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尋問

 ジョリーロジャー。

 いわゆる、海賊旗などで馴染みのある、髑髏に交差した大腿骨で描かれる意匠だ。

 G系列のマンガには、この意匠が額や胸にある機体が描かれているし、超時空なM系列では、部隊の紋章に使用しているケースもある。

 だが、SV‐06Bのフェースガードは、この意匠をそのまま採用しているのだ。

 その頭部にはメインカメラ以外に、視界がきかない海底で活動する為の、各種センサを内蔵した無数のグラスファイバーが集約されており、それらのセンサを制御する為の装備が、まるで王冠にも似た形状となっていた。

 要するに、シンゴの保有する海戦型BMRは、長い白髪を振り乱し、ティアラを載せた髑髏と言った外見なのである。

 更に、水中を推進するに当たっての、体表にできる乱流を弱め、推進効率を高める目的で装甲に形成された楯鱗状の細かな凹凸が、海上では光の加減で無数のイボで覆われているようにも見え、いっそうにグロテスクな印象を強めている。

 胸部は、高速移動時に、スーパーキャビテーションと呼ばれる薄い気泡を発生させる装備が格納されている為に若干膨らんでおり、結果として、その上半身の胴体シルエットは、控えめなバストの女性のようでもある。

 まさしく、幽姫ゴースト・オブ・プリンセスの名称に相応しい機体デザインと言っても良いだろうが、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の世界観にそぐわない事、甚だしいものがある。

 じつは、この名称は、運営のミスだったと言うのが、掲示版で指摘されるところだった。

 同シリーズのSV‐06Aが《スティール・オブ・クィーン》、SV‐06Dが《ルビー・オブ・エンプレス》と、金属、宝石に由来するネーミングである事から、本来は貴金属に由来する《ゴールド・オブ・プリンセス》と命名する筈だったのではないか、と言うのがその主旨である。


「結局、誤ったネーミングのまま、それらしい機体デザインまで出来ちゃったんで、どうしようもなくなったんじゃね?」

「つまり、『スマソ、ミスったわ。ゴールドで頼む(運営)』『ほ~い、色指定は金色ね(デザイナ)』……って、こんな感じか」

「そんな感じだろなw」

「そうでもなけりゃ、あんなのありえねえわww」


 などと、掲示版では噂されたが、例によって『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の運営は沈黙したままだったので、事実関係は全くの不明である。

 高い評価を得たSV‐06A、SV‐06Dの機体デザインとの落差も追い打ちをかけたし、専用の強化外装パワードが《シーバット》なる名称だった事も、あるユーザ層のツボに嵌まったようであった。

 そんな事情で、SV‐06Bへの評価は、一部の例を挙げるとの次のようなものである。


「SV‐06シリーズの失敗作」

「キワモノBMR」

「ロボット形態の劇毒マーク」

「病気に罹ったオカマ版黄金蝙蝠」


 ちなみに、最後のこれは、シンゴには直ぐにわからなかった。

 ネットで検索して見つけた元ネタは、わりと格好良いと、彼が思ったのは余談であろう。

 さらに余談を付け加えるならば。

 型式番号SV‐06C、名称《ブラック・プリンセス》なるBMRについての発表がなされたと、数人のユーザが主張したが、大多数のユーザが確認したそのURLは削除済みとなっていた。

 事実であれば、ネット上のどこかに残っていそうなものだとして無視されるところだが、証拠とされる画面コピーの提示や、SV‐06Cが欠番になっていることもあって、これも掲示版の議論を盛り上げた話題だった。

 だが、どちらかというと都市伝説に分類される扱いだったかもしれない。

 運営の背後に、IT技術におけるキーテクノロジーの大半を押さえると言うカーソリスの存在がある事実をしれば、それらの議論の方向も変わったかもしれないが、むろん、そんな事は一般ユーザの預かり知らぬ話である。



