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幽姫

 眩しい陽光のもとで、金色に輝く機体を見たクラウスは、思いっきり眉をひそめた。


「悪趣味だな」


 ソニアも小さな声で呟いたようである。


「可愛くない」


 自分の所有機ながら、シンゴの心情も同様だった。


(ま、そうだろうな)


 この機体はポイントで購入したのでは無く、ゲームから引退するプレイヤーから強化外装ともども譲り受けたものだ。

 量産型ではあるものの、現在では購入しようと思っても手に入らない機体だ。

 『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』では、希に、こうした限定品と言うか、生産中止とされる機体がある。

 機体デザインの契約やら、ゲームシステム上の諸事情により、やむにやまれず、数を制限せざるを得ないと言われているが、例によって運営が問い合わせを全てスルーしている為、実情はまったく不明な部類に入る。

 GOPとも略称されるこのBMRは、その中でも掲示版での議論を盛り上げた、いわく付きの機体だ。

 その外見はともかくとして、兵装やスペックは、同じく生産中止となった他のSV‐06シリーズに劣らぬレベルだし、それまで海戦型の機体を保有していなかった事もあって、各種装備の追加や機体改修も行っている。

 しかし、海戦イベントなどでは苦笑や冷笑、後ろ指の集中砲火を受ける事が多く、シンゴとしてもこの機体を使う事は極めて希だ。

 あるいは、《ガリア》よりも使用頻度が少なかったかもしれない。

 その《ゴースト・オブ・プリンセス》がパイロット搭乗補助プログラムに基づき、差し招くように片手を突き出してきた。


「おい、乗るぞ」

「これにか?」

「えぇ~」


 二人の娘が、状況も忘れたかのように嫌悪感も露わな声を出す。

 だが、帆船で引き返している余裕は無い筈だった。

 ソニアとクラウスはしぶしぶといった様子で、シンゴと共に海戦型BMRが差し出した手に乗ったが、じつはシンゴ自身も同じ気分だった。

 同乗する二人をチルに補助要員として登録させ、補助シートに着席させた。

 このSV‐06Bのコクピットは、《ファーブネル》同様の全天周囲モニタ型だ。

 現在のモニタには、《シーバット》の機体周囲に設置されたセンサが捉える、光の差し込む海中の様子が表示されており、一種の水族館のような光景が広がっていた。

 ソニアやクラウスは、子供のような表情で周囲を見回している。

 そんな二人には構わず、パイロットスーツに各種ケーブルを接続したシンゴは、すぐさまコンソールを操作した。

 《ゴースト・オブ・プリンセス》が再び上体を横たえ、開いていた装甲が閉じる。

 同時に、コクピット内に、チルの感情の無い声が響いた。


『全インターフェースの接続完了。強化外装パワード形態に移行します』


 パイロットであるシンゴが搭乗した事で、それまで単に海戦型BMRを格納した状態にあった《シーバット》が、強化外装パワードとしての兵装を展開する。

 そして、《ゴースト・オブ・プリンセス・イン・パワード》と呼称される形態となった機体は、すぐさま、驚くべきスピードで海中へと潜行した。

 この強化外装パワードを装備した海戦型BMRは、極めて秀逸な潜水艦としての機能を持っている。

 ただ、本来の潜水艦と異なるところは、バラストタンクの注水、排水で浮力を調整するのでは無く、重力制御によってそれを行う点だ。

 惑星重力の影響が緩やかな水中ステージと言う特殊性を考えれば、重力制御を用いての戦闘行為は可能であろうとの見解でそのような設定がなされており、それはこの異世界ファーラにおいて、忠実に具現化されたようだ。

 ただし、その一方で、この機体は《ガリア》のように、重力制御によって空中を浮遊して移動すると言う事ができない。

 水の無い場所の移動は、キャリアーに搭載するか、輸送機での空輸しか手段が無い。


(まぁ、こんなモノが空に浮かんでいたら、アレだけどなぁ)


