第四十五話:孤島「愛と偏見」
ずいぶん更新が遅くなってすみません。すみません。すみません。。。(>_<)
この世界には東西南北の大陸や島に魔女や魔術師が暮らす地域があり、東をトーマ、西をセーマ、南をミマ、北をキマと呼んでいる。そこにはそれぞれ異なった言語の魔術が存在し、それらは魔術を独自に発展させようとした魔女たちの間で発祥したとされ、各地に同じ魔法が違う呪文に置き換えられたものもあるが、中にはその地発祥で特有の魔法も存在する。その一つに“空間圧縮術”というセーマ発祥の魔法があるのだが、それは空間を歪めてしまう恐れがあるとして、現在は魔術師協会で使用を禁じられている。他の地発祥の魔法にも“移動”の類はあるが、もっとも最短で移動できるのはその空間圧縮術という魔法である。
トーマ語魔法の使い手であるトレゾウは今、巨狼の背に跨がって金物屋に向かっていた。陸路での“移動”に使える魔法があるが、体力の消耗が激しくなるのでここでは使用しない。
向かう先の金物屋は本来武器や鍋などの修理をしてくれる店のはずだが、なんでも屋的なところもあるのか、バドはそこで首飾りを注文していた。間違いなくそれはニナにあげるものではないだろう。このアマテラスに運ばせようとしているのだから。それにしてもそんなものをよりによって、“振った女”の巨狼に運ばせようとは……なんて無神経な奴だっっ!? トレゾウは歯を剥き出しにして悪態を吐いた。
バドの伝心を風の聖霊の伝霊を介して受け取ったアマテラスの脚に任せてたどり着いたのは、小さな村の一角にある金物屋の前だった。トレゾウも何度かそこを利用したことがある。彼はアマテラスを外に残して店に入った。
「いらっしゃい」
顔なじみの店主に濁声で迎えられた。
「バドの代理で、予約した首飾りを受け取りにきた」
ぶっきらぼうにそう伝えると店主が店の奥からそれを持ってきて、勘定台の上に置いた。
「ん、それは……?」
トレゾウはクリッとした目を大きく瞠った。キラリと光る碧色の物体に目が止まる。ペンダントトップに嵌め込まれたそれは宝石のエメラルドに似ているが――
「おい、おやじ。これに付いてるキラキラしたのって……」
「ああ、これか。これはなんとかドラゴンの鱗だとか言ってたな」
なんとかドラゴン――それを聞いたトレゾウは
「ふん、やっぱりそうか」
ムスッとした顔でそう独語した。
店を後にするとトレゾウは、再びアマテラスの背に跨がった。アマテラスは河のあるほうへとどんどん進んで行く。やがて河の前にやって来た。
「ここを渡るのか……」
額に冷や汗を浮かべるトレゾウ。いくら彼が妖怪とは言え川幅は広く、さすがに跳んで渡れるような距離ではなかった。アマテラスはというと、魔獣はたいていのものが川を泳いで渡れるので、しかし人間を乗せた場合はどうなるかわからない。アマテラスと一緒に泳いで渡るという方法もあるが、流されてしまえば人同様溺れる危険性もある。トレゾウは束の間、眉間に皺を寄せて思案するが……
「がんばれよ、アマテラス」
意を決した彼は、アマテラスに向かってそう鼓舞して渡河に挑んだ。
「わあわあわあ……!?」
途中揺れたり、水中に身体が沈んだりしてしてトレゾウは叫び、ヒヤヒヤしながら河を渡っていく巨狼と妖怪。それでもなんとか無事反対岸に渡り切ると、トレゾウは肩の辺りまでずぶ濡れになっていた。アマテラスもびっしょりだ。
「服が重い……」
げっそりした顔で虚空を睨むトレゾウだった。すると
「わわッ!?」
彼はまた悲鳴を上げることになった。どたんと地面に投げ出され、さらに乗っていたアマテラスが濡れた身体の水を飛ばそうとして、頭や身体をぶるぶると激しく振ったのだ。
「……っっ〜」
そして顔のほうまで飛沫を浴びたトレゾウは、全身ずぶ濡れになった。
「涼しくなくなったな」
アマテラスの背上で呟くトレゾウ。季節は夏真っ只中である。ずぶ濡れだった服やその他も、強い日差しのおかげで走っているうちにほとんど乾いてしまっていた。アマテラスの体毛も日に当たっている部分は乾いていた。走り続けてそろそろ呼吸が荒くなってきたアマテラスを気遣かって、トレゾウが声をかけようとしたその時だった。
「アマテラスっっ!?」
