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対価

 場面は再び「サロン」に戻る。

 そもそも今回の会合は、数か月前より始まったザミーン帝国の侵攻に関する状況と、それへの有効的な対処手段を得る為にフリュム神殿に赴いたフランチェスカ王女の成果を確認する為のものだった。

 だが、ザミーンの新技術によって転移してきた魔装機甲兵の奇襲。

 そして、そこへ現れた、単身で魔装機甲兵を撃退した謎の人物。

 これらの事実により、事前の擦り合わせは放置され、議論の方針は大きく変更せざるを得なかった。


 魔装機甲兵の転移技術については、ザミーン帝国に潜入した間諜から帝国における魔導技術開発の報告も受けており、じつのところは、予測したいくつかの可能性の中には含まれていた。

 従って、今回の奇襲に見られるような、その実現のタイミングや状況こそ想定外ではあったが、さほど衝撃的なものではなかった。

 むしろ、その魔装機甲兵を撃退した人物の突如とした出現こそが驚天動地と言うべきであった。

 だが、何もかもが不明のままであり、その対処方針も定める事がままならない状態だ。

 なにしろ、首都ヘルツェンに移送された時点で、本人は意識不明の重体で意志の疎通すらできない。

 しかも、それは魔装機甲兵との戦闘では無くて、王女の護衛が過剰に反応した結果によるものであった。

 ザミーンの魔装機甲兵に敵対行動を取ったと言う事実はあるものの、これが果たして味方となるかどうかは未知数である。

 本来は感謝すべきところを、王女の護衛と言う立場の人間が重傷を負わせたわけで、この人物にローセンダールが敵対行動をとったと解釈されても文句は言えない状況である。


 本人の身体的特徴、その所持品や衣類から身元を調査する事も検討されたが、全くのお手上げとしかいいようが無かった。

 その見たことも無い衣服は何をどういじれば脱がせることができるのか全く見当もつかない造りで、思い余って、慎重にではあるが切り取ろうと試みたところ、鋏をはじめとするいかなる刃物をも受け付けない材質だった。

 傷口も白い粘着質なものが覆ってしまって、検分のしようもない。

 この粘着質なものは皮膚と同化しているようで、剥がせないと言う点では、その衣服と変わらない。

 所持品も同様で、手にしていた銃は別として、それ以外の棍棒のようなものは外せそうにないし、傷を負うまで装着していた変わった耳当てのようなものは、衣服に収納されてしまっている。

 剥き出しになっているのは、頭部だけであるが、顔つきや髪の色が、少なくとも東大陸には見られない特徴であると言う事しかわからない。

 詳しく調べられるのは銃だけであるが、これまた全く未知の材質で、魔導技術管理庁の魔導士が総がかりで得た結論は「不明」の一言だった。


 ローセンダール首脳としては、一刻も早くかの人物について素性や正体を知りたいのだが、手がかりが皆無にして、調べる糸口すら無いと言う状態なのである。

 とりあえずは、この会合の主旨としては、その人物の処遇について意見を交わす筈だった。

 しかし、一人の男の不用意な発言でその流れがおかしくなった。


「ところで、ご命令通りに離宮に魔力障壁の結界を敷き、魔導士を動員しての監視網を構成しましたが、かの人物がいる部屋の中は監視対象外とする旨がありましたな。いったい、ヘレーネ嬢はいかなる対価を支払ったので? あ、いや、問題の人物に対する治癒が目的だとは聞いておりますが」


 魔導技術管理庁の長官が、小首を傾げながら、ある意味、もっともな疑問を呈したのである。

 これを聞いたヴァルマー将軍は思わず顔を押さえ、サイラス将軍も呆れたように、この魔導士の長を見つめた。

 この部屋にいた人物の反応は多少の差はあれど同様で、例外はボーデン侯爵くらいのものだろう。

 そのボーデン侯爵と対極にあるのが、宮廷魔導士のソニアである。


(この礼儀知らずで常識知らずのスカポンタン!)