 そんな事を考えながら、シンゴは液晶コンソールに表示されたボタンの一つを指先でタップした。

 《ゴースト・オブ・プリンセス・イン・パワード》から無数のケーブルが放出され、その先端にあるブイが海面に浮上する。

 これらの多目的ブイに設置された各種センサからの光学情報がケーブルを経由して、全天周囲モニタに生じた多数のウィンドウに海上の映像を表示させた。

 言ってみれば、全方位型潜望鏡と言うところだろうか。


「来たか」


 そのウィンドウの一つに、まるで暗雲が広がるようにシルフィード級の大群が現れた。

 前回、《ファーブネル》で撃破した相手であるが、その十倍の数ともなれば凄まじい迫力である。


「えーと、クラウスだっけ? あいつらの所属を確認できるか」


 シンゴの要請を受けて、ザミーン皇女の侍従を務める金髪の娘は、ウィンドウに映るシルフィード級の刻印を見ると、そのぽってりとした唇を軽く歪めた。


「あいつらだ」


 ややあって、そう答えた彼女の口調には、明確な嫌悪感があった。


「ザミーン遊撃軍第九空挺師団――通称、ケルビム師団。ザミーン空軍の面汚しどもに違いない」


 そして、何か思うところがあったようだ。

 少し躊躇ったあと、クラウスはソニアを見やって言いにくそうに言葉を続けた。


「その……首都ヘルツェン攻略の時、治療院を襲撃した《シルフィード》がいたな。覚えているか」

「サラの仇……」


 その時の事を思い出したのか。

 宮廷魔導士の妖艶な美貌に、昏い燠火のようなものが宿る。


「あの機体の搭乗者は、ケルビム師団から回されてきた者だ。人事は第一皇子殿下の専権事項なれば……いや、今更言っても詮無き事であったな」

「……そうすると、あのシルフィード級の搭乗者達は、サラの仇と同類、と言う事ですか」

「多少の差はあれ、似たような連中だ」


 金髪の娘は、ため息混じりに言った。


「《シルフィード》の……いや、あの機体に限らぬが、飛行型魔装機甲兵の搭乗者は、大空を舞うゆえか、そうでない者を見下す傾向にあるようだな。ケルビム師団の連中は、そうした性向が極端なまでに発露したやつらの集まりだ。軍紀違反の民間人への虐殺行為を、幾度も繰り返した手合いばかりと聞いている」

「風の精霊は奔放にして、時として荒ぶるが性。その影響を受けた、と言う事でしょう。魔導の修行も積まぬ者が、強大な魔力を駆使する時代ゆえの歪みかもしれません」


 そう応えるソニアの態度は、そっけないほど、極めて淡々としたものであった。

 対して、クラウスの声には、悩ましげな響きが滲んでいた。


「あいつらは、本来なら軍法会議で極刑となっている筈なんだ。だが皮肉な事に、それゆえにこそ、優秀な軍人であるとも言える」


 彼女の言う通り、軍隊、及び、軍人には、暴力の体現者としての要素が不可欠である。

 それは、完璧に制御された暴力である、などと主張する者もいるようだ。

 しかし、その暴力の対象となった者にしてみれば、制御されていようが、そうでなかろうが、理不尽な事に変わりは無いのではなかろうか。


「一応、やつらは強襲専門の部隊となっているが、その結果はザミーンの戦略に支障をきたすほどに、無意味に拡大された戦禍になることが多い。だが、先代女帝の実子、つまり現皇帝陛下の弟に当たる人物が絡んでいる為、軍としても迂闊には手を出せぬ。戦時と言う状況を鑑みて、一定の戦果として評価せざるを得ない……」

