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第四十一話:孤島「御前試合」

「始まる……」

 カザルは独語した。兵士たちが合図もなく一斉に動き、玉座の前があっという間に闘技場へと変わっていく。その床の一部が開き、硬い物同士が擦れ合うような鈍い音を響かせて床下から何かが上がって来る。それは巨大な四角い檻だった。その中から獰猛な獣を思わせる荒々しい呼吸が洩れていた。

「ゲアンよ、もう後戻りはできぬぞ。この試合はどちらかが死ぬまで続けられる。さぁ、見世物(ショー)の始まりだ――!」

 兵士が鍵を開けて素早く場外に逃げ走り、別の兵士が遠くから長い鉄の棒を引っ掛けて檻の蓋を開ける。次第にそこから洩れてくる何者かの息衝き。それは地鳴りのような低い唸り声を鳴らしながら、ゆっくりとした動作で這い出てきた。体毛に覆われていない表皮が鈍い光沢を放ち、四肢のないサラマンダーのような体を左右に揺らして移動する。尾は短く、頭部側面に付いた全体が蛋白色の眼球は視点が分からない不気味さを放っていた。

「う゛っ!……」

 カザルがそれを見てえずく。

「大丈夫?」

 青ざめる彼を気遣いアークが声をかける。アークは恐怖のあまり体が硬直して声まで出なくなっているレミアにも、同じく声をかけてやった。

「何だあれは? あんなものは見たことがないぞ」

 そう言ったのはバド。魔物ハンターをしている彼ですら檻から出てきた異形の物の姿に目を瞠った。

「あんなのは序の口だ。これからもっとすごいのが出てくる」

 曇った微笑を浮かべてカザルは言った。

 異形の物が大きな舌をベローンと出してゲアンに襲い掛かる。ゲアンは素早く横に飛び退いた。彼が居た場所に異形の物の舌からポタリと垂れ落ちた唾液が、床の上でシューーッと鳴って鼻を突くようなきつい刺激臭が発生する。

「行け行けーーっ!」

「やっちまえーー!」

「ぶっ殺せーー!」

 先程まで衛兵や王の側に仕えていた者たちが蛮声を上げる観衆と化し、荒々しい声が方方から飛び交う。

「初っ端から“あいつ”を出してくるとは」

 異形の物を避けるように目を細めながらも、闘いそのものには興味を示してカザルは呟いた。

「あの化け物はそんなに強いのか?」とバドが問う。

「闘い方を間違うと厄介だな」

「闘い方?」

「ああ、あいつの体内には金属を溶かす成分が含まれている。だからあいつを切った剣は刃が溶けて切れなくなってしまう」

「なんだって!?」

 バドが驚声を上げた丁度その時、異形の物が体を真っ二つにされた瞬間であった。左右に避けるようにして倒れたそれが、床を大きく打ち鳴らす。その轟きが見物人の鼓膜を痛いほど叩いた。

「わあああーーーー!!」

 そして余計に観衆を興奮させ、激しい喚声が沸き起こった。

「……」

 バドは戦況を把握するために冷静に見守るが

「やってしまったか……これでもう、あの剣は使えない」

 カザルのその言葉から思わしくない状況であることが窺えた。倒れた異形の物の向こうに剣を握りしめたゲアンの姿が見える。それを見たバドの顔には、何故か不適な微笑が浮かんだ。

「いや、まだ使えるはずだ」

「何故そう思う?」

 その理由が分からないカザルは眉を潜めてバドを見遣った。バドは闘技場の上に視線を向けて腕組みしながらそれを解く。

「あれは風纏斬を放った後の体勢だ」

「“風纏斬”? 話には聞いたことがあるが……」

 風纏斬とは風の力を武器に纏わせて斬る技のことである。しかしそれを聞いてもまだ半信半疑のカザル。ハーフヘルムの男――あの男の周りにいると不思議なことばかり起きる。そう思わずにはいられないカザルであった。

