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知己

 イーラ新帝国。

 中央集権化を進めた国家体制を敷く、銀河系を五つに分ける集団の一つだ。

 これに比べれば、シンゴの所属するナヴァル連邦は惑星国家の寄り合い所帯といった感がぬぐえない。

 むろん、これは『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』での設定である。

 新帝国イーラ連邦ナヴァルと領域が隣接している事から、両陣営のプレイヤーにとっては、しばしばエンカウントを起こす間柄であり、つまりは馴染みの相手とも言える。

 そして、ケントと言うプレイヤーは、ゲーム設定上では敵同士だが、シンゴに取っては知己に当たる。

 まさか、自分以外にも『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』のプレイヤーが、この異世界ファーラに存在するとは思いもよらず、シンゴは呆然として、歩み寄って来る漆黒の汎用型BMRを見つめていた。

 一騎打ちの場所――港町ケメルの東区画にある広大な敷地の貨物置き場に現れた、MJ‐07《ジョイン》は、奇襲攻撃用に開発され、隠密性に優れたステルス仕様と言う位置づけの機体だ。

 機体名の由来は、あの「風林火山」で有名な孫子の書にある「難知如蔭」の後半だとの掲示版で書き込みがあったが、その真偽は確認されていない。

 また、この漆黒の機体は、《グランブール》の後継機に当たるME‐05の、更に発展改良型でもある。

 いうなれば、同系列の機体と言ってもいいだろう。

 機体の色こそ漆黒と白褐色の差異はあるが、ベースとなるデザインは極めて相似している。

 その《ジョイン》が、《グランブール》の五〇メートル前で足を止めた。

 不意に、ボイスチャットの信号がオンになり、受信可のままにしていたインカムから、記憶にある声が聞こえてきた。


「いや~、そんな古臭い機体を、未だに使っている物好きがいる、とか思っていたら、案の定シンゴちゃんじゃないの」


 我に返ったシンゴは慌てて返信した。


「やっぱり、ケントか。お前もこっちに来ていたのかよ」

「ん~、そうみたい、かな。ひゃっひゃっひゃっ」


 妙に上機嫌な様子だ。

 いや、上機嫌と言うよりも、一種の躁状態に近い印象を受ける。

 何となく嫌な予感を覚えつつ、シンゴは、尚も会話を試みた。


「お前、いつからこっちに来てたんだよ。シャブラ皇国に居るのか? 他にプレイヤーは? それから……ああ、もう、じれってぇ。ケント、BMRを降りて、顔をつきあわせて話さないか?」

「えっとぉ。いつから? あれぇ? あの動画をクリックしたのっていつだったかな? シャブラ……そうそう、シャブラ皇国な。いいとこだぜ。食い物はちとアレだが、別嬪さんをてんこ盛りで抱き放題だ。うひひひ、たまんねぇや」