街並みを前方に確認した所でアマテラスは力尽き、砂浜の上に倒れてしまった。咄嗟に背上から飛び降りたトレゾウが、傍に寄って軽く頬を叩くが反応はない。仕方なく彼は背中におぶってやることにした。
「オレに道を案内してくれ。右に曲がる時は右肩を前脚でギュッ。左に曲がる時は、左肩を前脚でギュッだ。わかったか?」
わかった、と言う変わりか、アマテラスは両方の前脚でトレゾウの肩をギュッと握った。
「あぎゃっ! 軽くだ、軽く!」
カプッ。
「?……」
これもわかった、の意味か? アマテラスは口を大きく開けて、トレゾウの頭にかじりついた。
「なんだこれは……」
ムスーっとして困惑するトレゾウ。なんともシュールな構図が完成した後、アマテラスは眠るように“主人”の背に全身を預けた。
「がんばれ、アマテラス。おまえがポッとなったバド(おとこ)に会えるぞ!」
トレゾウはまた鼓舞して、アマテラスの尻を叩いたのだった。
ハンターバッジを見せて、トレゾウは(アマテラスも含め)関所を通過した。ハンターバッジは魔術師協会に加入すると配布され、身分証変わりのようなものでもあり、それを提示すれば世界各地の関所を通過できる。魔物の駆除は緊急を要する場合もあるので、ハンターは自由に入国できるようにと、世界条令でそう定められているのだった。
前方に石造りの建造物が建ち並んでいるのが見えてくる。トレゾウはその街並みに続く道を駆けて行った。
道が大きく三つに別れている地点に来てトレゾウは足を止めた。
「次はどっちだ、アマテラス」
後ろに首を向けて問う。背中におぶったアマテラスが、動くたびにゆっさゆっさ揺れる。アマテラスはその揺れに身を任せ、完全にぐったりしているようだった。しかしアマテラスには悪いが、こんなところで迷ったら届け物をするどころではなくなってしまう。バドを探すことはおろか、迷子になってしまいそうだった。そんなわけで、アマテラスに頼るしかないトレゾウだった。すると、ギュッ。
「よし、右だな」
肩を握られた感覚がしてトレゾウは、息を切らしながら握られた方向に向かって駆け出した。すぐに人で賑わう繁華街に出る。
「おーい!」
視力が人並み外れて(※妖怪です)高いトレゾウは、遥か前方に見覚えのある人物の姿を認めて叫んだ。と同時に人混みを掻き分けて、そこへ向かう。長身で人混みの中にいても、頭の位置が高いので見付けやすい人物のもとへ。
「お前も来たのか……」
アマテラスを背負って現れたトレゾウ見て、困惑の表情を見せたのはバドだった。トレゾウはムスッとした顔で物申す。
「悪いか? オレはアマテラスの主人だぞ」
「それはそうだが……」
「ふん、人に届けさせておいて礼もなしか」
「すまん、悪かった。ここまで届けに来てくれてありがとう」
不機嫌なトレゾウとアマテラスに、ありがとなと言って頭をなでるバド。アマテラスが「ぽっ」となり、純情な乙女のように照れた顔をする。
「なんだ?」
するとバドが人目を避けるように、トレゾウを裏路地に誘導した。
「ここで渡してくれ」
トレゾウはふん、と鼻を鳴らすと、雑嚢の中から頼まれた物を取り出した。それをバドの胸に向かって突き出す。バドは少しのけ反ってそれを受け取った。
「ありがとう」
それは口を紐で閉じた革の袋で、少し水で湿っていた。
「アマテラスに乗って、ここまで来るのは大変だったか?」
「まあな」
風の精霊を呼んでアマテラスに伝心してからここに到着するまでの時間を考えると、それほど遠くはなかったようだが、アマテラスの様子を見ればよほど無理してきたことが窺える。なのに「まあな」とは。トレゾウのその強がりが彼らしくもあり、それが不思議と微笑ましかった。バドが紐を解いて袋の中を確認すると、美しい碧色の輝きを放つ首飾りが出て来た。
「それでいいんだろ?」
「ああ」とバドは微笑した。
「だが悪かったな、勝手にアマテラスに頼んだりして」
「ふん、オレには伝霊が聴こえないからな」
トレゾウは上目遣いに、長身のバドを見据えて続けた。
「そんなに“急ぎの用”だったのか?」
「まぁ」
言葉を濁すバドをさらに訝るような眼差しで見詰めるトレゾウ。女にやるんだろ。
「え?」
「え?」
胸の内で言ったはずの言葉が……
「お前、オレの心の声が聴こえるのか!?」と警戒して後退するトレゾウだったが
「いや、今お前、口に出して言ってたぞ」