「勝者、ゲアン――!!」

 大音声を轟かせ、王自らが判定を下すと床が大きく口を開け、異形の物の屍骸がそこに飲み込まれていった。檻は兵士らによって隅に寄せられる。再び引きずる音がしたかと思うと新たな怪物が入った檻が上がって来た。

「わあああーーーーッッ!」

 より一層激しい喚声が湧き起こった。順調に勝ち進んでいくゲアンに

「勝者ゲアン――!」

「おおお――!」

 王の声と観衆の喝采がその度沸き起こった。

「先生すごいー、やっぱ強いなぁ。超かっこいいーーっ!」とアークはすっかり羨望の眼差しでゲアンの勇姿を見ていた。心配などもうどこにもない。一方レミアは次々と出てくる不気味な姿の怪物に怯えていた。バドが側にいるのだが、彼は今命を懸けて闘っている友から目が離せなかった。何かあればすぐに助けに向かうつもりでいる。

「ゲアンよ、ここまで来れたことを誉めてやる。しかしその運もこれで尽きよう――皆の者、いよいよ終幕(フィナーレ)だ!」

「わあああーーーーッッ!!」

 これでようやく最終戦か? ここまで十体を超える異形の物を倒してきたゲアンの肉体にかかる疲労が気にかかる。しかし王も観衆もそんなことはおかまいなしだった。観衆の声が次の対戦を煽る。そこに

「眩しい!?」

 突然光が差し込んできて、目が眩んだアークは叫んだ。他の仲間たちも同じ状況に顔をしかめる。天井が開いてそこから差し込んできた太陽光に目を痛めたのだ。さらに鳥の羽ばたき、というには大きな音が聴こえてきた。その音がだんだんとこちらに接近してくる。王の声が響く。

「最後を締めくくるに相応しい、わしの最強にして最愛のペット。オードリーよ、ここへ参るのだ――――ッ!!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!!」

 耳をつんざくような声を炸裂させて声の主が姿を現した。開いた天井からそれは床に降り立つ。周辺に風を起こし、さらに着地時に床が震動した。

「何あれ!?」

 鼓膜が痛い耳を押さえながらアークは驚愕に目を瞠った。主の姿を見て他の仲間達も驚愕の表情になる。その姿は鋼のように硬そうな胴体。その背中には蝙蝠のような翼が生え、頭部がワシのような形をしていた。それが両脚の頑丈そうな鉤爪を床に着けてしっかりと二本脚で立っている。異種同士が結合したようなその姿はたんなる巨大な鳥ではなく、怪異なる鳥だった。

「なんて声だ……っっ」

 カザルが呻き、両手で左右の耳を押さえる。その傍らでバドがアークとレミアの耳に魔法をかける。

「何をしている?」

 その様子を見て不思議に思ったカザルが問い掛けると

「音を遮る魔法をかけた」とバド。

「音を遮る魔法だと? それならオレにもかけてくれ!」

 それはいい、と瞳を輝かせるカザルだったが

「悪いが我慢してくれ」

「!?」

 冷たく(?)そう返されてしまった。そのことを不服に思ったカザルがバドを睨むと

「あんたにはまだ聞くことがあるかもしれない」とバド。カザルは煩わしそうに言い放った。

「それならまず、あの鳴き声をどうにかすることだ。あんな声を間近で聞いたら鼓膜が破れるだけでなく、気が狂ってしまう!」

 バドは何も返さず闘技場の方へ視線を戻した。そこに両耳を押さえて立っているゲアンの姿が見える。

「ゲアン……!?」

「あのままでは殺されるぞ」

「……」

 冷たい汗がバドの額から滴り落ちた。怪鳥が二歩でゲアンの眼前まで来るとその巨大な脚の片方をゆっくりと上げた。

「行けぇぇーー!」

「踏み潰せぇーー!」

 観衆の熱気が上昇する。

「先生――っ危ないッ!?」

「キャー!?」

 魔法の効果で自分の声も聴こえないが、アークとレミアも絶叫する。誰もが息を呑む瞬間であった。ゲアンは依然として自分の耳に手を当てたまま逃げようとはしない。次の瞬間、大木が倒れたような轟きが上がった。先刻まで見えていた風景が変わってしまったことに方方から絶望の声が上がる。

