第四十四話:孤島「伝言」
久しぶりに“あいつ”が登場。誰かは読んでお確かめぐだされ☆
ライザの家を後にしたゲアン達は、森林地帯を抜けて町に出た。カザルには夕方にでもまたあの詰め所に赴き、そこで会えたら話すことにした。外は中天より高く上り詰めた太陽の熱で、焼けるように暑くなっていた。丁度正午を迎えて食べ物の香りが空気中を漂い、鼻を通って食欲を刺激した。それに呼応したようにアークの腹がぐ〜と啼く。では料理店にでも入るかということになり、一行が街を散策していると偶然人混みの中にカザルの姿を発見した。
「カザル」
ゲアンが声をかけると、カザルは立ち止まって振り向いた。ゲアンらが歩み寄る。
「ハーフヘルムの男……」
そう呼ばれて、ゲアンは失笑気味に小さく笑った。
「またその呼び方か」とぼやく。
「はは、そろそろ“ゲアン”と呼んでやってくれ」
ゲアンの肩に腕を回してバドが言う。
「そうしてくれ」
いつも凛としていて大人びているゲアンだが、そうやってバドに庇ってもらうように肩を抱かれているとなんだか可愛く見える。カザルは涼しげな目をしばたたかせ、不承不承ながらも
「分かった……」と言って、照れ隠しのように口をへの字に曲げた。普段は冷静沈着な表情をしているのに、時々以外な場面で子供っぽい表情を見せるところが、ゲアンに似ているな。カザルに親近感を覚えて、バドは美しい切れ長の瞳を細めた。カザルの身形を見て尋ねる。
「買い物しに来たのか?」
というにはやや大きめの雑嚢を肩にかけ、髭も髪型も余所行きのようにきちんと整えられていた。旅行にでも行くのだろうか。カザルは「いや」と首を振って短く否定した。
「妹が入院している病院に行く所だ」と続ける。妹――“例”の病気の妹か? すぐにそのことがバドの脳裏を過ぎった。
「いつ戻ってくるんだ?」
「明日の夕方か、遅くとも明後日には戻る」
「そうか……」
カザルの乗った船は、汽笛とともに港を離れて行った。
カザルと別れてから入った飲食店で、バドは切り出した。
「オレは済ませたい用事があるから、少し抜けてもいいか?」
すぐさま疑問を投げかけるレミアとアークの視線が飛んで来る。
「ああ、構わないが」と淡白に答えるゲアン。追求しない彼に替わって、すかさずアークが尋ねる。
「一人で? どっか行きたいとこでもあるの?」
疑うわけではないが、“一人”でというところが引っ掛かり、訊かずにはいられなかった。バドは
「ちょっとな」と意味ありげに微笑した。
出たっ! “ちょっとな”。大人がはぐらかす時によく使う言葉だ。絶対怪しい。これは何かあるぞ。ますます疑惑が深まるアークだった。バドは不安になって泣きそうな顔をしているレミアにも笑いかける。大丈夫だ、と安心させるような優しい眼差しで。しかしその意味を解せないレミアは、何この包み込むような微笑み? と余計不安になってしまった。
仲間と離れてから、バドは人気のない場所に来ていた。心地好いせせらぎが優しく鼓膜を叩くそこは、レミアとも訪れた土手である。適当な場所が他になかったので、そこに決めたのだった。彼は川縁に腰を下ろして瞑想に入ると、風の聖霊に念で話しかけた。聖霊は、どこにいても、どこからでも念を受け取ってくれる。彼の念を受け取った聖霊が風に乗せて噂として流すことで、それがまた中級以上の魔族に届けられる。念は時間差を生まないため、一瞬にして今彼がいるこのチャコフィールドから、遥か離れた地にいる巨狼のもとへとその伝言は届いていた。そこは何処かの森の奥。受信したアマテラスの濃い黄色と銀色の左右がそれぞれ異なった色をしたオッドアイが発光する。しかし受信したはいいが、その念をそのまま言語にして口から伝えることはできないアマテラスは、それを伝えようと傍らで呑気に木の実を頬張っていたトレゾウを焼け付くように凝視した。やがてその強い視線の熱を肌に感じたトレゾウが顔を向けた。野生の獣が獲物を捕らえようとして迫ってこようとしている視線――彼の目にはそう見えた――がそこにあり狼狽する。
「なんだ、アマテラス。そんな恐ろしい眼で主人を睨みつけて。まさか反抗期かっ!?」と身構える。額を一筋の冷たい汗が伝う。そんな焦るトレゾウには構わず、アマテラスが二本脚で立ち上がった。喰われる!? いよいよそんな危機感を覚えたトレゾウは大きく目を見張った。まさか一度服従した魔獣が再び襲ってくるとは……。狼狽している彼の肩に、アマテラスの両脚が乗っかった。「わ!?」と叫ぶ形に口を大きく開けたトレゾウ。がそうなった瞬間
?――……。頭の中に念が流れ込んできた。何が起こったのかわからず、キョトンと目をしばたたかせるトレゾウ。しかし徐々にその顔が複雑そうに歪んでいく。なん……だとおぉ? “あいつ”ぅぅぅ〜ッ!
代わりに金物屋に行って、予約しておいた首飾りを取りに行ってきてくれ。代金はオレの付けでいい――だとおお!?
それをアマテラスに持たせて、チャコフィールドという島に届けさせてくれ――だとおお!?
首飾りなんて、そんなものをいったいどうするつもりだ。女か? 女だな。どこのどいつに渡すつもりだ〜〜ッッ!?
トレゾウは散々悪態を吐くと、何か閃いたように目を光らせてニヤリとした。よーし……と企む顔でアマテラスを見る。無垢な巨狼の銀色と濃黄色のオッドアイが、邪悪な色にくすんだ目で笑う主人を映す。自分の肩に乗っている魔獣の太くて逞しい両脚に、手を置いてトレゾウは言った。
「マテラス、“首飾りの相手”を拝んでやりに行くぞ」
やっぱトレゾウ(ニナも)描くのは楽しい♪