 ともあれ、そんな外見の上半身が、棺のような形状のものから姿を現したのであるから、異世界ファーラの人々に与える視覚的なインパクトは、それなりのものがあっただろう。

 もっとも、シンゴとしては、別に驚かす為にSV‐06Bの姿を現したわけでは無い。

 単純に、強化外装パワードの稼働時間限界が来ただけの事である。

 だが、そんなことはおくびにも出さず、シンゴは《ゴースト・オブ・プリンセス》の外部スピーカーから、上空のシルフィード級に対して通告した。


「最後通牒は出したが、念の為、もう一度聞く。降伏か、全滅か、もしくは、とっとと逃げ出すか。好きな方を選べ」

「くっ、ふざけおって」


 《ケルビム》に搭乗する指揮官、いや、指揮すべき師団が壊滅した以上、元指揮官と言うべきかもしれないが、その搭乗者は唸るような声を絞り出した。

 師団を失った以上、このまま戻ってもただでは済まない事は明らかである。

 これまでの軍紀違反をも問われ、今度こそ、極刑は間違い無い。

 降伏などは、そもそも論外だ。

 《ゴースト・オブ・プリンセス》が武器すら所持しておらず、ただ佇んでいるように見えたのも一因であっただろう。

 あるいは、これだけの数を撃破した事で魔導兵器を使い果たした、それゆえのブラフと見たのか。

 ケルビム師団の指揮官にあった男は、自身の搭乗する機体で、薄気味悪い外見をした、魔装機甲兵とも知れぬ敵を叩きのめそうと決断したようだった。

 単機での雷球は海に放電されるだけと判断したらしく、もう一つの武装である風の刃を放つべく、緑色をした魔力の輝きをその両手の間に形成する。


「ソニア」


 シンゴは短く言って、主砲の制御を彼女の補助席に回した。

 既に照準はロックオンした状態にある。

 黒髪の宮廷魔導士は躊躇うことなく、目の前の液晶パネルに表示されたボタンに指を触れた。

 《ゴースト・オブ・プリンセス》の口腔が開き、その部位に設置された音量子砲フォノンメーザーが発射された。

 核融合エンジンの生み出す衝撃波は、文字通りの音速で、《ケルビム》が風を放つより早く、その機体を搭乗者ごと砕いたのである。


「仇は取ったわよ、サラ」


 ソニアの唇から漏れた呟きには、それまで張り詰めていたものが消え失せたような響きがあった。

 その瞳に光るものがあったようにも見えたが、白い手が直ぐさまに当てられ、宮廷魔導士の美しい顔を覆い隠した。


「降伏する。私は降伏するぞ。撃つな」


 最後の最後に残った《パヴォーネ》は、腰の剣を投げ出し、両腕を挙げて戦意の無い事を示した。


「二百九十九機撃墜、一機鹵獲……か」


 そのクラウスのため息をつくような言葉と同時に、人工知能チルが状況終了を宣言した。



         ◇



「ケルビム師団指揮官機、反応が消えました」


 《リヴァイアサン》の艦橋に、オペレータを務める魔導士の声が響いた。

 だが、それまで《ケルビム》からの映像を表示していた、艦橋のメインパネルとも言うべき水晶板が暗転するのを見れば、言わずもがなの報告だったかもしれない。


「いやいや、驚いたね。SV‐06Bだって?」


 静まりかえった艦橋で、ただ一人、司令官席に居た若者が首を振って呆れたような声を出していた。


「あんなキワモノっつーか、SV‐06シリーズの駄作を臆面も無く使っている奴がいたとはね。マリア、プレイヤー名がわかるか?」

『該当するプレイヤーは三十名以上が過去の戦闘記録に残っています。全員を列挙しますか』


 感情の無い、女性の声が若者の問いに応えた。


「いや、そうだな。FV‐14Sの所有者と言う条件を追加して絞り込んでくれ」

『了解しました。――三名に絞り込まれます』

「条件を追加。えーと、あの機体にあった紋章はナヴァル連邦所属のプレイヤーだな。そいつで該当者を教えてくれ」

『該当者一名を確認。ナヴァル連邦所属、シンゴ特務曹長がユーザの提示する条件に合致します』

「シンゴ? ああ、あの小狡いと評判の」


 若者は合点がいったように、うなずいた。


「道理でね。海の中に隠れて攻撃するなんて、噂通りの男らしいな」


 そして、腕を組んで何事かを考え込んだ。


「俺の《ジェルダ》で叩き潰すのはわけの無い話なんだが。確か、あいつは、チームリーダの獲物だしなぁ。かと言って、このまま報告したんじゃ、《ナザ》が出てきてあっさり終了しちまうか。それじゃあ、面白く無い」