 シンゴの知るこのプレイヤーは、腕は確かだが、どちらかと言うと大人しい性格だった筈だ。

 そのケントの、段々に常軌を逸したような声に、シンゴは背筋に悪寒を覚えていた。


「ケント。お前どうしたんだよ。とにかく話そうじゃないか。BMRを降りてくれ。俺も今から降りる」

『警告します。敵の眼前で、武装を解除するような行動は、著しい危険を伴うものと……』

「敵じゃねぇだろ! 同じプレイヤーじゃないか」


 チルの融通の利かない警告に、シンゴが怒鳴る。

 彼がチルを本気で怒鳴ったのは、思えば初めてのことだ。

 だが、その人工知能を擁護したのは、ケントだった。


「お前んとこのチルだっけ。そいつの言う通りじゃねぇか。俺たち、元々敵同士じゃん」

「いや、そういう場合じゃないだろう」

「嬉しいねぇ。ここの魔装機甲兵だっけ。あれじゃあ、まともにゲームにならなくて、退屈していたんだよ~ん」

「だから待てよ。お前、少しおかしいぞ」

「機体は旧式だが、シンゴちゃんなら良い相手だよな。ひゃっひゃっひゃっ」

「ケント!」

「んじゃあ、始めますか。エンカウントミッション開始ぃ~」


 シンゴが反射的に回避運動を行った瞬間、寸前まで《グランブール》が占めていた空間を、《ジョイン》のビームバルカンが薙ぎ払った。

 危ういところで、シンゴのBMRは無事だった。

 だが、その代償として、機体の後ろにあった町並みが高熱のパルス発振の直撃を受ける事になった。


「く……」


 やむを得ないとは言え、その結果にシンゴは歯がみする


「やめろ! お前、自分がやった事が、どんな結果を生み出したかわかっているのか!」

「んん? たかがNPCの町一つ壊しただけじゃん。なんて事ないじゃん。景気づけに、もうちっといってみようかぁ」


 《グランブール》そっちのけで、炎上する町並みになおもビームバルカンを斉射する《ジョイン》からケントの調子外れの笑い声が聞こえた瞬間、シンゴの首すじに刻まれた傷痕が疼き始めた。


「……それ、本気で言っているのか? この世界の連中がNPCだって」


 そう言うシンゴの声は、先ほどまでの激情が嘘のように、ひどく落ち着いたものだった。


「まぁ、リアルな出来だって事は認めるぜ。こないだ、喉の奥まで突っ込んだら歯ぁ立てやがったアマがいてな。ムカついて、つい、レーザーソードでバラしちまったら、いや、あれは、さすがに……」


 その時の事を思い出したのか、黒いBMRがビームバルカンの斉射を止め、ケントの声にも沈痛なものが混じった。

 あるいは、ビームバルカン用のバッテリーが上がったのかも知れないが。

 だが、その沈痛な声は一瞬の事でしかなかった。


「でもね。面白かったから、それから何人か追加して、人体の不思議展ってやつを開催してみたのさ~。いや~、シンゴちゃんにも見せたかったね。あのエロとグロの究極美。レーザーソードって出血しねぇから、直ぐには死なねぇんだよな。しばらく、あちこちがひくひく動いてやんの。傑作だったぜ。ひゃっひゃっひゃっ」


 楽しくて仕方が無いといった感じのケントの笑い声が、なおも続く。


「ああ、もう、シンゴちゃんが変な事いうから、ミッションが中断しちゃったじゃん。――てめぇ、ペナ払えよな」


 病的に陽気だったケントの声が、一転して、不機嫌を通り越して、殺気に満ちたものになった。

 この、まともとは思えないパーソナリティーは、シンゴの知るプレイヤーとは全くの別人である。

 そのプレイヤーが操る《ジョイン》が、腰の両側に設置されたビームソードのバトンを取り、両手に輝く刃を形成させた。


「いいだろう、ケント」


 シンゴは低く呟いた。

 首筋の疼きが、いっそう強くなる。


「エンカウント・ミッション、受けてやるよ」


 シンゴの操る《グランブール》も、腰に設置されたビームソードを抜いた。


 こうして、異世界ファーラで開始されたBMR同士の、意義の不明な戦い。

 それは、やはり「ロボット対戦」と言うべきであっただろうか。



         ◇



 シャブラ皇国が一騎打ちの代表として繰り出してきた漆黒の機体。

 その機体が放った光の矢によって、炎上する港町ケメルの東区画。

 そこへ《城塞キープ》がわらわらと押し寄せ、一斉に消化活動に入る。

 質より量と言うコンセプトで設計されたローセンダールの制式主力機は、戦闘だけでは無く、災害救助や復興活動にも高い汎用性を発揮する。

 管制用の《城塔タワー》が稀少であり、こちらを戦線に配置するだけで精一杯だったわけだが、首都ヘルツェンに、このユニットが一式でもあれば、復興作業はもっと楽だっただろう。

