港町
東大陸中央の山岳地帯を南寄りに進んでいた《ガリア・キャリアー》は、ようやく平野部に出てきた。
十日間に及ぶ旅程もそろそろ終わりとなったわけだ。
この遠征に当たっては、資材不足の心配がないようにグレート・ストレージごと移動する事も考えたのだが、移送する人員に含まれるザミーン帝国人や、いつ顕在化するか分からない実験用試作型BMRの事を考慮すると、そうも行かなかった。
あの座標に設置したセンサーから送られてくる信号をキャッチできる距離の限界が、現在のグレート・ストレージを設置した場所なのだ。
そういうわけで、今回は荷台を四つも連結した、《ガリア・キャリアー》としても初めての大所帯である。
「早く出てくりゃいいのにな」
ロボット形態であれば、左肩の部位に当たる第二コクピットで、この先の地形に障害が無い事を確認したシンゴは、操縦を自動に切り替えながらぼやいていた。
こちらのコクピットは、通常のBMRに比べて、武装関連を始めとするいくつかの制御機器や計器が無く、パイロットスーツに接続する各種ケーブル類も無い。
《ガリア》を純然たるトレーラー兼工作用メカとして扱う場合に使用する、専用コクピットなのだ。
従って、ロボット形態でこのコクピットを使う事は無いのだが、この機体が発表された当時の掲示版では「肩と足、逆じゃね」と言う声は多かった。
一説には、取り違えミスに気づかぬままにデザイン作業が進み、期限が来たので、そのまま発表してしまったとも言われている。
デザインの不合理性から、そうした推測混じりの指摘をするユーザも少なくなかった。
一方では、いくら何でも、そんなあからさまなミスならすぐに気がつくはずとするユーザも多く、各掲示版は、しばらくの間、この話題で賑わったものだ。
常識的に考えれば、後者の主張がそのまま通りそうだが、あからさまなミスほど気づきにくい、ないしは、あからさまだからこそ仕様と思い込んだり、誰かが対応するだろうと結局は放置されるケースもあるとして、掲示版の議論は伯仲するところだった。
この件に関して運営は沈黙したままであり、真相は不明のままである。
もっとも、地上ステージの大戦イベントで、しかも一部のチームでしか使用されないと言う、そもそもが滅多に使われる事の無いBMRなので、少数の粘着質な向き以外は、そのうちにスルーするようになった。
シンゴとしては、これで困ったと言う事もなかったので、やはりスルーしている。
ともあれ、この第二コクピットで操縦している場合に限り、《ガリア》はBMRとしての扱いにならない。
撃破ポイント対象外となる非戦闘オブジェクト扱いであり、そうしたオブジェクト固有の、若干のバリアフィールドすら展開可能だ。
つまり、現在はBMRの乗り換えに関わる制約からは解放されている状態なので、いざ戦闘となれば、荷台に積んだ《グランブール》に搭乗するか、《ファーブネル》を召喚する事ができるのだ。
トレーラーとしてのUA‐03Gは、陸上の大量輸送任務に優れた性能を発揮する。
特にサスペンションの性能が秀逸で、どのような悪路を走破していても、複合粒子ジェルのショックアブソーバーが振動を吸収してしまうので、揺れるだけで爆発するような危険物を輸送するにもうってつけだ。
それはまた、人員輸送の面でも秀逸である事を示しており、ただの乗客となっている分には快適な乗り心地と言える。
そして、第二コクピットの最大の特徴は、BMRとしての操縦機器や計器が無いのと、トレーラー形態への移行に伴う変形や構造的なデッドスペースの組み合わせで、右足のコクピットとは比較にならない広大な空間が発生することだろう。
「だからといって、椅子やカーペットはともかく、テーブルとかソファとかクローゼットとかベッドとかキッチンとか浴槽まで持ち込むのはいくら何でもやり過ぎだろう。てか、お前ら、ここで暮らす気か? こいつはキャンピングカーじゃねえんだぞ」
運転から解放されたシンゴは後ろを振り返って、今更ながらに呆れた声を出した。
