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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第二章 未知のXは悩まない
17/48

17. アンビスvs擬態金属生命①(ヒト型)

「どうなってるんだ……」


 茂来武彦もらいたけひここと、総英雄長アビス・テンペストは正門の陰に隠れてあたふたしていた。

 見れば、六階建ての校舎のどてっ腹に穴が開いている。

 学内専用のバスも使わずに駆けつけて、目にした経営学科の有様がこれだった。幻界種げんかいしゅが通う学校である以上、喧嘩が派手になるのは仕方がないことなのだが。


(やりたい放題に暴れたな)


 正悪決戦――英研と悪研が競い合う日――の指定日でもないのに、一体誰だ。経営学科に通うシャルルを心配すると、今朝の記憶に付属したゆきの厚顔を思い出し、次いでうるんだ瞳と、腹部のくびれとへそ、扇情的な胸のふくらみが、


「……」


 武彦を現実に引き戻したのは、身も世もない女子たちの叫び声だった。

 これはただ事ではない。

 武彦は逃げてくる女子たちとは逆方向に進んだ。焦慮がせり上がり、ぜえ、とこごったような吐息が漏れる。何か、嫌な予感がする。


「相原!」


 絶望の予感は、確実なものとして表側に裏返った。

 相原愛莉あいはらあいりは地べたに横たわっていた。


「……茂来くん。うわ、また嫌なときにくるのね」


 嫌なとき。つまり彼女の愛用の眼鏡がひしゃげ、V‐ドライブ内蔵の木刀を転がしておくしかないときだ。ブレザーの下、シャツは真っ赤な血で濡れていた。


「助けにきてくれたのなら、微妙に遅いかも」

「あ……いや。どうかな。遅れてこなきゃ、ヒーローじゃないだろ?」


 愛莉は苦笑したまま答えない。

 介抱の仕方もわからず、武彦は中途半端に出した手を引っ込めた。

 キザったらしい返事をしただけで、何もできない。これっぽっちもわからない。一体全体、何が、何で、何を何すればいいのか……!


