表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/52

第七話: 《婿探し》 美のコンテスト【前編】

 今回の仕事内容は実に漠然として難解でもあった。

 ドチュールでは近年男子の出生率の低下に悩まされ、王はその対策を考えた。その一つが過去ゲアンをはじめとするその仲間達が引き受けた、鉱石マディラカイト採掘の件である。それにより解決したかのように思われたが、問題は成長した男子の数であった。女子すら少数なのに対し男子は更に少なく、せっかく手に入れたそのマディラカイト(秘薬)も意味をなさない。何よりもさいなまれるのは王室だった。ドチュール王エフブロッソと王妃マキアーナの間にはなんと一子しか授からず、それがあのマージュ姫だった。

 王は世継ぎのことを考え姫君に結婚するよう促したが、彼女はそれをかたくなに拒絶した。その理由は姫君のたんなるわがままでしかなく

「ゲアンよりハンサムな人」

「ゲアンより強くて知性のある人」

「ゲアンより私に尽くしてくれる人」

 彼女はそれらを条件として挙げたのである。しかしゲアンは類を見ないほどの美男子で、ましてやその国内にそれに見合う男子は存在しなかった。唯一考えられる人材はバドだったが

「あの人は遊んでそうだから駄目」

 と姫は断った。

 そんな時だった。ある一報が王の耳に届いたのである。それは美を競うコンテストが行われるという知らせだった。そのコンテストは男女混合で競われる為、優勝すると多額の賞金が渡されるという。参加資格は一切問わず、世界中から人が集まるらしかった。それだけ規模が広がるコンテストなら相当な美男子が来ることも期待出来ると睨んだ王は、ゲアン達に偵察を依頼したのである。

 しかし偵察と言っても予選のみしか観覧はできない為、参加しても良さそうなメンバーとして彼らが有力候補に適切だと判断されたのだった。

 




 やがてゲアン達の乗った船はその目的地の港に到着した。停泊して彼らは船を降りたが、どこか不安気な顔をしていることにバドは不審感を抱いた。

「安心しろ。ここで間違いない」

 と念を押すが

「……」

「どうしたんだみんな?」

 沈黙している仲間達の反応にバドは困惑した。

「バド、みんなお前のことを心配しているんだ」

 ゲアンにそう言われバドが仲間達を見てみると皆、哀し気な目で彼を見詰めていた。彼は言い様のない自己嫌悪に陥る。

「……!」

 ゲアンが彼の肩に手を置いた。

「よし、コンテストが終わったら今夜は息抜きしてみんなで呑もう」

「イェーイ! 呑も呑も〜!」

 すっかりその気になって浮かれるアーク。

「アークは子供だからジュースよ」

「……」

 ジャスミンの言葉にアークの動きが一瞬止まる。が

「無礼講フ〜〜っ!」

 すぐに取り直して陽気に雄叫びをあげた。




 気分が少し解きほぐれた所で、彼らは午後から行われるコンテストの参加を申込に向かった。

 受付は性別年齢ともに不明で緑のスーツを着たガマガエル似の人間だった。彼らがそれぞれ名簿に自分の名前を記入すると、その受付の者は妙に甲高い声で言った。

「本日の“お題”はこちらのドレスと燕尾服です」

 そしてマジシャンのような手付きで机の下に用意してあったトランクを開けた。皆は茫然とそれを見ていた。そして出てきたのは2mもありそうな赤いロングドレスとやたらと後ろの裾が長い黒の燕尾服だった。

「“お題”って……そんなのあったんだ? てか裾長すぎ。虫みたい」

 アークは失笑し、他の仲間達は絶句した。

「てゆーか誰も来てないんだけど」

 アークがぼやく。

「参加申込は郵送で出来ますので、そちらでされた方が多いと思われます」

 受付の者は親切にそう説明した。

「そうなんだぁ……」

 とそこへ一人の旅人が現れた。背丈はアークと同じぐらい。つばの広い帽子を目深に被り、土色のマントのような物を羽織っている。全体的に薄汚い印象で、このコンテストに参加する人間とはとても思えない。

