表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/52

第三十九話:孤島「乗っ取られた国」

 ゲアンには聞き覚えのある声がして振り向くと遠くに長身の男性の姿があった。

「カザル……」

 彼は側までやってくるとゲアンに向かって言い放った。

「お前、勝ち逃げするつもりか!?」

「逃げてなどいない」

 淡々とした口調でゲアンは答える。試合の結果に納得してないのか。しかし追いかけてくるとは大した執念だ、とカザルを見て感心するというより、厄介に思うゲアンだった。

「ではオレとまた勝負しろ!」

「また?」

「そうだ!」

「断る」

「何ッ!?」

 信じられないというようにカザルは目を剥き、余計敵意を顕わにしてゲアンを睨み付けた。

「誰なんだ、あの男は?」

 横にいたバドがゲアンにそっと尋ねる。

「決勝で対戦した相手だ」

「そうか」

 言ってバドはカザルの姿を見ながら思案する。

「ハーフヘルムの男、その男は何者だ」とバドに向かってカザルは顎をしゃくった。

「オレの仲間だ」

「ほぉ、見事な美男子だ」

 カザルは髭を蓄えた顎を指で掴みながら、品定めするようにバドを見た。

「それはどうも」

 バドはグレーの切れ長の瞳を細め、口角をくっと上げて、美しい“社交辞令”の微笑をした。それを見たカザルは

「許せん……」と何故かバドを睨んだ。

「?」

 敵意の矛先が今度はバドに向けられる。

「この国きっての“二枚目”騎士と謳われたこのオレに、これほどまでの敗北感を味わわせるとは……お前も許さん、勝負しろ!」と剣の柄に手をかけて抜剣しようとする。慌ててバドが手を前に出して制止を促す。

「待て待て! あんたはゲアン(こいつ)と勝負しに来たんだろ?」

「そうだ、しかしお前も倒さないと気が収まらない!」

 自尊心の高さが半端じゃないな。弱ってしまったバドはハの字に眉を下げて苦笑した。

「オレはか弱い魔物ハンターだ。剣は苦手だ」

「嘘臭い……」

 カザルの冷ややかな眼差しがバドに突き刺さる。バドは

「嘘じゃない。ちゃんとハンターのバッジも付けているだろ」と上着に付けているバッジを見せた。しかしいまいち納得できずに沈黙するカザル。バドは

「後は任せたぞ?」と横にいるゲアンの背中を叩いた。

「……」

 小声でそっと助言する。

「いいか、あいつと戦って負けたふりをしろ。勝たせてやれば奴も気が済むだろう」

「わかった、やってみる」

 ゲアンは首だけでなく体ごとカザルの方に向けた。

「やっとやる気になったか、ハーフヘルムの男?」

 カザルは満足げに涼しげな目を細めて微笑した。腰間の剣を鞘から抜いて構える。ゲアンも同じく抜剣した。対峙して睨み合う二人の周りの空気が張り詰めたものに変わる。バドがその場から離れると心配して見ていたレミアとアークが彼の所に集まってきた。

「……」

 レミアが不安そうに長身のバドを仰ぐ。安心させるようにバドがその肩を抱いた。

「バド、先生とあの人闘うの?」

 アークが不安顔でバドを仰ぐ。バドは頷き

「大丈夫だ、アーク。心配するな」と微笑した。

 大気に音高い金属音が鳴り響き、闘いが始まったことを知らせた。ゲアンはなかば受け身状態でカザルの激しい攻撃を受け続ける。共に軽装。刃が当たればただではすまない。その紙一重の命の遣り取りをレミアとアークは息が止まるような思いで見守っていた。やがてカザルの激しい連続攻撃にゲアンが圧されはじめる。

「どうしたハーフヘルムの男、何故攻めて来ない?」

 カザルの手に込める力が強まり、ゲアンの顔の前まで剣が押し付けられる。

「キャー!?」

 レミアは溜まらず悲鳴を上げ、顔を手で覆って視界を塞いだ。

「わああ、先生!?」

 アークはあわあわするばかり。バドは腕組みしながら冷静に戦況を見守っていた。

 鍔ぜり合いの末、ゲアンの剣が弾かれて地面に転がった。剣を失い空になった手元を見詰めるゲアン。その隙を付くようにカザルがゲアンの顔面に剣先を突き付けた。

「拾え!」と命令する。

 ゲアンはそれに従い、地面に落ちた自分の剣を拾った。

「お前の実力はこんなものではないはずだ。来い!」

 ゲアンは再び剣を構えてカザルと対峙した。

「わざと負けようとしたな?」

 攻撃しながらカザルが言う。

「本気を出さぬなら……」

 真正面からの攻撃を受け止めたゲアンに向かって

「お前を斬る!」

 持ち前の剛腕を唸らせて一気に剣で押し返した。身を斬り刻む刃を回避してゲアンが咄嗟に屈んで姿勢を低くする。同時に閃いたカザルの剣の刃が空間を横に切り裂いた。

「それは困る。オレはここで死ぬわけにはいかない」

 ゲアンが体勢を戻す。試合の時とは違い、同じ状況に追い込まれながらも、今度は無傷でカザルを見据えた。

「では勝つしかないな」

「ああ、どんな手を使ってでも……」

 ゲアンの青い切れ長の瞳が眼鏡の奥で光った。その直後からまるで別人のようにゲアンの攻撃が激しくなった。彼の素早い連続攻撃がしだいにカザルを追い詰めていく。

「くっ……!」

 カザルも負けてはいないが、僅かに速さでは劣っている彼はゲアンの勢いに圧され、それを受け止めるのに苦戦。しかし圧されながらも彼の顔にはみるみる笑みが浮かび上がってきた。

