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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第二章 未知のXは悩まない
18/48

18. アンビスvs擬態金属生命②(タマゴ型)

「おい、雪女。関係がないのなら今のうちに逃げておけ」

「え、は、はい? あんた……」

「思うに、あいつはパンチ一発で終わるような安上がりの化け物じゃない」


 言った通りだった。「ですけど、おでこちゃんは」と言いかけたゆきの尻を叩くと、彼女もやっと従ってくれた。

 そこでほっと気を緩めるほど、武彦は間抜けではない。

 だからといって、すべてのアクシデントに対応できるわけでもなかった。

 フロップの次なる手は予想の斜め上をいった。

 ふき飛んだ先でフロップの右腕がとけ広がり、刃渡り三十メートル以上の規格外のブレードに変化した。それが、ぶんと横薙ぎにされる。


「おい頭を、ちっ!!」


 尻を蹴飛ばしてゆきを伏せさせるのには成功したが、自分自身は避けられなかった。

 アビス・テンペストの専用装備、ガントレットに搭載された防御フィールドを起動。前腕に位置する半楕円形のドームを中央に、金色の同心円が展開。拡張された三つの光のリングが、極長ブレードの衝撃を軽減する。


「ぐっ!」


 はじき飛ばされたすえに、校舎の壁に叩きつけられる。

 背中で暴れまわる痛みに耐えつつ、ふぅ、と長く息を吐く。こうして戦っている今も、もやもやした気分は変わらない。ただし総英雄長につき物の葛藤かっとうはなかった。

 己の弱さに改めて打ちひしがれながら、しかし満足しているのだ。

 境遇に理解を求め、他の誰かの理想の破綻におびえる毎日。

 そこから救ってくれたのは、くしくも愛莉の吐露とろにこそあった。

 自分の理想と、弱さとを比べて、どうしようもなくなった心が吐き出したジレンマ。

 そんなものに、武彦は強く共感した。

 嘆き、あがき、進む先も決められずにまた嘆く。エリートだろうが下級戦闘員だろうが、頭を抱える姿の頼りなさは変わらない。

 弱い〝人〟の姿だ。武彦は今日初めて人を理解し、そうして自分の姿を理解した。

 ――反吐が出そうだった。


「フロップは、知ってる。こういうときはもう一周、回るの」


 地面につき立てたフォークを支柱にして、ポールダンスよろしくぐるりと一周。フロップは再び極長ブレードを薙いだ。


「…………」


 気分は最低で、しかし未だかつてないくらいに思考はクリアで。


(なぜ?)


 いまいましい理解のあとに、懐かしい欲動が心の奥底でうごめいた。

 誰かの役に立ちたい。とうにカビの生えた思惟だというのに。当時を懐古する暇もなく、冷え冷えとした清水となって、心のあかを落としていく。

 いいや違う。信念はわだかりを焼きつくし、心を紅蓮の炎で染め上げる。

 迫ったブレードの刀身にとび乗って、そこで初めて自分の取った行為の危うさに気がついた。


(はは。まるでゲーム感覚だな。だけど……)


「悪くない!」

 猛回転する三十メートルの刀身を渡り、中央のフロップを蹴りつける。

「あう」後生大事にフォークを抱えて、ごろごろと転がるフロップ。「蹴られると痛い!」

「ツェーネとやらがそう言っているのか?」

「ち、違う。わたしが言ってる」

「それは良かった。安心したよ!」

「あ、あ、あなた……、変よ。どうして、いきいきしてるの」


 いきいき? 確かに。

 総英雄長として、そんな言葉を意識するのも珍しい。


「言うほど快適な気分じゃあないよ。自分がいかに弱いか知らされたばかりだからね」

 武彦は弱い。そう、他の学生たちと一緒だ。

「?」

「強く見せようとしても、実力がないんだ。土台無理な話だったのさ」


 愛莉も頑張っている女の子というだけで、見た目ほど強くはなかった。悩める学生にすぎない。

 武彦と一緒だ。

 今度は腹の底が熱くなり始めた。他人の弱さを知って安心しているのだろうか。恐らくそれもあるだろう。だが、あえて違うと言い張るのなら。


「エリートだと思っていた人にも、弱さがある。僕でも手助けくらいはできる」


 人の理想。全寮制未来学園VVの、総英雄長たるべき態度。

 くだらない。元々そんなものは、去年までの武彦の眼中にはなかった。

 小さな手助けをするだけで満足してしまう、みんなの便利屋・茂来支店。


「弱いやつの気持ちは、悲しいくらいにわかるんでね!」

 愛莉が、思い出させてくれた。

「非難を避けるために人を思うんじゃない。目の前の暗鬱な面を、きれいさっぱりふき飛ばしてやるために、いつだって僕は! ……思い出したぞ! この胸の、熱いたかぶりをっ! 僕は心底、誰かの役に立ちたいと思える!!」


