第四十九話:離島―魔物ハンター養成所
新キャラひょっこり
翌朝ゲアンたち一行は宿屋を出ると港へ向かった。
「ゲアン――!」
誰かが呼ぶ声がしてゲアンが振り向くと、声の主が駆け寄ってきた。
「カザル?」
「お前たち、“例の場所”に行くのか?」
「ああ」
その声にほぼ重なるようにカザルは言った。
「オレも行く」
「そうか」
ゲアンが静かに微笑し、自然と他の仲間たちにも笑顔が零れる。カザルが同伴することを皆、歓迎していた。
「10日間の休みをもらった。その間だけお前たちに付き合う」
「10日か…」
ゲアンが唸る。船旅をするにしては短すぎるが、連れて行ってやりたかった。彼は知恵を請うように、“頼れる兄貴分”を見た。
「どうするバド?」
バドは胸の前で腕を組み「う~ん」としばし考え込んでから吐き出した。
「では、すぐに出発しよう。もし間に合わなそうになったら、途中でオレが責任をもってここまで送る」
「おお~!」
アークが賞賛してバドに拍手する。
「頼んだぞ。10日以降に戻ると罰金を取られてしまうからな」
「了解した」
バドは口角の上がった口で不敵に笑うと「任せておけ」とカザルの肩をポンと叩いた。
こうしてカザルを迎えた一行は、同じ船に乗ってその島を離れた。
「そろそろ着くはずだ」
バドが言った。その言葉どおりか間もなくすると、一行が乗った船はとある運河へとやって来ていた。チャコフィールドの港を出発してから三日後のことである。期限はそれを差し引いて残り七日だが、余裕をもって三日以内には用事を済ませたいところだ。
バドにとっては懐かしい土地であったが、その彼よりも初めてそこに来た仲間――とくにアークのほうが歓喜に沸いていた。瞳を輝かせて無邪気にはしゃぐ彼の頭に「遊びに来たんじゃないんだぞ」とバドが大きな掌を乗せる。するとその大きな掌が好きなアークは「てへっ」と言って舌を出す。少し呆れて笑声を漏らすバドだった。
「ここだ」
バドの案内で一行はある建物の前までやって来た。
“魔物ハンター養成所”という文字の入った表札に古くさび付いた大きな門、その奥に石造りの怪しげな雰囲気の建物が見えた。
「へ~、ハンターの養成所ってこんな所にあったんだぁ」
建物を見上げて感嘆するアーク。バドに憧れ慕っている彼は、バドの職業である魔物ハンターにも少なからず興味を持っている。どんな所かとても興味があった。
「よく迷わずにここまで来れたな」
「ハンターは磁石がなくても方角がわかる“絶対方角感知能力”を持っているからな」
カザルに感心されて、バドは口角の上がった口で得意げな笑みを浮かべた。
「それはすごいな……」
魔法だけでも十分驚かされたのに、さらに不思議な能力を持っていると知り、カザルがますます驚いていると、アークが大仰な声を上げた。
「だからかぁ~」
「どうした、アーク?」
バドが不思議そうにアークを見る。
「だから今まで磁石も羅針盤も使わなくても、森でも海でも遭難しなかったんだ?」
「なんだ今更、知らなかったのか?」
「知らなかったよ~、バドってただ道に詳しいだけなのかと思ってた。そっかぁ、これでやっと謎が解明したよ」
「ふふ、それは良かったな」とアークの頭を軽くポンポンと叩くと
「さあ、行こうかみんな」
バドが先導して養成所の門を潜って行った。
「おお、バドか!?」
「お久しぶりです、マーシャル先生」
入口の扉を開けると奥から人が現れた。バドの恩師だった。数年ぶりの再会にバドの顔が自然とほころぶ。抱擁を交わす二人だった。それを見た仲間たちの顔もほころぶ。場が和む瞬間であった。
「随分大人っぽくなったなぁ? 昔は華奢で女の子みたいにかわいかったが、こんなに逞しいくなって……」と感心しながらバドの肩や腕に触るマーシャル。まるで親戚の伯父さんのようだ。
「マーシャル先生は変わらずお元気そうで何よりです」
「そう、おかげさまで……って、なんだか“他人行儀”だな~?
