13. 金属の恋人
「あーんっ、ほんっと楽しかったですぅ!」
ゆきはご機嫌で『ごろごろ野菜カレー』を口に運んだ。
久しぶりの学校の授業も堪能して、お昼休み。
シャルルとフロップをお供にして向かった学生食堂は、既に席を見つけるのが困難な状況だった。席を確保するのに時間がかかってしまった。
改めて周囲を見渡す。
かしましい女子の密集を分類するに、座席の間隔には無頓着に、幅を利かせているのが三年生で、つめて座っているのが下級生だろう。
女子専用の校舎なので、全員が女生徒だった。
沢山の女の子たちには、不思議と人いきれは感じない。
と、思ったら大間違いだ。うじゃうじゃと、ウザったいことこの上ない。
「久々にゲーム以外の遊びをしましたよぉ、はぁーっ」
「ゆきちゃん、大活躍だったもんね。フロップちゃん以外はゆきちゃんが倒したよ」
「反感を買いましたけどね。皆さんはどして楽しまないのかな」
「皆は株価が気になるんだよ。携帯でできる最高のゲームなんだって」
(マジだった。すげーな女子高生)
「フロップちゃんも凄いねぇ! ゆきちゃんと引き分けだよ!」
「ん」
フロップは大人しく頷いた。お冷の入ったコップを前にして、さやから抜き出した巨大フォークを羽交い絞めにしている。
「んむ」三つ又の端を口に含んで、「んふーんふぅー……っあ、あふ」
全然大人しくはなかった。息づかいが妙に湿っている。
「やばくないですか。シャルルちゃん、あの、やばくないですか」
「こら! 失礼だよゆきちゃん。フロップちゃんには、フォークが人に見えるんだよ」
「やばいよ」
「ふんだ……いいもん。どうせ、わからない」
フロップが言った。
「誰もツェーネの声が聞こえない。わたしだけが聞こえる。だからツェーネは、特別なの」
「ツェーネって誰です?」
相変わらず「はぁはぁ」言いながら、彼女は滑らかなフォークをなでる。
なるほど。差渡し一メートル六十センチほどのフォークの名前が、ツェーネと。
シャルルと目配せする。
世の中には色々な人がいて、色々な好みがある。異性を愛する人々を基準とすると、同性を愛する人がいて、人以外の動物――はっきりさせておくと『人間』は人間だけを、対して『人』は人間と幻界種を示す言葉――を愛する人もいて、性癖は雑多な広がりを持つ。
あるいは、無機物しか愛せない人も。
物言わぬフォークを愛する。このような愛の衝動に『対物性愛』と名をつけたのは、ある国の『壁』と結婚した女性だった。
フロップもそういう子なのだろうか。
「あの、ツェーネさんとはどういったご関係で? お友達みたいなものですか」
「トモダチって」
「ちょうどわたしたちと同じような関係のフォークちゃん?」
「ウウ、ン……」おでこに手を当てて、やがてフロップは小首をかしげた。「ツェーネは違う」
頬をきれいな朱色に染めて、もじもじしながら「ツェーネは幼馴染で初恋の相手」
なるほど。ラブコメの王道設定である。相手がフォークでさえなければ。
「あ、もしかしてそれ、大事なV‐ドライブ入りだったりします?」
「はあ、はあぁうん、ツェーネェ……」
聞いていないし、もはやそれどころではない。
フロップはフォークとの蜜月に戻っていた。頬っぺたを柄に擦りつけて恍惚としている。
されるがまま身を任せているフォーク(ツェーネ)だが、ゆきには彼(彼女)が喜んでいるのか、悲鳴をあげているのかも判別不能だ。
「ねえゆきちゃん」と、シャルルが目をぱちくりさせる。
「V‐ドライブってなあに?」
「え?」
予想外の質問を受けて、ゆきはたじろいだ。というのも、『V‐ドライブ』を知らない子がいるとは思ったこともなかったからだ。
「あたし、田舎の出で、お乳の大きさ以外は何も自慢できないタイプで……。お願い、教えてよう」
「あ、いえいえ! こっちこそ大人気なくすみません。えーっとですね、『V‐ドライブ』は幻界種の『特別特異特性』を、誰にでも扱える形にした専用の保存兼出力媒体ですよ」
