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追憶

 ビガの老将、オディロンがそろそろローセンダールの陣地を辞去しようとした時の事である。

 衛兵に案内され、一人のビガの傭兵が天幕に姿を現した。


「おお、おやっさん。探しましたよ。こんなところにいるなんて」

「いったい、どうした? ああ、ヴァルマー殿、こいつはうちに最近入ったやつでな。ガルフと言うんだ。見知りおいてくれ」


 ガルフは、ビガの傭兵には珍しく、ヘラヘラとした印象を与える男だった。

 しかし、油断無い目付きと、その体重を感じさせない足運びは、ヴァルマーの眼から見てもただ者では無いと言う印象がある。

 何よりも、オディロンが「見知りおいてくれ」と言うからには、その力量も相応のものなのだろう。

 ヴァルマーはそう考えたが、「ただ者ではない」との印象が、すぐさま事実であると証明されるとは、思いもよらなかったに違い無い。


「おやっさんだけじゃなく、ヴァルマー将軍もいるなら、好都合。とは言うものの、えーと、どこから話したもんでしょうね」

「用件だけをさっさと話さんか」

「じゃあ、用件だけ。ええと、色々と始末したり、おやっさんを探したりしたんで時間をくっちまいました。うんと、あと……一時間(ヘーラ)とちょっとですかね。ザミーンのシルフィードが三百機ほどで強襲します。んで、《海魔》を含む大艦隊がその後に続いています」


 ガルフと言う傭兵の口調は軽薄そのものだったが、その内容は二人の将軍を瞠目させるものであった。


「ガルフ、お前……」

「えーと、じつは、俺、ザミーンの間諜でしてね。それが降伏勧告の使者をやれっていうんで、一番に話が通りやすい、おやっさんを探していたんですわ」


 ザミーンの間諜を称する男は、なおもヘラヘラとした調子で、そう言ってのけたのである。



         ◇



 《シルフィード》の大軍、それも、三百機と言う前例の無い規模の襲来に、東大陸連合軍第二軍は震撼した。

 もはや会議を開くなどと悠長な事をやっている余裕は無い。

 最低限の連絡を交わすと、各国の軍首脳は自軍の陣地に戻り、各々の準備を整え始めた。

 だが、それは絶望的な状況を確認するだけの事にしかならなかった。

 ローセンダールの軍首脳とて同様である。

 主力機の《城塞キープ》には対空迎撃とも言える装備があり、過去の戦いでは、最大の特徴であるその物量によってこれまで《空魔》を退けてきた実績がある。

 だが、闇魔法の後遺症から魔導兵装システムが完全復旧していない現状では、起動できる《城塞キープ》は十数機と言うところで、これでは量で押すと言う本来の運用ができない。

 戦艦フラン号も、そろそろ到着する頃合いだが、飛行型魔装機甲兵に対処できる兵装は無い。

 この時代にあって、戦艦はあくまでも敵の船舶への対応を前提とした、対艦砲撃戦を主として設計された存在なのだ。

 空戦四式を攻撃した《ザハーグ》のような装備を持つ「特殊艦」は、それこそ特殊であって、滅多に存在するものではない。

 こうなると《シルフィード》の一個小隊であっても十分な脅威である。

 ローセンダールの軍首脳、つまり、バウフマン、ヴァルマーの両将軍は、ティアンスン伯たるシンゴを呼び、昨夜に活躍した白い機体、つまり《グランブール》の状況を問うた。


「ん~、反応が妙に鈍いと言うか。動かなくもないってとこでしょうか」


 絶望的な状況の中、一縷の望みを託した二人の将軍の問いを、シンゴはあっさりと粉砕した。

 ヴァルマーは低く唸り、バウフマンは大きなため息をついた。

 その場に集まっていたのは、両将軍以外に、王族であるフランチェスカ王女と側近のヘレーネ、宮廷魔導士ソニア、文官代表たるラルフ書記官、及び、ザミーン皇女のテレーゼとその侍従と侍女である。

 つまり、ザミーン帝国人を除けば、アナムルにおける事実上のローセンダール首脳が居合わせたわけだが、それは対応策を協議すると言うよりも、降伏か抗戦かの選択を迫るだけの集まりでしかなかったかもしれない。