「“言ってた”?」
額を見えない汗がツーッと流れるトレゾウ。どうやら無意識に口から声が零れていたらしい。
「それよりどうしたんだ、アマテラス。具合でも悪いのか?」
バドは歩み寄って、トレゾウの背中でぐったりとしている巨狼の顔を覗き込んだ。すると仄かに良い香りが空気中に漂った。それはバドが愛用している香水の芳香だった。鼻をぴくぴくさせる巨狼とその主人の妖怪。ぱちり。
「?」
覚醒したようにアマテラスの眼が見開かれ、バドも切れ長の瞳を瞠目させた。
「わわ、イデッ! どうした、アマテラス?」
そう叫んだのはトレゾウだった。突然背中にいたアマテラスが暴れるように脚をバタバタさせたかと思うと、背中を蹴って跳躍したのだ。ぴょーーんと飛んでトレゾウの頭を乗り越える。頭上を仰ぐバド。そこに晴天を背景にした巨狼の姿が映り…バドに向かって落下。それを見事捕らえるも――
「っ!」
勢い余って、魔獣を抱えたまま後ろに倒れるバド。
「バドっ!?」
バドに覆いかぶさるアマテラスを見て、トレゾウは叫んだ。アマテラスはトレゾウの飼獣となったとは言え、魔獣は魔獣だ。人間を襲う可能性がなくなったわけではない。トレゾウは咄嗟に、腰間に携えた剣の柄に手をかけた。
「やめろ、アマテラス!! そいつは敵じゃな……」
お? バドを助けようとして近付いたトレゾウは目を点にした。アマテラスがバドの顔を愛撫するように、舌で激しく嘗めている。
「襲われてるんじゃなかったのかッ!?」
肩を怒らせて憤慨するトレゾウ。しかしバドは苦しそうに
「でも助けてくれ。息が……」と助けを求める。トレゾウは不機嫌な顔をしながらも、アマテラスを鷲掴みにしてどけてやった。バドはアマテラスの、ある意味攻撃から解放されて大きな息を吐くと、少しよろめきながら立ち上がった。
「ははは……」
彼は顔中アマテラスに涎まみれにされ、もわ〜んとした獣臭くさに笑うしかなかった。
人騒がせな奴らめ! とトレゾウは、憎々しげにバドと巨狼を交互に睨んだ。
頼まれたものを渡して、バドとはそこで別れたトレゾウだったが、彼はこっそりバドを尾行していた。あの首飾りを渡す相手を見届けるまでは、絶っっ対帰らないぞ! そう決めていた。ここに来るまでに散々な目に遭ったんだ。見ないで帰ってたまるかっ! と。
一方バドは裏路地を出ると、人でごった返す飲食店街から遠ざかり、衣類や雑貨が並ぶ店が軒を連ねる所へ向かった。
待ち合わせか?
その後ろ、半径10メートル以内にトレゾウあり。彼は鍔広の帽子を目深に被り、建物の影に隠れてバドの動向を探っていた。
バドはある店の前で足を止めた。商品を見ながら、店主らしき男性と会話を始める。
「バド――!」
とそこへ小柄な少年が現れた。
あいつじゃないな。
次にバドに並ぶ長身の男性と少女が伴って現れた。
あいつも、あいつもちがうだろう。
それらしき人物が現れず、トレゾウは顔をくしゃくしゃにさせて苦悩した。そうこうしているうちにバドたちは集まって何やら話した後、それぞれ別々の方向へ向かった。小柄な少年は、そこから西へ。港がある方向だ。長身の男性は北へ。彼と同伴していた少女とバドは、道の途中で左右に別れた。トレゾウは、その二人を尾行することにした。
ふとバドが背後を振り返った。やばい! 慌ててトレゾウは建物の後ろに身を隠す。気付かれたか? ドキドキしているとバドは前に向き直り、また歩き出した。気付かれてなかったか……。胸を押さえて安堵するトレゾウ。彼は再び尾行を開始した。並んで歩くバドと少女は、身長さが頭一つ分以上もあり、トレゾウには年の離れた兄妹か親子のように見えた。二人は街道を挟んで建つ店を見ながら歩き、ある店の前で足を止めた。
ん? 二人は「宿」の看板が架かった店に入って行った。
「……」
ここは“普通の宿屋”だよな? その看板を疑い深くじーっと睨むトレゾウ。そーっと店の扉を開けてその隙間から中を覗き込むと、バドと少女の後ろ姿が見えた。
「そうですか」
話を終えてバドが踵を返す瞬間、トレゾウは素早く逃げるようにその場から離れ、辺りをキョロキョロ。しかし隠れる場所が見付からなかった彼は、自分が着ていたマントを脱ぎバサッと広げると、それを被って地面に寝そべった。地面の色とマントの土色が同化していたが、微妙に盛り上がっている。後からバドと少女が店から出て来た。店の脇にある“それ”が目に入るが、バドは特に気にかけずに店を後にした。
