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空魔

 警報は当然の事ながら「サロン」にいたローセンダール首脳の耳にも入った。


「何事か!?」


 怒鳴るように、扉の外に控えている衛士に問いかけたのはサイラス将軍だ。

 だが、衛士が応えるより早く、魔導の念話で情報を伝えられたと思しき、魔導技術管理庁の長官が叫んだ。


「ザミーンの《空魔ギガント》だと? 莫迦な」


 それを聞いたボーデン侯爵は即座に決断した。


「会合は中止します。各位におかれましては一刻も早く職務を果たせられたい」


 その言葉に従い、ヴァルマー将軍とラハト騎士団長は「サロン」を飛び出した。

 サイラス将軍が「サロン」の隅に設えられた魔導による通信器を起動する。


「状況を報告しろ」

「ザミーン帝国の《空魔ギガント》級魔装空母が首都ヘルツェンの東より接近中です。現在、距離は三百ククト。あと二時間(ヘーラ)で魔導圏内に到達します」

「東か。戦線とは反対方向だな」

「はい。おそらくは大きく迂回したものと考えられますが、いかに《空魔ギガント》とは言え、それだけの航続距離を持つ機体があるとは想定外でした」

「ふん、ここ最近は想定外が目白押しだな。防衛用の魔導機関はどうなっておる」

「現在、出力を増加中です。魔装機甲兵の魔導圏抑止域には、さほど時間はかかりませんが、最大出力までは少なくとも七時間(ヘーラ)はかかります。ですが、最大出力でも《空魔ギガント》級相手にどこまで持っていけるか」

「防衛戦力はどうなっておる」

「《城塞キープ》以下の新鋭魔装兵器は全て前線に送っておりますので、守備隊で有効な戦力は《三叉槍トリアイナ》級かと」

「あの廃棄寸前の旧式か。無いよりマシと言うところだな。むしろ大型弩砲の方が当てになるやもしれん。そちらはどうなっておる」

首都ヘルツェンに配備された十三門は全て稼動可能です。ただ、東方面に向いておりますのは三門だけですので……」

「とりあえず、残りの砲も東方面に向けるよう、工兵を出せ」

「了解しました」


 そこで通信を打ち切ってサイラス将軍は振り向いた。


「とりあえず、軍として打てる対抗手段はこんなところじゃな」


 ボーデン侯爵は、それを聞くと魔導技術管理庁の長官を見た。


「優先度を変更します。現在、離宮の監視に当てている魔導士を全て首都防衛に振り向けて下さい」

「了解しました」


 それを聞いた長官もあたふたと「サロン」を出ていく。


「治癒院の方は、負傷者の受け入れ準備を」

「ふん、警報を聞いた段階でサラが手配を始めておるよ。この婆が今更指図する事などありゃせんわ」


 ボーデン侯爵の言葉を受けてナハル治癒院の長は鼻を鳴らして見せた。


 それに気を悪くするそぶりも無く、ボーデン侯爵は会合の場に居た各責任者に次々と指示を出す。


「王族の方々の避難はいかがしましょう」


 宮廷魔導士の立場でソニアが尋ねてみる。


「陛下からは有事の際には、首都住民の避難を優先するように承っております。混乱の中を無理に移動するより、宮殿地下の避難施設へ移動していただいた方が良いでしょう。ラハト殿がそのように動いている筈です。ふむ。してみると、襲撃が会合の途中だったのは不幸中の幸いでしたね。関係者を集める手間が省けました」


 自身の安全確保は、どこかに放り投げて、この国の宰相はいつも通りに平然として、次の指示を出すのだった。



         ◇



「をを!」


 緊急警報もなんのその。

 窓辺から外を見るヘレーネの後ろ姿に、シンゴは思わず鼻を押さえていた。

 いきなり立ち上がって、弾む胸やらなんやらも露わにして窓辺に駆け寄る姿は、しっかりと脳裏に焼き付いている。


「ん~、やっぱりビキニアーマーだから、剃っていたのかな。まさか生えてないって事は……」


 時と場合を選ばずに、そんな事で頭を悩ませるシンゴだった。

 そんなシンゴにチルが語り掛ける。


(どうも、ここの住民にとっての敵性オブジェクトが接近しているようです。この建物を取り囲んでいた個体群も一斉に移動を始めました)

