会議
東大陸連合軍。
西大陸の覇者であるザミーン帝国の侵攻に対し、盟約の元に東大陸の各国が結集した軍勢である。
「と言っても、実情は寄せ集めだな。烏合の衆と言ってもいいだろう」
小さな漁村アナムル。
その東にある広大な草原にやって来た各国の軍勢の中心部。
会議場となる大きな天幕を取り囲むように、言わば控え室に相当する各軍代表者の小さな天幕が点在している。
ローセンダールに割り当てられた場所に速やかに設えられた天幕の中で、軍服をだらしなく着崩した若き将軍ヴァルマーはあっさりと言ってのけた。
結界が張られており、部外者には聞こえないとは言え、かなり大胆な発言である。
軍服姿の貴婦人と言った雰囲気のバウフマンは、さすがに眉をひそめずにはいられなかったようだ。
とは言え、ヴァルマーの言いようには慣れているのか、諭しても無駄と諦めているのか、彼女の反応はそれだけにとどまっていた。
「もっとも、こいつは仕方の無い話さ。東大陸各国が批准した『ラブラの盟約』は、神々の元に各国は平等であると謳っている。平時においては理想的だが、戦時には不向き、いや、致命的とも言える。何しろ、戦闘時に指揮系統の統一が図れない。いちいち、こうやって作戦会議で摺り合わせ無いと、話が進まないんだからな」
「そして、戦場では何が起こるかわかりません。結局は各個に迎撃、と言うケースが多いのです」
さすがに思うところがあるようで、バウフマンがヴァルマーに同調するような言葉を口にする。
盟約はあれど、盟主が存在しない。
正確には、神々がその盟主と言う事になるのだが、神々は人の争いに関与しない旨、巫女を通じて宣言している。
「慈悲深き神々は恩寵を与えるのみ。しかれども、悪辣なる侵略者には慈悲や恩寵では無く、剣を以て報いるべし。神々に代わり、聖戦の盟主たるは我が皇国がその任を全うする」
とは、この戦争初期にシャブラ皇国が各国に送った檄文(?)に記された内容だ。
悪辣なる侵略者とはザミーンを指している事は明白である。
ここまであからさまに敵対的な態度を示しておいて、一方で、その皇女を遇するのは自分達こそが相応しいと主張するあたりは、したたかと言うよりは節操が無いと言うべきだろうか。
ともあれ、当時、多くの国は失笑するだけで終わらせたが、しかし、何事にも例外はある。
「かく言う我らが宰相閣下も例外でね。その檄文を見て何か考えていたぜ」
そんなヴァルマーの言葉を聞いて、シンゴは思った事をそのまま口にした。
「それって、ローセンダールが盟主になる事を考えているとか?」
「まさか。確かにそうなれば、色々とやりやすくはなるし、あの宰相閣下の辣腕ぶりなら不可能でもないだろうが、そんな貧乏くじを引くような事はしないさ」
ヴァルマーは即座に否定した。
「第一、ローセンダールの国力は、東大陸で中の上程度。例え、盟主になったところで、それを続けるのは厳しいな。それに、鎖国ってわけでもないが、他の国への不干渉ってのが国是ってところがあってね」
「シャブラ皇国が、と言うのは笑い話ですが、しかるべき国家を盟主の地位に据えると言う程度は、宰相もお考えかもしれませんね」
バウフマンも自分の考えを述べる。
「いやいや、シャブラをその選択肢から外すのは早計じゃないかな。ある意味、扱いやすい盟主を戴くと言うのも悪い手じゃない。どちらにしろ、自分は黒幕でいるには違い無いだろうがな」
「その言い方は賛同できませんが、目立たないところから全体を御すると言うのは宰相閣下らしいとは思いますよ」
「つまりは、結果として、我らが宰相好みの展開になったと言うところかな」
「そうですね」
二人の将軍から視線を向けられて、シンゴは何となく居心地の悪いものを感じた。
「な、何ですか」
その天幕の中にいるのは、シンゴの他にはこの二人の将軍だけだ。
元々が軍事における作戦会議であり、本来は将軍職以外が立ち入れないのは機密上当然のこととも言えるが、ひとつには、初日は参加国の確認を兼ねた顔合わせだけになることもあって、文官であるラルフやテレーゼ皇女達はこの場にはいない。
表向きは常備軍(?)を有する伯爵と言う、将軍職に匹敵する身分を有するシンゴは、特に参加を促されたわけでもないが、何か思うところがあるようでここまで来ていると言う次第である。