「ビガが拘束していると言う、そのガルフなる男の話は本当ですか?」


 あらためてラルフ書記官が問うと、それに応えかけたバウフマンより先に、テレーゼ皇女が肯定した。


「あの男が所持していた指輪の紋章は、ザミーンが密使の証として与えるものに相違無い。少なくとも、ザミーンの間諜との主張は信用してもよかろう」


 そして、間諜が意味も無く、その身分を明かすとは考えられない。


「つまりは、ガルフってやつの言う通り、あと一時間(ヘーラ)もしないうちに、シルフィードの大軍が押し寄せるって事だ。けっ、俺もヤキがまわったぜ。大攻勢は、もう少し後の話だなんて、お笑いぐさだ」


 自嘲するヴァルマーをバウフマンは軽く睨んだようだが、すぐに目を閉じて、力なく首を横に振った。

 将軍としての力量は確かな二人だったが、ここまで時間と兵力に制限があっては、打つ手が無いのであろう。

 時をおかずして襲来すると言う、三百機のシルフィード級に対しては、無力感に苛まれているようだった。


「ここで、もう一つ、お前達の希望を削ぐ事実を告げねばならん」


 ザミーン皇女テレーゼが、氷のような美貌に相応しい、淡々とした口調で発言した。


「あのガルフなる間諜の言う、三百機からなるシルフィードだが、それだけの数を擁する部隊と言えば、かなり数が限られる。そのほとんどが、西方軍か中央軍に所属する部隊だ。この二つの方面軍は西大陸から出てこない筈だ。それゆえ、こちらに回ってくるとなると、遊撃軍所属の部隊しか考えられん」

「ひ、姫様……遊撃軍所属の、とは、まさか」


 侍従であるクラウスが喘ぐように言った。


「そのまさかだ。襲来するのは、ケルビム師団と見て間違いあるまい」

「ケルビム? 聞いた事があるな。連合軍第一軍の庇護下にあったセナウ自治領を襲ったのが、そいつらじゃなかったか。補給路を叩くつもりだったようだが、軍備の無いセナウは焦土となったと聞いている」


 ヴァルマーが眉をひそめて言うと、テレーゼは冷ややかに唇の片方をつり上げたようだった。


「軍備が無かろうが、民間人だろうが、連中はお構い無しだ。なにしろ、味方が巻き添えになろうとも、平気で雷撃魔法で地上を灼く手合いが揃っているからな。事実、皇族が一人犠牲になっている」


 そう語るテレーゼの拳が、固く握りしめられた。


「ケルビム師団が来るとなれば、降伏勧告などはとんだ茶番だ。抵抗して全滅するか、無抵抗のまま皆殺しになるかの違いでしかない。私の身柄を盾にとっても無駄だぞ。さっきも言ったように、ザミーン皇族すら巻き添えにして平気な連中だ」

「姫様。それは、やはり、マクレガー様の……」

「いくらマクレガー兄上でも、連中を動員するのは難しかろう。あの部隊は……いや、ここで口にする話でもなかったな」

「姫様」


 ザミーン帝国内の、何やら複雑な事情があるようだが、ローセンダールの人々にとってはそれどころではなかった。

 特に、降伏を選択した場合に備えて、交渉案を練っていたと思しきラルフ書記官は、手にしていた文書を取り落としてしまった事すら意識していないような動転ぶりだったし、それ以外の人々も程度の差はあれ、似たようなものだった。

 そんな中で、フランチェスカ王女が縋るような視線をシンゴに向ける。


「シンゴ様……」


 そう言ったきり、可憐な唇は閉じられてしまった。

 《ファーブネル》は召喚できず、《グランブール》が使えない。

 残る《ガリア》は元より戦闘に不向きな機体とは、既にシンゴから説明された事である。

 この状況下で、なおもシンゴに助けを求めるわけには行かないとの思いがあるのだろう。

 そもそもが、シンゴがローセンダールの危機を幾度も救っているのは、純粋に好意、もしくは成り行きであって、彼にその義務があるわけでもない。

 名門たるティアンスン伯と言う、ローセンダールにとっての最上に属する栄誉を与えているとは言うものの、それらがシンゴにとって、何の価値も無いと言うことは、この少女には分かっているようだった。

 そう、ローセンダールには、彼に報いるべき『対価』の持ち合わせが何も無いのだ。

 それゆえ、フランチェスカは、思いを口にすることができない。

 それは、ヘレーネやソニアも同じ思いだったようだ。


(うわ、三人とも、そんな眼で見るなよ)


