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S3フラワーズ  作者: 青井けい
第一章 何でもありな何でも屋
1/48

1.  星々は行くままに

 もしもお星様が落ちてきたら、どうする?

 たとえば夜空を駆ける流れ星がひとつだけ、何かの拍子で落ちてきたら。


 実を言うと、どうにもできない。

 おや? 何かが空を横切ったな、と思う間もなく。

 空を見上げるその人は、大気を揺るがす轟音と突風に打たれ――一瞬の違和感の後に――原型も残さずに消滅する。

 後に残るのは、ロマンチックとはほど遠い光景になるだろう。

 あるいは落ちたら最後だ。破壊の後に生き残りがいる保証はないし、全世界中、すべてを根絶やしにすれば遺恨さえも残らない。

 より純粋に展開し、在る物を破壊する。

 どんな悪人にも果たせない超大量殺戮を、お星様というものは悪意もなくやってのける。ちょっとドジって落ちるだけのあっけなさで。 

 人は易々と叩き潰される。


 ぷちり。


 数歩先にできたクレーターを見下ろしながら、メリルは冷や汗をかくのだった。


「わー……」


 地面の穴の底で、落下したお星様がプスプスと煙を上げている。

 五つの角を持つデフォルメされた星の形。それこそ『お星様』としか形容できない物体は、時折の明滅で夜の闇を照らしていた。

 やぶれかぶれの輝き方は、どことなく壊れたネオン看板に似ている。


「嫌だ嫌だ! お家に帰りたいよぅ!」


 はっと我に返った。

 いくぶんか生気を取り戻し、クレーターを挟んだ向こう側に人影をとらえる。いけない。

 星明りを背に、小さなシルエットが地団太を踏んでいた。


「帰りたいよぉ……。帰らせてよぉ!」


 お星様が落ちても相変わらず。カグヤは泣きべそをかいている。

 どん、と半狂乱で足を踏み下ろすたびに、ツインテールが揺れる。星明りを浴びた髪はウェーブがかかっていて、水に濡れたようにつややかだ。


「落ち着いてよ、カグヤ。ほら、長期バカンスとでも思って」

「嫌だって言ってるじゃんか、こんなとこ! なんにもないもの!」

「あるよ、きっと」

「嘘つき! 卑怯者のメリル! じゃあ何があるっていうんだよう!」


 ぐむ、と言葉に詰まる。返せる言葉がなかったせいだ。

 三日間かけて近辺で情報収集をした結果、地球の現住生命の大半は、電気に頼らないエコロジカルな社会に生きていることがわかっていた。でも。


「電気はないし、食料も尽きちゃったよ。明日からは一緒に狩りをしようね」


 とは、カグヤには言えない。今度はいくつ『落ちてくる』ことか。

 あらぬ方に目を泳がせて、メリルは苦し紛れに言った。


「そこら中に竹があるよ」脱出船が着陸したのは竹林だった。「後、水と空気も」

「わぁあああああん! 母星おうちに帰りたいよう!」


 カグヤは気に入らないらしい。


「わがままを言うのはやめようよ、ね?」

「どうして!? メリルだって嫌でしょ!」カグヤは叫んだ。「ほらこれ! 足元のお星様! 何もしてないのに星が落ちてきたじゃんか! 危ないよ!」

「へ? でも、それはあなたの……」


 落ちた流れ星を指す少女に嘆息し、「あえて言うまい」と思い直す。

 何もしてないのに星が落ちてきたと。


 決してそんなことはない。


 本惑星、地球で、隕石衝突を心配すべき時間はあまり多くないのだから。

 流れ星が後頭部にめり込む心配よりも、転んで死ぬ心配をした方が現実的だ。

 あるいは地球人が扱う『魔法』でも、お星様は落とせない。

 地球の生命体が持つ力、すなわち『魔法』は、大気に満ちた何かに、人間たちに内在する何かを使って干渉し、人為的に超常現象を起こすものらしい。メリルたちの『特性』と似て非なる力は、しょせんはささやかなものでしかない。


 流れ星の墜落を心配する必要はないだろう。

 なんだかキレちゃってるカグヤが、近くにいるとき以外は。


「とにかくね。帰りたいって気持ちは、しばらくは忘れなくちゃ駄目」

「あたしは嫌だって言ってるの! 帰るの! 今すぐ!」

「ふ、ふぅん……そっかぁ」カチンときた。「じゃそうしよっか!? ほら、帰るからタクシーでも拾ってよ!」

「ふざけんな! あたしは、お家に帰って成金戦隊ゲンキンジャーを見るんだ! 今日が放送日で。ゲンキンジャーは、悪いやつをばったんばったん、なぎ倒して……」

「もうやってないよ!!」


 母星はゲンキンジャーの制作会社ごと崩壊したのだから。

 悪い宇宙怪獣に目を付けられて、惑星ごと、ぼかん。

 滅亡はときと場所と場合に無頓着だ。

 今回の場合は、宇宙ステーションで宗教的規格体の研究をしていた父の助手として、メリルが首長の娘――偉い人の子供、つまりカグヤ――のお守りをしているときに起こった。

 メリルはただちにレベル5脱出船の乗船手続きにのっとり、あるいは無視して、緊急時用星系転送船フラッシュ・テレポーターで宇宙ステーションを脱出。避難先を探して漂泊しつづけた。