本来の段取りでは、もう少し劇的な演出でもって、各国に向けて名門ティアンスンの後継者として紹介される筈だったが、その演出に必要な《ファーブネル》が召喚できないとあって、方針を修正せざるを得なかったようだ。
「言葉が悪くてすまん。あー、お前さんの失態……と言っていいのかな。そいつのおかげで、文官連中の考えた段取りはおかしくなっちまったが、武官のこちらとしてはありがたいところでもあってな」
大雑把に言えば、ローセンダールの文官が考えた方針とは、最終的にはザミーン帝国との交渉へと東大陸各国の意見を集約すると言うものである。
前段階としては、ザミーン帝国の強襲を単機で撃退した機体を各国に見せつけ、圧倒的な軍事的優位を示す。
その証として、強襲部隊の司令官でもあったテレーゼ皇女の身柄を保護している事を明らかにし、根回しの済んでいるいくつかの国家と共同して、作戦会議の主導権を握り、異論のある東大陸の各国を説得するというような段取りであった。
細かい修正や駆け引きは都度ごとに発生するだろうし、肝心のザミーンとの交渉をどのように持っていくかと言う課題はあるが、まずは、ラルフがテレーゼ皇女に語ったように東大陸をまとめるのが先決と判断されたようだ。
「政治的に見れば悪くない方法だと思うし、確かに、ザミーンの《空魔》を単機で撃退するほどの機体をローセンダールが保有しているともなれば、徹底抗戦を主張する国家への抑えにもなるかもしれん。ただなぁ」
「前線の兵士や武官には、政治的な思惑を越えて動く人もいますからね」
ローセンダールは、シンゴの世界で言えば文民統制がなされていると言っても過言では無い国家ではあるが、この世界では、そのような国家ばかりではない。
軍部の勢力が強いところでは、趨勢が決まってもいない段階で、一方的に侵攻してきたザミーンに対し、こちらから停戦交渉を持ちかけるとは何事かと怒り狂う事も考えられる。
また、ザミーンによって直接的な被害を被った国家や人々も納得しがたいものがあるだろう。
憎しみの連鎖を断ち切ると言うのは理想ではあるが、所詮は綺麗事に過ぎないと言う一面もあるのだ。
一つには、それらの不満を押さえ込む為にも《ファーブネル》の存在をアピールする事が有効と、ラルフ達文官は考えていたようだ。
冷静、かつ、理性的に考えれば当然とも言えたが、それが文官と言う、暴力と狂気が支配する戦場の現場を知らない人々の限界でもあっただろう。
「モブデンの連中なんかは、強敵とみれば見境無く挑むところがあるからなぁ」
東大陸の中でも好戦的な気質で知られる、第一軍に属する国家の名前を口にして、ヴァルマーはぼやいた。
そのモブデン以外にも、例え命と引き替えになろうとも、自分の力量を試さずにはいられないと言う武人は少なくない。
戦う為に生きている、もしくは、戦い自体が生き甲斐と言う人々である。
あるいは、もっと俗物的な動機として、《空魔》を斃した勇者を討って名を上げたいと言う者もいる筈だ。
巨大な《空魔》には手も足も出なかったが、同等の魔装機甲兵相手であれば、と考える短絡な者もいるだろう。
「俺たち武官には、ああした連中の心情もわからんではないが、これを言葉で説明しろと言われても無理だ」
ヴァルマーにしてからが、シンゴが見せた驚異的な身体能力や、《ファーブネル》の圧倒的な力を目にしたわけであるが、それでも血が騒ぐのを自覚する時がある。
あるいは、将軍職に祭り上げられる身では無く、単なる一介の武人であったならば、彼自身もシンゴに挑んでいたかもしれない。
軍事は政治的手段のひとつであり、そして政治は経済に帰属する、とはシンゴの世界でも近代戦になり、国力や物量が勝敗を決めるようになってからの考えである。
甚大な被害がもたらされ、敗戦となるまでは、兵器の性能や物量の差は気合いとか精神で乗り越えられると主張する無責任な人々の意見がまかり通っていた事実は、さほど昔の話では無い。
ましてや、シンゴの世界で言えば中世にも似た文化や価値観が支配する、この異世界では、ローセンダールの言う、余力があるうちに停戦を、との「正論」は簡単には受け容れがたいものであっただろう。