 それらの指揮を取りつつ、軍服姿の貴婦人は、年下の同僚の「思いつき」に素直に従ってよかったと安堵していた。

 シンゴと言う青年が一騎打ちの為に、あの見たことも無い巨大な魔導車の荷台から、やはり、見たことも無い外見の魔装機甲兵を降ろしている時、何を思ったか、ヴァルマー将軍は急に一騎打ちの場所周辺、即ち東区画住民の避難を言いだしたのだ。


「あいつの機体は……あいつ自身もそうだが、常識が通用しねえところがある。何が起こるかわからん」


 全くの根拠不明な言い分である。

 だが、この年若い将軍が時として見せるこの手の言動は、後で振り返れば適切な時を選んだ的確な判断だった事実を幾度となく経験したバウフマン将軍は、即時に住民の区画外への移動を命じた。

 幸いにして、接近する超巨大トレーラーを見て逃げ出す準備を整えていた住民も少なくなかった事もあって、その避難自体は比較的速やかに行われた。

 中には、魔装機甲兵同士の一騎打ちと言う、またとない見物を妨げられ、不満に思う向きもいないではなかったが、『鬼姫将軍』の恐ろしさは衆知するところであってみれば、あえて逆らおうとする度胸のある者は現れなかった。

 結果として、住民の、かなりの財産は失われる事となったが、いかなる『対価』をもってしても贖う事のできない、その命は失われずに済んだのである。


「しかし、あの黒い機体の搭乗者は何を考えているんでしょうね。最初の一撃はまだしも、後の斉射は明らかに町の方を狙っていました」


 ローセンダール軍の駐屯所として接収した、ケメル北区画の役所として使われていた建物の一室。

 指揮所にちょうど良い、会議室として使われていた広い部屋で、《城塞キープ》から送られてくる映像を見ながら、バウフマンは呆れたような声を出した。

 だが、水晶版に映るシャブラ皇国の代表と思われる魔装機甲兵を睨む彼女の表情は、『鬼姫』の異名に相応しい形相の、その一歩手前だった。

 一方で、それを見るヴァルマーはしきりに首を傾げていた。


「あの光の矢。あの筐体の見かけもそうだが。やはり、似ているか。まさか……」


 彼はラルフ書記官とともについて来た、妙に存在感のない文官に向かって言った。


「お前さんとこで、あの機体がいつからシャブラ皇国に現れたか、調べられるか? あの国には、あんな機体は無かった筈だ」

「そうですね。かの国はバニア王国から購入した機体を、派手な外装に換えて使っていたはずです。あのような黒い外装は、ボリス将軍の趣味では無いと思いますね」


 異なる観点から、ラルフ書記官もヴァルマーの言葉に同意した。

 その文官は、微かにうなずくと、通信の魔導器を取り出して、何やらやり取りを始めた。


「ヘレーネ、ソニア。お前らはどう思う?」


 シンゴの機体を間近で見たり、彼とともに搭乗した経験のある二人に意見を求めたヴァルマーは、訝しげに眉を顰めた。

 女戦士と宮廷魔導士は、心ここにあらずと言ったふうで、宙を見つめているのだ。

 よく見れば、ザミーン皇女と、その侍従も様子がおかしい。

 だが、こちらは、侍女のエマが「姫様? クラウス?」と話しかけると、かぶりを振って、目が覚めたかのような表情となった。

 しかし、ヘレーネとソニアの二人は、ヴァルマーが呼びかけても、ろくに返事をせず、相変わらずに焦点の定まらぬ目つきで宙を見つめている。

 その二人が不意に我に返った様子で、立ち上がった。


「用事を思い出した」

「私も」


 などと言いながら、部屋を出て行く。

 引き留めようとしたヴァルマーであったが、何となく、一瞬、躊躇した。

 ちょうどその時、水晶板には、二つの機体が本格的に戦いを開始した様子が映し出された事もあり、この二人の事は、誰の念頭からも消えてしまっていた。



         ◇



 ME‐02を祖とする系列の機体は、汎用型を示すMで始まる形式番号を付与されているが、本来は練習用のTで始まる型式番号を追加設定して付与するのが妥当ではないか、と言う意見も掲示版に上がるくらいに操縦しやすい機体だ。

