表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

第五話:引力【再会編】

 二人はアール・グレイとジャスミンの様子を見にパン屋の前に向かった。すると結構人が集まっていた。

「良かった」

「オレ達も見に行こう」

 二人はその人だかりに紛れ、見物することにした。

「おい、見ろよあれ!?……」

 人だかりの中にいる体格の良い男が言った。

「え? 何がだよ」

 ともう一人の無精髭の男が無関心そうに聞き返す。

「ほら、あのでかくて髪の長い兄ちゃんだよ!」

「あれがどうかしたのか?」

「よく見ろよ!」

 体格の良い男は苛立ちながら指差すが

「ここからじゃよく分かんねぇよ〜」

「来いっ!」

 無精髭の男の腕を強引に掴むと見物客を掻き分けて奥へと進み

「おっとごめんよ!」

 と長身の男性にぶつかった。

「?」

 男性が振り替えると美しい切れ長でグレーの瞳に広角の上がった口をしていた。

「!?」

 それを見た無精髭の男は仰天した。

「!……」

 するとその男を体格の良い男が強引に引きずり、素早く逃げるように退散する。そして、ある程度離れた場所までやって来ると体格の良い男は立ち止まった。

「ちゃんと見たな?」

「ああ」

 無精髭の男はゴクリと生唾を飲み、二人は顔を見合わせた。

「あれ……“ビアーナ”そっくりじゃねぇか!?」

「だろ? あれはきっとビアーナの生き別れになった弟に違いねぇ……」

「いくら似てるからって、それはねぇだろ?」

 無精髭の男は軽く笑うが、体格の良い男はかなり真剣だった。

「いや、きっとそうだ。あんな美形、そうはいねぇ」

「ははは……この町にいる男は不細工ばっかだしなぁ」

 無精髭の男がへらへら笑い、体格の良い男が頭を小突く。

「馬鹿っ! とにかくなぁ、このことをビアーナに知らせるんだ」

「痛……っ! まだ店始まってねぇのに、どこにいるのか分かってんのかよ?」

「知らねぇよ。だから今から探すんだ。手伝え!」

 体格の良い男が捲し立てると

「いた」

「馬鹿! そんなすぐに見付かるわけ……!」

「お〜いビアーナ!」

 遠くに背の高い女性がいた。無精髭の男の声に気付き彼女が振り向く。

「本当かよっ!?」

 体格の良い男はすぐに駆け寄った。

「ビアーナ、ちょっといいか? 話したいことがある」

「いいけど何の話?」

 女性は疑問の表情を浮かべ、首を傾げた。彼女は営業前の普段着だったが胸元の空いたワンピースになかなか値打ちの高そうなネックレスをぶらさげ、昼間のこの町には派手で浮いて見える。

「お前、弟を探してるって言ってたよな?」

「ええ……」

 男の血走った目に彼女は圧倒された。

「お前に似てる奴がいた」

「え?」

 彼女は大きく目を見開いた。

「さっきパン屋の前でダンスを見物してた。まだいるかもしれねぇ!」

「……」

 男は急かすが、彼女は驚きのあまり放心状態になっている。

「何してんだ! 弟に会いたかったんだろ!?」

 苛立った男は彼女の細い腕を強引に引っ張った。

「あっ……」

 よろめきながら男に連れられ、彼女はパン屋の側までやって来る。

「いないな……」

「……」 

 しかしそこに見物客はおらず、既にダンスは終わった後だった。ビアーナは愕然とし、肩を落とした。

 二人が諦めて行こうとすると

「バド――っ!」

 遠くのほうで声がした。

「……」

 ビアーナが立ち止まる。

「あっ!? あれだ、いたぞ。あそこにいる背の高い奴!」

 体格の良い男が指を差したその方向を彼女が見ると離れた場所に長身の男性がいた。そこへ小柄な少年が駆けて行く。他の人物は彼女の目には入らなかった。

「先生が帰って来たよ。今、馬車を返しに行ってるとこ」

 少年――アークが言った。

「そうか」

 と長身の男性――バドが返事を返し、この様子を遠くでビアーナ達が見ていた。

「ビアーナ、早く行けよ!」

 男が急かす。

「でも……もし、違ってたら……」

「何言ってんだ今更! そんなこと確認してみなけりゃ分かんねぇだろ!?」

「でも、怖いわ……」

「頑張れよビアーナっ!」

 と男は彼女の背中を押した。

「……?」

 彼女が不安そうな顔で振り向き

「ほら、行けっ!」

 とまた男が一声掛け、彼女は怯えながらも前へと進んだ。

 彼女がバド達の側までやって来ると彼らの視線が彼女に集中した。美しい切れ長でグレーの瞳、口角の上がった口、すらりと伸びた背、その美貌は圧倒されるほど妖艶で、まるでバドと瓜二つ。

