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攻防

 《三叉槍トリアイナ》が放つ電撃の集中砲火は《空魔》の魔導圏内で減衰しつつも、狙い通りにシルフィードの二機に命中した。

 だが、そのシルフィードは多少姿勢が揺るいだ程度で、ほとんどダメージを負ったようには見えない。


「ちっ。やっぱりだめか」


 ヴァルマーは軽く舌打ちした。

 風の魔法に特化したシルフィードにとって、電撃は機体属性に含まれるものだ。

 その意味では、《三叉槍トリアイナ》にとっての魔導相性は最悪と言って良い。

 こうなれば、力押しで押しまくるしかない。


「今度は全機で左端の一機を狙え」


 格闘戦になる前に、一機でも潰しておきたいところだ。

 接近戦になれば機動性に劣る《三叉槍トリアイナ》に勝ち目は無い。

 東門上部に据え付けられた大型弩砲もうなりを立て始め、次々と矢弾を撃ち出し始めた。

 さすがに質量を伴った矢弾に対しては、シルフィードも回避行動を取る。

 整然としていたシルフィードの陣列が乱れ始める。

 その機を逃さず、ヴァルマーの号令がかかる。

 再び、《三叉槍トリアイナ》の一斉射撃が迸り、左端の一機を捉えた。

 さすがに十対一の飽和攻撃には耐えられなかったようだ。

 魔導機関が停止したのか、がくりと動きを止め墜落していく。

 首都ヘルツェンの守備隊側に歓声が沸き上がった。

 だが、《空魔》から光る紐のようなものが伸びて、墜落するシルフィードを捕まえ、そのまま引き上げて格納していく。


「撃墜でなくて、しばらく停止させたってところか。まぁ、これも繰り返していけば……いや、それをさせてくれれば、だが」


 ヴァルマーの苦い呟きを聞いたわけでもあるまいが、今度はシルフィード側の反撃が始まった。

 お返しとばかりに、シルフィード全機が一機の《三叉槍トリアイナ》に集中して電撃を浴びせる。

 二十九対一の飽和攻撃に旧式の機体は耐えられず、黒焦げになって崩れ落ちてしまった。


「各自散開しろ。回避行動始め」


 《三叉槍トリアイナ》が鈍重に動き出すが、軽快な機動を誇るシルフィードから逃げられるものでは無い。

 次々と電撃で黒焦げになり、あるいは、風の刃で切り刻まれていく。

 ヴァルマーの乗る《ルーヴ》にも一機が迫る。


「ふん」


 《ルーヴ》は遠距離魔導兵装を持たない、純粋に武技に特化した機体だ。

 格闘性能は《三叉槍トリアイナ》は無論、シルフィードをも上回り、その四肢に秘められた瞬発力は凄まじいものがある。

 飛行能力、及び、対空迎撃能力が無いと見て、迂闊に上空に位置取りしたシルフィードに、その《ルーヴ》が跳躍して襲い掛かった。

 魔装機甲兵のような巨体で、このほどの跳躍力を持つのは、ザミーンを含む各国の機体の中でもこの《ルーヴ》くらいのものだろう。

 飛行型であるシルフィードの上まで跳躍した《ルーヴ》が、重量を乗せた大剣を振り下ろす。

 魔導機関の発生する魔力に覆われた刀身は、シルフィードを、あっさりと唐竹割りに両断して見せた。

 ザミーン側にとって、この戦闘が始まってからの初めての被害である。

 だが、《ルーヴ》もとっておきの切り札をさらしてしまった事になった。

 その跳躍が届く範囲よりも高度を取られたら《ルーヴ》になす術は無い。

 そう思われた。

 だが、《ルーヴ》に打つ手が無くなったわけではない。

 傍らに積んである巨大な槍をつかむと、満身の力で投擲する。

 武技に特化した魔導機関が生み出す膂力は、その槍に凄まじい速度と威力を与えた。

 一機のシルフィードの腹部を貫通し、その後ろに居た機体までを貫いたのである。