 この操縦性の優位は、初心者用の機体、及び、その系列ならではの特徴とも言える。

 MJ‐07の固定武装は、ビームバルカン二基とビームソード二本に加え、両肩に一発ずつのVLS式の中距離小型ミサイルを搭載している。

 標準武装としては、《グランブール》と同じく、BMR本体に接続するタイプのビームガンが一丁。

 《グランブール》と単純比較すれば、武装の数は倍以上であり、各々の出力も三割増しにアップされた、発展改良系の名に恥じぬ機体スペックだ。

 実を言えば、シンゴが一番苦手としているのが、操作性に優れた同系列の機体であり、特に最新世代に属するMJ‐07は天敵ですらある。

 強力な武装の機体を操るプレイヤーは、時として、あの《ナザ》のように大きな油断を示す事もあるが、《ジョイン》のような、言わば、ありきたりの武装しかない機体を駆るプレイヤーには、そのような隙は望むべくもない。

 加えて、彼の特徴であるパイロット技能のアドバンテージを発揮しにくい相手であってみれば、機体の性能差が、そのまま優劣に反映される。

 しかも、旧式の機体を駆るシンゴが可能な限り避けていた真っ向からの格闘戦だ。

 勝負はあっさりと決まる筈であった。

 だが、MJ‐07を駆るプレイヤーは不思議そうな声をあげていた。


「あれぇ?」


 優勢なパワーで交互に振り回す二刀のビームソードを、出力に劣るはずの旧式機が、ことごとく弾き返している。

 正確には受け流していると言うべきであろうか。

 しかし、出力の異なるビームソードが真っ向からぶつかった場合、本来は、高出力の刃が低出力のそれを分断する筈だ。

 この出力差の前には、多少の技巧など無意味で有り、シンゴが格闘戦を回避していた所以である。

 事実、過去の対戦成績で格闘戦に持ち込んだ場合の勝率は、ケントが圧倒的だったのだ。


「おっかしいな。おい、シンゴちゃんよう。てめぇ、また、何かズルしてんだろ」


 ケントの声に苛立たしげなものが混じる。

 もっとも、「また、何かズルしている」と言う言葉は、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』におけるシンゴの評価そのものである。

 パイロット属性に重点的にポイントを振っているシンゴのプレイスタイルだが、BMRにポイントを振るスタイルに比べると各種パラメータの伸び率は三分の一程度に効率が落ちる。

 また、元々がロボット同士の戦いをメインに据えたゲームで、シンゴのようなプレイスタイルで勝利を得る為には、正々堂々とは反対の極にある戦い方でないと勝つことは難しい。

 量産機が、白い悪魔にまともに戦いを挑んで、勝てる道理は無いのである。

 戦術を駆使し、工夫をこらした結果としての、不意打ち、待ち伏せ、罠、騙し討ちなどの側面は否定しようが無く、一部のプレイヤーからの評判は芳しいものでは無い。

 BMRの著しいスペック差に伴うポイント増大効果――それはシンゴや一部のプレイヤーが苦労した結果から発見された隠しボーナスだったわけだが、これも相まって「ズルをしている」と言うイメージは半ば固定化している。

