11. ボスは人望ないかも?
各英雄長で行う学生会議が、武彦は大の苦手だった。
とりわけ月末のやつは最悪。武彦にとっては最たる悪だ。
悪研の敵怪人よりも、同僚からの罵倒よりも、また部下からのクレーム処理よりも嫌悪する。会議前になると決まって、もっとずっと根元的な部分で吐き気を催す。
たとえば泥酔したゆきの前にひざまずき、つま先にうやうやしくキスするのと同じくらい、気分が悪くなってしまう。
絶望的ということだ。今の武彦がまさにその状態だった。果てしなく薄っぺらで無意義な時間の中に、ぽつねんと立っている。
最悪がつまった未来学園の中央部。
丘の上に敷設された、英雄長専用のプランニングハウスである。
「……であるからして、ロビン・フッドシリーズの製造は学園側の援助金のみならず、学園PRを目的とする財団法人を抱き込んだ大規模計画であり、およその製造費から悪研の資金限界を量ることはできなかった」
武彦の努力が実ったせいか、実らなかったせいか、事務連絡は順調に進んでいる。
惜しむらくは、言葉のことごとくが部屋の暗がりに吸い込まれていることだが……。馬の耳に念仏とはこのことだ。
武彦は英雄長という名馬を相手に、念仏を唱えつづける。
「くり返すが戦艦級ロボットマシーン、ロビン・フッドMXからわかる通り、やつらの作戦資金は学園の援助額を超過している。にもかかわらず、作戦への妥協が見られない。悪研は件の財団法人の他からも支援を受けている、と考えるべきだろう。やつらは……」
「ヒエェー! シエシエは粗大ゴミじゃないよう! やめて、詰め込まないで! スクラップおじさ――ッハ! あ…あ、夢……でした?」
「シエシエ氏、お恥ずの限り、では?」
「ひゃーん!」
「こほん。やつらは、大規模な作戦を継続する可能性がある。そこでだ。幸い、僕たちには一ヶ月分の余剰資金がある。手をこまねいて待つのではなく、英研も打って出るべきだと思うのだが。これについて、何か意見はないか?」
「「……」」
沈黙。
上部な深海魚にならない限り、毎度苦痛となる無言の圧力だ。
「思いついたことならなんでも言ってくれ。そこから討論で発展させればいい」
間を置いて、「特にない」との答えが四人分。
「……では、今月も学園設備のメンテナンスと、戦闘地域となった工場区の清掃ないし修繕費に多少を割り当て、残りは貯蓄する。次は……」
部屋から飛び出して行きたくなる衝動をこらえ、機械的に連絡をつづける。
V字に折り返す長テーブルには、左端から英雄長V‐Ⅲの相原愛莉に、V‐Ⅱのシエシエとルカルカ、真ん中に武彦を置いて、折り返した右端にV‐Ⅴのサイファーが座っている。
人文学科・英雄長V‐Ⅰのピードゥは、一身上の理由につき欠席していた。
リーダーだけが見渡せる光景は……全くクソじみている!
なりゆきで組織のトップに据えられた武彦には、特にそう見える。何を問いかけようが、彼らは少し考えるような間を置いて、結局は「特にない」と返答するのだ。
「……に出没すると噂の変質者は、引きつづきサイファーに追ってもらうこととする」
サイファーはシルクハットの上でジェンガを楽しんでいた。
彼はわずかに手を上げて了解の意。訴えにあった変質者がサイファー自身でないといいのだが。
「つづいて、今月の作戦行動における問題点の討論に移るが、その前に。僕の聞いた話で恐縮だが、悪研の最終兵器が起動したとの噂がある。各自知っている情報を……」
そのときだった。
「ちょっと!」
相原愛莉がテーブルを叩きつけた。
「そんなことどうだっていいわよ。もっと話し合うべき問題があるでしょう」
険のある口調を聞いて、痛感する。
会議に不満を持っていたのは武彦だけではなかったのだ。
「どうだっていいことはないぞ。悪研の最終兵器ともなれば、重大な案件だ」
「どうせろくな情報元じゃないんでしょ」
「え? と、殿田……」
「あらそう、びっくり! 殿田くんのことはいいわ。どうでも」
「殿田はどうでもいいかもしれないが……! 現に学園側からも、悪研の活動が度をすぎている、なんて通達がきているじゃないか」
「知ってるわよ! けどさ、あんたはおかしいと思わないの? 第一にここにいない仲間の心配をしないなんて」
「う」
とうとうきたか。
口元が歪み、保っていたポーカーフェイスは即座に崩れる。確認しなくとも、彼らの目が自分に向けられたことをさとる。
「……ピードゥのことか」
「そうよ。あいつは、どうしてここにいないのよ」
「知ってるだろ。校舎に侵入した不審者にやられた。今は療養中だ」
「茂来くん。私はなんだって、あなたに一から十まで説明してあげなくちゃいけないの? どうしてあいつがやられたか、を聞いてるのよ。教室には茂来くんもいたんでしょ。ピードゥが戦ってる間は、偶然っ、他のことに夢中だったみたいだけど」
「ああ。そうだな」
(気絶をしているのに、僕は心底夢中だったな)
「答えなさいよ。茂来くんが親しげに不審者と話していたって言う報告もあるのよ」
「誤解だよ。それは」
「じゃあどうして。ピードゥと一緒にいながら、それなのにどうしてピードゥだけがやられて、あんたは無傷なわけ? 納得のいく理由はあるんでしょうね」
愛莉は怒っているはずなのに、顔色は青ざめていて、それはもう。
あたかも武彦を裏切り者かと疑っているみたいに。
「気絶していたんだよ」武彦は正直に言った。「不審人物につき飛ばされたんだ。探せば目撃者だっているはずだ」
愛莉は明らかに鼻白んだ。
探すまでもなく、目撃証言は彼女の耳にも入ってきているようだ。
武彦が思うに、あれは事故だった。ピードゥが脳みそまで凍えた雪女にのされたのも、不幸な事故だと言えなくもないし、取りざたにするほどの事件ではないだろう。
水上ゆきがピードゥを倒したのには驚いたが、それだけだ。
「君の気持ちはわかるよ」
噛んで含めるように、理解の言葉を投げかける。
仲間思いの愛莉が不安になるのも無理はない。ならば正直に、自分の部屋に同居人がいることも含めて説明すれば済む話だ。
「そう。悪かったわ。あんたも気絶させられないように注意するのよ」
論理的に考えれば、武彦に非難が向かうことはない。
――わけがなかった。考えが甘すぎた。
「あんたの優しいお母さんなら、そう言ってくれるのかしら? でも、私ならこう言うわ。ふざけるんじゃないわよ、間抜け」
「へ」
「つき飛ばされて、気絶させられた? 何もできませんでしたって? ええ。そういう情けない目撃証言も聞いていたけどね――信じたくなかった! ウケ狙いでもくすりともこないわ、茂来くん! 仮にも英研のトップに立つ男が、よくも抜け抜けと言ったものね!」
「な、なっ! だって!」
(ならどう言えばいいんだ?)