 美しい少女と二人の美女の、その縋るような視線に、彼が思わず目を逸らしてしまったのは、気弱と言うより照れのせいだろう。

 そう言えば、と、その視線に既視感を覚えて、シンゴは記憶を辿っていった。


(あの時かな)


 《空魔》がローセンダールの首都ヘルツェンに襲来した時。

 同じような視線を向けてきたのは、ヘレーネだった筈だ。

 彼女には不条理な目に遇わされたばかりだったが、その縋るような視線が《ファーブネル》で戦う決意をさせた一因でもある。

 しかし、そうした視線に関する記憶の原点は、もっと昔に遡ったところにあった。


(ああ、思いだした)


 最初にその視線を向けてきたのは、シンゴ、いや、九之池慎吾が飼っていた猫のチルだった。

 さすがにおぼろげになっているが、あれは雨の降る冬の季節だった筈だ。

 小学校からの帰り道を一人で歩いていると、子猫の必死な鳴き声が聞こえてきたのだ。

 幼い彼が声のする方へ行くと、だいぶ前から何かの施設の建設予定地のままになっていた空き地の草むらで、捨てられたのか、親にはぐれたのかはわからないが、一匹の子猫が雨に濡れた身体を震わせていた。

 その子猫は、慎吾を認めるや、縋るような眼を向けて、いっそう必死になって鳴き声を上げたのだ。

 それが、猫チルと彼の出会いだった。

 ペットに限らず、生き物を飼う覚悟については、母親から常日頃厳しい口調で戒められていた慎吾である。

 だが、この時、彼は覚悟を決めたのだった。


「まぁ、拾っちまったものはしょうが無いねぇ」


 ペット厳禁のマンションに、子猫を連れ帰った慎吾に向けた母親の第一声がそれだった。

 彼女は、未だに慎吾の腕の中で震える子猫と、それを抱きかかえる息子の表情を見て、一つだけため息をついた。

 そして、その場でどこかに電話をかけると、都心にあったそのマンションを売り払い、翌日には郊外の一軒家に引っ越す段取りを整えてしまったのだ。

 思えば、剛毅な性格の母親だったかもしれない。

 当時、同居していた大学生の叔父は、不便になると抗議したが、母親はそれを一蹴した。


「独り立ちしていない子供の行動に、最後まで責任を持つのが親の務めさね。だいたい、居候のくせに文句をお言いじゃないよ」


 母親は、慎吾に向かって、「拾ったからには、責任を持って自分で面倒を見るんだよ」などとは、とうとう口にしなかった。

 その代わり、命を拾うと言う行為が、どこまで責任を伴うものかを実地に示して見せたのだ。

 若くして父親を亡くした家庭である。

 キャリアウーマンとして、それなりの収入があったにせよ、仕事と家事を両立させる為に購入したマンションを手放した母親が、その後、どれほどの代償を払う事になったかは、慎吾も身にしみてわかっている。

 転校を始めとする環境の激変は、幼い彼にも相応の代償となったのだ。

 だが、彼は決して後悔したり、八つ当たりする事無く、チルと名付けたその猫を大事な家族として扱った。

 そんな息子に、母親も満足していた様子だった。

 あるいは、言葉だけでは教えられない事を、慎吾が身を以て知る為であれば、それらの代償も安いものだと考えたのかもしれない。

 何にせよ、世間一般の感覚とは、大いにズレたところのある母親の薫陶は、確かに慎吾の人格に大きな影響を与えていた。

 その結果が、紆余曲折の挙げ句に、廃人プレイと異世界トリップになったわけであるが、その是非はとりあえず置くしかないだろう。


(まぁ、スケールが桁違いだけど、これも「拾った」事になるんだろうなぁ)