 滅多に無いからこそのボーナスなのだが、派手な結果の前には、経緯や地味な努力は無視されるものだ。

 とは言え、ケントと言うプレイヤーにしても、一方的にシンゴの事を悪し様に言えた道理では無い。

 彼が駆る機体は「如蔭かげのごとし」と言う言葉通りに、極めて隠密性が高く、奇襲、不意打ちの為に設計された機体と言っても過言では無い。

 シンゴのプレイスタイルにとっても相性は最悪で、いつのまにか、真っ向からの格闘戦勝負しか選択肢の無い距離に入り込まれてしまえば、戦術も工夫もあったものではない。

 だが、それは、あくまでも『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の上での話である。

 今、この異世界ファーラで実体化した黒と白の機体は、基本スペックの差こそ、変わらなかったものの、それがそのまま優劣に反映されているとは言い難い状況にあった。


「ケント。ひとつ聞きたいんだがな」


 最小限の動きで、《ジョイン》の繰り出すビームソードを受け流しつつ、シンゴはつまらなそうに言った。


「ミサイルを何故撃たない。ビームソードでけん制しながら、その肩についているやつをぶっ放して、リモート制御で後ろからズドン。読めてはいても、機体スペックの差もあって、俺には手も足も出ない、お前の必勝パターンだろ?」

「ぐ……ぬっ」


 ボイスチャット回線の向こう側で、ケントが悔しそうに歯がみしたようだった。


「ふたつめの質問だ。いつ、こっちに来たのか……は、まともな答えが無かったから置いておくが。お前、こっちに来てから、その機体をいつメンテした? 六割程度に出力が落ちてるようだぞ。こっちの機体は、こないだ臨時ボーナスがあった時に、そこそこポイント突っ込んでパワーは底上げしてあるからな。とは言っても、所詮は旧式なんで、お前の機体がフルパワーを出せば、あっさりと勝負はついている筈なんだが」


 グレート・ストレージでオーバーホールした《グランブール》の、その新品同様の輝きに比べ、《ジョイン》の機体は、その漆黒ゆえに目立たなかったが、かなり汚れており、コーティングも所々ひび割れていた。


「畜生、ポイントがあれば……。あの魔装機甲兵ってやつを何機潰しても、ポイントが取得できないんだ。ミサイルも使っちまったら、それっきりで……」


 呪詛にも似た声が、インカムから流れ出た。

 そして、次の瞬間、それが楽しそうな口調に一転する。


「あー、そうか。BMR同士なら、ポイント来るかもじゃん。目の前のこいつ潰せば、ポイントざくざくじゃん」

「……無駄だと思うがな。まず、旧式機相手じゃ、ポイントもたかが知れている。それに、ここは『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』じゃない。ポイントなんて入らないさ」


 シンゴは傷痕を撫でながら、穏やかとすら言える口調で諭した。

 そして、禍々しいとすら言える笑みを浮かべた。


「あとな。潰れるのは、お前の方だぞ、ケント」


 後方から飛来した「それ」を、《ジョイン》が咄嗟に避けたのは、さすがと言って良い。

 飛来した「それ」は、《グランブール》の前で、大きく展開し、その機体を包み込むように変形した。

 陸戦用オプション装備の一つ、《グラップル・フォーム》である。

 敵機体を、制圧、無力化する事を目的とした装備として発表されたものだ。

 BMRを破壊した場合、下手をすると、核融合エンジンが暴走、爆発する可能性があるとして、重要拠点や爆発物のある場所での戦闘を想定した警備用オプションとも言える。

 現在では、ゲームデザインが変更され、機体破壊に伴う核融合エンジンの誘爆と言う要素が設定から消えた事もあって、極めて少数の「非破壊の自己縛り」プレイヤー以外には、全く使用され無くなった装備だ。

 その装備によって、外観を著しく変えた《グランブール》を見て、ケントは息を呑んだようだった。


「そ、そんなものをどこから?」

「ま、色々と備えていたさ。取り出すのが少し面倒だったけどな」


 シンゴは、なおも傷痕を撫でつつも、一瞬だけ《ガリア・キャリアー》を置いてある方向に視線を走らせたようだった。

 その第二コクピットでは、オプション装備を詰めた荷台から《グラップル・フォーム》を射出する操作を済ませたヘレーネが、我に返ってきょとんとしているはずだ。


「ふん、そんなものを追加装備しても、機体の性能差は縮まりゃしねぇよ。だいたい、無力化とか制圧って、同等以上の力量があって出来る事じゃん。二世代以上も古い機体に改修やら、オプションをくっつけたところで、この《ジョイン》を何とかできると思ってんのかよぉ」