「そういえば、さっきの音は警報っぽかったなぁ。どんな感じの相手なんだ」

(この通信形態では情報量が制限されます。インカムとヘッドマウントディスプレイの装着を推奨します)

「了解」


 シンゴが首元のスイッチを操作すると、パイロットスーツに収納された通信機器一式が、しゅるりと伸びてきて装着された。

 チルがプローブが移す映像をヘッドマウントディスプレイに投影する。


「を……」


 危うく大声を出す寸前で、シンゴは口元を押さえた。

 先ほどまで四つん這いになっていた娘の後方視点からの映像が……


『失礼しました。こちらです』


 残念ながら、よく見る前に別の映像に切り替わる。


「チル、今の映像は後で検証するから、絶対に消すなよ」

『了解しました』


 それを聞いて安心(?)したシンゴは、ライブ表示の映像に意識を集中する。

 距離感が掴みづらくてよくわからないが、画面下に表示される数字を見る限り、かなり巨大な物体が飛行して来るようだ。

 鳥のようにも見えるが、その翼は羽ばたいているようには見えない。


「なんだ、こりゃ? 鳥の形をした飛行船?」


 その鳥の形をした巨大なものから、何かがわらわらと出てくる。

 人型をしたそれは、シンゴが知る由も無いが、《シルフィード》級と呼ばれるザミーン帝国の飛行型魔装機甲兵であった。


「空戦型ロボットか。こりゃ生身じゃ無理だな」

『どちらにせよ、この数では不適切なミッション選択であると提言します』

「あ、そういえば、BMRってどうよ?」

『現在、稼動可能な機体は三機。推奨される機体一機が含まれます』

「けひぃ~」


 シンゴは歓喜の余り、奇妙な笑い声を出した。


 九之池慎吾くのいけ・しんごが幼少の頃からのおかしなクセなのだが、本気で笑う時には「けひひ、けひけひ」等と言う不気味かつ珍妙な笑い声になるのだ。

 まるで夢枕獏の小説に出てくるおかしな拳法使いである。

 これでは、まず普通の女子は引いてしまうし、男の友人からも奇妙な眼で見られてしまう。

 慎吾と言う青年がゲーム廃人になった要因のひとつであった。


 シンゴが張り上げた、唐突な奇声に茶髪の娘ヘレーネは我に返った。

 そして、今の自分の恰好に気が付いて、真っ赤になり、慌てて手で覆い隠した。


(見られた? いや、見せたのか、この場合。だが、しかし……)


 まともな思考が停止して、とりあえず、不埒にも見てしまったであろう男に、その報いを受けさせようと(不条理にも)考え、そちらを振り向くと、こんな恰好の自分など眼中に無いといった雰囲気で、いつの間に装着したのか、おかしな眼鏡のようなものをつけて、全く違う方向を向いている男の姿があった。

 こちらをじっくりと見ていれば当然に怒りを覚えただろうが、これはこれで腹立たしいものがあった。

 まぁ、見られた事実はあるようなので、その報いは受けさせるつもりだが、今は自分の恰好を何とかする必要がある。

 手近にあった布、つまり、カーテンを乱暴に引き剥がして、自分の体に巻き付けた。

 次はこの男への対処だが……

 少し考え込んでしまったヘレーネは男が再び奇妙な声を立てるのを聞いて、思わず引いてしまっていた。



『稼動可能な機体は以下の通りです』


 と、チルが次々と該当するBMRを列挙する。


 型式番号ME‐02《グランブール》。

 シンゴが最も多用する愛機であり、汎用BMRだ。

 初期に格安なポイントで配給された旧式だが、その分整備や修復に要する期間は極めて短い。

 オプション装備も豊富で、空戦用オプションも装備可能だが、今回チルが推奨する機体ではなかった。


 型式番号UA‐03G、《ガリア》。

 陸戦用BMRのカテゴリに入るが、じつのところ、そのずんぐりした機体は戦闘にはまったく不向きの設計だ。

 有名な『白い悪魔』にも出てきた戦車型に変形させて使用する事が多く、それも単体で使用する事は滅多に無い。

 慎吾がこの機体を購入したのは、じつのところ、この機体固有のオプション装備の為である。

 通称、グレート・ストレージと呼ばれるそれは、サイズ比で言えば《ガリア》の方がオプションではないかと思われる巨大なもので、一種の機動要塞である。

 もっとも、あくまでも防御用の武装しか持たないこの機動要塞は、機動性のある補給庫と言った方がいいだろう。

 各種BMRの武装や弾薬、及び、部品等を格納可能で、BMRメンテナンス用の施設まである。

 一時期に慎吾が夢中になったスぺオペ小説……戦略や戦術と言う言葉を一般に普及させたとも、仮想戦記ものの原点にあるとも言われるこの小説で、軍隊における補給の大切さを学んだと(一方的に)痛感した時に、運営から発表されたのが、この機体、及び、オプション装備だった。