ソニアの懲罰魔法で気絶している間に、色々な機材が運び込まれてしまい、シンゴが気がついた時は、第二コクピットに完全な生活空間ができていた。
そこで、ゆったりとくつろいでティータイムしている「乗客」に向かって、さすがに恨みがましい眼になるのを押さえる事ができなかった。
現在の《ガリア》はBMRとしての標準機能である重力制御が無効化状態となっている為、首都とグレート・ストレージ設置座標の間を分断していたような峡谷に出くわした場合、これを浮上して乗り越えると言うわけにもいかない。
一応、前もって進行ルートに関する資料は渡されていたのだが、精度が粗い上、ある意味当然ながら《ガリア・キャリアー》のような超巨大トレーラーを想定したものでは無く、ほとんどが役に立たなかった。
そんな事情で、この超巨大トレーラーが、道路が整備されているわけでもない無人の山岳地帯を進むには、プローブを先行させ、こまめに地形を確認し、適切なルートを探すなど、チルのサポートがあっても運転するシンゴは大忙しだったのだ。
「だって、あたしら、そんな複雑な操作なんかできないもん」
椅子に腰掛けたヘレーネは悪びれた様子も無く、エマの作ったお茶うけのクッキーで口をもごもごさせながら言った。
魔導車を始めとする各種魔導機も、魔装機甲兵同様、基本的には操作機器と言えるのは水晶球だけであり、操者が思念を送り込んで動かす仕組みだ。
従って、ハンドルやフットペダル、複数のレバーやディスプレイから構成される《ガリア・キャリアー》の操縦など、この異世界の人々の手に負えるものではなかった。
ローセンダールの人々から見ての、この操縦系統の複雑さは他の機体にも言える話なので、モルデ王子あたりが、仮にいずれかを首尾良く入手したとして、生体認証のロック機能は別としても、おそらくは途方にくれるだけであっただろう。
逆に言えば、操作性と言う点では、この異世界の魔導機の方が遙かに優秀であるとも言える。
それはともかく、先ほどのシンゴの言葉に、おかしな方向に悩み出したのは、その隣に腰掛けているソニアである。
「ここで暮らす? それも悪くありませんわね。あ、でも、そうすると、あの可愛らしい人型が見られなくなるわけですし」
黒髪の宮廷魔導士は、すっかり《ガリア》のロボット形態が気に入ったようで、同様の形をしたゴーレム、即ち魔導人形を作ろうとしているとのもっぱらの噂である。
この数日、魔導技術管理庁の技術者と何かしらを相談する姿がしばしば見られていた。
もっとも、魔装機甲兵の大元となった純然たる魔導人形の技術は失われて久しく、なかなかうまくいっていないようである。
九之池慎吾の世界で言えば、ロボットの原型とも言えるからくり人形を復刻させようとしているというところだろうか。
ザミーンの『氷姫』はソファで寛ぎ、紅茶のカップを口に運びながら、そんなシンゴ達の様子を冷ややかに見つめていた。
侍従であるクラウスは、主君の給仕に専念すると見えて、ローセンダール側のやり取りは眼中に無い素振りである。
もう一人のザミーン帝国人である魔導士は、エマの差し出した紅茶を固辞して、片隅にうずくまって手首にはめられた魔力封じの腕輪をしきりに撫でていた。
そんなザミーン帝国人達を、トレーラーが発進する直前に乗り込んできた二人の文官のうちの一人が、監視するように見詰めている。
足運びなどはただの文官とは思えぬ動きだったが、妙に存在感が薄く、居るとはわかるのだが誰も注意を払うものがいないと言う、ある意味、じつに不思議な男だった。
そして、いま一人の文官が、頭を下げてシンゴに詫びた。
「我々の用意した資料が全くお役に立てず、シンゴ殿にはお手数をおかけ致しました」
ローセンダールの宰相であるボーデン侯爵の片腕と見なされているラルフ書記官である。
宰相の懐刀とも言うべき筆頭文官の一人でシンゴより二、三歳は年上かと言う好青年だ。
日頃は宰相と各部門間の調整役を勤めており、今回、あり得るであろうザミーンとの交渉を一手に任された若き俊英でもある。
