子会があるんだけど。帰っていい?」と、愛莉。


「早くしろ! ルカルカ、シエシエ!」

「「あいあいあー……」」


 二人は惰気まる出しで、お互いの尻尾の先にあるコネクタとプラグを接続させた。シエシエが四肢を開くと、螺旋運動とともに背中から排熱管が突出する。

 カシャン、カン、カシャン! リズミカルに四肢からせり上がった半球面反射砲――信号機のランプに似ている――が点灯すれば、準備は完了。


「はいはーい、ロックオンかんりょー」と、ルカルカ。

「はぁーい。では、撃ち放てー」と、シエシエ。


「「ホーミング・マイウェイ!」」


 やる気のない掛け声を合図に、無数の光線が照射される。

 弓なりの軌道で降りそそぐレーザーと、連続する爆炎。バイト感覚で壊滅させられるロボット軍団とは。むなしい。


「気にするなよ、ロブスタン。まだお前が残っているし、相手は僕がやろう」

「たわけがっ! 貴様に同情されるほど俺は落ちぶれてはおらん! まだ奥の手があるのだ、ロビン・フッドMX、起動!」


 池の水面をわって現れたのは大型飛行兵器だった。

 双頭艦型で、側面には離陸用のジェットロケットがならび、蒼炎を垂直噴射している。丸みを帯びた装甲に水がしたたり、夕焼けを反射して凄烈な、


「よし決めた! 私、女子会に行くわ!」

「何ィ!? 待ってくれ。相原ぁ……!」

「うるさい! 女子会でロボの説明しても誰も喜ばないのよ!! 早くしてよ!」


 結論。池から蟹のはさみのような戦艦が出てきた。飛んでた。危なっかしいので、武彦はロブスタンと決着をつけなくちゃな、と思った。

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