「あなた……“バド”っていうの?」

 彼女は勇気を出してバドにそう尋ねた。

「ああ、そうだけど」

 とバドが答え、ビアーナの目から涙が溢れ出す。

「バド――!」

 そして彼女はバドを抱き締めた。

「ちょっと……!?」

 突然の出来事にバドは困惑し、他の仲間達も唖然としていた。

「本当にバドなのね?」

 彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で長身のバドを見詰めた。

「ああ」

「会いたかった! 私の……“弟”」

「弟っ!?」

 アークが驚いて思わず大きな声を出す。

「オレがあなたの弟? あなたはオレの……」

 困惑するバドにビアーナは言った。

「“姉”よ」

「姉さん……?」

 彼女の容姿の特徴がそれを証明するかのように彼と類似していた。瞳の色だけでなく形も、輪郭までもが似ている。髪の色は染めているのか赤茶だが、二人が並ぶと疑い様もなかった。

 そこへゲアンがやって来る。それに気付くと慌ててレミアが彼に状況を説明した。

「バド、私の家に来て?」

 愛しげに弟を見詰めるビアーナ。

「ごめん、姉さん。オレは仲間と共に行動している。だから一人で勝手な行動は出来ないんだ」

 それを聞いたビアーナの顔から笑顔が消えた。

「……」

 ゲアンがバドに近付き、そっとバドの肩に手を置く。

「バド、話は聞いた……姉さんとゆっくりしておいで」

 






 バドは仲間達と一旦離れ、ビアーナの家に案内された。着くとそこは平屋のアパートだった。

「夢みたいだわ。あなたとこうしていられるなんて……」

 ソファーにバドと隣り合わせで腰掛け、ビアーナは幸せに満ち溢れた笑みを浮かべた。

「姉さんは、ここに一人で住んでるの?」

「ええ、そうよ」

「そう」

 テーブルの上にはシガレットケースと煙草の吸い殻の入った灰皿、オイルライター、貴金属が無造作に置かれていた。

 ビアーナがティーポットを傾け、バドのカップにお茶を注ぐ。

「ありがとう」

 ビアーナがバドの全身をじっくりと眺め

「大きくなったわね」

 とバドの手と自分の掌を重ねた。

「手なんかこんなに大きい……私よりもずっと小さかったのに」

「姉さんはオレのこと何でそんなによく覚えてるの?」

「だって私、あなたのおしめの世話までしてあげてたんだもの」

 ビアーナは幸せそうにバドに微笑みかけた。

「そうなんだ」

「そうよ」

 漠然と返事を返す弟に彼女は詰め寄った。彼女の付けている香水が漂う。それはバニラのように甘く、ムスクのように官能的でまるで喉が焼け付くように濃厚だった。彼が好むアクア系の香水とはまるで違う。

「こんなに素敵な男性になってるなんて思わなかったわ」

 ビアーナはうっとりした目でバドを見詰めた。その身体を舐め回すように。

「姉さん、父さんや母さんは今どうしてるの?」

 バドのその問い掛けにビアーナの表情が曇った。

「父親は女を作って消えたわ。母親は……自殺した。あなたを捨てた後、気が狂ってね」

「何で母さんはオレを捨てたの?」

 ビアーナの眼の色が激しい憎悪の色に染まる。

「父親の愛人があなたを悪魔の生贄にしようとしたの。そしたらあの母親があなたを捨ててしまった。あの愛人おんなをどうにかすれば良かったのに、あなたを犠牲にした……ああなって当然よ! 死んだって許されないわ!」