ザミーン皇女と言う、最大の切り札を委ねられたことからも、この青年に対する宰相の厚い信頼がわかろうと言うものだ。
上司に似て、誰に対しても丁寧だが、辛辣さは遙かに及ばない、どころか、皆無である。
この異世界の人々に、超巨大トレーラーを前提とした資料作成など無理と承知しているシンゴは、手を振ってそれに応えた。
「いえ、いいんですよ。ラルフさんの責任じゃありませんから。それより、そろそろ、あっちも合流地点に着くころじゃありませんか」
そう言われて、ラルフ書記官は、持ち込まれた家具の一つである柱時計……文字通り、柱そのものにこの世界の時刻を示す魔導機の表示を見ると、文官服の胸の裏側になる隠しから、通信の魔導機を取り出した。
そして、しばらくのやり取りの後、少し困ったような顔になって言った。
「ええ、ヴァルマー、バウフマンの両将軍と、その、シャブラ皇国のボリス将軍が既に到着されているそうです」
◇
この世界の東大陸には十八の国家、約三十の自由民自治領がある。
そのうちの軍隊を持っている十四の国家、及び、自由民自治領と契約する傭兵団が供出する兵力が、西大陸からのザミーン帝国侵攻に対処する為に連合軍を構成している。
ローセンダール軍は、その連合軍の第二軍に配置されており、ケメルは第二軍が拠点とする大きな港町の一つだった。
その港町に、遠くから地鳴りと共に近づいてくる超巨大トレーラーの姿は、あらかじめ通達されていたにもかかわらず、港町の住民を恐慌状態に陥らせるところだった。
駐留している兵士達が抑止しなければ、本当のパニックになっていたかもしれない。
もっとも、その兵士達にしたところで、ザミーンの《空魔》や《海魔》と戦った事のある古参兵が締めなければ、住民同様に恐慌状態になっていた筈だ。
いや、実際には、それでも不十分で、ローセンダール軍の制式主力機である《城塞》が陣を張って見せ、それでようやく騒ぎは沈静化したのだった。
「まったく、お前とつきあうのは大変だよなぁ」
《ガリア・キャリアー》の第二コクピットから降り立ったシンゴを出迎えながら、ヴァルマー将軍は苦笑いを浮かべていた。
そのヴァルマーの傍らに、ローセンダール軍将校の制服を着た、妙齢の女性が立っていた。
「紹介しよう。バウフマンだ」
「よろしく」
差し出された、ほっそりした手を握り交わしながら、まさか女性とは思わなかったシンゴは、意外そうな表情を隠せないでいた。
「首都で《空魔》を撃退した話は伺っております。そんな勇者が味方とは頼もしい限りです」
ヴァルマー将軍より年長の三十半ばだろうか。
美人とは言えないが、穏やかな雰囲気の貴婦人と言う印象で、軍服を着ていなければ軍人には見えなかっただろう。
だが、軍服姿が様になっているのも事実で、だらしくなく着崩している隣の青年将軍とは異なり、着こなしに微塵の隙も無い。
「ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
顔見知りらしいソニアとヘレーネがそれぞれに挨拶をする。
「久しぶり。二人とも元気そうね」
だが、にこやかに言うバウフマンとは対照的に、ソニアとヘレーネの態度はぎこちなかった。
不思議そうな顔をするシンゴに、ヴァルマーがそっと耳打ちする。
「こう見えて、このおばさんはおっかないんだぞ。ザミーンの『氷姫』に対抗できるローセンダールの『鬼姫将軍』だ」
「あらあら、相変わらず口が悪いわねぇ。おばさんだなんて」
ヴァルマーの潜めた声が、しかし、しっかりと聞こえていたらしく、バウフマン将軍がにこやかに振り向いた。
そして、次の瞬間。
「今度、ふざけた事をぬかしやがったら、てめぇのイチモツ引っこ抜いて、その減らず口ぃ塞いでやっからな。わかったか、おう」
瞬時にして現れた般若のような形相がヴァルマー将軍を睨めつけた。
特殊撮影やCGもかくやと言う、信じられないような変身ぶりである。
「す、すまん。口がすべ……ああ、いや、その、言い間違えました。ごめんナサイ」
ヴァルマー将軍はたじたじとなって、平謝りに謝った。
