15. 不穏な妄想
「おい茂来」
「……」
「おい! 茂来ってば!」
「……ん」
誰かに呼ばれて、沈み込んでいた意識が浮上した。
殿田だ。またお前か。
「なんだやかましい。授業中だぞ」
「もうとっくに終わったよ!」
言われて、武彦は教室を見回した。
クラスのみんなが帰宅部そこのけの早さで帰り支度をしている。
「どうしたんだよ、今日はずっと気もそぼろで、マヌケの殻じゃん」
「愉快なジョークだな。男が狙ってやっていなければ」
なんのことだ、と殿田は真顔で問うた。なるほど、狙っていなくとも印象は変わらない。
それに気もそぞろで、もぬけの殻だったと言い変えるのなら、殿田の指摘ももっともだ。
武彦は今日は授業にも、友人との会話にも、ろくに集中できていない。
心がこっぴどく荒れていた。
関心事もあちこちに振れて、安定しない。
誰とは言わないが、二人の幻界種が暴れたせいで、普段とは別の教室を使っているのが原因……というわけではないはずだ。
「もっかい言うけど! 昨日さ、悪研の最終兵器について教えてもらったんだって!」
「はあ」
「イカしてるぜ! 正体がなんだってっとな、聞いて驚け! 擬態金属生命ってんだぜ!」
「はあ。すごいな。すごいや」
「悪の秘密結社が造り出した金属生命体! いいねぇ! お前も、そういうのに熱いもんを感じるクチだろ? 正式名称はずばり! 対英雄長殲滅兵器・V‐X【SIX/F――」
「ふうん。あ、そうだ、僕も帰らないと」
殿田は不満そうに口をすぼめた。男がそんなことをやっても、風景に汚点が生まれるだけだというのに。
「んだよ。せっかくの敵の情報だってのにさ。お前、やる気あんの?」
「あり余ってるね」
唾棄していた無責任な存在と化し、武彦はうそぶいた。
「はぁ? んだよ、嫌なことでもあったか?」
「いや。ないよ」心に重しがのっかったみたいで、身体も重い。「ただ……」
(待てよ。殿田に相談することか?)
「やっぱりなんでもない」
「なんだよ、言えよ」
「お前の言う擬態なんたらも、飯を食べるのかと思っただけだ。気にしないでくれ」
「いやいやいや。マジで言えってば、変に気になるだろ」
口に出した時点でマズかった。
殿田は好奇心が強い方ではないが、単純な男である。言いよどむほどに、彼の好奇心は相乗してふくれ上がっていく。
武彦は「わかったよ」と両手を上げた。
「少し聞くけど」
少し聞かざるを得ない状況に追い込むのは、友情といえるのか。
「お前は夜遊びをする方だよな。女の子とも」
「……」
間が空いた。伸びきった太麺の如く、間延びした沈黙。
「もちろんだとも。ある意味では」
「勝手だけど、女の子をよく泣かせているイメージがあるんだ」
「……おうよ。それもある意味では、そうだ」
武彦は唾を呑み込んだ。話を逸らす方法はついに見つからなかった。
「それで聞きたいんだが……、怒らせた女性に謝るには、どうしたらいいだろうか」
「なんだって?」
「だ、だから、女性に謝る方法とか、言葉とかをだな。参考程度に聞きたいんだが」
「それって。間違っても選択肢とか、テキストウィンドウがないタイプで、『う~ちゃん』とか『ベチたん』とかの豪華声優陣のボイス付きでもなく? 量感溢れるリアリティーの方?」
なんだそれは、と。問う必要はなかった。
殿田はぷっと吹き出した。抱腹絶倒。そのまま胃痙攣で病院送りになれと思えるほど、このクソッタレな友人は笑いまくった。
彼が戦闘員として配属される日を聞いておくべきだろう。
「帰っていいか……」
「あ、悪い悪い!」
謝りつつも、悪びれた様子もない殿田だった。
「お前はぜってー考えすぎ! 謝りたいんなら、とっとと女の前に出てって、思ったことを言えばいいだけだって」
「ええ!? しかしだな、まずは電話とかの方がいいんじゃ」
「そういうのがかったるいんだって、お前は。どうせどっちでも悩むんだからよ。ほれ、今行け、すぐに行け!」
「自信がないよ……」
「ハグでもして欲しいのか? ほら行ってこい!」
「ぐむ、わ、わかったよ……」帰り支度を整えて席を立ち、すぐに引き返した。「よければ、無口な積み木愛好家と、熊と、後アンドロイドの女の子への謝り方も教えて欲し……」
「知るかよ!? 全員に会って謝ってこい!」
「うー、そうか、わかった。ありがとな!」
だったら、とことん謝ってやる。
武彦はしゃにむに駆け出した。どうせ進むごとに足は重くなるのだ。最初はせめて、これくらいの勢いをつけなければ。
校庭に出ると、使われなくなった旧体育用品室に向かった。
スペアキーは常に携帯している。ほこりにまみれた古い跳び箱の中に、総英雄長V‐Ⅳアビス・テンペストの衣装が隠してあった。
フルフェイス仕様の仮面をつけて、シャツの上にコートをはおると、ガントレットを装着。
相手の事情を考えて、立場の上から会う。
などと高尚な理由からじゃない。謝罪は多分、きっと十中八九、上手くいくと思うが、もしもそうならなかった時のために顔を隠しておきたい。
脳裏に愛莉の顔が浮かぶ。ちょっと高飛車で、けれど友達思いの彼女。
「二度と顔を見せないでくれる? このヘボ狐!」
こうなってしまう可能性もある。
ただ、箸にも棒にもかからない結末の隅で、武彦は〝何かがドガッ!〟となって、愛莉と個人的なお付き合いが始まる未来も想像していた。
本当に。甘いだけの未来予想図。
現実ほど苦々しいものはないと、武彦は知っていたのに。