「昨日はごめんね」


 愛莉が何について詫びているのかもわからなかった。


「茂来くんが頑張ってるのは、私にもわかってたんだけど……つい口がすぎちゃって、ごめんなさい」

「やめてくれよ。口がすぎたのはお互い様だろ。だから僕も謝ろうと思って」

「……私、エリートじゃないでしょ?」

「え」

「私なんて女はね、総英雄長にもなれない、いざってときの事件も解決できない、あまつさえ友達も守れないやつなの」

「そんなことはない!」

「無能で、臆病で、ちっぽけなやつをっ……エリートとは、言わないと思うんだけどな」

「……!」


 笑みの形を作った唇が震えていた。武彦はだしぬけに、その唇に手を添えて、震えを止めてやりたくなった。もちろん、それもできなかった。

 愛莉は投げ出した足先を見つめ、思いきり自分の胸ぐらをつかんだ。


「今になって理解したわ。ああもう! 嫌になっちゃうなぁ……! わ、私は昔っから、実はなんにもできっ、で、できなかったんだ……」

「あ、相原」

「ちくしょう……!! 今だって! 私は、何もできないままなんだ……っ!」


 悔しいよお、と。彼女の顔が歪む。

 ほろほろとこぼれた涙が、顔をおおった両手の下から染み出した。


「……あ」


 あれだけ――まるで痴呆のように――わからないを連発していたのに。

 ただ一言。それで気持ちは伝わった。見えていた景色が、変わる。


「ああ」と、武彦は立ち上がった。


 つき添っていた愛莉の友人に応急処置を任せ、歩を進める。

 自分でも驚くほど落ち着いていた。愛莉の本音に触れて、荒れていた胃の腑に、何か冷たい物が落ちたのだ。


「茂来くん……! お願い、皆をっ」


 弱々しい涙声を聞いて歯噛みする。痛い。奥歯が割れそうだ。

 だが、それがどうした。構うものか。重い頭を手で押さえ、歩きつづける。いち早く激情を読み取った『特性』が反応し、毛先で紫電が散った。

 向かう先では、ゆきと金髪の少女が口論している。

 といっても、ゆきが一方的にまくし立てている感じだ。武彦は二人の前に立った。


「で、どっちが敵だ」


 目を見開き、「変態仮面!」と中傷を浴びせかけてきたのがゆき。

 もう一人の金髪少女はとぼけた顔をしていた。アンドロイドの穏やかな表情とも違う。もっと無機的で、毛ほども人間味を感じさせなかった。

 右腕を粘土のように胴体と接合させた時点で、決して人間ではないのだが。


「あなた、英雄長なの」


 おもむろに金髪少女が問うた。巨大なフォークを片手にして、やはり泰然たいぜんとしている。


「ああ。僕は総英雄長V‐Ⅳ、アビス・テンペストだ。相原をやったのは君か?」

「うん」

「知ってるとは思うが、指定日以外の戦闘行為は禁じられている。ひとたび教育の一環から外れれば、乱闘なんてもんは暴力でしかないからだ」

「あなた、なめてるよ。それくらいは、わたしもご存じ」

「へえ。その結果にお前がもらう勲章が〝停学〟か〝退学〟の二つしかないってこともか? なあ、どうしてこんなことをする」

「だって、エーユーチョーをやっつけろって、言われたもん」


 少女は落ちていたメトロノームを持ち上げ、腹の中へ。

 当たり前のように沈み込ませた。

 ずぶり、ずぶり。人とメトロノームが滑らかに同化している。


「けぷ」

「……マジックはそのくらいにしてくれるかい。それとも拍手した方が?」

「してもいいよ、って。ツェーネが言ってる。あと、相手が名乗ったら、自分も名乗るべき、だって。ねえ優しいでしょう、ツェーネ」


 誰のことだ。ちょいと顎をしゃくると、ゆきは「その展開はもういいです」とおかしなことを言った。彼女は放っておこう。


「わたし、フロップよ。フルネームは【SIX/FLOP】で、あだ名は」


 どこかで聞いた名だった。あれは、殿田の話だったか。

 悪行秘密結社・研究会がようする最終兵器。その名も、擬態金属生命。


「――V‐X」

「な、じゃあお前が……」

「わたし、がみがみされるの嫌いよ。すっごく」


 フロップがぴょんと後退する。

 広げた五指の先から、指はパチンコ玉サイズの球体に分離していった。

 銀球は円錐形に変形し、重力に逆らって浮かんでいる。


「これ、無限回帰弾むげんかいきだん」ニコリともせずにフロップ。「全部わたしよ」

「っち」


 濃密な危機感が神経系を走り、迷わず横っ飛びする。

 殺到した銀の弾丸は、さながらショットガンのごとく。地面がどばんと破裂した。

 噴き上がった土の柱を尻目に、武彦は靴底で地面をすって制動をかける。危なかった。だが、見た目ほど変わった攻撃ではない。隙だらけのところを速攻で叩く!

 そくざに攻めへと転じ、フロップに肉薄した武彦は――弾丸に穿うがたれて死んだ。


「ッ!!」


 さらに後ろへ跳躍できたのは、高い生存本能のたまものだ。

 至近距離を弾丸の群れが駆け抜けた。

 それすらも宙でブレーキをかけ、慣性によって滑りつつも、頭をこちらに向け直す。再掃射。


「そっちのわたしたちは、追いかけっこが大好き。結構、粘り強いよ」

「冗談じゃないな」


 フロップ自慢の追尾ショットガンのおかげで、皮肉を返す暇すらない。

 無数の弾丸が追いすがり、反転、発射のたびに重低音を鳴らす。弾丸が帯びたプラズマ光の残滓ざんしは、空間に縦横無尽の光跡を描いている。


「……っ!!」


 肩が重かった。生死の狭間にいるというのに、この気だるさはなんだ。

 肩の重みは判断を、ひいては身体の動きも鈍らせる。

 思えばいつもそうなのだ。総英雄長に選ばれてからは、いつだって肩が重かった。選ばれなかった生徒の苦渋と理想を、どうやって背負えばいいのかわからず、かといって捨てることもできなかった。

 今では愛莉の想いも乗じ、想いの密集は肩を押し潰そうとする。

 狐の尻尾を、『鳴神狐なるかみこ』の誇りすら隠すちっぽけな男を、だ。

 正義も悪も、敵も味方も、外からも内からも総がかりで。


「悔しい」と、涙を呑んだ愛莉の声が、頭の中で反響しつづけていた。

 悔しい、悔しい、悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しいと。


(そりゃあ悔しいとも――僕だって)


「ねちねち、ねちねち追っかけやがる!」

 ほとほとウンザリだった。

「何もかもが目障りだ!」


 今日ほど惨めになったことはない。

 弾丸の群れが反転する。射線から退避すべきところを、逆に弾丸に向かって猪突する。

 全速力で追い抜く。半秒もたたずに反転し直すだろうが、そんな時間は与えない。鳴神狐の能力を発動。瞬間放出した雷撃が背後ではじけ、弾丸を八方にはねのけた。


「歯を食いしばれ。電磁加速雷拳――」

「?」

「――ボルティック・バースト!」

「ぎゅぶぅっ!?」


 にぶい衝撃が拳に伝わる。弾力があるような、ないような手ごたえ。

 いずれにしろ人肌を想起することはない。

 集束する雷電らいでんにともない、武彦は真正面からフロップを殴り抜いた。

 フロップは簡単にふっ飛んで行った。


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