 何を拾った事になるのかは深く考えない事にして、シンゴは心の中で一つため息をついた。

 そして、追憶から現在の状況へと、思惟の焦点を切り替えた。

 まず、《ガリア》について言えば、戦闘には不向きではあるものの、その遠距離攻撃に優れた機体性能は、対空目標への狙撃にも極めて有効だろう。

 シルフィード級の数が一定以下であれば、その選択肢を考慮しても良かったが、いかんせん、今回は数が多すぎる。

 《ガリア》の砲撃は威力こそ絶大だが、その分、連射が利かない。

 近距離まで到達されれば、それで「完了」である。

 やはり、この選択はあり得ないだろう。

 次に《グランブール》だが、その強化外装パワードの対空兵装は、操縦系統に支障をきたした現状でも、《ガリア》よりはマシな筈だ。

 だが、外部装甲の変質、変形は無視できぬ問題である。

 各種インターフェース部分が歪んでしまっており、強化外装パワードはおろか、他のオプション装備も接続する事ができないのだ。

 いや、《グランブール》が完全な状態にあったとしても、厳しい選択である事は間違い無い。

 先に挙げた強化外装パワードの対空兵装や、空戦装備壱式を以てさえ、今回の三百機と言う数字は、単機で相手取るには容易ならぬものがある。

 それは、仮に《ファーブネル》が召喚できたとしても同様だ。

 空戦型BMRと言えども、各々が意思と戦意を持って反撃してくるこの物量の前には、苦戦は必至である。

 加えて、前回の戦いでFV‐14Sの基本性能はある程度知られている筈で有り、今回は相応の準備をしてくるだろう。

 そもそも、圧倒的な数を揃えた事実は、明らかに《ファーブネル》が出てくることを想定しての布陣である。

 そんな敵に対して、まともに戦えば、まず勝ち目は無い。


(そう、まともに戦えば、だ)


 シンゴはなおも考え込んでいたが、ややあって、気が進まない様子で尋ねてきた。


「船を出せますか?」

「は?」

「船?」


 ローセンダールの人々、そして、ザミーンの皇女たちも意外な、いや、的外れとも思える申し出に呆気にとられた。


「手持ちのボートは、昨夜、全部供出しちまったもんで。そういや、あれ、いつ返してくれるんだろ」


 ぼやくように言うシンゴに、ヴァルマーが疲れ切ったような表情で尋ねた。


「おい、襲来してくるのは《シルフィード》だぞ。船でどうしようと……」

「ここの入り江は少し浅すぎるんで、こっちから出向くしかないんです。小さいので構わないから、できるだけ船足の速いやつをお願いします」


 シンゴが口に出した言葉はそれだけだった。

 それは、他に選択肢が無いからしょうがない、とでも言いたそうな態度と表情だった。



         ◇



 一隻の小さな帆船が海原を進んでいる。

 アナムルの漁民から、過分とも言える貨幣と引き替えに手に入れたそれには、シンゴとソニア、そして何故か氷姫の侍従たるクラウスが乗っていた。

 この時間帯は風一つ無い凪なのだが、この船の帆がいっぱいに孕んでいるのは、ソニアの操る風の魔法のおかげだ。

 だが、闇魔法の後遺症からは充分に回復していないようで、魔法の制御は心許ない状況のようだ。

 そこで、多少なりとも魔力のあるクラウスが、その制御を手伝っているという次第だ。

 この場合、必要なのは魔力を制御する技術であって、その大小は関係無い。

 皮肉な事に、ソニア以外の魔導士で、クラウス以上の魔力の持ち主はいても、彼女ほどに魔力を制御できる者はいなかった。

 少ない魔力を効果的に操る修行をして来た、その当然の帰結であっただろう。

 ともあれ、装着したインカムから、チルの誘導を聞いていたらしいシンゴが、ある海域に到達したところで船を止めるように指示を出すと同時に、クラウスは制御の一部を委ねられたソニアの魔力を、速やかに風の魔法の発動から切り離した。

 明るい陽光の元、静かな波が船をゆらす。

 釣りにでも来ているような穏やかな雰囲気だが、ものの数(タール)もしないうちに、飛行型魔装機甲兵の群れがここの上空を埋め尽くす筈だった。

 ご丁寧にも、進軍するルートまで伝えて来たのは、油断させる為か、碌な戦力が無い事を見透かしているゆえかは、判然としない。

 だが、迎撃するにはありがたい話であった。


『SV‐06B、《シーバット》と共に浮上します』


 チルの感情の無い声がそう告げた数瞬の後、「それ」が海面から姿を現した。

 ケメルの港でシンゴが海に放った、巨大な棺とも言うべき形状の強化外装パワードだった。

 単体では《シーバット》と呼称される装備である。

 そして、その《シーバット》の上部が割れ、中からシンゴの保有する海戦型BMR、型式番号SV‐06B《ゴースト・オブ・プリンセス》が、その上体を起こした。

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