「ザミーンの事情は、私の関知するところではありません。ですが、サラの命を奪った者の、その仲間に会えたのは神々の導きかもしれません」


 ザミーン軍を弁護するようなクラウスの言葉を遮って、ソニアはきっぱりと言った。

 宮廷魔導士の表情は、むしろ穏やかなものだったが、しかし、それは嵐の前の静けさに通じるものだったかもしれない。


「もっとも、その実体が、ちゃちな風の魔力を魔導機関で増幅した挙げ句、それに振り回される半端者の集団だったとはサラも浮かばれますまい」


 親友であった娘の仇を、自分の手で討つことのかなわなかった彼女である。

 心の奥に封じ込めた筈の、しかし、未だに燻っていた何かが、その仇の仲間を見つけた事で、突如として臨界に達したようだった。


「その程度の精神こころしか持たぬ者が、天空の覇者を気取るとは笑止千万」


 黒髪の魔導士は激発した感情のままに、着ているローブを引き裂き、その身体に刻んだ魔紋を全て露わにした。


「本物の魔法使いが操る魔導がどれほどのものか、思い知るがいい!」


 シンゴが制止する暇すら与えず、自分がどこにいるのかすらも忘れたかのように、ソニアはその膨大な魔力を発動させた。

 いや、正確には発動させようとした、と言うべきか。

 闇魔法の後遺症は重く、そもそも、上空にシルフィード級の大軍がいると言う事は、現在、その魔導圏内に捕らわれていると言う事でもある。

 ソニアがいかに優秀な魔導士であろうとも、三百機もの魔装機甲兵が生み出す魔導圏にあっては、自身の魔法を発動することは不可能だった。

 彼女の魔紋は、微かな光すら放つ事なく、沈黙を守っていた。


「あ……」

「頼むから、気を散らすような事はやめてくれよ、もう」


 唐突に全身の肌を晒した妖艶な美女から、心にも無く眼を逸らしつつ、少し前屈みの姿勢になったシンゴだった。

 そんなシンゴに、クラウスが冷ややかな声をかけた。


「それで、どうするつもりだ。こんな海の中に潜って、あいつらが飛んでいくのを見物するだけか」

「いや、ここで連中を撃破する」


 シンゴはきっぱりと断言して、やや前屈みのまま、コンソールを操作した。


「ま、降伏するなら受け容れてやらんでもないがな」

「はぁ?」


 氷姫の侍従を務める金髪の娘は、呆れ返った表情を隠そうともしなかった。

 短く刈り込んでいた髪が伸びてきており、所謂天然パーマと言った髪質の彼女がそんな表情をすると、一応は美人の部類に入る容貌が、途端にファニーフェイスとしか表現できないものになる。

 だが、彼女が呆れるのも無理からぬ話である。

 水中の魚が、空を飛ぶ鳥をどうしようと言うのだろう。

 あるいは、海面に出て攻撃するつもりかもしれないが、浅いところまで上がってきた魚が鳥の餌食になる場面など、珍しいものでもない。

 そもそも、これは、シンゴが《ケト》を撃破した状況の、まさに真逆の構図ではないだろうか。

 疑念と侮蔑の中間とも言うべきクラウスの視線を気にする事なく、姿勢を正したシンゴは、インカムに向かって語りかけた。


「ザミーン遊撃軍、ケルビム師団の面々に告ぐ」


 海面に浮かぶ、無数の多目的ブイから放たれた強力な高周波放電が、ケルビム師団の編隊中央に音源を形成し、シンゴの声を大音量で再生発振した。


『ザミーン遊撃軍、ケルビム師団の面々に告ぐ。こちらは、ローセンダールのティアンスン伯である。速やかに投降せよ。さもなくば、撃破する』


 唐突に響いてきた声に、驚いた様子の《シルフィード》達が、編隊を乱して声の主を探し回る。

 その映像を見て、シンゴは久方ぶりに本気の笑い声を上げた。


「けひひひひ、慌てていやがる」


 彼の奇怪な笑い声に、若干引きながらも、クラウスは尋ねずには居られなかった。


「まさか、今のが、あいつらに聞こえたのか?」

「そのようだな」

「信じられない。水の中から天空へと声を伝える魔導など……」


 声を伝える魔導は風……大気エアに属する魔導である。

 だが、彼女が居る機体は海中を浮遊しているようである。

 つまり、この機体は水の魔法に特化していなければ理屈が合わない。

 さもなければ、鋼鉄とも見える重厚な金属で出来ている筐体は、海中に沈む一方となる筈だ。

 魔導機関の原理ともなっている『合わせ鏡の法式』は単一属性を増幅するものであり、水と風の双方を操る魔導兵器など、そうそうにあり得るものではなかった。


「えーと。説明は後な」


 いちいち相手にするのが面倒になって、シンゴは再びインカムに向かって通告する。


『繰り返す。直ちに投降せよ。さもなくば撃破する』


 三百機のシルフィード級は、姿の見えぬ相手を探して右往左往するだけであった。


「まぁ、これであっさり降伏してくれれば、世話がないか。見せしめに何機か落としてみるか」


 シンゴは兵装を選択すべく、再びコンソールを操作した。



 ケルビム師団の中央に、他とは意匠の異なる機体があった。

 指揮官が搭乗する専用機であり、師団の名称の由来ともなった《ケルビム》である。

 この師団に配備されたシルフィード級は、数を揃える為に旧式に属する機体も散見されたが、その一方で、指揮官の搭乗する《ケルビム》、及び、探索機能を強化した《パヴォーネ》と呼称される最新鋭機が十数機ほど存在した。