「嘘……!?」

「ゲアン……」

「!?」

 束の間の静寂を置き

「わあああーーーー!!」

 喚声が沸き起こった。その喚声はもちろんゲアンの仲間以外のものである。彼らはどちらが倒れようとも構わない。こうして興奮の声を上げるだけだ。そこへ判定を下す王の声が

「勝者……」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!?」

 王の声を怪鳥の悲鳴が掻き消した。そして怪鳥は飛び跳ねるように片脚を上げたかと思うとそのまま後ろに向かって倒れてしまった。大きな轟きが床を震動させる。その脚の裏から何かが剥がれて床に転がった。ごろん……と。

「ゲアン!?」

「えっ、どこどこ??」とアークは目玉をキョロキョロさせてゲアンの姿を探す。

「あの化け物の横に転がっている“塊”だ」とバド。

「嘘っ!? マジで?」

 塊にしか見えないそれを見てアークはくりっとした目をしばたたかせた。

「おい、どういうことだ」と怪訝そうに尋ねてくるカザルにバドが説明する。

「あれは身体を鉄のように硬くする魔法だ」

「魔法……」

 そこへ何かが起きたような喚声が湧いた。

「おおおーーーー!?」

 見ると闘技場の上の塊から光が発生し、まるでさなぎから蝶に羽化する時のようにそこからゲアンが姿を現した。

「何をしているオードリー、立てぇぇーーっ!!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーー……!」

 王が激昂して命令するが、ペットの怪鳥(オードリー)はよほど堪えたのか、すっかり衰弱してしまっていた。それでも激しい鳴き声を上げながらゆっくり立ち上がろうとすると、ゲアンが手足を巧みに使って険しい岩山を登るがごとくその背まで上り詰めた。それを褒めたたえるような喝采が湧く。

「おおおぉーーーー」

 怪鳥が全身を揺らしてゲアンを振り落とそうとする。落とされないよう必死でしがみつくゲアンをもう見ていられない、とオロオロするアークやレミア。

「先生!?」

「っ……!?」

「あいつ、一体何をするつもりだ!?」

 カザルが問うが、バドは沈黙を保ち傍観を続ける。

 怪鳥の背にしがみついていたゲアンがそこから徐々によじ登り、怪鳥の喉に剣の刃を当てた。

「おおお!」

「ぶった切れーー!」

 観衆の興奮が一気に最高潮に達する。

 しかし必死なのは怪鳥のほうも同じ。最後の抵抗にゲアンは振り落とされそうになった。

「おおお!?」

 しかしそれにも耐えるゲアンに感嘆し、さらに息を呑む観衆。ゲアンはもう一度同じことを試みて怪鳥の首までよじ登った。

「行けぇぇーー!!」

「殺っちまえーー!」

 盛んに煽り立てる観衆の声。

 そしてついに四度目の試みにまで来てしまった。いい加減若いゲアンの肉体も疲労が限界まで達しているであろう。しかし途中で止めることを許されないこの試合で諦めることは死を意味する。ここまで来たらやるしかない。彼は剣を横に引いた。一瞬怪鳥の動きが止まり、更にその喉に突き刺した剣を引き抜く。喉からダラダラと真っ赤な鮮血が流れ出した。

「わあああーー!!」

「早く留めをさせーー!」

 既に勝負は決したというのにまだやれというように蛮声が飛んでくる。

「わぁぁ、魔物なのに血は赤いんだぁ!?」

「これでやっとあの酷い声を聞かなくて済む」

 誰もがこれで幕が下りた、そう思ったが

「……ッッ!!」

 喉を深く切られた怪鳥が空気が抜けたような音を出して苦しみもがきだした。ゲアンがその背から飛び降りると、その巨体が彼に向かって倒れかかってきた。

「危ない!?」

 アークが叫んだ。

 全身から力が抜けた怪鳥の巨体が、今までで一番の衝撃音を鳴らし、城そのものを揺るがすように床を叩いた。倒れてくるその寸前でその場から飛び退いたゲアンは、危うくその下敷きになるところだった。