「こちらに名前をご記入下さい」

 受付の者が言い、旅人は名前を記入した。

「本日のお題は……」

 と受付の者が衣装を見せる。

「そっち」

 と旅人が衣装を選び番号札を受け取った。

「では健闘を祈ります」

 受付の事務的な言葉を背に旅人は去って行った。

「あれ? 何か落ちてる」

 アークは地面に落ちている丸い物を拾った。それは金属のピンバッチのようだった。だいぶ汚れていたが指で擦ると銀色に輝き、文字が刻まれているのが見えてきた。

「“ニナ”のバッチだ……」

 バドが呟きアークは首を傾げた。

「ニナ?」 

「ああ、ハンターの妖怪だ」

「ハンターの妖怪? 魔物ハンターじゃなくて?」

「魔物ハンターの妖怪だ」

「はっ!?」

 アークは頭の中が混乱し、周りの仲間は首を傾げた。

「ニナは♂/♀の妖怪で、魔物ハンターをしている」

「どういうこと? 訳分かんないんだけど……妖怪と魔物って一緒じゃないの? それにオス…なんとかって何?」

「オスオーバーメスはオス、メスどちらにもなれるという意味だ。その性質を持っているあいつは、自分の体を男にも、女にも変えられる」

「へ〜〜え、凄い!?」

 アークは感心して目を見張った。

「で、妖怪と魔物ってどう違うの?」

「さぁ」

「?」

 バドの思わぬ返答にアークは困惑した。

「オレにもよく分からないが、あいつは違うと言い張る。もともとは人間だったらしく、魔物と一緒にされたくないらしい」

「何で妖怪になっちゃったの?」

「定かではないが、呪いの類いだろう。母親の胎内にいる時から異変が始まっていたらしい」

「そうなんだぁ……あの人もいろいろ大変なんだねぇ」

 とそこまで話し終えると

「本当にそう思うか?」

「!?」

 その声にアークは思わず飛び上がった。振り向くと彼の背後に、さっきの旅人がいた。

「ニナ?」

 聞き覚えのある声だったのでバドはそう呟いた。

「嘘っ!? う……わあぁぁぁ〜!?」

 アークは怯えてバドにしがみつき、彼の背後に隠れた。

「失礼だな。化け物でも見たような顔して」

 旅人は不機嫌な顔でそう言った。

「だって、よ、“妖怪”でしょ……?」

「妖怪と化け物を一緒にするな!」

 ニナがそう怒鳴った時

「あっ?」

 帽子が風に煽られ、ふわりと飛んだ。すると中から素顔が現れる。金髪の髪がほどけるように優雅に揺れ、しなやかに肩を滑り全体が下に垂れ下がった。その長さは胸の辺りまであった。肌は透き通るように白く、ふっくらとした唇は紅を差したように赤みがある。瞳は硝子細工のような水色をしており、睫毛は長く密集し上下とも綺麗にカールしていた。