「確かに、そいつが完璧な状態だったら無理だったな」


 そう答えながら、シンゴは《グラップル・フォーム》のバックパック内に折りたたまれたマニピュレータを展開した。

 左右に二本ずつ、合計四本のマニピュレータが威嚇するように広がっていく。

 それに呼応して、《ジョイン》はビームソードを持った両手を大きく構えた。

 胴体ががら空きになり、コクピットのハッチを覆うものが無くなった状態になる。

 シンゴは、ズームアップ用のウィンドウを一つ呼び出すと、チルに検索を任せた。

 そして、人工知能が回答するまでに、ものの数秒もかからなかった。

 準備ができたところで、シンゴは、念の為に確認した。


「ケント。もう一度だけ言うぞ。BMRを降りて、差しで話をしないか? お互いに色々あっただろうから、情報交換したいんだ」

「しつこいねぇ、シンゴちゃん。俺の望みは、その旧式機ポンコツを潰して、ポイントを手に入れる事だけだ」

「わかった。んじゃ、降りなくていいや」


 シンゴはひとつ息をついて、そして、通告した。


「こっちの方で、引きずり降ろすからな。――ソニア、あそこだ!」


 黒い機体のコクピット付近に設置された、外部から救助を行う為の爆発ボルト。

 通常は、専用の機器により規定の電流を流す事で作動するそれに対し、宮廷魔導士の放った風の刃が絶縁体カバーを取り除き、次いで精密に制御された雷撃が命中した。

 次の瞬間、《ジョイン》のコクピットを覆うハッチが吹き飛んだ。


「な、何だと?」


 さすがに、《ジョイン》のプレイヤーも呆然としたようだ。

 そのコクピットに向けて、《グラップル・フォーム》の肩に設置された、対人用無力化ガス弾を発射する。

 警備用と言う事で、暴徒鎮圧をも想定した、ゲームでは使う機会のない無意味な装備だったが、この異世界ファーラでは、重宝する機会が増えそうだ。

 コクピットのプレイヤーは咳込んで、操縦どころでは無くなったようだ。

 《ジョイン》の動きが完全に停止する。

 その機を逃さず、マニピュレータの手首に当たる部位に設置された捕獲用ジェルを噴射し、その黒い機体の関節部分を固定化した。

 その上で、四本のマニピュレータが、《ジョイン》の四肢をがっちりと掴んだ。


「さ~て、約束通り、引きずり降ろすぞ」

「げほ、げほげほ。ひ、卑怯だぞ」

「卑怯? ん~、まぁ、褒め言葉と受け取っておくか」

「げほげほ。そ、それに、ルール違反だ。一騎打ちだぞ。げほっ。他の人間の手を借りるなんて」

「確かに手は借りたが、『俺が操作している』ぶんには問題なかろうさ。遠隔操作兵器ドローンといっしょだよ」


 傷痕を撫でながら、シンゴは無表情に言った。


「ま、いつもの俺じゃ無理だし、操れるのも、今のところは、『隷属』と『服従』の対価を支払った娘と、何か繋がりを持った娘の二人だけなんだがな」

「げほ……お、お前、何者だよ」

「何者って、お前と同じプレイヤーさ。まぁ、ちょいと、複雑な事になったみたいなんだが」


 シンゴの傷痕を撫でる手が止まる。


「ふん、疼きが消えて来たな。チル、現時点から五分前に遡って、全ての会話記録を破棄。お前の記憶も消去しろ」

『了解。ですが、敵プレイヤーの記憶はいかがしましょう』

「放置しても問題無い。世迷い事と解釈されるだけだ」

『命令受領。指定の記録を破棄します』



         ◇



 我に返った黒髪の魔導士は、一瞬、失調するところだった。


(え? ええ? いつの間に、こんなところに)