 つまるところ、遠距離支援、及び、補給に特化した機体と言って良いだろう。

 たしかに便利は便利だし、地上ステージにおける大戦イベントではなくてはならぬ機体、及び、装備とも言われているが、この機体のパイロット自身には活躍の機会が無いので、大戦イベントにおけるポイント取得は皆無に近かった。

 他のプレイヤーへの補給回数をポイント加算すれば……などと言う意見も出され、この機体から補給を受けたプレイヤーは、獲得ポイントを一定比率で渡す等の仕組みが実装された。

 ところが、そうなるとポイントの天引きを嫌うプレイヤーが、この機体からの補給を回避するようになり、結局チームでプレイするユーザしか使わなくなった。

 ほとんどがソロプレイのシンゴも高い買い物だったと反省した。

 もっとも、複数アカウントを取得すれば、ソロプレイでも使えなくはない。

 いわゆる複垢については、課金収入が増える点で運営も黙認しているし、一部のプレイヤーのように病的に非難するつもりはないが、慎吾のスタイルでは無いし、そんな金銭的余裕も無かったわけで、結局、この機体を使った回数は数えるほどもない。

 そんなわけで、この《ガリア》も今回は出番無しである。


 型式番号FV‐14S、《ファーブネル》。

 空戦用BMRで、これがチルの推奨機体である事は説明するまでも無い。

 核融合エンジンを搭載したBMRは、全機体が重力制御機能を備えている為、先に述べた《ガリア》やグレート・ストレージも空中に浮遊する事は可能だが、空戦となると話は別だ。

 そもそも、この重力制御機能は搭乗するパイロットへの負荷軽減を目的として搭載されているもので、機体を空中に浮遊するほどに重力制御を働かせていると、それだけで半永久的に稼動する核融合エンジンと言えども出力は限界となり、戦闘行為などは論外である。

 その点、この《ファーブネル》は大気圏内での空中戦闘を前提にデザインされた機体で、そのステージに限っては、最新鋭汎用機を上回る性能を発揮する。

 もっとも、旧式ではあるので、最新鋭の空戦用BMRに機動性や瞬間最高速度は及ばないわけだが、その分、旧式BMRの特徴と言える豊富なオプションは対地攻撃装備も充実しており、ミッションによっては最新鋭機よりも使い勝手が良い。


「よっしゃああ、次は空戦ミッションで決まりだぁ」


 意気を上げヘッドマウントディスプレイを外して、扉の方を向くと、いつのまにやら裸身に布をまきつけてしまっている茶髪の娘が、そこに立っていた。


(あう、じっくりと見る機会を逃した)