「宰相閣下を始めとして、ローセンダールの首脳は聡明な方々ですが、それゆえに愚かとも言える人々の心情を理解できないのでしょうね」
バウフマンが口にしたのは、その時の彼女の思いには違い無かったが、後日、それは一種の予言めいた言葉であったと、彼女は思い出すことになる。
ともあれ、ザミーンとの停戦交渉と言うローセンダールの基本方針について、二人の将軍は積極的に反対はしないまでも、若干の異論があったようだ。
「そうだな。停戦を持ちかけること自体は悪くない。ただ、少し時期尚早と言うところかな」
「同感です。今少しザミーンに対して戦果を上げた後で無いと、他国の武官達は納得できないでしょうね。もっとも、それが難しいゆえの宰相のお考えなのでしょうが」
「もう一つのタイミングとしては、ある程度、こちら側がにっちもさっちも行かなくなった後、と言うところかな」
「それでは意味がありません。事実上の降伏を申し出るのと同じです」
そんな二人の将軍の会話を聞きながら、シンゴは考え込んでいた。
この異世界にトリップした時の偶発的な出会いから、言わば成り行きでローセンダールと言う国家に所属する事になったわけだが、あるいは、これは幸運だったのかもしれないと。
鎖国に近い状態での自給自足が可能だったと言う歴史的な背景のせいか、ローセンダールの風土は穏やかであり、文化の差はあれど、本質的には九之池慎吾のいた現代日本に近いとも言える。
話を聞く限りでは、例えばモブデンと言う国などは、絶対にシンゴの性に合いそうも無い。
(なんだか、脳筋ばかりのガチな体育系って感じだしなぁ)
リアルでの面倒ごとや争い事を忌避する性格であるゆえに、ロボット対戦ゲームでの廃人プレイに嵌まった一面のあるシンゴだった。
そして、ケントというプレイヤーが使っていたBMR《ジョイン》の様子を思い浮かべてみる。
今は初期化され、《ガリア・キャリアー》の荷台の一つに納められている機体は、よく調べればあちらこちらにかなりの損傷があり、激戦をくぐり抜けたと思しき痕跡が多数見られた。
ケントの性格がおかしくなっていたのは、あるいは、この世界にトリップした後、死にものぐるいの体験が続いたせいかもしれない。
オンラインゲームに夢中になるような、ある意味、軟弱な現代日本の若者が、前触れも無くそのような過酷な環境に放り込まれ、一方でBMRと言う、この世界では強大に過ぎる対抗手段を与えられれば、あるいは、あのように歪んでしまうかもしれない。
(もっとも、俺だって激烈な経験をしたわけだがなぁ)
首筋をそっと撫でながら、シンゴは苦笑いした
だが、シンゴに、その激烈な経験をもたらしたヘレーネは、治癒の為の『対価』を支払ったわけである。
この世界での『対価』は、本人が進んで望まない限りは無効とされるものであるから、ヘレーネが自身の行為に対し、償おうとしたその心は疑うべくもない。
しかも、髪の一房などと言う簡易なものでは無く、貴族を出自とする若い娘にとってはかなり抵抗のある『対価』だった筈である。
(ひょっとして、どんな因果や経緯や形であれ、自分の為に『対価』を支払ってくれる人がいたら、ケントもあんなふうにはならなかったかもしれないな)
そんな事も考えてみる。
モルデ王子のような手合いの存在はあるものの、差し当たり、ローセンダールに大きな不満は無い。
あるいは、今後、もっと気に入る場所が見つかるかもしれないが、当分はローセンダールに腰を落ち着けようと考えるシンゴだった。
それは、これまで、言わば流されるまま受動的に過ごしてきたシンゴと言う青年が、消去法選択の末とは言え、始めて能動的になった瞬間でもあった。
そうと決めると、自分にできる事は何か、と言うこところまで思惟を進める事になる。
そして、シンゴは二人の将軍に向かって口を開いた。
「ええと、教えて欲しいんですが……」
◇
この世界の夜空に月は二つある。
大きい方がロムス、小さい方がロミと呼ばれ、兄と妹とも、中の良い夫婦とも例えられる事が多いが、その二つの月が垂直に並んだ時を以て、東大陸連合軍第二軍の作戦会議は開始を告げられた。
参加者は第二軍を構成するローセンダール王国、クルクハン王国、ミラース公国、セレ王国、クレベナ王国、ビガ自治領の全ての軍代表である。