 一騎打ちは終了したのか、黒い機体を、もう片方が押さえつけている形で、二つの巨人が停止している。

 その片方……白褐色の機体が、どういうわけか様変わりして、腕が四本も余計に生えているのは訳が分からないが、その詮索は後だ。

 二つの巨人の足元。

 見覚えのある後ろ姿が、誰かを必死で抱えている。


「おい、ケント。しっかりしろ!」


 急いでそちらに駆け寄ってみると、シンゴが、初めて見る男の頭を抱え、揺さぶっていた。

 シンゴと同じような奇妙な服……パイロットスーツを着用しているが、シンゴと違って、上下が分離しているタイプのようだ。

 その上半分を脱いで、アンダーウェアを剥き出しにしていたせいだろう。

 男の胸には、太い矢が刺さっており、口元からは血の泡が吹き出ている。

 見る見るうちにどす黒く変わっていく、その肌の色を見て、ソニアは「これはもう、助からない」と直感した。

 アルブラと呼ばれる、猛毒固有の症状だった。

 例え巫女がこの場にいたとしても、『対価』を支払う前に、男の命は尽きるだろう。


「シンゴ殿。これはいったい……」

「くっ、わけがわかんねぇ。いつのまにか状況が終了してて。気がついたら、こいつがここに倒れていたんだ。おい、チル、何とかならねぇのかよ」

『否定。このプレイヤーのメディカルシステムは、既に使い切っているようです』


 不意に、男の口が動いた。


「何だ? ケント、何が言いたい?」

「一足先に……ログアウト……かな。今度、メイド喫茶で、オフライン……」


 それが、ケントと言うプレイヤーが残した、最後の言葉だった。



         ◇



 毒矢でケントを殺害した犯人は、閨房で姉を虐殺されたシャブラ皇国の少年兵だったようだ。

 だが、本人は既に自刃しており、書き置きと弓矢、そしてアルブラ毒の入った容器が彼の遺品から発見された以上の事はわからない。

 いつから、ケントと言うプレイヤーがシャブラ皇国に滞在しているのか、その経緯に関しては、ボリス将軍は国家機密を言い立ててまともに回答しようとしない。

 それどころか、黒い機体の返還と、テレーゼ皇女の身柄の引き渡しを言って寄越して来た。


「あの機体は、我が皇国の財産である。一騎打ちに関しては、元はと言えば、そちらが申し立てて来た話を受けたまでの事。東区画の損害は遺憾ではあるが、そちらにも責任のある事と存ずる。そして、テレーゼ皇女を遇するに相応しい格は、我が皇国以外にあり得ぬ事実は変わらぬ」

「申し訳ありませんが、あの機体の返還に関しては、本国の方に言って頂きますかな。こちらも、魔装機甲兵を少なからぬ数、失っておりますのでね。それと、皇女殿下におかれましては、そちらに伺うのは是非とも遠慮したいとの仰せで」


 消耗を前提とした《城塞キープ》の運用は、それこそローセンダールの国家機密であるが、その事実を知る由も無いボリス将軍は、両脇に二人の将軍が控えるラルフ書記官の強気の態度に、同じ言葉を繰り返した挙げ句、「後悔するなよ!」と、捨て台詞を残して、ケメルから軍を引き上げてしまった。