 三機の機体を屠った《ルーヴ》にシルフィード級の群れがたじろいだようにも見える。


「さすがは音に聞こえた《ローセンダールの若獅子》。ヴァルマー将軍とお見受けするが」


 そう言って降下してきたシルフィード級があった。

 指揮官用の装飾がなされた機体である。


「いかにもヴァルマーだが、お手前は?」

「これは失礼。ザミーン帝国空軍第七降下部隊を預かるギリアムと申します。吹けば飛ぶような役職ではありますが、将軍閣下には、お手合わせ願えますかな」

「地に足がつくようであれば相手をするにやぶさかではないが、そうふわふわと浮かれていては、手合わせどころではないな」

「ふむ」


 ギリアム機はそれを聞くと、地上まで降りてきた。


「これでよろしいかな、ヴァルマー閣下」

「ふっ、ザミーンにも武者らしいのが居るようだな」

「余興でございますよ。なにしろ、閣下以外は全て倒れておりますれば」


 そのギリアムの言葉に周囲を見回すと、地上に立っている《三叉槍トリアイナ》は一機も残っていなかった。

 ヴァルマーは歯噛みして、目の前のシルフィードを睨みつけた。



         ◇



 扉が乱暴に開かれると、その前で待機していた侍女達は一人残らず目を見張った。

 体にカーテンを巻き付けた格好のヘレーネが、奇妙な服の青年を引きずるようにして出てきたのだ。

 青年の顔にはひっかき傷や手形の跡が残っており、治癒の為にこの部屋に籠った筈なのに、なぜか余計にダメージを負っているように見える。


「ヘレーネ様、これはいったい……」

「警報が聞こえなかったの?」


 一人の侍女がおずおずと問いかけるのへ、周囲を見回したヘレーネが厳しい声で言う。


「私どもはヘレーネ様のお付きでございます。『対価』を終えるのを確認するまでは、おそばを離れるわけにはいきません」


 不安を滲ませながらも、その侍女が言うと、他の侍女もうなずいた。


「私の『対価』は終わった。ただし、少し払い過ぎたようなので、こいつから払い戻してもらうところだ」

「はい??」

「ともかく、お前たちは地下に避難せよ。これは、このヘレーネからの命令である」


 そういうと、茶髪の美しくも逞しい娘は、ぐったりとなった青年を引きずりながら、ずんずんと歩き去って行った。

 侍女たちは呆気にとられていたが、


「あれなら大丈夫ね」


 と、誰かが口にすると、一斉に我に返って避難を始めた。



『再度警告します。スーツのメディカル装備は使い果たしております。早急な補給を……』

「お前、何を言ったんだよ」


 チルがいつもと同じ声でメッセージを発するのを遮って、離宮の庭を引きずられながらシンゴは弱々しく呟いた。


『ユーザのメッセージを辞書に登録された語彙方針に基づき翻訳して伝えました』

「うう……怒った女の子って怖いもんだなぁ。BMRに生身で挑む方がマシだ」

『対人格闘戦のミッションはありますが、素手の女性相手のミッションは存在しません』

「むぅ……」


 ミッションが絡まないと、パイロット属性パラメータを向上したシンゴと言えども、何をどうして良いかわからない。

 一応、反撃しようとはしたのだが、布一枚下の弾力に思わず手が引っ込み、後はなされるがままになってしまった。

 パイロット属性パラメータにメンタルと言う項目がなかったのが、不幸だったと言えるかもしれない。


 地響きを感じて、思わずそちらを見ると、女性的なシルエットの巨人が歩いていくのが見えた。

 ヘレーネも足を止めて、目を見張っている。


「まさか……《レバンゲル》? 未完成の機体だと聞いていたが。乗っているのはソニアか? 莫迦な真似を」


 ヘレーネが茫然と呟く内容を、チルが逐一翻訳する。


(敵襲の中を未完成の機体で出撃する。ええ話や)