 若者は、なおも考え込み、ブツブツと独り言を呟いている。

 無論、そこに口を出す者は一人としていない。

 この若者の機嫌を損ねたら、どんな事になるかは、艦橋にいる全員の知るところだった。


「参謀長」


 ややあって、若者は一人の武官に声をかけた。


「は、何でありましょうか」

「シルフィード級だが、連絡用のやつが一機残っていたな」

「はい。高速型の《シュヴァエル》が待機しております」

「たしか、二人乗りだったよな」

「御意」


 参謀長の回答を聞いた若者は、あっさりと言った。


「よし、全艦隊、進軍停止」

「は?」

「復唱はどうした」


 若者の不機嫌そうな目つきを見て、参謀長は慌てて、彼の命令を伝達した。


「全艦隊、進軍を停止せよ」


 それを見て、若者は言葉を続けた。


「あー、俺は《シュヴァエル》でいったん帝都に戻る」

「閣下?」

「俺の愛機を取りに行くんだよ。あいにくと召喚コーリングなんてスキル、持ってねぇもん」

「は……」

「なに、《ジェルダ》なら、ここまで数分でリターンできるぜ」

「そ、それは心強い限りで……」

「問題は《シュヴァエル》が帝都までどれくらいかかるかだが」

「閣下の所有される機体には及びません。およそ、三日はかかるかと」

「あ、そ。ん~、三日も足止めじゃ、お前らも退屈だろう」


 若者は少しの間だけ首を傾げていたが、直ぐに参謀長の肩を叩いて言った。


「さっきの命令は取り消す。俺が不在の間、お前を司令官代理に任命する。留まるもよし、進軍して、東大陸連合軍を蹴散らすも良し。好きにしろ」

「あ……は、はい」

「例の『銀狐』や、さっきの『黄金髑髏』が出てきても、遠慮はいらん。存分にやっても構わんし、手出しを控えるなら、それも良いだろう」

「……了解しました」

「ただし、その搭乗者は殺すなよ? 手足の二、三本は構わんが、口はきける状態にしておけ」

「全員に厳命致します」


 参謀長が一礼すると、若者はもうひとつだけ命令を追加して、上機嫌な足取りで《シュヴァエル》が搭乗者と共に待機している駐機場へと向かった。

 その口元から、無邪気な声音の独白が漏れる。


「まぁ、現地人にやられるなら、その程度だったとチームリーダも諦めるだろうさ。命令違反の刑罰ってお楽しみもあるしな。生き残ってたら、《ジェルダ》でとっ捕まえりゃ済む話だ。ま、そん時はせいぜい、評判の悪知恵を発揮して楽しませてくれよ」