シンゴは、戦線を任されていたのが、なぜヴァルマーでは無く、この妙齢の女性だったのか、心の底から納得したような気がした。
そして、ラルフ書記官がやって来た時、バウフマン将軍がその般若のような形相から、再び、元のにこやかな貴婦人に戻って挨拶を交わすのを見て、女の変わり身に戦慄したシンゴだった。
揉め事はその次に起こった。
ヴァルマーが口にしたザミーン帝国の『氷姫』が降りてきた時、見慣れぬ軍服を着た兵士の一団が現れて、一行を取り囲んだのだ。
そして、その兵士達をかき分けるようにして、一人の男が現れた。
やはり、見慣れぬ軍服だが、その装飾から上級軍人であると見当がつく。
「ザミーン帝国第三皇女テレーゼだな。お待ちしていた。さ、こちらへ来て頂こう」
ローセンダール王国の客人待遇であるテレーゼ皇女を、堂々と連れて行こうとする厚かましさに、シンゴ達は唖然とした。
「お、お待ち下さい、ボリス将軍。その方は、わがローセンダールの客人です」
極秘事項だった筈のテレーゼ皇女の件をどうして知っていたのか、その検索は後回しである。
慌てたようにラルフ書記官が止めに入るが、ボリスと呼ばれた高級軍人は、素っ気ない態度で応じた。
「たかが、王爵持ちふぜいが、いやしくもザミーン帝国の皇女を客人とするなど、分不相応も甚だしい。皇女も不愉快であられただろう。いにしえの大帝国ジャルハーンの正統たる後継である、わがシャブラ皇国こそが、御身を遇するに相応しい。それだけの話だ」
それを見ていたシンゴは、ヘレーネに尋ねた。
「何、あれ?」
「困った国の、困った軍隊の、困った将軍」
ヘレーネは頭痛をこらえるように、額に手を当てて言った。
遙かな太古、東大陸全土を支配していた大帝国があった。
だが、ある時代に、遙かな遠方から飛来した神々との戦いに敗れ、その大帝国は滅んでしまった。
現在、東大陸の、さらに東側半分を神々の領土とし、残りを人間の領土とする事で、大帝国の民は生存を許され、その代わりに『対価』を支払う事で、神々の恩寵を受けるようになった。
この東大陸に住まう人々は、その大帝国の末裔である。
「……と、こういう伝説があるわけだ。事実かどうかは分からないし、盟約で神々自身の事を尋ねるのは禁じられているから『対価』を支払って本当はどうだったかを聞くわけにもいかないけどな」
「ふ~ん」
この異世界の歴史など、知る由も、興味もないシンゴとしては、そう反応するしかない。
「あのシャブラ皇国ってのは、その大帝国の支配者だったって連中の子孫を自称しているのさ。つまり、他の国は、元々は自分達の下僕だったと」
「ふ~ん」
他に反応のしようが無いシンゴだった。
「だからプライドは高いけど、じつのところ二〇年前までは、貧乏を絵に描いたような国だったんだけどな」
事情が変わったのは二〇年前。
シャブラ皇国の市井で一人の赤子が産まれた。
自由民自治領から、商売か何かで滞在していた夫婦の間にできた女の児だったとも言われている。
そして、その赤子が産まれながらに、優れた巫女体質を示す、白い髪と銀色の瞳を持っていた事から、運命が変わったのである。
「優れた巫女体質は優れた血筋、即ち、その赤子は、先祖を辿れば皇族の先祖に繋がる筈だ、とか言いだして、赤子だけ取り上げちまったらしいんだ。赤子がそうなら、その親も皇族の血を引いている筈なんだけどな」
結局、我が子を取り返そうとした自由民の夫婦は殺され、赤子は当時のシャブラ皇国の帝が養女として引き取る形となった。
「巫女を身内に持つと、それだけで結構な役得があるからなぁ。ローセンダールはあんまり露骨にやらないが、神殿関係あたりからお布施の幾ばくかを回してもらったりとかね」
神々への取引で支払う『対価』以外に、その取り次ぎを担う神殿は、布施と言う形で代価を求めるところもあるようだ。
また、その赤子が長じた巫女は、神々との取引にも長けており、最小の『対価』で、有利な恩寵を受ける術に優れていたようだ。
神々へ支払う『対価』は、全く基準が不明だが、取り次ぐ巫女の資質によってもだいぶ異なるらしい。
