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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第二章 未知のXは悩まない
15/48

15. 不穏な妄想

「おい茂来」

「……」

「おい! 茂来ってば!」

「……ん」


 誰かに呼ばれて、沈み込んでいた意識が浮上した。

 殿田だ。またお前か。


「なんだやかましい。授業中だぞ」

「もうとっくに終わったよ!」


 言われて、武彦は教室を見回した。

 クラスのみんなが帰宅部そこのけの早さで帰り支度をしている。


「どうしたんだよ、今日はずっと気もそぼろで、マヌケの殻じゃん」

「愉快なジョークだな。男が狙ってやっていなければ」


 なんのことだ、と殿田は真顔で問うた。なるほど、狙っていなくとも印象は変わらない。

 それに気もそぞろで、もぬけの殻だったと言い変えるのなら、殿田の指摘ももっともだ。

 武彦は今日は授業にも、友人との会話にも、ろくに集中できていない。

 心がこっぴどく荒れていた。

 関心事もあちこちに振れて、安定しない。

 誰とは言わないが、二人の幻界種が暴れたせいで、普段とは別の教室を使っているのが原因……というわけではないはずだ。


「もっかい言うけど! 昨日さ、悪研の最終兵器について教えてもらったんだって!」

「はあ」

「イカしてるぜ! 正体がなんだってっとな、聞いて驚け! 擬態金属生命ってんだぜ!」

「はあ。すごいな。すごいや」

「悪の秘密結社が造り出した金属生命体! いいねぇ! お前も、そういうのに熱いもんを感じるクチだろ? 正式名称はずばり! 対英雄長殲滅兵器・V‐X【SIX/F――」

「ふうん。あ、そうだ、僕も帰らないと」


 殿田は不満そうに口をすぼめた。男がそんなことをやっても、風景に汚点が生まれるだけだというのに。


「んだよ。せっかくの敵の情報だってのにさ。お前、やる気あんの?」

「あり余ってるね」

 唾棄していた無責任な存在と化し、武彦はうそぶいた。

「はぁ? んだよ、嫌なことでもあったか?」

「いや。ないよ」心に重しがのっかったみたいで、身体も重い。「ただ……」


(待てよ。殿田に相談することか?)


「やっぱりなんでもない」

「なんだよ、言えよ」

「お前の言う擬態なんたらも、飯を食べるのかと思っただけだ。気にしないでくれ」

「いやいやいや。マジで言えってば、変に気になるだろ」


 口に出した時点でマズかった。

 殿田は好奇心が強い方ではないが、単純な男である。言いよどむほどに、彼の好奇心は相乗してふくれ上がっていく。

 武彦は「わかったよ」と両手を上げた。


「少し聞くけど」

 少し聞かざるを得ない状況に追い込むのは、友情といえるのか。

「お前は夜遊びをする方だよな。女の子とも」

「……」

 間が空いた。伸びきった太麺の如く、間延びした沈黙。

「もちろんだとも。ある意味では」

「勝手だけど、女の子をよく泣かせているイメージがあるんだ」

「……おうよ。それもある意味では、そうだ」

 武彦は唾を呑み込んだ。話を逸らす方法はついに見つからなかった。

「それで聞きたいんだが……、怒らせた女性に謝るには、どうしたらいいだろうか」

「なんだって?」

「だ、だから、女性に謝る方法とか、言葉とかをだな。参考程度に聞きたいんだが」

「それって。間違っても選択肢とか、テキストウィンドウがないタイプで、『う~ちゃん』とか『ベチたん』とかの豪華声優陣のボイス付きでもなく? 量感溢れるリアリティーの方?」


 なんだそれは、と。問う必要はなかった。

 殿田はぷっと吹き出した。抱腹絶倒。そのまま胃痙攣で病院送りになれと思えるほど、このクソッタレな友人は笑いまくった。

 彼が戦闘員として配属される日を聞いておくべきだろう。


「帰っていいか……」

「あ、悪い悪い!」

 謝りつつも、悪びれた様子もない殿田だった。

「お前はぜってー考えすぎ! 謝りたいんなら、とっとと女の前に出てって、思ったことを言えばいいだけだって」

「ええ!? しかしだな、まずは電話とかの方がいいんじゃ」

「そういうのがかったるいんだって、お前は。どうせどっちでも悩むんだからよ。ほれ、今行け、すぐに行け!」

「自信がないよ……」

「ハグでもして欲しいのか? ほら行ってこい!」

「ぐむ、わ、わかったよ……」帰り支度を整えて席を立ち、すぐに引き返した。「よければ、無口な積み木愛好家と、熊と、後アンドロイドの女の子への謝り方も教えて欲し……」

「知るかよ!? 全員に会って謝ってこい!」

「うー、そうか、わかった。ありがとな!」


 だったら、とことん謝ってやる。

 武彦はしゃにむに駆け出した。どうせ進むごとに足は重くなるのだ。最初はせめて、これくらいの勢いをつけなければ。

 校庭に出ると、使われなくなった旧体育用品室に向かった。

 スペアキーは常に携帯している。ほこりにまみれた古い跳び箱の中に、総英雄長V‐Ⅳアビス・テンペストの衣装が隠してあった。

 フルフェイス仕様の仮面をつけて、シャツの上にコートをはおると、ガントレットを装着。

 相手の事情を考えて、立場の上から会う。

 などと高尚な理由からじゃない。謝罪は多分、きっと十中八九、上手くいくと思うが、もしもそうならなかった時のために顔を隠しておきたい。

 脳裏に愛莉の顔が浮かぶ。ちょっと高飛車で、けれど友達思いの彼女。


「二度と顔を見せないでくれる? このヘボ狐!」


 こうなってしまう可能性もある。

 ただ、箸にも棒にもかからない結末の隅で、武彦は〝何かがドガッ!〟となって、愛莉と個人的なお付き合いが始まる未来も想像していた。

 本当に。甘いだけの未来予想図。

 現実ほど苦々しいものはないと、武彦は知っていたのに。

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