とは言っても、先に述べたように、この日は参加国を確認するだけの顔合わせであり、会場となる天幕の中、テーブルと椅子だけと言う殺風景な、飲み物一つ出ていない状況で、参加者が自身と所属国を名乗るだけで終わるものであった。
この名乗りの順番も特に決まりがあるわけで無く、もっとも西に位置する国から東へ領土を持つ国の順との慣習があるだけである。
「クレベナ王国の騎士団を預かるエドモンドである」
東大陸西方の海岸地帯を領土とするクレベナ王国の代表は、がっしりとした巨漢であった。
言うなれば、国土と戦線が接する為、今回の戦争ではもっとも多くの被害を出している国家の一つだ。
その身にまとった簡易な皮鎧を始め、本人の顔にもいくつかの傷跡が見て取れる。
ザミーンとの停戦と言う話を持ち出すに当たって、もっとも注意を払わねばならない相手の一人である。
「セレ王国。この度、将軍職を拝命したケールだ」
次に名乗りを上げたのは、将軍職と言うには、まだ若過ぎると言って良い女だった。
だが、セレ王国も尚武で知られる国家の一つであってみれば、この娘を見た目通りで判断するのは早計とも言えた。
先のエドモンドに比べ、傷一つ無い小麦色の肌が健康そのものと言った印象を与える整った容貌の娘で、魔導士のようなローブで体を覆っている為、少しわかりにくいが、プロポーションも良いように見える。
「ビガの傭兵団を預かるオディロン」
ビガ自治領が覇権した傭兵団の長は、くたびれた軍服姿の凡庸な外見とも言える初老の男だった。
若い頃にはローセンダールのサイラス将軍と五分で渡り合ったと言われる武勇の持ち主だそうだが、体格と言い、物腰と言い、とてもそのようには見えない。
「クルクハン王国所属のマグヌス。本来なれば将軍たるクヌートが来る筈だったが、過日の戦闘での負傷が癒えぬ為、代理としてまかり越した。よろしく頼む」
将軍代理と言うその男は、本来の職分も名乗らずに、そこまで言うと押し黙ってしまった。
一番長い名乗りのわりには無愛想極まり無い中年の男である。
クルクハンは、東大陸でも一、二を争う大国の一つであり、これも注意を払うべき相手の一人ではあるが、何となく手を焼きそうな印象が強い。
「ミラース公国、パートリクです。公国軍の指揮を預かっております」
クルクハン代表とは対象的なのが、ミラースの代表者だった。
優雅な態度で挨拶する優男と言う感じである。
ただ、その目付きには鋭いものがあり、これもただ者では無い印象がある。
(さすがに、一国の武官代表ともなると、どれも一癖も二癖もありそうな連中ばかりだな)
などと、シンゴは妙なところで感心する。
そして、いよいよ、最後であるローセンダールである。
「ローセンダール軍の将軍職にあるバウフマンです。よろしく」
「同じく、将軍職のヴァルマーだ」
二人の将軍が先に名乗る。
「ティアンつん……」
雰囲気に呑まれたシンゴは、つい、噛んでしまった。
『失礼、ティアンスン伯爵を拝命したシンゴと言う。若輩者ではあるが、以後、お見知りおき願いたい』
すかさず、チルがシンゴの声音でフォローする。
そして、その名乗りに、会議場の空気がざわりと動いた。
「ほほう、かの名門が復活したか」
初老の男、ビガ自治領傭兵団長のオディロンが面白そうな表情を浮かべてシンゴの方を見やった。
「これはこれは。ティアンスン伯の名を継いだと言う事は、よほどの武勇の持ち主に違いありますまい。私の方こそ、お見知り置き願いたいものです」
優男のパートリクも興味深そうな視線と共に、挨拶を返した。
この二人と対象的なのが、クルクハン王国のマグヌスと言う男で、面白く無さそうに一瞥をくれただけである。
クレベナ王国の巨漢エドモンドも同様で、その反応は冷ややかな視線を向けたにとどまる。
意外な反応を示したのが、セレ王国のケールと言う娘で、驚いたような表情を隠しもせず、まじまじとシンゴの方を見つめていた。
その驚きようは、単にティアンスン伯の名を聞いたからと言う理由だけではなさそうだった。
だが、シンゴにして見れば、今日初めて見る相手であり、彼女がこれほどまでに驚く理由が思いつかない。
そのケールが不意に立ち上がった。