ところで今日は何しに来たんだ。何か用があって来たんだろ? じゃなきゃわざわざこんな辺鄙な所になんか来ないだろうし」
バドが静かに首肯する。
「“死の谷”へ行く許可をいただきに来ました」
「死の谷!?」
その単語を聞いたマーシャルは表情を険しくした。バドが続ける。
「実は“死に神”と呼ばれる人物を探していまして……」
マーシャルが言下に言った。
「知ってるぞ!」
「本当ですか?」
「あの死に神に魂を売ってるとんでもない奴だろ!?」
「魂を売っている?」
バドが眉を潜める。
「ああ、死神と契約し、怨みを晴らしてもらう代償として死に神に依頼人の魂を売って金儲けしてるんだぞそいつは。お前そんな奴を探してどうするつもりだ? 関わらないほうがいいぞ」
“死に神”の実態が少し見えてきた。確かに関わらないほうがよさそうである。仲間がざわついた。バドが開口する。
「先日、彼の知人が“死に神”に殺されたんです」
「なんだって!?」
マーシャルが目を瞠る。
「その時ゲアン(かれ)が側にいたんですが……」
「じゃあ会ったのか? その“死に神”に」
「いいえ」
バドが首は横に振った。
「どういうことなんだ。その時側にいたんだろ?」
「側にはいましたが、私にはなにも見えませんでした」
「見えなかったって、何で?」
状況が把握できないマーシャルの問いにバドは答えた。
「その時“本物の死に神”が現れたらしいのですが、その姿を確認することはできませんでした」
マーシャルは一瞬目を瞠り、すぐに破顔した。
「な~んだそうか、てっきりわしは“人間のほうの死に神”のことを言ってるのかと思った。そりゃそうだ。死神が見えるのは、死ぬと決まった奴だけだからなぁ」
「その死神が現れたのは、ある忠告があってからのことなんですが、人間に死に神を操ることは可能なんでしょうか?」
「ん? あー、それは無理だろう。“死に神”という奴も、取引しているだけで、操っているわけではないからな」
「そうですか」
首肯しながらバドは言った。
「で、その前に言ってた“忠告”っていうのはなんだ?」
バドが言葉を紡ぐ。
「カザル(彼)の知人の女性に“ある人物の”ことを占ってもらったんですが、その時彼女が深く調べようとしたところ、『これ以上深く調べようとすれば、お前の一番大切なものを奪い取る』と彼女の頭の中に声が聞こえたらしいのです」
「それで結局調べたのか?」
「はい」
「つまり……“死に神”の邪魔をしたってことだな」
マーシャルの顔から笑みが消えた。
「……」
「それはまずかったなぁ……“死に神(人間の)の”邪魔をした奴は、“本物の死に神”に魂を抜かれて死ぬと言われている……みんなそれを恐れているから、“死に神”は野放しにされる……」
「“野放し”に? では死に神は隠れているわけではないということなのですか?」
「というか……隠れる必要がない。ほとんど無敵だからな」
「では、いったいどこに?」
「そんなに、死に神に会いたいのか?」
「はい」
「まぁ、会ってもただの偏屈じいさんだ。気が抜けるだろう……ちょっとそこで待っててくれ」
そう言ってマーシャルは所内の事務所の中に消えた。
間もなくするとマーシャルが戻ってきた。女性を一人連れている。長身ですらりとして美しいその女性に、アークは呆けたような顔で見惚れた。
「!?」
バドが大きく目を瞠る。あまり見せない行動だった。危機感を覚えたように顔を引きつらせているとマーシャルが言った。
「“死に神”には“死の谷”に行けば会えるだろう。案内役はマニトゥス先生がしてくださる」
「久しぶりね、バド。うふっ♥」
「よろしく、お願いします……」
握手を求められそれに応じるバド。ギクシャクしたその動きに、何かに焦っているように見える仲間たちだった。
マーシャルが言う。
「ではこの同意書を読んでサインしてもらえるか?」
「はい」
渡された紙に目を通してバドがサインすると、マーシャルがそれに認印を押した。
「これで手続きは終了だ。これは養成所に保管しておく」
「いろいろと情報をありがとうございました」
礼を言ってそこを後にしようとすると、マーシャルが釘を刺すように言った。
「いいか、“死に神”がただの爺さんだからといって決して怒らせるんじゃないぞ? わかっていると思うが……わしから言えるのはそれだけだ」