 皆その可憐な容姿に目を奪われるが……

「かわいいと思っただろ」

 ニナは照れもせずにそう言った。

「!?……」

 アークはニナと目が合い、頬を赤らめる。

「惚れるなよ? オレは男にも女にも興味がないんだから」

 可憐な美少女姿のニナは男前な言い方でそう言った。

 そんな中、ニナのことを見慣れているバドは飛ばされた帽子を拾ってニナに渡す。

「ありがとう」

 ニナはそれを受け取り、また被った。

「何で?」

 アークは疑問の表情を浮かべ、ニナは答えた。

「男のオレが女を好きになっても、女のオレはその女のことを好きになれない。だからやめたんだ。恋愛なんか馬鹿ばかしくって」

「なら、どっちかを選べばいいんじゃない。性別自分で変えられるんでしょ?」

「……」

 何故かニナは言葉に詰まった。

「?」

「女の子がいいんじゃない、かわいいし。手始めにアークと付き合ってみたら?」

 ジャスミンがちょっかいを出す。

「そうだな」

 何故か納得するアール・グレイ。

 暖かく見守るレミア。

「?……」

 アークは照れて赤面した。するとニナが口を開く。

「断る」

「!?」

 アークはショックで固まった。

「オレはもっと頼れる男がいい。お前は頼りないから駄目だ」

 そう言ったニナに悪気はなかったが、アークはかなりへこんだ。

「頼りないんだ……オレ」

「アーク元気出して?」

「頑張れ」

 仲間達が慰める。

「ニナ」

 バドが歩み寄った。

「お前は女で参加しろ。そうすれば優勝は間違いないだろう」

「お前達も出るんだろ? そしたら分かんないぜ……」

「オレ達と手を組もう」

 バドは美しい切れ長の瞳を細めて不敵な笑みを浮かべた。するとニナはほんのり頬を赤くした。

「な、何だ? 詐欺師みたいに……」

 バドの微笑を見て挙動不審にニナの瞳が泳ぐ。

「オレ達が勝ってもお前に分け前をやる。その代わり……付いて来て欲しい場所がある」

「“付いて来て欲しい場所”?」

 ――ってどこだ? もしかして、まさか、そんな……!? 

 ニナは勝手に妄想して戸惑った。

「どうだ。“いい話”だろ?」

 バドはまた微笑する。

「……」

 ニナは悩んだ。

 ――『いい話』だと? 怪しすぎる! 絶対おかしい! 絶対マルチだぁぁぁ〜〜〜!…… と。

「駄目か?」

 バドは困ったように眉を下げ

「う゛っ……?」

 ニナは思わず唸る。

 ――その表情は“キラーおねだり”か!?……と疑いながらも完全に彼のペースに呑まれていた。

「ど、どこなんだそれは……?」

 ニナが怖々尋ねるとバドは妖艶な笑みを浮かべて言った。

「“いい所だ”」

「!?」

 またしてもニナの妄想が広がっていく。

 ――“いい所”? バドといい所だと?……だ、駄目だ。まだ早い!? 

 ニナは否定して首を横に激しく降った。

「……?」

 それを見ていた周りの人間は不思議そうな顔をしていた。

「バド」

 ゲアンがバドに耳打ちする。

「彼女をドチュールに連れて行く気か?」

 バドが微笑する。

「お前に対抗できる奴はあいつしかいない」

「コンテストの中から探せばいいじゃないか?」

「見付かれば、そいつにする」

 この光景を見たニナは

 ――何だ、この美しい二つの“巨塔”は!? モデル事務所か? うわっ……お前達。ち、近い! か、顔が近すぎるぞ! と一人興奮していた。

 






 予選開始時刻が迫った。会場となったのは見晴らしのよい痩せ地で、参加者はそこに設置された壇上に立つ。各地から多くの参加者と観客が押しよせ、会場は人で生め尽くされていた。

「緊張するわ〜」

 ジャスミンは持ち前の抜群なプロポーションで衣装のドレスを難なく着こなしていた。

「私、自信がないわ……」

 一方レミアは不安な表情で、着替えの順番待ちをしていた。

「?」

 他の列から着替え終えた女性が個室から出て来る。その姿が綺麗だったので、レミアは更に自信をなくした。

「大丈夫よ」

 ジャスミンは励ました。

 レミアの前の女性が着替えを終えて個室から出て来ると、レミアは緊張しながら個室に入って行った。

「……!」

 その衣装を着たレミアは愕然とした。ドレスはベアトップに透明な肩紐が付いているタイプの物だったが、普段服に隠れた肩や胸元が露出され、日焼けしていない白い肌がその赤いドレスに弱々しく映って見えた。その大人びたデザインのドレスは少女の華奢な身体に似つかわしく無く、彼女の身体はその迫力に完全に負けているようだった。まるで自分がまだ子供だということを浮き彫りにするように。