         ◇



 当面の危機が回避された事で、東大陸連合軍第二軍は一息をついたようだった。

 また、ザミーンの飛行型魔装機甲兵を、完全な状態で鹵獲できた事は僥倖といっても良い。

 そのまま戦闘に使うわけにも行かないが、適性のある者がいれば、遠隔地への連絡、要人の移送などに大いに活用できる筈だ。


「とは言え、《海魔クラーケン》級が来ているってのが厄介だな」


 ローセンダール陣地の天幕で、ヴァルマーが考え込むように言った。


「そうですね。《リヴァイアサン》は強敵と聞きます。現在の海軍力では厳しいでしょう」


 バウフマンも同意する。

 そして、彼女は天幕の中央に座っているザミーンの飛行騎士服を着た人物を見やった。

 飛行型魔装機甲兵の鹵獲以上に大きかったのが、捕虜――つまり、今回の敵の情報源である。

 まだ、少年と言っても良い年齢の、エミルと言う搭乗者は、今回が初陣だったそうだ。

 帝国に併呑された土地の出身で、エマ同様、純粋なザミーン帝国人では無いようだ。

 元々は斥候を主とする《パヴォーネ》で構成される部隊に配属される予定だったが、三百と言う数を揃える為、急遽にケルビム師団に機体ごと回されたとの話であった。

 この場に立ち会っている、妙に存在感の薄い、防諜組織らしい文官からは、その主張に関する裏付けが取れた旨の報告がなされている。

 ともあれ、情報源としてのエミルは、大当たりと言っても良かっただろう。

 斥候や偵察専用の部隊に配属されるだけあって、その観察力や記憶力は特筆に値した。

 とくに拷問などを行う必要もなかったのも手間が省けて何よりであったが、それに関しては、立ち会いの席にいる帝国皇女の存在が大きかったであろう。


 検分の為に、割り当てられた天幕で対面したテレーゼ皇女を見て、まだどこか幼さを残した少年騎士は、眼を丸くして驚いていた。

 彼が配属される予定だった部隊は、元々、テレーゼ皇女麾下にあった部隊で、彼は司令官になるはずだった皇女の肖像を幾度となく見る機会があったのだ。


「ご、ご無事だったのですか、テレーゼ殿下……いえ、閣下……え、えと、どっち……」

「ここはザミーン帝国でもないし、軍でも無い。それに、お互いに捕虜の身だ。典礼にこだわる必要もなかろう」

「は、はい。ではテレーゼ様と」

「好きにするが良い。ところで、ひとつだけ、聞かせてもらえるか」

「し、小官の知る限り、何なりと」

「お前のいたケルビム師団は、ここをどうするつもりだったのだ? 降伏を確認し、武装解除させる旨を聞いていたか」

「いえ、小官が受けた命令は、問答無用で焼き払えと……」


 そこで、エミルと言う少年騎士は、目の前の美しい皇女も、あるいは自分の手にかけるところだった事に気がついた。


「も、申し訳もございません。恐れ多くも、テレーゼ様をも巻き込むところでありました。し、知っておりましたら……」

「良い。例え知っていたところで、結果は変わらなかった筈だ。ケルビムのやり方は存じておろう」

「……はい」

「運が良かったな」


 テレーゼのその言葉は、命を永らえた事を指していたのか、あるいは、ケルビムの同類になる事を免れた運命を指していたのかは判然としなかったが、エミルはおとなしくうなずいた。


「ふむ。どこからの差し金かは分からぬが、どうやら、私の身柄も始末する気だな」

「そ、それは……その……」

「別にお前を責めたてるつもりは無い。だが、そやつの思惑通りになるのも面白く無いな」

「テレーゼ様は小官がお守り申し上げます。小官にできます事であれば、何なりと申しつけ下さい。この一命にかえても、やり遂げて見せましょう」


 少年騎士が必死の表情でそう言うと、ザミーンの氷姫は、傍らの金髪の娘に視線を向けた。

 男に姿を変える目眩ましの魔導器で、護衛の武官にして侍従を兼務していた娘、クラウスは苦笑未満の表情を浮かべていた。

 エミルと言う少年は、シルフィード級の搭乗者としてはともかく、武人としての技量は彼女の足元にも及ばない、と、クラウスは判断したようだった。

 彼女の表情から、そうしたことを見て取ったのか、テレーゼは忠誠を誓う少年騎士に、優しいとさえ言える口調で告げた。


「では、命令する。ローセンダールに、お前の知る限りの事を話すが良い」

「テレーゼ様!?」

「安心せよ、その場には私も立ち会おう。どうやら、私の命を狙う者は、皮肉にも我が軍内部にいるようだ。これは裏切りではない。栄光あるザミーン軍の膿を出す為に、不本意ではあるが、ローセンダールの、いや、わがザミーンとも所縁のあるティアンスン伯の力を借りる必要がある」