 黄金パターンに感動するシンゴだった。

 そんなシンゴを睨みつけるように、ヘレーネが言う。


「おい、貴様。貴様ならあれを何とかできるだろう」


 上空に浮かぶ《空魔》やシルフィードの方向を指さす。


「頼む。『対価』が必要なら、私がこの身に代えても支払う。だから……」


 眼の前の娘が切羽詰って必死になっているのは、さすがに翻訳してもらわなくてもシンゴにはわかった。

 もっとも、元々、そのつもりだったわけで、それを途中で遮ったあげくにボコボコにしてくれたのは、この娘の方である。

 なんとなく不条理なものを感じながら、シンゴは頷いていた。

 胸元を掴んでいたヘレーネの手が離れると、シンゴは背筋を伸ばしチルに命令した。


召喚コーリングシーケンスを開始せよ」

『命令受領。シーケンス開始準備完了。対象を選択してください』

「型式番号FV‐14S、《ファーブネル》を選択せよ」

『命令受領。FV‐14Sを対象として、シーケンスを開始します』


 通常、BMRの出撃は母艦から発進する事が多い。

 所属階級名と機体名称、もしくは、コールサインを管制に告げて「行きま~す」とか「出撃する」と言うシーンは憧れるものである。

 一方で、パイロット属性を上げたプレイヤーは単身で敵地に乗り込む局面が多々あり、機体を呼び寄せる必要がある。

 機体の召喚コーリングは、そうしたニーズに応えた機能で、シンゴもポイントをつぎ込んで、このパラメータをコンプリートさせた。

 ちなみに、このパラメータをコンプさせると、リアルに考えれば無理なんじゃない、と言う局面でも機体を呼び出す事が可能なので、掲示板での意見は賛否両論である。

 否定派はリアルさを損ねると言う主張であり、肯定派はパイロット属性重視のスタイルを取っているプレイヤーが少数である事もあって、ハンディとして擁護している。

 この辺りは『白い悪魔』系列のGで始まる作品に対する否定派と肯定派に一脈通じるものがあるだろう。


『シーケンスは完了しました。後五分で到着します』


 チルの冷静な声が、BMRの飛来を告げる。



         ◇



 宮殿を出てから東門に急ぐ《レバンゲル》の搭乗席で、ソニアは全身を汗で濡らしていた。

 この機体の動きを制御するのは、思ったよりも骨の折れる作業だった。

 心臓部に当たる魔導機関が未完成なら、その筐体も組み上がったばかりで、調整すら済んでいない。

 だが、ソニアは歯を食いしばって、機体の制御に心を砕いた。

 一刻もはやく、ヴァルマー将軍の元へ駆けつけ、この《レバンゲル》による一撃で局面を打開するのだ。

 ちらりと上空に浮かぶ巨大な《空魔》を見る。

 ここから《空魔》に一撃を加える事は可能だが、撃てるのはただ一度だ。

 それ以上は、現在の《レバンゲル》の仕上がりでは持たない。

 一回だけの機会しかないとなれば、軽々しく自分の判断で行って良いものでは無い。

 軽薄でだらしなさそうに見えて、ヴァルマー将軍の戦術判断は極めて適格だ。

 彼の指示ならば、《レバンゲル》による一撃は最大限の効果を発揮するに違いない。

 だから、だから、一刻もはやく、ヴァルマー将軍の元へ駆けつけなければ。


 そう自分に言い聞かせ、たかだか数分の時間を永劫にも感じながら、ソニアは東門に展開する守備隊の元へと辿り着いた。

 だが、そこで彼女が見たものは、壊滅した《三叉槍トリアイナ》と、片手片足を吹き飛ばされ、地面に横たわるヴァルマー将軍の専用機ルーヴの姿だった。


「ぐ……宮廷魔導士殿か。無様な恰好を晒してしまったな」


 《ルーヴ》から、ヴァルマー将軍の弱々しい声が聞こえる。

 その《ルーヴ》の傍らに、一機の指揮官機らしいシルフィードが立っていた。


「ほほう、ローセンダールの歴代最強と伝え聞く宮廷魔導士殿か。ローセンダールが魔導士用の機体を開発しているとは報告があったが、その機体がそれか。これは思いもかけぬ収穫だ。おっと申し遅れました。ギリアムと申します」


「くっ……」


 ヴァルマーが自分の迂闊さを悔やむように呻いた。

 一方のソニアも、《ルーヴ》の無残な姿が信じられなかった。


「将軍、これはいったい……」

「堂々の一騎打ちで負けただけだ。まさか、これほどの使い手がザミーンにいるとは……」

「お褒めにあずかり恐悦至極」


 ギリアムと名乗ったシルフィードが慇懃無礼の見本と言ったお辞儀をして見せる。


「さて、そちらの抵抗もやんだようですね」


 東門上部にあった大型弩砲も、無残な残骸となっており、その周りをシルフィードが浮遊している。

 この分では、東側にある三門のみならず、全てが壊滅しているものと思われた。


「まだだ。まだ、この《レバンゲル》がっ」


 ソニアは乾坤一擲の思いで、機体が携える錫杖を《空魔》に向けようとした。

 だが、機体がいきなり不活性となり、がくりと膝をついてしまった。

 《空魔》の魔導機関が首都ヘルツェンのそれを制圧した瞬間だった。

 こうなると、動ける魔装機甲兵、及び、魔導兵器はザミーンの固有魔導波と同調するシルフィードだけである。


「これまで、ですな」


 ギリアム機が、他のシルフィードに合図する。


「制圧せよ。抵抗する者は殺してもかまわん」



         ◇



 そのシルフィードの搭乗者は、治癒院らしい建物に照準を合わせた。

 負傷者や女子供が避難しているのはわかっていた。

 魔結晶視界により、彼ら、彼女らの怯えた表情が手に取るようにわかる。

 そんな表情が黒焦げに変わる瞬間が、ひどく堪らない、と、考える男だった。

 平時であれば変質的犯罪者以外の何者でもないが、魔装機甲兵の搭乗者としては一級の腕を持っていた為、このような男が名誉あるザミーン帝国空軍に籍を置くことができたのは、ある意味戦時における不幸であっただろう。


「ふひひ」


 下卑た笑い声が思わずこぼれる。

 指揮官も抵抗する者は殺しても構わないと命令している。

 そんなところに隠れていると言う事は抵抗している事と同じだ、

 男は自分勝手な大義名分の元に、電撃魔法の引き金に手をかけようとした。


 不意に、警告を示す記号が、魔結晶視界に表示される。

 何かが飛来してくるようだ。

 だが、友軍を示す魔導波は発していない。

 警告の示す位置に従って、視界の照準をそちらに向けた。


「何だ? あれは」


 男は、思わずそう呟いていた。

次回「空戦」で、ようやく主人公がロボットに乗って対戦……するといいなぁ orz

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