「しかし、そのシャブラ皇国の上の方って、突っ込みどころありまくりだな」
シンゴは呆れた声を出してしまっていた。
巫女体質の娘を手に入れた経緯もそうだが、大帝国の伝説が本当だとすれば、当時の支配者にとって、神々は仇となる道理である。
その子孫が、先祖の仇である神々から恩寵を受けて栄えると言うのは、どう考えても筋が通らない話だ。
(しかし、その伝説が本当だとすると、この世界で神々って呼ばれているのは、いわゆる創造主とかそんな存在じゃ無くて、太古にどこかから飛来した何かって事だよなぁ)
太古にいずこからより飛来し、当時の大帝国を滅ぼし、特定の体質の人間にしかコミュニケーション出来ない超常的存在。
(神様って言うイメージとは少し違うような気がするな)
この異世界の人々にとっては当然の存在のようだが、同じく別の世界から来たシンゴにとっては、かなり違和感がある話である。
それを深く考えようとした瞬間、首筋の『傷痕』が疼いた。
「っつ」
それに気をとられ、シンゴが思索を中断した時。
押し問答を続けていたボリスと言う将軍が、ラルフ書記官に向かって剣を抜いたのだ。
外交問題に発展しかねない為、手をこまねいていた二人の将軍も、さすがに割って入った。
「ボリス殿、それはいくら何でもやり過ぎですぞ」
「そこまで強行に出られるならば、こちらとしても受けて立ちますよ」
《ローセンダールの若獅子》と《鬼姫将軍》を相手して、シャブラ皇国の将軍は、一瞬怯んだようだ。
だが、それは一瞬の事でしかなかった。
「ほう。ならば、一騎打ちで決めよう。ただし、魔装機甲兵による一騎打ちだ。受けて立つと言ったからには、否やはあるまいな」
「くっ」
バウフマン将軍が、自分の失言を悔やむように唇を噛んだ。
しかし、ヴァルマー将軍は平然とした表情で応えたのだった。
「魔装機甲兵による一騎打ち。確かに承りました」
◇
五時間後の開始を約束し、ボリス将軍を始めとするシャブラ皇国の兵士達が、いったん引き上げていくのを見ながら、バウフマン将軍は年下の同輩に詰め寄った。
「私の失言の責は負います。ですが、あそまで言い切った以上、もはや後戻りはできませんよ。たしか、あなたの専用機は整備中だった筈ですが」
「いかにも。《ルーヴ》が動かせるまで、明日まではかかるでしょうな」
「まさか、《城塞》で一騎打ちするつもりでは無いでしょうね」
妙齢の貴婦人とも見えるバウフマン将軍が、今度は駐機場の方に眼をやりながら言った。
魔装機甲兵専用の駐機場に並ぶのは、ローセンダール制式主力機の勇姿……と、本来は呼びたいところだ。
しかし、《城塞》と名付けられた魔装機甲兵の外見は、名前にそぐわぬ貧弱なものだった。
魔装機甲兵の外見は、多くは巨大な甲冑とも言うべきものだが、《城塞》のそれは案山子に近いだろうか。
細い手足と胴体を、申し訳程度の装甲が覆っている。
その外見に違わず、耐久力はローセンダール制式主力機の歴代でも最弱である。
単体の性能で言えば、旧式機である《三叉槍》や《飛翼脚》の方が《城塞》を遙かに凌駕するだろう。
《城塞》が現在の主力機としてある理由、それは一人の操縦者で百機を動かせると言う特徴による。
また、単体の性能が低い分、組み上げるのも容易かつ安くで済む。
つまり、この異世界では異質の、消耗品である事を前提とした、集団戦に特化した機体なのだ。
英雄のいる集団よりも、均質化された集団の方が、集団同士の争いでは強いとされている。
操作者が搭乗する親機《城塔》を中核とする《城塞》の集団は、均質な動きでは他の魔装機甲兵集団の追随を許さない。
更に、組み上げが短時間で済む機体構造による、戦闘中でも速やかな補充が可能な特性は、敵にとって、やっつけてもやっつけても切りが無い、悪夢のようなものである。
言うなれば、魔装機甲兵サイズの軍隊蟻の群れと言ったところだろう。
だが、そんな機体属性では、一騎打ちと言う戦いには全くの不向きである。
「それとも、《城塔》で一騎打ちに臨むつもり? 確かに、操縦者の搭乗する機体はあれだけど」