「どうしよう……」

 急かすようなノックがして、彼女は不安な気持ちに押し潰されながら個室を出た。





「大丈夫だから〜」

 ジャスミンに慰められながら、レミアは浮かない表情で審査会場へと向かった。するとアークとアール・グレイの姿を発見した。

「あっ、いたいた!」

 気が付いた彼らはすぐに駆け寄って来た。

「うわぁ〜綺麗!」

「アークもかわいいわよ」

「かわいいっ……て」

 ジャスミンの褒め言葉にアークは苦笑いした。

「アール、似合うじゃない?」

「……」

 アール・グレイは照れくさそうにジャスミンから目を逸らす。

「……」

 レミアは自信がないので俯いていた。

 そこへゲアンとバドが現れる。

「すまん。待たせたな」

「済まない」

 二人は長身なので異常に裾が長い燕尾服の衣装も引きずることなく着こなしていた。“前から見れば”高貴な紳士のようだ。

「わぁぁ……素敵!?」

 ジャスミンは二人の燕尾服姿にうっとりとした感嘆の溜め息を漏らす。

 レミアはまだ俯いていた。

「ん、どうした?」

 バドが彼女に声をかける。

「自信がないんですって、慰めてあげて?」

 困った顔でジャスミンが言った。

「そうか……レミア、顔を上げて?」

「……」

 レミアは少しずつ顔を上げて行った。黒い革靴、黒いズボン、燕尾服が視界に入り――彼女を見下ろす長身のバドの顔が見えた。 

 彼女が完全に顔を上げると

「綺麗だ」

 バドはそう言って優しく微笑んだ。

「……」

 レミアは仄かに顔を赤くした。







「えぇ、わたくし司会進行を勤めさせていただきますグリンティです」

 コンテストが始まり、司会者が挨拶した。

「あっ」

 アークは思わず声を上げる。司会者はさっき受付にいた人間と同じだった。

「審査員の先生方を紹介します。まずは本日のコンテストの主催者であり、衣装デザインも手掛けたデザイナーのグリンチャ先生です」

「あれっ?」

 審査員席にも同じ人間がいた。アークは混乱する。

「同じ人が二人いる……」

 他の参加者達の一部はそのことに気付いていたが、皆そのことに無関心だった。

「えぇ、本日のコンテストはグリンチャ先生のニューブランド『グリングリン』の新作を参加者に衣装として着てもらう、お披露目兼チャリティイベントです。今回観覧された皆様から受け取った料金の一部は、環境保護団体に寄付されます。――次に審査方法の説明に入らせていただます。」

 この辺の説明から徐々に参加者達の緊張感が増してくる。

「参加者はこちらの壇上に上がって自分をアピールしてください。審査員と観覧の皆様は、それを見てお手持ちのカラーカードを上げてください。青が不合格、黄色が見送り、赤が合格になります。数の確認測定は、あちらの野鳥の会の皆さんにお願いしました」

 すると待機していた野鳥の会の団体が計数器でカチカチとカウントする真似をしてみせた。

「では1〜10番の方は壇上に上がってください。」 

 司会者が促し、ついに審査が始まった。

 審査は10人ずつ行われたが一行は990番だったので、なかなか順番が回ってこなそうだった。彼らの次がニナだったが

「△☆※▼○」

 ぶつぶつと何やら不満の言葉をぼやき、不服な表情をしていた。というのも衣装が気に入らなかったからである。

 ――くそ〜〜〜何でだ? 何でこんなにオレは赤が似合わないんだぁぁぁ〜〜〜!? と悔しそうに顔を引きつらせていた。

 


二ナのことを男にも女にもなれるから「ユニセックスな妖怪」と表記していましたが、ユニセックス→男女兼用? はおかしいと思ったので「♂/♀(オスオーバーメス)」という造語に替えました。ほかにしっくりくる言葉が浮かばなかったんで…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