第四十八話:孤島「死の宣告」
ライザが最期を迎えた日──
「水の聖霊よ、第三者の姿をこの水鏡に映しだせ──!」
水の入った鈴の桶に向かってライザが呼びかけると
“✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡……”
水面に次々と記号が浮かび上がった。
「こっ、これは…!?」
水面に映ったものを見て驚愕したライザが大きく眼を瞠り、身体を強張らせる。
傍で見ていたカザルやゲアンたちがその様子を見守る中
「殺される!?…」
突然ライザが叫んだ。慌てた拍子に腕が桶にぶつかり、中の水が床に零れる。
「ライザ!?」
「いったい何が見えたのですか?」
ゲアンが問うとライザは言った。
「“死の宣告”さ」
彼女の顔からはすっかり血の気が引いていた。
「死の宣告?」
「あれは、あの文字は呪いの“禁断魔法”の呪文だ! 死神が……っ!」
ライザの口から血が吹き出す。
「!?」
驚愕しているゲアンに、さらにライザはこう告げた。
「“死神が来る”……早くあの子を!!……」
言い終わるか終わらないかのうちに、再び吐血が彼女を襲った。
「ライザ!?」
カザルは混乱して叫び、ゲアンはライザに回復呪文を唱えるが
「あたしのことはいい! それより早く、カザルを……カザルを……!」
「魔法が効かない…」
ライザの体調は回復しない。
他に方法はないかとゲアンが考えを巡らせていると
「死神が来た……」
ライザはそう言ってガクガクと震え出した。
「離せ!」
カザルがライザのもとへに向かおうとするが、バドに止められ
「うッ!」
鳩尾に正拳突きを入れられ、気を失うカザル。バドは自分の肩にその体重を受け止めると、床に寝かせた。そしてまだ子供の少年と少女に向って切り出した。
「カザルを囲んでトライアングルを作れ!」
「どういうこと?」
少年アークは円らな瞳を瞬かせて困惑した。
「三人でカザル(かれ)を囲んで三角形になればいいのよ」
少女──レミアのほうが頼もしく、アークは
「なんだ、そういうことか……」と苦笑いした。
バドとレミアとアークは、カザルを囲んで三角形を形成した。
「意識を集中して何も考えるな! オレがいいと言うまで決して心を乱すな!」
バドは鋭く見据えて二人にそう伝えると、静かに瞑想を始めた。間もなくして三人を光の帯のようなものが繋ぎ、巨大な三角形が出現した。
「!?」
アークは思わず声を上げそうになる。
「!?」
レミアは驚くも、意識を集中させることに集中する。
「いいか、そのままでいろよ? “何が起きても”決して取り乱すな。怖かったら、目を瞑っていろ」
「……」
“何が起きても”という言葉にアークはゾッとした。
「わかったわ」
一方レミアはアークとは違い、落ち着いて答える。
バドは言った。
「このトライアングルでカザルの気配を消している。一瞬たりとも気を抜くな。トライアングルが消えれば“相手”に見付かって終わりだ」
「オレたちも?…」
「……」
「!?」
バドが答えず、アークの背中に恐怖とプレッシャーが一気にのしかかった。だが固く瞼を閉じて何とかそれに耐え、意識を集中するアーク。
一方ゲアンは敵の攻撃に備え、ライザと自分の周りにバリアを張った。
咳込みながらライザが声を発した。
「……カザルは、あの子は無事なのかい!?」
「彼なら大丈夫です。心配ありません」
ゲアンがそう答えた矢先
「ああああぁぁぁ……!」
突然ライザが目を見開いて顔面を硬直させた。
「!?」
ゲアンが不審に思い、すばやく身体ごと捻って自分の背後を見るが、そこに何ら変わった様子は見られなかった。
「あぁあぁ……死……“死神”が……!?」
しかしライザの悲鳴は続いた。“何か”が部屋の中を動き回っているのか、彼女の目がそれを追うように動いている。“それ”がカザルのいる方向へ行った――とでもいうように、ライザの視線がそこで停止した。彼女の震えが激しさを増し、脂汗が滲み出る。
その間もバドら三人は、トライアングルを維持するため意識を集中していた。
「死神が……“居る”……ツ!」
ライザは眼をギンギンに見開いて“何か”を見て震えているようだった。
「どこです?」
ゲアンが周囲を見回してそれを探すが、見付からない。するとライザは言った。
「“あれ”が見えるのは死ぬと決まった人間だけなんだよ。もう……終わりだ。“あれ”が見えたら……もう終わりなんだ!!」
彼女の震えは一層激しくなっていった。
「落ち着いてください。あなたに見えたのは幻覚か何かでしょう。本物の死神を人間が操れるはずがありません」
「死神ならできる──“死神と呼ばれる人間なら”……」
そう言い終えた次の瞬間、眼も口も開けたままライザの動きが停止した。
「?」
ゲアンも目を瞠る。何が起こったのか、すぐにはわからなかった。
ライザの瞳孔が開き、まるで魂を抜かれたようになっている。
「なんてことだ……」
ようやく事態を把握したものの、その哀れな姿を見てゲアンは愕然とした。
「敵はいなくなった」
仲間たちのところへ行きそう告げる。それを聞いたバドたちの意識が解放され、同時にトライアングルが消えた。
「……?」
意識を取り戻したカザルは、すぐにはっとして起き上がった。
「ライザ!?」
そう叫ぶが
「“彼女”は亡くなった」
「……」
惨酷な報告がゲアンからもたらされた。
「!?」
「嘘!?」
アークが度肝を抜いたように叫び、皆驚愕した。
「ライザ」
カザルがすぐさまライザの下へ駆け寄る。
しかしその呼びかけにライザはまったく反応せず、何も答えなかった。すかさずカザルがライザの身体を揺すろうとするが
「なんてことだ……!?」
彼女の身体が体温を失い、硬直していることに気付く。
「なぜだ、なぜライザが! 死神は、オレを狙ってたんじゃなかったのか!?」
その叫びが虚しく室内に木霊した。
現在────
「“死神”だと?……」
カザルが言った。魔法を初めて目にしたのも最近の彼には、あまりに非現実的な言葉だった。彼は怪訝そうにバドを見据えるが
「ああ」
首肯せずバドは即答した。「“人間のほうのな”」と付け足す。
「どうやって探すつもりだ? 何処にいるのか全く見当も付かないというのに」
「見当はつく」
「!?」
「おそらく“死の谷”だろう」
「“死の谷”?」
「そう、死の谷は魔界とこの世界との間にあり、“実在し存在しない場所”とされ、古くからそこで“禁断魔法”の儀式が行われていると言われている」
「“実在し存在しない場所”? そんな場所にどうやって行くつもりだ」首傾げる。
「死の谷は、この世界と魔界を繋ぐ空間に付けられた名称で、普段は目に見えない場所だが、行き方はハンター養成所で許可をもらえば教えてくれる」
「……」
ゲアンとバドは墓所を後にすると、仲間たちが宿泊している宿屋に戻り、何事もなかったかのように静かに就寝した。
雑ですみません。。。m(__)m