 などと言う失望の念が無いでもなかったが、今はそれよりも空戦ミッションである。


「すまないね、お嬢さん。詳しい話は後でゆっくりするから、今はそこを通してくれないか」


 紳士としての振舞を心掛けてシンゴがそう言うのをチルが翻訳して、パイロットスーツの放電型スピーカーが音声化する。

 高周波放電で発生する空気の振動を利用するこれは、音源位置を調整可能で、ちょうどシンゴの口元から発声しているように設定されている。

 また、ノイズキャンセラーの仕組みによって元の声をかき消す為、不自然な印象を与えない。

 従って、茶髪の娘ヘレーネには、シンゴ自身がこう言っているように聞こえるのだ。


『後でたっぷりと可愛がってやるから、とっとと、そこをどけ。この雌犬め』


 十八禁ゲームな語彙登録による成果である。

 むろん、ヘレーネは激怒した。



         ◇



 飛来するザミーンのシルフィード級は合計三〇機に達した。

 風の魔法に特化した機体で、重々しい見かけに似合わぬ軽快な機動を見せて浮遊している。

 対するローセンダールの魔装機甲兵《三叉槍トリアイナ》は、重武装と見える外見同様、動きが重々しい。

 正確には、ぎこちない動きと言うべきだろう。

 火力はあるが機動性に欠ける機体で、制式主力機から引退してかれこれ二〇数年になる廃棄寸前の老朽機だ。

 数も一〇機前後しか残っておらず、質でも量でも目の前に展開するシルフィードには及ばない。

 そのシルフィードを魔導圏内に包むように、背後に控える《空魔》がいる。

 一番近い各砦に応援を要請しているが、それらの応援が到着しても焼け石に水だろう。


「う~ん、負けない戦いすらもできねぇな、こりゃ。どこまで悪あがきして、時間を稼げるかってとこか」


 首都の東門前に急遽展開した魔装機甲兵の後方で、指揮官用の機体である《ルーヴ》の搭乗席についたヴァルマーは頭をがりがりと掻きながら、そう独白した。

 さすがに士気にかかわるので、大きな声では言えない。

 そして、音声拡大用の魔導器を活性化させるとそんなそぶりは露とも感じさせない自信に満ちた声を張り上げ、指示を出す。


「一番機から五番機は中央左のシルフイードを狙え。残りは右端のやつだ。飽和攻撃で一機ずつ片づけていくぞ」

「おう!」


 居並ぶ巨人から応諾の声が轟く。


「歴代最強にして、麗しき宮廷魔導士殿も専用機で出撃される。あの魔導士用に特化した凄いやつだ。やがて、応援も到着する。ここがふんばりどころだ」


 再び轟く応諾の声。

 指揮官は自分でも信じていないことを言わねばならない。

 嘘の言葉で配下の兵士に命を賭けさせる局面もある。

 ヴァルマーの気質に全く合わない話だが、これも将軍職と言う地位にあることの『対価』なのだろうか。

 決して望んだ地位では無いのだが。



         ◇



 ソニアは略式正装のままで、魔導技術管理庁に連なる工廠に駆け込んだ。


「《レバンゲル》の準備は?」

「こちらです。宮廷魔導士殿」


 ソニアの問いに工廠の作業員が応えて案内する。

 無駄な挨拶などは全て省略だ。


 工廠の片隅で、一つの機体が覆いを外されるところだった。

 魔導士専用に試作開発された《レバンゲル》だ。

 魔装機甲兵の搭乗者にはある程度の魔力が必要とされるが、魔導士クラスの魔力になると魔導機関が増幅に耐えられない。

 従って、膨大な魔力を発揮する魔装機甲兵であるが、それゆえに魔導士では扱えないと言う逆転した事実があるわけだが、この《レバンゲル》に搭載されている魔導機関は少し異なる。

 魔力の増幅を押さえる事で負荷を抑えると言う発想の元に開発されたものだ。

 通常の魔導機関が一エルムの魔力を五百倍に高めるとすると、この《レバンゲル》に搭載されたものは精々一〇倍程度だ。

 だが、搭乗する人間の魔力が百だったら?

 結果として、一千エルムの魔力を発揮するのではないか。

 だが、魔導機関の根底にある「合わせ鏡の法式」は制御が難しく、開発に難航しているのが実情であり、この機体も暴走の危険を孕んだ未完成品である。

 首都の危機を前に、そうした懸念を撃ち捨ててソニアはこの機体の出動を要請したのだ。


(暴走する前に、私自身で制御して見せる)


 機体に搭乗しハッチを閉めると、ソニアは着ていた服を引きちぎるように脱ぎ捨て、その肌を露わにした。

 正確には、その肌に刻んだ魔紋を現したのだ。

 彼女の体に刻まれた魔紋は、胸、腹部から下腹部にかけて、及び、背中から臀部に至る部分に、特に大きなものがある。

 トロンヘイム派の魔導士が魔力を得る為に支払った『対価』がこの魔紋である。

 身につけているのは手袋とブーツだけと言う姿になったソニアは、羞恥を覚えるでもなく臨戦態勢に入った。

 錫杖を携えた、ほっそりとしたシルエットの《レバンゲル》が動き出す。



         ◇



 ついに《空魔》がその魔導圏内に首都ヘルツェンを捉えた。

 首都ヘルツェンの魔導機関も出力を上げて対抗するが、中和するのが精一杯で、それもじりじりと押されてくる。

 降下を始めたシルフィード級を見たヴァルマー将軍が号令を放つ。


「撃て」


 後に『ヘルツェンの戦い』と呼ばれる攻防戦の、それは始まりだった。

ロボット戦には届かなかった……orz

次回の「攻防」では必ずロボット戦します。

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