第四十話:孤島「謁見」
さてさて彼の王とはいかなる人物か…
「モルブが大会の結果を報告しに来たようです」
侍従からそう告げられるとその報せを今か今かと待ちわびていた王は即命じた。
「通せ」
槍を構えた護衛が重厚な扉を開け、その奥から鎧姿のモルブが姿を現す。それを見た王の顔にはみるみる喜色の笑みが浮かび上がった。モルブは御前に進み出るとそこに片膝を突いて低頭した。
「待っていたぞ、モルブ。早く聞かせてくれ」
「はっ、ただ今ご報告いたします」
逸る気持ちを抑えきれない王は、椅子に凭れながらも、指先が忙しなく脇息を叩く。
「今大会の優勝者は……」
「……」
緊迫の瞬間。胸腔で早打ちの小太鼓が鳴る。ダダダダダダ……その答えは……?
「……?」
瞬間を超過していく間。ダダダダダダ……
引き続き緊迫の瞬間。その答えは……?
さらに超過。ダダダダダダ……
「っ早く言わぬかモルブ! お前はいつもそうやってもったいぶる」
しびれをきらして王が叫んだ。ごもっともである。
「では申し上げます――今回の優勝者ですが、大変誠に申し上げにくいことに騎士団代表のカザル……」
「やはりな」と王。少しつまらなさそうに苦笑する彼だったが
「ではなく」
「違うのか??」
王は肩透かしを喰らったように拍子抜けした表情をした。モルブは言葉を継いだ。
「異国からやって来た、青い目をした青年にございます」
「おおーー!!」
周りからどよめきが上がった。
「静粛に」と老臣が叱責し、一気に場が静まる。
「ほぉ〜異国の青年か、それはぜひここへ招待しなくては……」
王はしたり顔で怪しい笑み浮かべた。
その頃ゲアンたち一行はカザルの案内で城へ向かっていた。そして城門へやって来るとカザルが門番をしている兵士の一人に声をかけた。
「大会の優勝者を連れてきた」
それを聞いた門番が無言で門を開き、すんなり通行を許可される。先立ってそこを通過していくカザルに続き、ゲアンたちも通過した。
「すごーい! 超あっさり通れた」と声の音量を下げて感嘆するアーク。
「いつものことだからな」とカザルは涼しい顔で言った。
「へ〜ぇ、オレたちみたいな人ってよく来るの?」
「大会で優勝した者はこの門をくぐりたがる。賞金目当てで王に会いたがる奴が多いということだ」
「そうなんだぁ」
納得しながらアークはこくりこくりと頷いた。
王の間前まで来ると扉の前には槍を持った兵士が二人、番をしていた。カザルがまた声をかけ、番人が扉を開ける。カザルだけ先に入り王のもとへ向かった。
「実は今から探しに行かせようとしていた所だ」
「そうでございましたか、では今連れて参ります」
早速カザルは廊下で待っているゲアンたちを室内に呼び寄せた。ゲアンは王の御前に行き、他の仲間は部屋の隅からその様子を傍観する。ゲアンは王の御前で片膝を突いて低頭した。異国の青年を興味深げに玉座から見下ろしながら王は開口した。
「そなたが今回の優勝者か?」
「はい、陛下」
恭しく凛とした声でゲアンは答えた。
「そうか。顔を上げよ」
そう促されてゲアンが顔を上げる。それを見て驚嘆したように王の眉が上がった。
「ほぉーこれは美しい……」と感嘆の声を漏らす。
「ありがたきお言葉に存じます」
ゲアンは慎ましく微笑した。すると王が前に進み出た。ゲアンの顎を掴んで上向かせ、そこに接吻を落とす。ゲアンの唇にである。その衝撃的出来事に一同は唖然とし、場が氷結したように銷沈した。
「そなた、名を何と申す?」
王は促した。ゲアンを見る目に恍惚の色を示しながら。
「ゲアンにございます」
そう答えたゲアンに動揺は全く見られない。彼は冷静沈着であった。その様子を横から見ていた仲間のほうが驚きを隠せない。
「あの王は男色家なのか?」
バドが小声でカザルに問う。
「……」
カザルは沈黙した。
「いくら先生が美形だからって……ありえないんですけど〜」
とこちらも声を潜めてアーク。レミアはただただ苦笑。
王が嘗めるように眼前の美青年を見ながら次の言葉を紡ぐ。
「そうか、ではゲアンよ。わしの“妃”にならぬか?」
「陛下、わたくしは男でございます」
「ふっ、冗談だ」
「……」
氷結していた場が溶けはじめ、冷水が王に向かって流れていく。それはゲアンの仲間たちからの冷ややかな視線である。
「では、わしの養子にならぬか? そなたのような美しい子孫がほしい。わしの替わりに王家の種馬として働いてはくれぬか?」と王はニヤリ。
「せっかくではございますが、それはお受けできません」
「では愛人にでもなるか?」
淫猥な目で誑し込むようにゲアンを見る王。
「お戯れを」
ゲアンは微笑でそれを躱した。王の眼が細められ、剣呑な表情に変わる。
「こんな良い話を断るとは大した奴だ。覚悟はできておるだろうな?」
脅しのようなその言葉に、危機を感じて身構えようとしたバドの手を押さえ、カザルが無言で制した。大丈夫だ、と言うように一瞬だけバドに視線を送る。バドは舌打ちしたい気分で仕方なく強張った手の力を抜いた。ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。だが様子を見るにしても、こいつをどこまで信用してよいのやら。
淫猥なものから嗜虐的に変わった王の視線がゲアンを撫で付ける。
「わしのかわいいペット達と戦ってもらおうか? ふっふっふ……」
「受けて立ちましょう」
颯爽とした声でゲアンは答えた。彼は怯むどころかこの状況を愉しむように、端麗な青い瞳を細めて微笑した。したたかである。
「強気だな? やめるなら今しか聞かぬぞ。どうする?」
「勿論やめません」
間を置かずにゲアンが答える。最初からそのつもりでここへ来たゲアンの気持ちは既に戦闘体勢にあった。瞳をぎらつかせ、いつでもどうぞ、と言わんばかりに。
「ほぉ〜それでこそ大会の優勝者だ」
王の双眸が邪悪な色にギラリと光った。
「皆の者よーく聞け――! 勇敢な戦士が現れた。武勇外伝の幕開けだ。開放しろ――っ!!」
「おおーーっ!」
王の叫びに応えて、周りから歓声のような雄叫びが上がった。
今回は随分ライトな仕上がりになってしまいました。シリアスなシーンなのに…