 この「サロン」でなければ、そう怒鳴り散らしていたことだろう。

 『対価』を支払うこと自体は、裁定の神ナズルとの取引でもある事から不名誉な話では無いのだが、支払った『対価』を問う事はマナー違反とされており、特に若い娘が支払う『対価』の内容は秘匿されるものである。

 だが、この長官はそういう常識の持ち合わせが無いようだった。

 もっとも、エキセントリックかつ常識に疎いのは魔導士の特性とも言える。

 ソニアには及ばずながらも、それに次ぐ魔力を持ち、なおかつ、クセが強くおよそ組織には不向きな魔導士の中では、例外的に調整型とも言える性格から魔導技術管理庁の長官たる役職を拝命しているわけだが、しかし、先ほどの迂闊な失言と言い、ローセンダール首脳において唯一の弱点があるとすれば、間違いなくこの男だろう。

 しかし、魔導士は魔導士にしか従わないものであってみれば、他に人材がいないのも事実である。

 ましてや、今回、魔装機甲兵も絡む事態でもあった為、この会合に魔導技術管理庁の長官を呼ばないわけにもいかなかったという事情がある。


 この「サロン」の会合自体は、ある一定以上の階級の者にしか参加を許されないものであるが、その中で行われた発言に関しては文書に残される公式なものである。

 従って、参加メンバーが発言する時は、他愛のない私事の会話に見えるようなものであっても、裏の意味が込められているものだ。

 例えば、先の会話におけるヴァルマー将軍の「見に行きたい」と言う発言は、軍としては重大な関心を持っていると言うサインであり、ラハト騎士団長の「存分にどうぞ」と言う回答は、警備こそするがその処遇については一切関与しないと言う近衛騎士団の立場を示したものだった。

 ヘレーネに関する発言も同様で、『対価』を支払った点を確認した上で、これ以上の責は問わないと言う意見の表明でもあったわけだ。

 その時点で、ボーデン侯爵あたりから異論がなかった以上、彼女に対する免責は確定されたと言ってもよい。

 じつに迂遠ではあるが、文書にして残る以上は、この「サロン」における直截的な表現は慎重にならざるを得ないのもやむを得ない事でもあった。

 同様に、文書化される以上は提示された疑問には明確な回答が求められるものでもある。

 しかし、これに回答すると言う事は、若い娘であるヘレーネが支払った『対価』の内容を公言すると言う事でもある。

 その内容を知るソニアは顔を真っ赤にして、魔導技術管理庁の長官を睨みつけた。

 一方の長官は、周囲の反応に対する困惑と、少しの好奇心、及び、純粋な疑問が入り混じった表情を浮かべて、きょとんとして辺りを見回すだけである。

 ボーデン侯爵が、ヘレーネの父であるラハト騎士団長に促すような一瞥を向けた。

 確かにこれを口にできる立場の人物は、他にいないだろう。

 ラハト騎士団長は(心の中で娘に手を合わせながら)ため息交じりに答えた。


「ナズル神殿からの神託は『隷属』『服従』『獣』です。これを娘が務める事によって、かの人物への治癒をエリュミダス神へ取り次ぐ旨でありました。期間は彼が元気になるまでですな」


 即ち、ヘレーネは、現在、かの人物の病床の元で『獣』と同等の姿で『隷属』と『服従』を示している事になる。

 ――――これが、彼女が支払った『対価』だった。



         ◇



「はあ? 『対価』って?」


 なるべく、そちらを見ないようにしながら……そうは言っても、時々は視界の隅にその姿を入れながら、シンゴはチルに尋ねた。


(詳細は不明ですが、この地域における慣習のようです。この部屋にユーザが運び込まれ、他の個体が部屋を出ると同時に、この個体は『対価』と称して現在の恰好になりました)


 シンゴが昏睡している間、超小型プローブが収集した情報を解析したサポート用人工知能チルが、骨伝導による通信で回答する。

 チルには異世界と言う概念は無いが、シンゴが全くの未知の状況に置かれた事は理解しているようだ。

 従って、可能な範囲での情報収集を行い、チルなりに解析してシンゴへのサポートの材料としていた。

 だが、異世界と同様にチルに神とか超越者と言う概念は無い。

 その分析結果に、多少の誤解や齟齬が混じってしまうのは、やむを得ない事だった。

 例えば、ヘレーネがその恰好になった瞬間に、シンゴの自然治癒回復力が不自然なまでに増加したわけであるが、そこに因果関係を見出すような事は、チルの能力の範囲を超えていた。


(おそらくは刑罰のようなものと推測されます。この個体自らの行動とは言え、自主的な要望と言うより他者からの強制と言う様子でありましたし、この個体がユーザに傷を負わせた点を考慮してもこの推測は妥当かと考えます)