トレゾウの尾行は続く。バドと少女はまた別の宿屋に入るとすぐに出て来た。
あいつらさっきから宿を探しているみたいだが、まさか二人で……〜〜
想像したくないのに妄想が膨らんで来て、トレゾウはぶんぶんと頭を振った。
バドと少女はまた入った一軒の宿屋から出て来た。少し歩くと彼はふと足を止めた。少女も足を止め、長身の彼を仰ぐ。
「……〜〜」
その様子をこっそり眺めるトレゾウは、ごっくん。固唾が音を立てて喉を伝った。目をギンギンに瞠り、息を殺して――待つ。
一方バドは、こうして見られていることを知ってか知らずか、懐に忍ばせていた皮の袋を取り出した。
「あっ!?」と叫ぶ形に口を開けて、トレゾウが驚愕する。
「お前に渡したいものがある」
「渡したい、もの?……何?」
小首を傾げてキョトンとする少女に
「手を出して」とバド。少女は言われるままに手を出した。その上に皮の袋が置かれる。
「開けてみてくれ」
「ええ……」
少女は大きな瞳を瞬かせ、困惑しながら袋の口に巻き付いている紐を解いた。中に入っていた物を取り出すと、目と口がゆっくりと大きく広がった。
「きれい!?〜〜」
それは首飾りだった。ペンダントトップに嵌め込まれている、碧色の煌めきに目を奪われ恍惚とする。
「これ、どうしたの?」
「狩りの仕事で取ってきたアサセドラゴンの鱗を使って、金物屋で作ってもらったんだ」
「素敵〜、宝石みたい……」
顔の前に翳して魅惑の煌めきを眺める少女。
「付けてやる」とバドは後ろに回って、首飾りの留め金を付けてやった。
「思った通りだ。お前の髪と瞳の色に合っていて、とてもよく似合ってる」
「本当?」
「ああ、綺麗だ」
「嬉しい。ありがとう、バド。この首飾り、大切にするわ」
少女が自分の首に下がっている首飾りを眺め、幸せそうな顔で長身のバドを仰ぐ。
「ちょ〜っと待ったああ〜〜!!」
二人が向き合い、何かが始まりそうだと予感と同時に悪寒が走ったトレゾウは、そこへ向かって激走した。
「トレゾウ」
「?」
唖然とするバドと少女。目を血走らせて鼻息まで荒くしているトレゾウを見て、二人は何故彼がそんなに興奮しているのかわからなかった。
「どうしたんだ、トレゾウ?」
「“どうしたんだ”じゃないッ!」
トレゾウは狂犬さながらの、歯を剥き出しにした怒りの表情で言った。
「どんな女かと思って後を付けてみれば……“首飾りの相手”は、その“小娘”だったのか!?」
興奮して唾を飛ばしながら肉薄してくるトレゾウから、逃げるように姿勢を反らすバド。ずいずいと迫るトレゾウ。じりじりと後退するバド。
「お前と歳の差はいくつだ!?」
「十歳だ」
「十歳っっ!? それじゃあ、まだ子供ってことじゃないか!!」
今一度少女の顔を見るトレゾウ。艶々とした赤い色味の髪と同系色の大きな瞳。顔立ちは美しいと言ってもよかったが、まだあどけなさが残っている。しかしバドよりも十も下だったとは。まさかそんな年下の少女が相手だったとは……っ!
あまりに衝撃的で、トレゾウは頭が混乱した。
少女もこの状況に困惑していた。そんな彼女を護るように、バドはその肩に腕を回して言った。
「世間の見方はそうかもしれない。だがオレは、彼女を子供ではなく、一人の女性として見ている」
真っすぐな双眸で言われてたじろぐトレゾウ。
「お、お前、“ロリコン”だったのか……?」
嘘に決まってるだろ、そうでも言って笑い飛ばしてほしかったが
返ってきたのは沈黙だった。
「……っ……っっ」
そしてそれ以上何も言えず、トレゾウはその場から去って行った。
【言い訳】このエピソードはネタ帳にはないネタなので、間に無理矢理割り込ませました。もともとできている話の間に新キャラを登場させたり、そのためにまた新たにエピソードを加えて、さらに話が繋がるよう修正するのに手こずりました。他の作品の執筆もありますし。。
言ったかもしれませんが、ネタ帳には二ナもトレゾウもパルファムも登場しません。こちらのサイトで小説を描くようになって、おぎゃあと産まれた作者のコドモたち(←キャラ)です。
では次話でお会いしましょう~