自分は完璧な英雄様じゃない、と胸のうちでこぼす。総英雄長の地位を実力で勝ち取ったわけではないし、生粋のエリートとは脳の作りからして違う。
「弱っちいくせに、総英雄長の大役がつとまると思っているのかしらね!」
(最初から思っちゃいないんだよ! クソ、ふざけるな)
あまりの怒りで頭から湯気が出そうだった。
「さあな……。ただ、これは善意からの忠告だが、うるさい女も男ウケは悪いもんだぞ、相原」
湯気の代わりに皮肉が出ていた。
ナンバーワンよりオンリーワン、という輩がいるが、武彦はどちらの要素もあわせ持った上で、さらにリーダーの資質がワーストワンだった。
「う、ほ、ほっといてよ! そんなの関係ないでしょ」
「ああ悪かった。君は責任を重んじる英雄長だったね」
ワーストワンの武彦は、一度の皮肉では気が済まなかった。
特別に触れて欲しくない部分に踏み込んでしまうことを、しばしば「地雷を踏んだ」と表現することがある。愛莉がしたように、意図せずに踏み込むことも珍しくない。
他人には見えないからこそ、地雷。
反駁の余地がない欠点だからこそ、踏まれれば、爆発するしかない。
「優秀な君に比べて、役目をほっぽって女子会に行く英雄長なんぞがいてね、目下の悩み種さ」
「な……っ」ところで武彦は、初めて顔から血の気が引くという現象を見た。
愛莉はあちらこちらに目を向けて、それから呆然と武彦を見た。
「英雄長は各学科の代表生だ。僕らは選ばれて、他のみんなは選ばれなかった。英雄長を目指していた何百人もの生徒を蹴飛ばして、さして努力していなかった僕が選ばれた。正当性は欠片もない! 僕にもあるとは思えない! でも事実として、僕が選ばれたおかげで、選ばれなかったやつらは涙をのむはめになったんだ。……なあ、それが僕にとって、どれほど恐ろしいことかわかるかよ?」
「違うわ、私は、そんなつもりじゃ!」
「僕たちは選ばれなかったみんなの、叶わなかった夢を背負っているんだ。弱っちいと言われようが、立場に相応しい責任は必ず負っている。だって、逃れられないんだ……」
「違うよ。茂来くん、そんなの……。あの、私は、違う」
「だろうな!」
つい怒鳴ってしまった。
「君は正当な英雄長だ。皆からは信頼されて、すべてにおいて完全無欠な相原愛莉! ちまたでは囁き合う、どうして彼女が総英雄長に選ばれなかったの? 今年の総英雄長はそんなに凄いやつなのか? ――耳が痛いよ! ああそうだ、君は間抜けな僕とは違う!! なるべくしてなったエリートさ!」
「やめてよ! ひがみばっかり! 私だってね……!」
「私だって、なんだと言うんだ? 恐ろしい事実でまだ僕を驚かそうって? 実を言うと、驚かされることばかりだよ。今でもそうさ! すべての対処法がわかってるんだろ? エリートだしね。だから君たちは、いつも〝特にない〟んだ。そうだろ!? 僕は、僕はもうウンザリなんだよっ!!」
「……」
それからは、しばらくは誰も口をきかなかった。
「失言だったわ。ごめんなさい」
愛莉が退席すると、サイファーも彼女にならって席を立った。いつの間にかシルクハットの上のジェンガは崩れていた。
部屋に残ったのは武彦とシエシエ、ルカルカの三人だけ。
やってしまった。最低だ。
「ボス。お腹のパラサイト、収まらないです?」と、シエシエ。腹の虫。
「ああ……、悪かった。なんてこった、こんなこと、言うつもりじゃあ……」
「ダイジョブ。ボスはとっても辛いです。ルカルカは、見なかった振り、しますので」
小柄なアンドロイドたちは、二人して武彦の背中をなで回した。
妙な気分だったが、やめてくれと言葉に出すのも億劫だ。
「ボス!」シエシエが目を輝かせて訊いた。「シエシエも、エリート、だったり?」
ただのロボです、と寂しそうにルカルカがたしなめる。言葉もない。
今月は、今年でワーストワンの出だしになりそうだった。