「その個体っていう表現はやめようよ」

(識別付与の要請として了解しました。適切な単語を検索します)


 『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』においては、ゲーム開始時に(しごく当然のことだが)ユーザ名称を登録する。

 ゲーム内ではこのユーザ名で相手を識別するわけだが、プレイヤーによってはこれを非公開として設定するケースがある。

 たしか、あの《ナザ》のプレイヤーもそうしていたようで、プレイヤー名が非表示になっていた。

 もっとも、ロボット同士の対戦に不可欠な要素でもないので、通常はそのままで問題は無い。

 むしろ、自分を負かした敵の正体を探すと言うプライベートミッションなどの派生効果も生み、この件で運営にクレームをつけるのは少数に留まる。

 だが、これだとシステム的に宛名設定ができずメッセージを送るなどができない。

 そこで、一方的に識別信号コールサインを設定する事でメッセージ送付を可能とする機能があり、「覚えていろよ」とか「必ず探して復讐するぜ」等と言う微笑ましいメッセージが(一方的に)送られるわけだ。

 この異世界ファーラは『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』ではなく、当然、人々もユーザIDを持つプレイヤーでは無い。

 従って、チルから見るとシンゴ以外の人間はユーザ名非表示扱いとなっているのだろう。

 非表示ユーザへの呼称は、一律に「個体」とされており、さすがに女の子相手にそれはどうよ、と言うシンゴの思いからの言葉だったが、人工知能の観点ではこれは識別信号設定要請と解釈されたようだ。


 不幸だったのは、慎吾がパソコンに『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』以外にインストールしていたのが、十八歳未満お断りな、所謂「エロゲ」だったことだろう。

 ロボット対戦ゲームの息抜きにそのようなゲームをやる残念な廃人プレイヤー慎吾と共に異世界に来てしまった人工知能チルも、ある意味で残念な人工知能となったようだ。

 慎吾がゲーム内で使用する語彙の辞書登録は、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』と、その「エロゲ」で共用のシステム機能だったのだから。


(検索完了しました。この個体の性別、年齢、及び、現在の状況を総合的に判断し、以降、この個体に対する識別信号コールサインを『雌犬』とします)

「ぐぼぉ」


 シンゴはたまらずに噴き出してむせ返った。


「え、ちょっと……」

(なお、規約により、この識別信号コールサインは次のメンテナンスまで変更できません)


 『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』における識別信号コールサインは重要な要素として、一度決定したものは簡単に変更ができないようになっている。

 相手がユーザ名を表示すれば話は別だが、変更する為には運営に申請してメンテナンスを待つ必要がある。

 運営からは、識別信号コールサインと言うものの性質を鑑みて面白半分にそれを変更するのは云々と説明があったが、多分にシステム設計上の問題だと大半のプレイヤーは信じている。

 しかし、じつに困った話である。

 この異世界の言葉を話せないシンゴは、当面、チルに通訳をしてもらう事になるわけだが、その時にこの識別信号が適用されるのは間違い無い。

 異世界とは言え、メンタリティはそれほど違いが無いようなので、若い娘を「雌犬」呼ばわりする事が歓迎されるような話だとはとても思えなかった。


「メンテナンスなんてあるのかな。まぁ、それは後で考えればいいや。まてよ、俺がこの部屋で寝かされてから……って、おれはどのくらいここで眠っていたんだ?」

(この部屋にユーザが連れてこられてからは、ほぼ十七時間が経過しております)

「十七……? そんな長い間あんな恰好かよ。罰ゲームにしても度が過ぎているな」


 あくまでもゲーム感覚なシンゴだった。


「そうすると、食事……は、まぁ、俺もそのくらいは食べないか」


 微妙に残念な廃人生活の一面を白状するシンゴだった。


「しかし、トイレなんかはどうしたんだろ。あー、おれの場合はパイロットスーツがあるけど」


 緊急メディカルモードに移行したパイロットスーツは、着用する医療施設とでも呼ぶべき状態になり、モニタリングの元での栄養剤や各種投薬は無論、排せつ物等も自動的に圧縮パッケージ化する機能があった。


(あちらの衝立の向こうで処理していました。専用の容器があります)

「へぇ……って、お前、見たのか!?」

(プローブにその動画が記録されています。ご覧になりますか?)