「ほえー?」
「都市の研究機関でS.P.C分離装置を使って、幻界種から特性を抜き出すんです。そんで空のドライブに入れれば、晴れて『V‐ドライブ』となるアレです」
「ほえぇえー……?」
「要は、人間でも幻界種の力が使えるようになる機械です。『V‐ドライブ』に頼らない機器もあるわけですが、たいていは『特別特異特性』で起動する仕組みでして、人間には扱えません。そこで、はい! 誰でも使えるV‐ドライブ! 習いませんでした?」
「ほえーん!?」
「魔法を操る才能はないけど、努力もしたくねーって人間にお勧めの便利道具」
「わあ、なるほど!」と、シャルル。
抽出元の幻界種が必須で生産性が低いとか、同系統の『特性』なら重ねて強化が可能とか、強化の末、ゆくゆくは『V‐ドライブ』の力が種の限界をこえて、強大かつ固有になるとか。
多くを説明しない方が、シャルルのためだろう。
「おでこちゃんが強いのは、もしかしたら幻界種だからじゃなくて、フォークに取り込んだV‐ドライブのおかげなのかなって、思ったんですが」
「……」
フロップはフォークを抱き締めて幸せそう。
勝手に付けたあだ名にも反応しないし、お喋りに戻る気はないようだ。
「違うみたいですね」
諦めて、カレーライスを口に運んだ。
飾り気のないぶつ切りにんじんをすくって、はむ、とほお張る。柔和な甘みが舌の上でほどけた。愚直のような芸のなさは、おふくろの味。
(おいひー……)
つづいてメンチカツをぱくり、これもジューシーで美味しい。次は温かいお蕎麦。これも直球なカツオ節の風味に、思わず目尻が下がる。
「うまぁー」
「やっぱり食べすぎだよぅ。太っちゃうよ?」
「そうですか? お米に、おかずに、汁ものの三点セットですけど」
「何かが違うよぉ……」
ふとシャルルのメニューを見て、ゆきは息を呑んだ。
彼女はサラダだけをむしゃむしゃ食べていた。まるでうさぎか、菜食主義者のように。
(わたしとしたことが――うっかり野菜をとるのを忘れていた!)
「盛り合わせのキャベツだけじゃ栄養バランスが悪いですよね。追加してきます」
「ゆきちゃん!?」
と、ゆきよりも先にとなりのグループが席を立ち、入れ替わりで他の女子グループが腰を下ろした。
フロップよりも明るい金髪に、赤毛ストレートのロングヘア、黒のぱっつんロングヘア、ぱっつん黒のロングヘアと、ゆきの個性が埋没しかねないグループだった。
履いているサンダルの色は赤色で、三年生のシンボルカラーだ。
「オイまだかよー」
「腹へったー」
男子がいないせいか、お上品とは思えない口ぶり。
一年生の存在は歯牙にもかけず、どっぷり、だらけている。会話の内容は……、そこまで聞き取ろうとするほど、ゆきはさもしくないつもりだ。ただ、シャルルが緊張するのを見て和んだ。
(いつの時代も上級生はこわいもんね)
「みんなぁ、お待たせ!」
遅れて最後の一人が席についた。くるみ色の髪に、薄紅色の眼鏡をかけている。化粧はほどほどで、グループの中では地味な子だった。
皆にパンを渡している彼女は、パン屋のバイトか、パシリか……。
「遅いんですけどぉー」「パン買うのに五分もかけるなんて」「友達だからって舐めてねえですか」「パシリの風上におけねえっす」
「ごめんなさぁい!!」
パシリだった。
「あの人、経営学科の英雄長だよ」と、小声でシャルルちゃん。
英雄長。武彦とピードゥのお友達ということだ。
「英雄長V‐Ⅲ、相原愛莉……」
フロップがフォークといちゃつくのを止めるのも無理はない。
ピードゥは厳格にも程がある男だったが、こちらのパシリ英雄長と比べたら、逆に納得できてしまう存在感があった。
ごく普通の女の子。
どころか、愛莉は必要以上に腰が引けていた。ひかえめな笑顔には、逐一行動に許しをこうような、いかんともしがたい粘っこさがある。