「名乗りの儀は終わったわね。今日のところはこれで解散と言う事で良いかしら」
周囲に向かって、ズケズケと言い放つ。
だが、彼女の言う事も事実であり、特に反対する者もいなかった。
「では、私はこれで失礼する」
そう言って、ケールと言う娘はすたすたとシンゴのところに歩み寄ってきた。
「ディアンスン伯。申し訳無いが少し話がしたい。宜しいか?」
シンゴは呆気に取られて、椅子に座ったまま、ケールの美しい顔を見上げた。
そして、我に返ると、二人の将軍の方を見た。
ヴァルマーも驚いている様子で呆気に取られているが、もう一人の貴婦人然としたバウフマンが、驚きを隠せない表情ながらも軽くうなずいた。
「わ、わかった」
「では、すまないがセレの陣地までご同行願えるか」
ケールはあっさりそう言うと、ローセンダールの二人の将軍に向かって、軽く笑ってみせた。
「そういうわけで、少しディアンスン伯をお借りして行く。安心されよ。このシンゴ殿をどうこうできる実力の持ち主は、我がセレにはおらぬゆえ」
何もかもを見通したような言葉を言い残すと、ケールはシンゴの手を取って、ずんずんと歩き出した。
若い娘にしては、かなりの力だった。
「な、おい、ちょっと、待ってくれ」
「すまないけど、急いで確認したい事があるの。黙ってついてきてくれないかしら、ディアンスン伯爵閣下」
引きずられるような格好となり、思わず抗議の声を上げかけるシンゴに、ケールは小声で言った。
「それとも、こうお呼びしましましょうか。シンゴ准尉殿、いえ、特務曹長だったわね。」
『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』における階級で呼びかけられ、シンゴは黙ってしまった。
そして、大人しくついて行きながら、口の中で密かにチルに呼びかけた。
(チル、この女、プレイヤーか?)
『否定。登録ユーザに該当者ありません』
会議場の天幕を出たところで、ケールはシンゴの疑問に答えるようにぞんざいな口調で言った。
「あたしはプレイヤーじゃないわよ」
「じゃ、じゃあ、いったい……?」
「そうね。こちらが名前を知っていて、そちらが知らないのは不公平かもね」
歩みを止める事無く、ケールは本来の名前を口にした。
それも、シンゴが久方ぶりに聞く日本語だった。
「あたしの本名は金森薫。よろしくね、九之池慎吾君。それにしても、本当に親戚なのねぇ。雰囲気が課長によく似てるわ」
そう言って、ケールこと金森薫はケラケラと笑ったのだった。
◇
アムラ軍港から出陣した艦隊の中央部を《海魔》級第五番艦である《リヴァイアサン》の巨大な姿が、波をかき分けて進んでいる。
その中のある区画で、一機の魔装機甲兵が出動準備を終えていた。
《ノーム》級と呼称される陸戦重装型を夜戦用に改修した《ダークノーム》と呼ばれる機体だ。
「この重量で転位するとなれば、かなりのリスクを負う事になるぞ。それに、同様の理由で戻る事はできないぜ。なぁ、今からでもサラマンダーにしないか。シルフィードでもいい」
顔馴染みになった整備の魔導士が考え直すように言うが、搭乗者はかぶりを振った。
「いや、この機体でなければ倒せぬ相手だ。元より差し違える覚悟。あの男の息の根を止められれば後は何もいらぬ」
白薔薇姫の拉致に失敗した挙げ句、魔装機甲兵を以てして、生身の相手に撃退された屈辱に脳裏が赤く染まる。
姉のカミラとは、既に別れの挨拶は済ませている。
テレーゼ皇女を手にかけると言う、成功しても失敗してもただでは済まない任務であったが、あのふざけた格好の男への復讐への念から即座に引き受けた。
その代わりに、ザミーンでも貴重な《ダークノーム》を入手できたのだから、むしろ、幸運と言うべきかもしれない。
「いつでも良い。出せ!」
魔導士は説得を諦めた様子でため息をひとつつくと、気を取り直したように詠唱を始め、そして何かの機器を操作した。
《ダークノーム》の周囲を魔法陣の輝きが包み、そして、その輝きが一際強くなる。
不意に、その姿が歪んだように見え、次の瞬間に消え失せた。
それは、前方の遙か彼方、ザミーン南方軍直属の諜報機関が放った間諜が連絡してきた座標に向けて、陸戦重装型の機体が転移した事を示していた。