「い……」


 シンゴはしばらく絶句した後に、峻厳な表情となって命令した。


「収集した情報は俺が管理する。分析は引き続き行って構わないが、各情報の廃棄に当たっては、俺に確認するように」

(了解しました)

「うむ」


 峻厳な表情ではあるが、好奇心と期待に溢れた目の輝きまでは隠し通す事はできないシンゴだった。

 それはともかく、いつまでもこのままではいられない。

 ちらり、と、ベッドの下を見る。

 気が強そうだが、美しい娘だった。

 四つん這いなので、当然前は見えないが、結構なサイズだったと記憶している。

 元々剥き出しだった筋肉質と言える背中は滑らかな肌色だが、ビキニアーマーに覆われていた跡が白い。

 さらに視線をずらすと、見事なくびれと豊かに張り出した腰、そして桃のような割れ目が見える。

 弾力のありそうな肌色の山と山の間で、やはり日焼けの跡が目を引く。

 向こう側に回って見える光景を想像して、シンゴはグビリと唾を呑んだ。


 ネットで海外のサイトを巡回して、画像や動画での見聞はあるものの、リアルで見るのは初めてである。

 どういう罰ゲームなのかは知らないが、所謂、据え膳と言うやつではないだろうか。

 さすがに手を出すわけにはいかないが、見るだけなら大丈夫かも……とか、考えてみる。


 ここから離れた「サロン」で、ヴァルマー将軍が、「それ以上は婿になる相手に取っておきましょう」と発言している事をシンゴは知る由も無い。

 これは「見たら相応の責任を取らせる」と言う意味なので、じつは全然大丈夫では無いのだが、健康な男子たるシンゴには酷な話とも言える。

 何しろ、他には誰もいない部屋で、このような恰好の綺麗な娘と二人きりなのである。

 もっとも、この部屋にヘレーネだけを残しているのは、『対価』を支払う彼女への思いやりであって、別にシンゴに許可を出しているわけでもなんでも無い。


「どうする、俺。こんなチャンスは二度とないかもだぞ。いや、しかし……」


 懊悩するシンゴであった。

 ちなみに、人工知能チルはシンゴが悩んでいるのはわかるのだが、その要因が全く理解の範囲を超えているところにある為、沈黙するしかない。

 とりあえず、現状の情報を収集すべくプローブを操っている。

 従って、シンゴが(本心では)見たがっている視点からの光景もチルには見えており、インカムとセットになったヘッドマウントディスプレイを装着してもらえればリアルタイムでの中継も可能なのだが、情報の管理はシンゴ自身で行う事を言い渡されているので、とりあえず、録画するに留めている。


「うぉし、俺も男だ。優柔不断は怨敵退散」


 意味不明の事を呟いて、シンゴは決意を固めた。

 その瞬間。

 ヘレーネに取り付けてあった『隷属』を示す猿轡と『服従』を示す首輪がひとりでに外れた。

 これは、彼女が支払う『対価』が完了した事を示すものであった。

 ヘレーネが神託で受けた『対価』は「彼が元気になるまで」の期間限定であり、確かにシンゴは色々な意味で「元気」になったわけであったから、当然と言えば当然と言える。



         ◇



(終わった)


 と、ヘレーネは安堵した。

 自分が招いたこととはいえ、じつに屈辱的な時間だった。

 目覚めた男が見ないように装いながらも、チラチラとこちらを見ているのはわかっていた。

 肝心なところは見せていないが、腹立たしい事実には変わりない。

 聞いたことも無いような言葉で、一人でしゃべっているのも不気味であり、こんな男の為に『対価』を支払ったと考えると余計に屈辱的な思いがつのる。

 とりあえず、支払いが終わった以上は、いつもまでもこんな恰好はしてはいられない。

 身に纏うべく、傍らに置いてあった布に手を伸ばそうとした。

 その時、凄まじい音量が鳴り響いた。


(これは……緊急事態を告げる警報!?)


 戦士として積んだ鍛錬のおかげで、長時間に四つん這いの格好をしていても、瞬時に立ち上がるのは問題なかった。

 そして、窓辺に駆け寄り外を見る。


「あ、あれは?」


 空の彼方からこちらに向かってくる巨大な影。

 それは、ザミーン帝国の《空魔ギガント》級が襲来した事実を示していた。


次回「空魔」でようやくロボット戦になる予定です

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