 さて、メリルの宇宙漂流記、記念すべき第一日目。

 始めのうちは……などと、感傷的に語るべくもない。覚えているのはハッチが閉じる「怖っ!」という瞬間と、ハッチが開く「怖っ!」という瞬間の二つしかないのだ。


 ワープドライブでも何年か、はたまた何百年か、考えるのも億劫になるときを要するため、身体は意識ごと凍結保存されていた。果たして自分の実年齢はいくつになっているのか。

 唯一わかることと言えば、今では、自分たちが宇宙人ということだけ。


「嘘だ。ありえない!」

「はぁー……っ。あのさ、そうやってわめくの、やめてくれないかな。黙っててよ」

「ねえ帰らせて! お願い、どうしてあたしが。どうして!? メリルの馬鹿野郎!」

「野郎じゃないよ。わたしはアマだもん」

「知らないもん!」

「あー。見てわからない? だったら頭が残念なカグヤちゃんに、もう一つ聞いてみようかな。わたし、楽しそうに見える? ニコニコ笑ってる?」


 答え。メリルは笑っていた。ただし、めそめそ泣きながら。


「鼻水垂らしてる」と、カグヤ。

「大正解! 垂らしてるね、みっともなく。カグヤとのお喋りが地獄のように楽しいからだよ。見ればわかるよね……? ――わかってくれるよねっ!」

「う、うぅううう! うるさい、メリルの馬鹿、ばかばかばかァ!」


 説得は大失敗。ついに彼女は、なんだかキレちゃったらしい。

 カグヤは思いきり足を踏み下ろした。

 きらん、きらきらりん。夜空で無数の星々がきらめいた。デフォルメされたお星様の形はそのままに、子供っぽい星々が回転しながら浮き上がり、

 お星様が落ちてきた。


「んなッ!?」


 星。……星。星、星、星、星星星々々々々々。こんぺいとうみたいに小さなお星様の群。空の果てから撃ち出される、星々の拡散射撃。

 デフォルメのお星様にうたれ、そこかしこで地面が爆散した。へし折れた竹は木端微塵に割れて吹っ飛んでいく。


 地球の自然現象ではない。

 カグヤの種族に与えられた固有の力、いわば『特性』――超質量星光メテオライトの掃射だ。

 天球から落ちたお星様は、一帯を無差別に破壊し尽くしてしまう。竹林どころか、周辺の山がさっぱり整地されるのも時間の問題だ。


 環境破壊もはなはだしい行為に、保護者のメリルとしてはまことに遺憾であり……、

 それどころではない。


「どひゃああああああ!!」


 情けない悲鳴はほとんど爆音にかき消された。

 竹に、山に、川に、命が。信じられない。このままでは確実に飛ぶ。

 子供の駄々ですべてがふき飛んでしまう!


 メリルは死ぬ思いで駆け出した。強烈な閃光に目がくらむ。

 降りそそぐ超質量星光メテオライト……光を放つ超質量エネルギーは有り体に言って、とてつもなく重い。幼いカグヤの力だと、お星様一つで三トンほど。これに触れてしまった場合は、重さは超質量星光メテオライトとの接触面から襲い掛かり、一点で発揮される。


 単純な重さではなく〝重い〟という観念そのものが、方向も無視して、である。ぶつかった部分だけに象を乗せる感じになる。


(それでいけば、今は沢山の象が降っていることになるな)


「やめなよ!?」


 降りかかる土砂をつっきり、カグヤを押し倒す。

 何がなんだかわからなかった。わからなかったが、ただひたすらに、カグヤを抱き締めていた。

 そうしていたかった。

 やがて、お星様の爆撃は止んだ。荒らされた竹林と焼けた土の臭いを残して、辺りは静寂を取り戻す。長い沈黙の後に聞こえてきたのは、カグヤのすすり泣く声だった。


「ごめんなさい。メリル、あたし……。ごめんなさい……」


 メリルは胸を押し付けて、カグヤを圧殺しようと試みた。

 彼女は捕食される昆虫のように身を縮めてじっとしている。


(もう)


「わかった? カグヤにはわたしがついてるよ。うっとうしいくらいに、ずぅううっと、ね?」

「うん。ごめん、メリル、ごめんなさい。あたしを一人にしないで」

「わかれば良し! 今回だけは許してあげる」


 気丈にふるまっているものの、メリルの思いも小さな少女と変わりがない。


(一人にしないで)


 今のところは一人、ではない。


(カグヤにはわたしが、わたしにはカグヤがいてくれる)


 たとえ生まれ故郷ではないとしても、まだやれることがあるはずだ。

 形容し難い地形を前に白い息を吐く。

 つと仰ぎ見た先で、本物の星々が瞬いた。

 宇宙のどこを探しても、はるか彼方、破壊された故郷は見つからない。


 幻想が幻想であるべき境界をこえ、来たりし者。

 のちに『幻界種』と呼ばれることになる異星人の生き残りが、種族の復興を誓ったとき。

 後悔に満ちた瞬間が、まさしくそうだった。

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