 その《パヴォーネ》の搭乗者達からの報告に、指揮官は苛立たしげに叫んだ。


「見つからない、で済むか。何の為に貴様達にその機体を与えたと思っている」

「ですが、周囲五百ククト以内に、友軍機以外の機影は発見できません」

「現在における伝声魔法有効圏内の、その十倍の範囲を索敵した事になります」

「東大陸の魔導技術でも、そんな広範囲な伝声は無理じゃないでしょうか」


 《パヴォーネ》の搭乗者達も、自分の探索技術に自信を持っている。

 指揮官に怒鳴られても、大人しく引っ込んでいるような手合いは一人も居なかった。


「じゃあ、あの声はどこから聞こえたと言うんだ」

「相手は、噂の『銀狐』って話です。見たことも無い魔導兵装をいくつも持っているとも聞いています」


 指揮官も、さすがに怒鳴りつけるだけでは埒が明かないと判断したようだ。


「では引き続き、索敵を続行しろ。他の機体も警戒を怠るな」


 それだけを命じると、指揮官は通信器を非活性化して舌打ちした。

 武人にしては、やや神経質そうな容貌に、あからさまに不機嫌な表情を浮かべている。


「撃破するとか抜かしていたな。ふん、やれるものなら、やってみるがいい」


 指揮官は搭乗席の水晶版に、ローセンダールの首都攻略における『銀狐』と呼称された機体の、その戦闘記録を呼び出した。

 それは、あの《クワポリガ》が、衝撃波による大気の鉄槌を受ける瞬間まで、ザミーン本国に送っていたものである。


「三十機……正確には、二十六機を撃破か。それでも大したものだが、一度に撃墜したのは、多くて八機と言うところか。スピードが尋常では無いようだが、これだけの数に囲まれては、そのスピードで翻弄すると言うわけにもいくまいて。例え、いちどきに十機を撃墜したところで、残りのシルフィードに一斉に襲いかかられては、いかな『銀狐』と言えど、逃げ切れんぞ。くく、どこに隠れているか知らぬが、姿を現した時が、貴様の最後だ」


 戦術レベルの隠蔽魔導はザミーンでも開発中だが、あるいは、『銀狐』が既に実装しているとしても、攻撃時には《パヴォーネ》が、その所在を明らかにする筈だ。

 あるいは、こちらの半分、いや、三分の二は落とされるかもしれないが、こちらとしてもやられっぱなしではない。


「相応に傷つき、ダメージを受けた機体を、残りのシルフィード級で血祭りに上げてやる」


 指揮官がそう呟き、おおいに勝算がある事を確信した時のことである。

 不意に、何かを感じて、傍らに位置していた《シルフィード》を見やった彼の眼が、訝しげに細められた。

 その《シルフィード》の額に、何か赤い点が灯っているように見えたのだ。


「何だ?」


 指揮官が当然の疑問を口にした瞬間、その赤い点に何かが命中し、《シルフィード》の頭部が爆発した。


「う、うわ。見えない」


 人を模した魔装機甲兵が頭部を失えば、当然の事ながら視界は暗転する。

 その機体は、搭乗者が恐慌に陥った事で制御を失ったのか、そのまま海面に墜落して行った。

 そして、それは、その一機にとどまらなかった。


「うわあ」

「ひぃ」

「な、何だあ?」


 瞬く間に十数機のシルフィード級が頭部を失い、墜落して行く。

 中には、恐慌に陥らぬ者もいただろうが、頭部と共に方向感覚も喪失した機体が、海に向かって飛翔したり、友軍機に激突して、結果として巻き添えを増やして墜落するケースも少なくなかった。