「ティアンスン伯……?」

「知らぬか。まぁ、ザミーンでも歴史や古文書に親しんだ者で無くては、知らぬ名だからな。そう、『銀狐』の所有者と言えば、お前にもわかる筈だな」

「ぎ、『銀狐』!?」


 驚くエミルに、クラウスも告げる。


「ケルビムを壊滅し、お前を捕らえた『黄金髑髏』の所有者でもある」

「え? あ、あの気味悪い機体の」


 少年騎士の眼が、さらに驚愕に見開かれる。

 その表情が面白かったのか、テレーゼが微かに唇をほころばせたようにも見えた。


「もっとあるぞ。ティアンスン伯は生身で《サラマンダー》を撃退したそうだ」

「姫様、魔獣や《空魔》が転じた水妖を斃した事実も忘れてはいけません」


 クラウスも、テレーゼの尻馬に乗ったように言葉を添える。


「おお、そう言えば、あの闇魔法を打ち破り、光の柱へと変じさせたのもティアンスン伯だな。お前も外にあった『光の騎士』を見たであろう。あれがそれをなした機体だ」


 皇女とその側近が、立て続けに並べ立てた驚愕すべき事柄……そのいくつかは理解を超えていたが、それらを耳にしたエミルと言う少年騎士は、皇女の御前と言う事も忘れたかのように、眼を丸くして、口を開閉させるだけであった。


(せいぜい驚け。私も驚いたのだ)


 と、テレーゼ皇女やクラウスが思ったか否かは、それこそ、神々にしかわからぬ話であったかもしれない。


 かくして、反抗する気力も無くした少年騎士は、テレーゼ皇女立ち会いの元、ローセンダール軍首脳、及び、ビガを率いるオディロン将軍の尋問に大人しく答える事となったのだ。

 むろん、彼の回答の真偽については、防諜組織の文官が確認を取っている。

 宮廷魔導士は別格だが、下手な魔導士よりも、この文官姿の男の方が、嘘を見抜く術に長けていた。

 少年騎士の回答に虚偽があった場合、即座に目線でヴァルマーやバウフマンに知らせるのだが、今のところ、そうした事は無いようだった。

 事実、エミルの受け答えは、詳細かつ明確であり、二人の将軍から見ても、矛盾や齟齬のある箇所は見受けられなかった。

 初めて彼がつっかえたのが、次の質問だった。


「艦隊の司令官はどんな人物だ?」

「ええと、その……」


 少年騎士は、少し考え込むようであった。


「見たことの無い方です。これまでにお名前も聞いた事がありませんし、軍報での肖像も拝見した記憶がありません。ただ、西方軍から回って来たとは聞いております」

「アルベルト兄上の管轄だな。グラディオス山岳地帯で神龍を操る部族を討伐していると聞いているが、あそこは帝都でも動向を把握しきれていない方面軍だ」


 この尋問が開始された後、初めてテレーゼ皇女が口を挟んだ。


「神龍をか? 魔装機甲兵でも手を焼くだろうに。まぁ、そっちは良いか。とりあえず、司令官の人物像を知りたい。猪突型の猛将か、慎重な策士、知将か。お前の主観でいい。話してみろ」


 テレーゼ皇女がうなずくのを見て、エミルはヴァルマーの質問に答えるべく口を開いた。

 だが、どう答えたものか、ひどく迷っている風情だった。


「ええと、何を考えているのかがわからない方です。感情の起伏が激しい……いえ、あれは、そんなものではありませんね。人格が入れ替わるように、態度が激変するようです。ええ、恐ろしい方である事は間違いありません。些細な事で、簡単に、その、厳しい処罰を下します」


 局面にもよるが、厳しい処罰とは、この場合処刑と同義の言い回しになる。


「そのなさり方も普通じゃありません。ご自分と決闘させるんです」

「ほう。で、強いのか。いや、当然だな」

「小官の見るところ、腕力や脚力は凄いと言えば凄いのですが、あの程度であれば、ケルビム騎士団でも見かけました。特別に頑丈とか不死身とか言うわけでもありません。殴られたり、切られたりすれば、それなりにダメージを受けているように見えました」