防御と《城塞》の操作に特化した機体では、そもそも一騎打ちにならない。
「いやいや。一騎打ちするのは、俺でもないし、機体も《城塞》じゃない。まぁ、そういうわけで頼んだぞ」
そう言うヴァルマーから軽く肩を叩かれたのは、もちろん、シンゴだった。
◇
《ガリア・キャリアー》の荷台から降ろした汎用型BMR、ME‐02《グランブール》のコクピットで、各種ケーブルをパイロットスーツに接続しながら、シンゴはヴァルマーから聞いた、この異世界における一騎打ちの内容を反芻していた。
以前に《シルフィード》指揮官機とやって感じた事だが、九之池慎吾の世界で言えば、いわゆる、拳銃同士、あるいは、剣同士の一騎打ちを想定すると、足元をすくわれてしまう。
一番近いのは、剣と槍、もしくは、剣と鎖鎌等の他流試合の概念だろうか。
例えば、剣同士の一騎打ちで、片方が突然に含み針を使ったら卑怯と感じるであろう。
だが、槍と剣の一騎打ちで、槍の穂先をかいくぐり、相手の懐に飛び込んだ剣士に対し、槍の使い手がその槍を放り出して、脇差しを抜いた場合、これは卑怯と言えるだろうか?
つまり、この異世界の一騎打ちは、一対一でさえあれば、後は何でも有りで、個々の能力を最大限に使って構わないと言う事のようだ。
「まぁ、先生の頼みだし。こいつを動かすのも久しぶりだ」
そう言いながら、シンゴはコクピットに乗り込む為にひざまずいた姿勢を取らせていた《グランブール》を起立させた。
『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の初期に支給された汎用型であるME‐02は、シャープなシルエットの《ファーブネル》や、ずんぐりした《ガリア》と異なり、これと言って特徴の無いデザインとなっている。
G系列ファーストの、白い悪魔側の量産機が一番近いイメージだろうか。
固定武装は、ビームバルカン一基とビームソード一本。
これに標準装備として、BMR本体に接続するタイプのビームガンが一つ。
オプション装備こそ、全BMRの中でも多様なバリエーションを誇るが、本体としての武装はこんなものである。
シンゴがディスプレイを見ると、あまり馴染みが無いデザインのせいか、ローセンダールの兵士のほとんどが驚き、あるいは珍しそうな表情を浮かべて、こちらを見上げている光景が映っていた。
もっとも、この機体を見た事のあるはずの、ヘレーネやソニアと言った連中も同様なのであったが。
ちなみに、《グランブール》のコクピットでは《ファーブネル》のような全天周囲モニタと異なり、三面ディスプレイとなっている。
九之池慎吾の部屋にあったパソコンモニタと似たようなイメージだ。
「ん?」
ふと、シンゴは一つの疑問を浮かべて、首を傾げ、そして、《ガリア・キャリアー》の方向を見た。
この《グランブール》もそうだが、《ガリア・キャリアー》も、この異世界では異質のデザインである。
現に、《ガリア・キャリアー》が近づいた時、港町の住民や、ローセンダールの兵士さえもが驚き、恐慌状態寸前にまで行ったのだ。
だが、あのボリスと言う将軍を始めとして、シャブラ皇国の兵士達は、《ガリア・キャリアー》を間近で見ても、特に珍しそうな反応を示さなかった。
まるで、見慣れたものを見るような目つきだったが……
シンゴの思惟は、チルの警告で中断された。
『敵反応確認。いきなり起動しました。こちらに徒歩で接近する模様です』
「ふ~ん。どれ、シャブラ皇国の魔装機甲兵はどんな機体なのか……敵?」
チルが敵として断定するのは、ひとつしかあり得ない。
シンゴが素早く眼を走らせると、この異世界に来て、初めて表示される項目が右のディスプレイに映っていた。
解析結果、形式番号MJ‐07。
プレイヤー名、【ケント】。
愕然とするシンゴが、正面のディスプレイに視線を戻した時、港町ケメルを囲う高い城壁の影から、その機体が姿を現すところだった。
それは、形式番号MJ‐07、《ジョイン》と呼称される汎用型BMRに違い無かった。




