転移
正面のディスプレイに映る敵機が、ぐんぐんと大きくなっていく。
右のディスプレイに表示される解析結果を見るまでもない。
その独特のシルエットから、型式番号MK‐07R、《ナザ》と呼称される汎用機だとわかる。
発表されたばかりの最新鋭BMRだ。
対して、こちらは旧世代も旧世代、初期に配給が開始されたME‐02《グランブール》だ。
基本スペックの差は大きく、正面からまともに戦っては勝てる相手ではない。
なにしろ、出力の違いはいかんともしがたいものがあり、格闘戦に持ち込まれれば、あっさりと撃破されるだろう。
だが、この《グランブール》は基本設計が古い分、オプション装備は豊富で、改修を重ねた機体は、打撃力だけで言えば遜色は無い筈だ。
要は戦い方次第なのだ。
コンソールの上を、考えるより早く指が躍り、長距離狙撃用のビームライフルを選択する。
「くっくっくっ」
通信圏内に入った敵機パイロットの嘲笑うような声が、ヘッドセットインカムから聞こえる。
索敵能力は、あちらがはるかに上だ。
おそらく、こちらの武装選択を見て取ったのだろう。
バリアフィールドを内蔵する《ナザ》にビーム兵器は通用しない。
実体弾か、ビームソードによる格闘戦でなければ、有効な打撃は与えられない。
だが、敵の遠隔操作兵器群を殲滅するのと引き換えに、こちらのミサイルや弾薬の類は使い果たしてしまっている。
だからと言って、格闘戦になれば万に一つの勝ち目は無い。
苦し紛れの悪あがきと見て取ったか、あるいは、《ナザ》のスペックを知らない素人と侮ったか。
もっとも、後者だとすれば、当の本人自身が素人だと白状しているようなものだ。
初期型の《グランブール》を駆る相手が、何者かと言う事を知らないのだから。
あるいは、本当に素人なのかもしれない。
あんな最新鋭の機体は、金にあかせてでも無い限り、まず、手に入らない筈だ。
初めての機種なので比較のしようも無いが、《ナザ》が標準で装備する遠隔操作兵器群の使い方も、力押しと言って良い印象があった。
どちらにせよ、この世界に馴染んだプレイヤーなら、そんな無粋な真似はしないだろう。
……等と言う事を考えていたのは、極めて短い時間だった。
敵がその位置にくるタイミングを見計らって、ビームライフルを発射する。
まったく見当違いの方向に。
「莫迦め。どこを狙っていやがる」
インカムから、明確な罵声が聞こえる。
やはり、素人だったようだ。
確かに、現時点では敵同士ではあるが、面識も無い相手に、こんな口を叩くようなマナー知らずでは、遠からず総スカンをくらうだろう。
まぁ、今日のところは教育的指導を受けてもらおう。
ライフルから放たれたビームは、宇宙空間を漂っていた戦艦の残骸に命中した。
爆発する残骸の破片の一つが、別の破片にぶつかる。
その破片が、今度は岩塊に当たる。
そうして、ビリヤードのように、運動エネルギーは伝播して行き、叩き出された岩塊の一つの動線が、芸も無く直進する《ナザ》の進路と重なった。
「な……そんな、莫迦な~」
油断大敵。
正面の敵ばかりを見て、周囲の警戒はおろそかだったのだろう。
後方から岩塊の直撃を受けた《ナザ》は大破判定となったようだ。
今なら接近して止めをさせば、撃破判定となって、折角の最新鋭の機体もロストさせる事も可能だが、今日のところは教育的指導と言う方針なので、そこまではやらないでおいてやる。
宇宙に漂うデブリを武器として使う戦法は、宇宙空間だからこそできるとも言えるが、重要な要素として、パイロットとしての技能を伸ばしていなければ無理な芸当だ。
未だに初期型のBMRを使用している理由の一つが、ポイントをパイロット属性のパラメータに重点的に振っているから、と言う事になる。
◇
この『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』は、プレイヤーがBMRと呼ばれるロボットを駆って対戦する、PC専用のネットゲームだ。
BMRが何の略称なのかは正式に発表されていない。
掲示板の中では、
「バトルムーバーロボット」
「バトルモビル……Rはやっぱりロボか?」
「それ、語呂と頭悪杉」
などと言う議論がなされていたが、炎上はしてもあまり盛り上がらなかったようだ。
この手の話に熱くなるのは運営の思うツボだと言う意見が大勢を占めたためで、略称に合わせて適当に呼ぶ事にしたわけで、いつしか「バムロード」などと呼ばれるようになった。
ゲームの中では、ミッションをクリアしたり、対戦に勝利したり、あるいは、課金を追加する事で得られるポイントを使って、各プレイヤーの好みに応じたスタイルが選べる。
大雑把には、ポイントの割り振り方は二通りになる。
一つ目は、BMRを重点的にして、武装強化、あるいは、最新機種の入手と言う選択だ。
やはり、ロボットによる対戦を楽しむゲームなので、こちらを選択するプレイヤーが多数を占める。
もう一つは、パイロット育成に重点を置くやり方だ。
こちらの方は地味なので、なんというか玄人好みとも言うべきゲームスタイルになる。