 今日。武彦は自分という人物を、真に理解したのだった。

 フロップは気持ち悪そうに顔をしかめた。


「わたしにはわけが、わからない! ツェーネも!」


 彼女の悲鳴を合図に、校舎のそこここの窓を破って、机に、リコーダーに、花瓶、モップにボール籠や万能包丁、果てはサッカーゴールにホワイトボードまでが飛来する。

 どれも例外なく浮遊し、怪しげな紫電を尾にして、フロップへ向かった。

 全身を圧する物量を、フロップは甘んじて受け入れる。


 ――同化。


 ごぷごぷ、と。フロップは取り込んだ質量に比例して、体積を増やしていった。人の形は早々に歪み、水銀のような粘性の塊が、混沌たる姿を作っていく。

 すべての『備品』との同化が終わると、そこに金髪の少女は立っていなかった。彼女は物々しい擬態金属生命だ。

 豚タイプの蚊取り線香を、より前衛的にしたフォルムとでもいうべきか。

 全長は二メートル半ほど。高さも同じくらいはあろうかという、ぬらついた卵型の胴体に、底面からは六本脚が針のように伸びている。上部には小振りの頭部が生えていた。

 背から一本だけ伸びた長い触手が、器用にフォークに巻きつく。


「V‐Xの名は伊達だてではない、か。はははっ、それでなくてはね!」

「フロップは、イカれた総英雄長、アビス・テンペストを排除」


 頭部に光の単眼が浮かび上がると、フロップは高みから武彦を見下ろした。胴体から分離した複数の銀の塊が、空中で弓と矢に変化する。


「P‐CM自律姿勢制御プラズミング・ザ・コネクト・マイン――全弾、体調良好。攻撃を開始!」


 胴体が細かく波打つのとともに、無機的な声が告げた。

 浮遊する弓でプラズマ光がまたたく。


「さあこいよ! 金属女!」 


 あえて言うまでもない。大量の矢が押し寄せる。すぐさま疾走してかわすと、次いで円錐形に変形した弓の本体が飛来した。ずいぶんと応用力があるものだ。


「そっちのわたし、さっきよりストーカー気質」


 先んじて地に刺さっていた矢が飛び上がり、後続の円錐形の飛来物を受け止める。拾ったところで弓と矢に再変形し、一斉に散開した。


「だと思っていたよ」


 弓型の射手は無限回帰弾とやらの性質を持つものの、性能は段違いだった。

 同じ動きに終始していた追尾ショットガンに比べ、弓型はどれもが個別に旋回し、攻撃のタイミングもてんでバラバラだ。


「ちっ!!」


 かすった矢が、アビス・テンペストの仮面をえぐり取っていった。

 後方、左方からつづけざまに弓矢が迫る。相手の弾数は文字通りに無限。反撃の隙も皆無だ。

 フロップは弓の一つを側に置き、ヤケクソな特攻くらいでは敵を近づかせもしない。

 戦域をくまなく視野に入れ、六本脚のよちよち歩きでつかず離れず、最適な距離を保ちつつ、遅れをとる射手があれば随時補充する。

 偶発的な危うさまでが取りのぞかれた戦法。フロップの思惑には欠点が見当たらない。


「だが無意味だ!」

 なぜなら今の武彦は理論を置き去りにするレベルで、ノっている。

「最、大、出、力!」大きく足を広げ、両拳を打ちつける。「ふき飛べぇえええ!!」


 全身からの雷電の拡散は一瞬。あえて隙も狙うまでもなく。金色の波濤はとうが、校庭を埋め尽くした。

 辺りを席巻した雷鳴が消えてしまう前に、感電した弓と矢が落ちてくる。


「はっはははーッ! なかなかどうして、ぶちまけるのも気分が良いもんだなァア!!」

「あ、あの……わたし、引いてる。すごく。あなた、頭は大丈夫なの」

「知ったことかッ!」

「ええ……!?」


 ガントレット底面から銀球が排出され、風船のようにふくらむ。もう一方のガントレットでは側面がスライドし、ビーコン弾を発射した。

 ビーコン弾は地面に着弾。

 上部を開き、空に向けて誘導レーザーの照射を開始。学園中央部に鎮座する専用の即戦力投射砲リクルーターに、位置情報を送信する。


「レイボルツ・ストライク!」


 こちらは牽制けんせい。投擲された雷弾を嫌って、フロップがノミさながらに跳ねた。校舎の壁に六本脚を突き刺し、地面と垂直に定位する。


 ……三。

 二年生の終わりに勢いで造った投射砲が、その砲口を持ち上げる。

 校舎に張り付いたまま、フロップが体積を削って新たな射手を生成した。


 ……二。

 方位と射角を調整した投射砲が、経営学科校舎に向けて装具、自律飛行体を発射する。

 さらに跳ねるフロップ。

 弓がこちらを補足するまでの時間稼ぎのつもりか、芸もなくフォークを飛ばしてくる。

 あれだけの集中砲火の後に、だ。

 アホらしく思いながら横に移動して避けた。と。フォークの速度が弱まる。その柄にからみついた触手が、ぎりぎりと細まり、


「おわ!」

 

 とっさに伏せたのが功を奏した。プラズマ光をまとった触手が横様に振られ、ゴールポストを両断していた。


 ……一。

 ごうと風を起こし、ようやく装具が到着する。フロップよりも巨大な鉄球。それは触手を巻き返し、そのまま胴体に同化させたフロップに向かう。フォークを取り戻した彼女が、頭上をふさぐ影に気づく。

 外れた? いいや。

 巨大鉄球からワイヤーロープが射出され、ガントレットに接続される。

 武彦は足を踏ん張り……ぐい、と腕を引いた。さながらさっきのお返しのように、巨大鉄球がゆっくりと動きを止める。ちょうど、フロップの真上だった。

 鳴神狐の雷電がワイヤーロープを伝わり、巨大鉄球は燦然と輝いた。


「?」

 フロップは微動だにしない。

「――ゼロ、だ。潰れろ」

「……ぎょ」巨大鉄球が軌道を変え、「ぎょえぇええええええええええええ!?」


 轟音がブチ落ちた。

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