 その時の事を思い出したのか、少年騎士は両腕で自身を抱えるようにして、身を震わせた。


「ただ、受けたダメージや傷を、全く気にしていないようなんです。痛みを感じないわけでもなさそうなんですが、本当に気にしていないというか。まるで、伝説の狂戦士ベルセルクか、動く死人のような。あと、あの反射神経と動態視力はただ事ではありません。一度、相手に銃を持たせて、自分はカミソリだけと言う形式で決闘するのを見たんです。驚く事に、銃の放つ魔力を悉く避けて見せました。何というか、射線を瞬時に読み取って、回避しているふうでした」

「ん?」


 その説明の、後半を聞いたところでヴァルマーが首を傾げた。

 テレーゼ皇女やクラウスも同様の表情になる。


「そして、素早く近づいて、カミソリで少し削いでは離れると言う事を繰り返したんです。相手がとうとう動けなくなっても、同じようなペースで、少しずつ削っていって。結局、その時の相手――司令官閣下へのお茶を、少しこぼしただけの、若い女性兵士だったんですが、息の根が止まるまで、カミソリで全身の肉を削がれて……」


 その情景をまざまざと思い出したようで、エミルは口元を押さえた。

 もっとも、聞いているだけで気分が悪くなったのは、バウフマンも同様のようだった。

 ただ、ヴァルマーやテレーゼ皇女達は別の事に気を取られた様子で、何事かを考えている。

 唯一、オディロンと防諜組織の文官だけが何の表情も浮かべる事無く、黙って聞いていた。

 ややあって、ヴァルマーが口を開く。


「相当にいかれた奴だと言うのはわかったが、よく、そんな異常で常識外れの人物が、司令官職だか、提督だかになれたもんだな」

「信じられぬ。一番目の兄上と言えども、そのような人事を行う筈が無い」


 確かに猛将と呼ばれる人物には、どこか箍の外れた性格の持ち主がいるが、少年騎士の語った人物像は、そんなレベルを超えた異常者だった。

 すくなくとも、そんな明らかな異常者を、一軍の司令に任じる軍隊は存在しないだろう。


「小官の聞いた話では、その方の所有する機体が輪をかけて常識外れなんだそうです。飛行型なんだそうですが、グラディオス山岳から帝都までを数(ログ)で移動するとか、二千ククト先にいる数十機の魔装機甲兵を、光の槍とでも言うような兵装で、あっという間に薙ぎ払ったとか」