メリットとしては、機体の性能を引き出したり、先ほどのような芸当が可能になる『スキル』を手に入れるなどがあげられる。
まぁ、量産機や生身で「白い悪魔」のような突出した機体を撃破する、などと言う達成感を味わいたいプレイヤーは、こちらを選択する事が多いが、ゲームの本質からは少数派になる。
九之池慎吾のスタイルとしては、パイロットに七割、機体に三割と言うところだ。
この春に大学生となって以来、ほぼ同時期に正式サービスを開始したこのゲームに嵌ってしまい、一人暮らしをいいことにロクに大学にも行っていない。
ゲーム内時間は最長の部類に入る押しも押されぬ廃人ぶりで、知り合いのプレイヤーからは長老だのベテランだのと言われている有り様だ。
まぁ、長い人生、一年間くらいは大目に見てよ、と言うのが彼の言い分ではある。
食費を切り詰めて手に入れた、このゲーム専用のゲームパッド……ジョイスティックとタッチパッドを組み合わせた機器や、デイトレーダーを思わせるような三面のディスプレイが、広くも無い部屋の一角を占めている。
彼が丹念に育成したゲームキャラのシンゴは、彼の分身、いや、もう一人の彼とも言える存在だ。
友人は、各々に勉強やスポーツ、あるいは、ガールフレンドを作って青春を謳歌しているようだが、そんなリアルな環境を向上させるのは、一年後くらいに本気を出せばいいや、などと考えてもいる。
「さて……と、戦果は。おお、すげぇ」
対戦で勝利すると、バトルポイントが得られるわけだが、相手が最新機種だったせいか、結構な数字になっている。
ゲーム内で使用する機体の基本スペックの差異が大きければ、自ずとこのポイントも大きくなるので、それを目的として旧式の機体を使用するプレイヤーもいるが、ポイントの使い道が機体のスペックアップなので、これも少数派だ。
そもそも、よほどの廃人でもない限り、機体の性能が勝負を決めるゲームデザインなのだ。
慎吾のように残念なプレイヤーは、滅多にいない。
「あ、これ、研究所ミッションだったっけ」
先ほどの戦闘は、敵国の研究所襲撃イベントのミッションだった筈だ。
相手の《ナザ》から見ると研究所防衛と言うミッションだった事になる。
『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の世界では、五つの惑星国家が争う世界観となっており、周期的に発生する大戦に参加したり、国境周辺の警戒行動でエンカウントしたりして、敵プレイヤーと戦闘が発生するのだが、大戦の合間に、極秘ミッションとして発生するイベントがいくつかある。
研究所襲撃、もしくは研究所防衛のミッションは、その研究所の開発する技術が、各国のBMRや各種兵器に反映されるか否かを決めるものだ。
成功した場合、自軍への貢献として評価され、階級昇進にも反映される。
昇進すれば、大戦イベントの時に得られる情報量が多くなるし、戦果ポイントの分け前も大きくなる。
そして、自軍のBMRへの指揮権――と言っても、布陣における配置位置程度であって、そのプレイヤーの行動を縛るものではないが、位置取りも重要な要素でもあるので、上官に反抗的なプレイヤーは囮のような配置をくらう事がある。
まぁ、あまり露骨な偏重は運営から注意を受けて、悪質と見なされれば、階級を降格させられるか、アカウントを停止させられる事になるので、深刻な問題になった事は無い。
慎吾のゲームキャラであるシンゴの階級は特務曹長、つまり、下士官だ。
これは、戦果やミッションで得られるポイントのほとんどをキャラの能力に、残りを武装に割り振っているせいで、ゲーム内の位置としては、古参の一匹狼といったところだろう。
チームプレイに参加する事はあっても、ソロプレイが気楽で性にあっていると言う事もある。
さて、研究所関連のミッションは、自軍への貢献度とは別に、その研究所で開発中だったものを入手すると言うイベントが稀に発生するので人気なのだが、今回はそれに当たったようだ。
いや、当たりと言うには微妙とも言える。
「実験用試作機かぁ」
慎吾は複雑な表情でディスプレイの表示を見た。
実験用試作機は、文字通りに実験用に試作された機体だ。
イベント発生毎にランダムにデザインされる、一機しか存在しないユニークなBMRだ。
いわゆるプロトタイプと言うやつだ。
……と、聞けば、有名な「白い悪魔」的なものを連想するが、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』においては生憎とそうでは無い。
まぁ、BMR一機がまるまると入手できる事自体は結構なのだが、はっきり言って、そのままでは使いようが無い欠陥機なのだ。
例えば、他のプレイヤーが、バーニアを開発する研究所で入手したと言うプロトタイプが、確かに圧倒的な速度で宇宙を駆けるのを見た時は、感動し、羨む事もあった。
その機体が空中分解した上に、味方の戦艦に激突するのを見るまでは。
また、ビーム兵器を開発する研究所で入手したと言うプロトタイプが、大戦イベント時に放った凄まじいビームの輝きには戦慄した。