 彼女は怒りと嘆きで興奮し、感情を露わにした。

「……」

 ビアーナの身体が興奮で小刻みに震え、バドはそれを落ち着かせるように彼女の背中に手を当てた。

「バド……」

 彼女は彼に抱き付き、彼は優しくそれを受け止める。

「もう一つ聞いてもいいかな?」

 ビアーナの眼がぴくりと反応した。

「姉さん以外に兄弟はいるの?」

 彼にとっては気になることだったが

「いないわ」

 そう短く返され、バドは少しがっかりした。

「ねぇ、バド」

「何?」

「私達って似てるんですって」

 ガラリと表情を変え、ビアーナは嬉しそうにそう言った。

「似てるかな?」

 バドが首を傾げると

「似てるわよ! 姉弟なんですもの!」

 とビアーナはまた気性を荒げ、強い口調で言った。

「そうだね……」

 バドは思わず苦笑する。

「バド、今日はここに泊まっていくでしょ?」

 笑顔でビアーナが尋ねるが、バドは困った顔をした。

「いや、今日は帰るよ」

「!?」

 ビアーナの表情が凍り付く。

「何故!? せっかく会えたのに……」

 彼女は悲しみに暮れたような顔をした。

「迷惑かけられないし……」

「迷惑なわけないじゃない!? 私がどれだけあなたに会いたかったか……一日たりともあなたのことを考えない日はなかったわ。それなのにあなたは……!」

 ビアーナは泣き崩れた。

「姉さん……」

 その姉をバドはどう慰めればいいのか分からなかった。

「行ってしまうの?……」

 泣きながらビアーナが言う。

「落ち着いて?……それから話そう」

 バドは彼女を刺激しないように優しくそう言った。

「……分かったわ」

 ビアーナがピタリと泣きやむ。

「驚かせてごめんなさい」

 そしてバドの頬にキスした。 

「落ち着いた?」

 優しい瞳でバドは彼女を見詰め

「ええ、もう大丈夫」

 とビアーナは微笑んだ。

「姉さん。オレ、今日ここに泊まってもいいかな?」

「嬉しい!是非泊まって行って?」

 ビアーナの表情が一気に明るくなりバドは安心した。

「ありがとう」

「最高に幸せだわ」

 ビアーナはまるで幸せの絶頂にいるような表情で、バドの頬に左右交互にキスをして抱き締めた。

「ねぇバド」

「何?」

「ずっとここにいて? 私達、一緒に暮らしましょう?」

 猫撫で声で甘えるように言って来る姉。その彼女の甘く濃厚な香水の香りに、口の中が甘ったるくなるような錯覚を起こす。

「姉さん、それは出来ないよ」

「どうして!?」

 ビアーナはショックで顔を歪めた。落ち着いた声でバドは話す。 

「オレにはやらなくてはならないことがあるんだ……だからここに居続けることは出来ない」

「やらなくてはならないことって何? 私よりも、そのことのほうが大事だって言うの!?」

 興奮して声を荒げる姉にバドは苦悩した。

「姉さん分かってくれ。オレは魔物ハンターとして魔物の被害に遭う人を助けたい。オレの育ての親である師匠は今、異世界からこの世界に侵入しようとする魔物と戦っている。オレに出来ることは、この世界にいる魔物を狩ることだ。もう……“時間がないんだ”」

「時間が無いってどういうこと!?」

「このままでは世界がどうなってしまうか分からないんだ」

「世界が終わるとでも言うの!?」

 目を血走らせる姉に対し冷静にバドは言った。

「そうなるかもしれない」

 ビアーナは更に興奮した。

「世界が終わるかもしれないのに、あなたと離れるなんて出来ないわ! あなたがいなくなったら私は生きて行けない……世界が終わったも同然よ!」

 ビアーナは半狂乱になり悲鳴に近い声で叫んだ。

「終わらせないためにオレは……!」

 バドが言う途中

「?」

 ビアーナの唇がそれを遮った。姉と弟の唇が密着する。

「!?」

 バドは彼女の身体をはね除けた。彼女がよろめく。その反動でぶつかったテーブルの上のカップが倒れ、その中身が零れた。

「……」

 ビアーナは悲しい瞳で弟を見詰めた。バドは何も言わず立ち上がると出口に向かった。

「待って!?」

 慌ててビアーナは彼を呼び止めるが、そのまま彼は部屋から出て行った。



是非、次話も御覧くださいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