「敵はどこだ。どこから撃ってきた」


 指揮官の怒鳴り声に、《パヴォーネ》の一人が応えた。


「下です。敵は、海中から撃ってきました」

「なんだと?」


 指揮官が咄嗟に下を見ると、今まさに、海面に大きな水柱が吹き上がり、その中から、矢弾のようなものが姿を現すところだった。



 《ゴースト・オブ・プリンセス・イン・パワード》の対空装備の一つである《タイガー・フィッシュ》は二段式の誘導ミサイルだ。

 魚雷発射管から放たれた親弾が、海面に浮上した時点で、一斉に子弾を発射する。

 この子弾内部のシーカーが、ブイの照射する誘導赤色ビーム波の反射を検知して目標を捉えるのだ。

 打撃力としては、前回、《ファーブネル》が使用した《ハウンドⅡ》よりも遙かに劣るが、シルフィード級を無力化するには充分と言えた。


「よもや、このような……海中から、飛行型を墜とすだと? なんだ、この兵装は……」


 そこまでを呟くのがやっとという風情で、クラウスは絶句したようだった。

 引き裂いたローブを繋ぎ合わせて、何とか胸と腰に巻いた格好のソニアが、そんな彼女に同意するとも諦めるともつかぬ表情で声をかけた。


「シンゴ殿の機体は、当人以上に非常識ですからね」

「当人以上、は余計だろ。まぁ、このBMRのデザインが非常識なのは認めるけどさ」

「それはともかく。相手も、こちらの位置に気がついたようですよ」

「ん~、当然だろうな」

「逃げないのですか?」

「あー、ブイは一応回避させた方がいいかな」


 放出したケーブルを巻き戻し、海面に浮上させていたブイを、索敵用に特化した、とりわけ頑丈な一つを残して海中に引っ込める。

 シンゴのとった回避行動はそれだけだった。



 指揮官機ケルビムから、反撃の命令が放たれる。


「敵は海中だ。全機、一斉攻撃、開始」


 先制攻撃を許してしまった為に数十機を墜とされたが、それでも二百機以上のシルフィード級が健在である。

 その全ての機体が、各々、巨大な雷球を生じさせると、タイミングを同調させ、一斉に眼下に向けて撃ち出した。

 それは、自然現象の落雷を上回る、信じられないほど膨大な雷撃であった。

 これまでも地上を這う虫けらどもを一網打尽にした、必殺にして、ケルビム師団が得意とする戦法であった。

 だが、それが海中に潜むBMRに届く事は無い。

 当然の事ながら、伝導率の高い海水が、その雷撃を霧散させてしまうのだ。

 これが、例えば小さな湖などであったならば、そこに棲む全ての生物は感電死したかもしれない。

 しかし、広大な海にあっては、局所的な海面に、しかもごく短い時間に影響を与えただけで、たまたまその海面近くにいた魚が感電した程度と言うところだろうか。

 むしろ、撃墜された機体からようやく脱出した団員の方が、少なからぬ巻き添えをくってしまっていた。

 シンゴが、威力を押さえた兵装を選択したおかげで永らえた命を、友軍によって絶たれてしまったのは、ケルビム師団に属していた団員にとっては、あるいは相応しい末路と言えただろう。

 シルフィード級の、もう一つの武装である風の刃も、膨大な海水の壁に阻まれては効果を発揮しない。

 それこそ、海を割るほどの威力があれば話は別だが、いかなシルフィード級と言えども、そこまでの魔力は無い。

 つまり、ケルビム師団が擁する飛行型魔装機甲兵の武装は、水中に潜むシンゴの海戦型BMRには全く届かないと言う事になる。

 じつのところ、シルフィード級には、対潜装備とも言える爆雷のような武装が無いわけでも無い。

 しかし、今回は『銀狐』を物量で押す事を主眼に編成された為、そうした武装を施した機体は皆無だった。

 対して、《ゴースト・オブ・プリンセス・イン・パワード》は、その稼働領域こそ水上、水中限定と言うハンデはあるが、対潜、対艦は元より、今回のような対空戦や、長距離にある地上目標、果ては衛星軌道上までを攻撃可能とする、オールラウンド・ストライカーとでも言うべき機体だ。

 ただし、攻撃目標の正確な位置座標データさえあれば、と言う前提条件をクリアする必要がある。

 電波を通さない水中にあっては、多目的ブイなどによって得られた情報を有線で取得する以外に手段が無い為、支援を受けられない単独運用では、その威力を充分に発揮する事は難しい。

 何にせよ、水上、水中限定と言うハンデの代替として、多種多彩な攻撃手段を有する機体はゲームバランス上、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の運営側も扱いづらいものがあったようだ。

 このSV‐06シリーズ以降の海戦型BMRでは水陸両用機へと方針変更がなされ、稼働面でのハンデ軽減と共に、オールラウンド・ストライカーとしての側面も解消していった。