もっとも、そのビームは拡散して味方のBMR一個大隊相当を消滅させた上に、機体自身はエネルギー切れとなって、イベントが終わるまで漂流していた。
エネルギーチャージが研究所でしかできないと言う規格設定になっていた為、二度と使われる事はなかったようである。
つまり、プロトタイプの機体は、突出した機能があるにはあるのだが、それ以外のバランスが滅茶苦茶なのだ。
まさしく実験機であって、実験以外では使いようが無いようにデザインされている。
多分、デフォルト装備な《グランブール》の方が、総合性能は上だろう。
まともに使うには、それなりのポイントをつぎ込んで改修する必要があるのだが、おそらく、先ほどの《ナザ》を購うよりも高くつく可能性もあった。
だが、それほどのポイントをつぎ込んで改修したとして、まともに運用するにはバランスを調整する必要がある為、元々備わっていた突出した機能は抑制せざるを得ない。
つまり、結果としては凡庸な機体になるわけで、これでは、ポイントをつぎ込む意味が無い。
ユニークな、この世界で一機しかない機体を駆ると言うシチュエーションに魅かれるものがあるのは事実だが、全く割が合わないようにできている。
このあたり、このゲームのデザイナーが持つバランス感覚は秀逸と言っていいだろう。
「いや、そうでもないかも」
慎吾は、表示されるその機体のスペックを眺めながら考え込んだ。
確かに、このままでは使えないし、ある程度の改修は必要だが、彼が育成してきたシンゴのパイロット技能なら、ひょっとして、と、思える機体だったのだ。
「型式番号XA‐0100か」
実験機を示すXで始まる型式を見ながら考え込む。
プロトタイプには名称が無い。
これは入手したプレイヤーに命名する権利を委ねると言う事もあるが、決められた型式に連番の組み合わせと、ランダムなデザインまでは自動化できるものの、名称まではそうは行かないと言うシステム上の事情もあるのだろう。
「ま、ゲームだしね」
ままよ、と、改修して使ってみる事にした。
先ほどのバトルとミッションクリア、及び、今まで貯めたポイントのほとんどをつぎ込む事になるが、それも一興だろう。
むろん、愛機である《グランブール》改の整備、補給にもポイントを振る事を忘れない。
ついでに保有する他の機体にも改修を加える事にする。
『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』の戦場は、宇宙空間以外に惑星上のいくつかが舞台となる。
陸戦、空戦、水中戦と各々の戦場毎に、専用の機体を一機ずつ保有している。
むろん、全部が旧式の機体である。
あらゆる戦場で運用可能な汎用機は概して入手ポイントが高く、潰しの利かない専用機、それも旧式の機体は安いので、パイロット重視の慎吾の場合、そうなってしまったわけだ。
あれこれとパラメータを設定入力して、エンターキーを押すと、それを反映した機体情報のダウンロードが始まった。
機体情報等はプレイヤーの各端末で保持するシステムで、オフラインではCPUを相手にした訓練モードをプレイすることも可能だ。そうした訓練や試行を基に、更に機体をチューニングして対戦に臨むと言うわけだ。
この機体のビルディングも、このゲームの醍醐味である。
合計五つの機体プラス兵装データなので、少し時間がかかりそうだ。
ダウンロードの間に、休憩して掲示板でもチェックしようと、ディスプレイの全画面にしていたゲームウィンドウを戻すと、別ウィンドウとしてブラウザを起動する。
『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』関連の掲示板はいくつかあるが、やはり、常連となっている板のブックマークをクリックする。
ゲーム関連の掲示板やまとめサイトの常で、いくつかのゲームへの案内が張り付けてある。
その中の一つに、慎吾の目を引くものがあった。
どうもファンタジー系のゲームみたいなのだが、タイトルが書いてないのだ。
キャラクターや背景世界のCG動画しかない。
CGと言うか、実写に近い精密な動画だ。
「こういうのも偶にはいいかも……」
ファンタジー世界のお約束な、ビキニアーマーな女戦士や、結構露出度の高い女魔法使いの恰好には魅かれるものがある。
比べると、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』は色気が少ないかもしれない。
(ん?)
動画の中にロボットのようなものが出てきた。
ファンタジーらしいのでロボットかどうかは不明だが、少なくとも、金属製のようなボディを持つ巨人ではあるようだ。
それが、先ほどの女戦士や女魔法使いを襲撃している。
デモ画面としても秀逸である。
すっかり興味を持ってしまったので、もう少し大きな画面で見たくなった。
クリックすれば、そのサイトでもう少し大きくデモがみられるかも、と、マウスカーソルを……
◇
慎吾が覚えているのは、そこまでの記憶だった。