「まさか、グラディオスから帝都まで数千ククトではきかぬ距離だぞ。《空魔》ですら……あ」


 そこまで言いかけたクラウスが、何かに気づいたように口を閉ざし、自分の主君を見やった。

 視線を向けられたザミーンの氷姫は、ローセンダール、及び、ビガの将軍に向かって、何の感情も感じさせない声で言った。


「ティアンスン伯に、是非、ご意見を賜りたい」



         ◇



 そのティアンスン伯であるシンゴは、自分の天幕で椅子に座ってタブレット端末を睨んでいた。

 ローセンダールの首都ヘルツェンを立ってから、何回かの戦闘を行ったわけであるが、消費した武器弾薬や、使用できるパーツの在庫を確認する必要を感じたのだ。

 それによって、今後の戦術の組み立ても考慮しなければならない。


「ええと、《グランブール》の空戦装備は、本来の用途には使えないけど、あれって単体で使えたよな」

『BMRとの接続無しでの使用は、別途に推進剤が必要です』

「ん~、それでも、短時間だったら何とかなるか。GOPの方は、まぁ、後二回くらいは何とかなりそうだが、次も単機で出撃とか言う話になると厳しいなぁ」

『問題は、SV‐06B、及び、強化外装パワードの所在地までの、弾薬の移送手段と考察します』

「ここの入り江、浅いもんなぁ。移送できるサイズの船って入ってこれないんじゃないか」

『同意します。非敵性の船舶オブジェクトの、計測した海底形状とのアンマッチは……』

「お前、その表現は何とかならない……ああ、無理か。まぁ、あの識別信号コールサインよりゃマシだな」


 シンゴは首を振ってため息をつくと、次に《ガリア》の装備を確認した。


「こっちは弾薬とか工作機材は手つかずなんだよなぁ。だからと言って、戦闘に使うわけにもいかないし。ううん、やっぱり、《グランブール》がまともに使えないのは痛いな」


 何にせよ、グレート・ストレージまで戻らなければ、このままではジリ貧である。

 《ファーブネル》さえ使えれば、もう少し何とかなるのだが。


「あと、一機、何かあればなぁ。海戦型しか、まともに使えないって状況はまずいぞ」


 そう呟いたシンゴは、ふと、カーラからもらった機体の事を思い出す。

 セレならば、ローセンダールよりは近い位置にある筈だった。


「壊れたのはコクピット回りだったよな。だったら、ここに持ってきた機材とか部品を持って行けば何とかなるか。直接見てみないと何とも言えないけど。ああ、でも、武装が無いんだっけ」


 一応、ダメもととばかりに、チルにMK‐06E《ウジャト》の詳細な機体データを呼び出させ、目を通してみる。


「へぇ、XA‐0100の鍵が入った機体がこれか。皮肉というか何というか。うん、無いよりはマシどころか、ひょっとするといけるかもしれない」


 そう呟くと、やおらセレまでの経路を調べ始めた。

 そして、もう一度、《グランブール》の状態データを確認したところで、シンゴはある事実に気がついた。


「え? これって、ひょっとすると……」


 その時、天幕の外で激しく言い合う声がした。

 ヘレーネと、もう一人の、これは聞き覚えの無い女性の声が争っているようだ。


「だから、勝手に入ってくるな。ここはローセンダールの陣地だぞ」

「やかましい。ビガの傭兵に出入りさせておいて、クレベナの船乗りは駄目ってなぁ、筋が通らねぇじゃねぇか」


 ヘレーネも負けてはいないようだが、いかんせん、もう一人の女性の方が圧倒している印象が強い。

 声だけだが、鬼姫モードになったバウフマンにも匹敵する迫力だ。

 とは言え、これでは、落ち着いて考え事もできない。


「まったく、何の騒ぎだよ」


 シンゴが文句を言いながら、天幕を出た途端、視界を塞ぐものがあった。

 一瞬、彼の思考が停止する。


「ええと、谷間?」


 彼の目線位置で、すぐ鼻先にあるそれは、褐色の谷間だった。

 その谷間の下を覆っているのは、かなり上質な生地に見えた。

 襟ぐりを深く取った丁寧な仕上がりだが、豊かな胸がかなりの圧力で押し上げているせいで、はち切れそうな印象がある。

 そこまで観察したシンゴは、ようやく状況を把握した。

 かなり長身のドレス姿の女性が彼のすぐ目の前に立っており、身長差の関係で、その豊かな胸元を覗き込むような格好になっているのだ。

 ゆっくりと視線を上げると、シンゴを覗き込むようにしている女性と視線が合う。

 燃えるような赤い長髪をきちんと結い上げ、唇に紅をさしている、文句なしに美人の部類に入る顔立ちであった。

 見違えるように上品な身なりであり、しかも昼間に会うのは初めての筈だったが、シンゴは、その女性に見覚えがあった。


「あ、《ケト》に襲われていた船の甲板にいた……」


 シンゴが思い出すままに声を上げると、その女性は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あんたがティアンスン伯か。探したぜ」


 そして、ほっそりとしているように見えて、その実、極めて強靱な両腕で、彼の頭をしっかりと抱え込んだ。

 必然的に、シンゴの顔が、先ほどまで覗き込むようにしていた褐色の谷間に埋もれる事になる。


「む、むぐ……」


 弾力のある二つの塊が鼻と口を塞ぎ、シンゴは窒息しそうになった。


「こ、こら。お前、何の真似……」

「さっきからうるせえぞ、小娘。俺は命の恩人に礼を言いに来たんだ。だが、本人に会って考えを変えたよ」


 クレベナ海軍の名物甲板長ガルシアとして、各国の海軍関係者にも勇名を轟かせているグラシアナは、自分の胸元で、呼吸困難にじたばたともがく黒髪の青年を愛おしそうに見つめた。


「このお方は、ローセンダールにゃ、もったいねえ。この俺が婿にもらっていくぜ」

「な、何だって!?」


 茶髪の女戦士ヘレーネは、二の句が告げずに絶句したのだった。


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