 この方針変更には反対の声もあがったものの、純粋な水中ステージは不人気であった事から、大半のユーザは容認したようだ。

 これ以前の機体が、対艦、対水中戦の装備しか無かった事もあって、SV‐06シリーズは海戦型BMRにおける、ひとつの頂点を極めたとされている。

 特に、SV‐06A《スティール・オブ・クィーン》、SV‐06D《ルビー・オブ・エンプレス》などは、未だに名機としての評価が高い。


「それにひきかえ、このSV‐06Bはなぁ。ま、性能は遜色無いんだけど」


 シンゴは、事情を知らない者には何の事か分からぬぼやきを口にしながら、再び、多目的ブイ群を浮上させる。


『もう一度だけ勧告する。投降せよ。さもなくば、全機を撃墜する』


 シンゴの最後通牒への回答は、再びの雷球攻撃だった。

 回避が間に合わなかったブイのいくつかが、放電システムの限界を超えて、使用不能になる。

 こうなれば、シンゴとて、容赦する理由は無い。

 そもそも、民間人を虐殺する手合いの集団と聞いては、情けも遠慮も無用である。


「しょうが無いか。生き残るかどうかは、自分達の悪運と日頃の行い次第だぞ。ま、浮きくらいは貸してやるさ」


 シンゴはあっさりと割り切ると、四門の魚雷発射管から《タイガー・フィッシュ》を二連続で一斉に射出した。

 子弾の数が増え、一方では、誘導ビーム波を射出するブイの数が減った為、いかなシンゴと言えども、先ほどまでのような精密な照準を定めるわけには行かないし、当人もその気は無い。

 搭乗席を直撃されたり、当たり所が悪く、魔導機関が暴走して四散する機体も続出したが、これは自業自得というものだろう。


 シルフィード級の機体が次々と撃破される中、知覚を可視光から拡張していた《パヴォーネ》の一人が、波間に浮かぶブイが放つ誘導ビーム波に気がついた。


「あれです。あの浮いているやつが……」


 彼が口にできたのは、そこまでだった。

 二発が同時に命中し、その機体は大破した。

 だが、その報告は指揮官まで届いていた。


「なるほど。海中に居ながらにして、我々を捕捉できていたのは、そういうカラクリか。全機、あの浮いているやつを破壊しろ」


 即座に状況を理解し、対応を命令したのはさすがに指揮官に命じられただけの事はあっただろう。

 だが、ケルビム師団の残数が五〇機近くまで撃ち減らされた現状では、遅きに失したと言える。

 生き残ったのは、味方を盾にした、もしくは、味方を巻き添えにする事も躊躇わずに雷球で迎撃した、ケルビム師団の中心メンバーとも言える搭乗者達だった。

 ある意味では巧者とも言えただろうが、逆にそれが命取りとなった。

 波間に浮いていたブイが一斉に姿を消すと同時に、それまでの水柱とは比較にならぬ、まるで、何かが爆発したような勢いで、膨大な海水が炸裂した。

 そして、その中から、巨大なものが姿を現す。

 その数を著しく減じた事で、シルフィード級が脅威にならないと判断した《ゴースト・オブ・プリンセス・イン・パワード》が急速浮上した瞬間だった。


「な、何だあれは?」


 シルフィード級の搭乗者達に驚く暇も与えず、海戦BMRの強化外装から、五発の《タイガー・シャーク》が一斉に発射された。

 《タイガー・フィッシュ》の数倍の打撃力を持つ、艦対空ミサイルが、瞬時に五機のシルフィードを四散させ、その火球に周囲の機体を巻き込んだ。

 追い打ちをかけるように、展開された砲塔からの荷電粒子ビームが斉射される。

 その容赦の無い熾烈な攻撃で、《ケルビム》と一機の《パヴォーネ》を残し、ケルビム師団は瞬時にして壊滅した。


「う……く……」


 あまりのことに絶句する指揮官の眼下で、「それ」が各種兵装を格納し、巨大な棺とも言うべき形態になる。

 その「棺」の蓋が二つに割れ、中から型式番号SV‐06B、《ゴースト・オブ・プリンセス》と命名された海戦型BMRが、再びその姿を陽光の下に現した。

 それを見たケルビム師団の生き残りは、反撃する事すら念頭から吹き飛んだように、嫌悪の声を上げたのだった。


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