愛莉は自信なさげな目でこちらを一瞥して、
「あら」幾らかの嫌らしさもなく微笑んだ。「素敵なフォークね」
突然水を向けられたフロップは戸惑いつつも「はい」と首をすくめる。
「これだけ大きいと、刺したものを口に運ぶのも大変じゃない?」
「う、ううん。ツェーネは、ご飯では使わない」
「ふうん」
察するに、フロップは人付き合いを得意とする子ではなかった。
「あのう、相原先輩ですよね! お兄ちゃんがいつもお世話になってます!」
見かねたシャルルが横から滑り込む形で会話に入る。
「なんのこと?」
「えっとぅ、あたしは茂来武彦の妹で鮭流って言います。相原先輩のご活躍は、かねがね兄の口から伝え聞いておりまする。聞いてます」
「そ、そう。そうなんだ……」
「下級生いじめは良くないですよぉ英雄長ー」「さり気なくあたしらじゃ不服って言いたいんすかねー」「え? マジで? すみませんねぇー」「あたしら至らねえモブですしぃ」
「わぁああ!? 違うよみんなぁっ、そんなんじゃあないよ!」
むせび泣く英雄長。
にやにや。彼女のお友達は仏レベルで優しいらしく、愛莉が自主的に落ち着くまで、含み笑いだか薄ら笑いだかわからないものを浮かべて見守っていた。
「つかぁ、英雄長のパンがありませーん」「探したんだけど、ねえんですよ」「誰かが食べちまった可能性を検討してみたらー」「あれま。うちのお腹の中にありました。不可解っす」
「いいよ、食べちゃったなら――って食べちゃったの!? 私の、た、食べッ!?」
哀れなり、英雄長。ゆきはメンチカツにキャベツを乗せると箸でつまみ、白飯と一緒にかき込んだ。本当の幸せって、こういうのだよ。
「また買ってこなきゃ……」
愛莉はしょんぼりと立ち上がった。
意気消沈した瞳でゆきを眺めて、「あれ」と呟いた。
「あなた制服は?」
ゆきはジャージにブルマ姿だった。
「忘れました」
「校則違反よ」
「そうなんですか」
「そうなんですか……? はあ。ちょっとお嬢さん? 悪いけど生徒指導室までご一緒してもらえるかしら?」
「え、あ、はーい」ではない。「――ええええぇえええええ!?」
あっさりとっ捕まった。英雄長とはどうしてこうも無慈悲なのか。彼女の友人たちは「ほっとけよー」と文句を垂れてくれるというのに。
また喧嘩を始めるわけにもいかない。というか、校則違反で逆ギレする方がおかしいのだ。大人しく愛莉に連行された。
連れられた生徒指導室は、授業用教室の半分ほどの空間に机が二つだけ。
仁義なき圧迫面接。
愛莉は奥に積まれた段ボール箱をあさっている。カーペットの毛足を見つめたまま待っていると、程なくして彼女は戻ってきた。
「はい、貸してあげる」
手渡されたのは折りたたまれた衣服だった。
「これ……っ!」
リボンに、プリーツスカート、純白のシャツ、厚手のブレザー。このコンボはまさしく。
「うちの制服よ。今日は忘れた……汚れたり、破けたりしちゃったんでしょ? それが直るまでの代替え品。学校の備品だから、ちゃんと洗って返すこと」
「え、え、じゃあ悶絶必死のぎるてぃー裁判とかは……」
「制服を着てないくらいで、そんなことするわけないでしょ」
「でー、ですよねぇー!」
経営学科の校舎は、昨日の熊社会とは方向性が違うらしい。
どちらかといえば、ゆきは経営学科の方が断然、仮に向こうの給食で琥珀のごとき黄金ハチミツが供されるのだとしても、やはりこちらを選びたかった。
緊張は、吐息とともに吐き出された。そうすると今度はお喋りに花が咲く。勢いから見るに、火が付いた、と表現した方が正確だ。
「そうだ、相原さ、先輩! この校舎で、変態仮面を見かけたことはないですか?」
「え。へ、変態……?」
「変なかぶり物をして、しみったれた格好で暴れてるやつです」
「んー……。ないかな」
愛莉は眼鏡のずれを直し、困ったように微笑したのだった。