「おおおーー!」

 また喚声が湧いた。今度こそ勝利したゲアンを喝采するものであろう。

「オードリー!? 立て――ッッ!」

 床に倒れてぴくりともしない怪鳥(ペット)に向かって王は怒号した。

「立て! 立つのだ、オードリー!?」

 しかしその命令にも怪鳥は全く反応しない。

「もう死んでるんじゃないのか?」

「死んでるだろ?」

「首を刺されたんだぜ」

 観衆が声を潜めて囁き合う。

「陛下、オードリーは既に死んでいるかと…」

 老臣がそっと王に耳打ちすると

「むむむ……っ」

 王は怒りを噛み締めるように歯ぎしりして唸った。それが沸点に達し、王は激昂を口から飛ばした。

「己ぇぇーーッ、首を持って来い! その“出来損ない”の首をここへ持って来い。 持ってくるまで勝ちは認めぬ」

 なんという無慈悲な王だろう。しかし

「おおお!」とそれを面白がるように観衆がどよめいた。一方

「うわぁ、残酷ぅ。かなり引く」

「信じられない」とアークもレミアも首を傾げ、ますますこの国の王に不信感を抱いていた。すっかり呆れていると

「あっ!?」

 ゲアンが再び剣を構えた。既に絶命したか、またはあっても虫の息であろう怪鳥が横たわる床の前で、彼は両手で握りしめた剣を頭上高く掲げた。そして静かに瞼を閉じる。

「ふっ、あの剣では無理だろう」とカザルは苦笑した。まさに大木のように太く、さらに硬質な皮膚に覆われた首。例えその肉を切ることはできようとも、その下の骨まで断つことは不可能に思えた。

「……」

 バドは腕組みしながら無言で様子を窺っている。

「やれやれぇ!」

「殺っちまえーー!」

「早くしろーー!」

 蛮声の嵐がゲアンに向かって方々から吹き荒れる。瞼を閉じて集中しているゲアンを見て王はニヤリとした。自分が勝者に成り代わったと確信したように。

「どうしたゲアン、諦めたのか?」と挑発の言葉を投げかける。それからようやく瞼を開けたゲアンは、掲げていた剣をそのまま振り下ろす――かと思ったがそうはせず、それをゆっくりと真っすぐに下ろして怪鳥の首に刃を当てた。皮膚に切れ目が入り、そこから血が滲み出る。ゲアンはそのまま刃を横に滑らせるように引き、まるで切れ味の良いナイフで果物を切るように鮮やかに肉に刃を沈ませていく。

「!?」

 刃が頸部に吸い込まれていくように肉に埋もれていく様子にカザルは目を疑った。刃は間もなく中間部――骨まで達したかと思うと、難無くその組織も通過し、あとは熟した桃の実を切るように容易く刃を床まで通してしまった。首から上の切り離された頭部が床に転がる。その周辺は血の海になっていた。ゲアンはその頭部を拾い上げると、王が待つ玉座へと向かった。

「陛下、首を持って参りました。これで認めていただけますか?」

「……」

 しかし御前に置かれたそれを目の前にした王から、ゲアンに対する労いの言葉は出てこなかった。双方の間を沈黙が充たしていく。辛抱強くゲアンがその答えを待つ。

「認めてほしいか?」

 溜めに溜めてようやく開口して王は言った。ゲアンは凛とした声で

「はい」と答える。それを聞いた王は何か企てるように目を細め、怪しげにゲアンを見詰めた。

「しかしそなたはわしの“大事な”ペット達を殺してしまった。その“責任”は取ってもらうぞ?」

 周りがざわめきだす。

「は〜あ? 超理不尽なんだけど。何言ってんの、あのひと??」とアークはすっかり呆れ顔。

「勝てば終わりじゃなかったのか?」

 王の言葉に新たな危険の匂いを感じてバドが尋ねるとカザルは言った。

「試合はそれで終わりだが、それだけではやつは満足しない……」




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