「ま、あそこは、元々、第一軍に配置されていたところだからな。いなくなって当然なんだが」


 処置無しと言うふうにヴァルマー将軍は肩を竦めた。


「三日後の連合国軍会議が少し面倒になるでしょうが、まぁ、面倒なのはあそこだけではありませんから」


 ラルフ書記官は苦笑して見せた。


「それより、シンゴ殿は大丈夫でしょうか。あの機体の搭乗者は知り合いだったとか」

「知り合いというか、敵同士だったと言うか、どうもよくわからん関係のようだ。落ち込んでいると言うより、困惑しているってところかな?」


 おそらく、シンゴが今いるであろう方向を見やりながら、ヴァルマー将軍は表情の選択に困った様子であった。



         ◇



 ケメル港の外れにある、小高い丘。

 そこが、ケントの亡骸を葬った場所だった。

 広がる海を一望できる場所で、陽光にきらめく波を見ていると、心が落ち着くようにも思えた。

 ケントを殺害したとされる少年兵も、シャブラ皇国側が遺体の引き取りを拒否したので、同じ場所に埋葬される事となった。

 加害者と被害者。

 あるいは、復讐者とその仇。

 両者が並んで葬られたのは、あるいは皮肉と言うべきだろうか。


「こっちの死生観はよくわからんが、まぁ、死ねば仏だ。仲良くやってくれるだろ」


 祈祷の文言を唱えてくれた宮廷魔導士に礼を言った後、あっさりと割り切ったように見えるシンゴに、ヘレーネやソニアの方が困惑したようだった。


「知り合いじゃなかったのかよ」


 薄情にも見えるシンゴに、ヘレーネが問いかけると、青年は少し考え込んだ。


「まぁ、知り合いと言えばそうなんだが。リアルで会った事も無いし、あのアバターが本人に似てるかどうかも知らないからなぁ。どう感じていいか、自分でもよくわからないんだ」


 あるいは、この世界での死は、自分プレイヤーにとっての単なるログアウトでしかないのかも知れないが、さすがに試してみる気にはなれないシンゴだった。

 ケントと言うプレイヤーの、その性格の豹変ぶりには驚いてはいるが、あれが、シンゴの知るプレイヤー本人だったのかどうかも分からない。

 とりあえずは、調査の為、遠距離探査用のプローブをいくつかシャブラ皇国に飛ばしているが、十分な情報が収集できるまで、今しばらくはかかるだろう。

 分からないと言えば、戦闘中の記録がかなり消去されている事実であり、こうした事が可能なのは、シンゴ本人しかいないはずなのだが、その本人にしてからが、記憶の空白に悩んでいる状況である。

 もっとも、記憶の空白に悩んでいるのは、他の二人も同様であった。


(あたし、いつの間に《ガリア》まで行ったんだろ。何か操作したみたいだけど、あたしにあんなものが扱える筈が無いし……)

(私、いつの間に、あんな場所まで? 魔導を使ったようですけど、何をどうしたのでしょう)


 それらの悩みからいち早く立ち直ったのは、普段、悩むと言う事をパスするようにしているシンゴだった。


(ま、いっか。そのうち、わかるだろ)


 異世界にトリップした彼にとってみれば、真面目に悩もうと思えば、いくらでも材料は転がっているので、自然とそうなってしまったのかもしれない。

 それよりは、考えるべき事はいくらでもあった。


「チル。あの機体は、どうなっている?」


 ゲームの性質上、敵からの鹵獲と言うケースがあり得ない『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』である。

 今回、プレイヤーがロストした状態となったMJ‐07に、シンゴは大いに興味をそそられていた。


『システムは完全に初期化状態にあります。機体のメンテを兼ねて、グレート・ストレージでオーバーホールするまで、再利用可能かどうかの判断は保留します』

「ふうん、やっぱりそうなるか」

『報告します。記録が消去されていましたので、遅くなりました。例の座標位置に設置したセンサーが、質量の増加を捉えていました』

「え?」


 シンゴの眼が驚愕に見開かれた。

 それは、実験用試作型BMR――シンゴの手持ちである最後の機体が、ついに顕在化したと言う事実を示していた。

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