「やはり先程のは演技だったな?」

 最初はゲアンに圧されていた彼もやられっぱなしではなかった。必死で食らいついて来る。

「しぶとい奴だ。そろそろお前には眠ってもらう」

「何をする気だ?」

 ゲアンの不吉な宣言に怪訝そうにカザルが眉を潜めたその時。ゲアンは彼に向かって掌を突き出した。

「やめろ!?」

「破!」

 バドが叫んだのも虚しく、ゲアンの掌から光が発動してカザルに向かって迸った。

「わあ!?」

 視界が白光に染まる。予期せぬ事態、更に瞬速で迫る攻撃に体が反応できるはずもなく、カザルは目と口を驚愕に開いたまま立ち竦む。そこに向かって光の矢が衝突――その瞬間、走ってきたバドが彼を突き飛ばし

「魔咽壁」

 バリアを張った。そこに衝突した光の矢が呑み込まれていく。

「バド、何故邪魔をする!?」

 激したゲアンにバドは詰め寄った。

「馬鹿野郎、あいつは人間だぞ! あんな攻撃を受けたらどうなるかぐらいわかるだろ!?」

「死にはしない」

 悪びれないゲアンにバドは呆れたように息を吐く。

「忘れたのか? オレたちの敵は魔物だぞ。こんな闘いで人の命を脅かしていいとでも思ってるのか!?」

 ゲアンの肩を鷲掴みにして、今にも殴りかかろうとする。

「殴れよ」

 正面にバドを見据えてゲアンが言う。

「歯を食いしばれ!」

 バドは拳を固く握り締めた。

「ちょっと待て!?」

 慌ててカザルが駆け寄り仲裁に入った。

「?」

 バドが振り向いてカザルを鋭く睨み付ける。

「仲間割れするな!」

 カザルは真剣な顔でそう叫んだ。

「……」

「……」

「……」

 三人とも沈黙。やがてバドの肩がひくひくと痙攣し始める。そして

「ふっ!」

 彼は吹き出した。

「ハハハハ!」

 豪快に笑い出す。

「何がおかしい?」

 カザルは怪訝そうに眉を潜めてバドを見た。

「ふふ、あんたが“仲間割れするな”なんて言うからだ……」

「?」

 しかし自分ではおかしなことを言ったつもりはないカザル。クールな表情を崩さない彼を見て、さらに笑うバド。

「笑いすぎだぞ」

「くくく……すまん」

 バドは笑いを堪えようと、腹を抱えて苦しそうに地面にしゃがみ込む。代わりにゲアンが詫びを入れる。

「許してやってくれ、バドは笑い上戸なんだ。一旦壺にはまると、しばらくはああやって笑っている」

「ふっ、こっちはしらけた。すっかり戦意喪失だ」

「オレもだ」とゲアンが同意。

 それからようやく笑いが治まったのか、ゆっくりとバドが立ち上がった。

「やっと治まった」

「……」

 カザルの冷たい視線を受けながら彼は切り出した。

「あんたに聞きたいことがある」

「何だ?」

「この国に魔物研究所というものがあると聞いたんだが、それは本当か?」

 カザルが怪訝そうに軽く目を細める。

「本当だ」

「そうか」

 バドはゲアンと顔を見合わせた。バドが質問を続ける。

「そこでは何が行われているんだ?」

「詳しいことは知らないが、魔物を使っていろいろ実験しているらしい」

「“実験”か」とバドは虚空を見て思案する。

「そういえばお前、魔物ハンターだと言ったな?」

「そうだが」

「それなら魔物を捕まえてそこへ持っていくといい。いい金になるぞ」

 カザルは皮肉るように瞳の奥が冷たい微笑をした。

「らしいな」とバド。彼も微笑する。

「なぁ?」

「何だ?」

「あんたはその研究所に行ったことはないのか?」

「ないことはないが……」

「できれば案内してほしいんだが」

「……」

 カザルが急に黙り込んでしまう。

「どうかしたのか?」

 カザルは気分が悪くなったみたいに、表情を曇らせて自分の肩を抱いた。

「苦手なんだ、ああいう所は……吐き気がする」

「魔物同士の細胞を合成して、新たな怪物を作り出してるんだろ? あの大会で出てきた魔物のように」

 そう聞いたわけではなかったが、実際“それ”を目にしたゲアンにはだいたい想像がついていた。あの異形は、異種同士が結合してできた化け物の姿だと。

「そうだ。あんなおぞましい物を作り出すなんて……この国は、“あの王”はどうかしている!」

 カザルは心底厭わしそうに、クールで端正な顔を初めて激しく歪めて頭を振った。

「この国の王とはどんな人物なんだ?」

「侵略者だ」

「侵略者? どういうことだ」

「あいつはこの国を乗っ取ったんだ。この国はもともと別の王により治められていた。平和で誰もが住みやすいと感じていた。“あいつ”が現れるまでは……」

 静寂が充ちて大気の唸りが耳を伝う。その束の間の静寂をカザルが破った。

「事の発端は今から6年前。何十年という長い間王に忠誠を尽くしてきた大臣が60歳の誕生日を迎えると、王は彼に休暇を与えて船旅に出ることを許可した。大臣は船員以外に侍る者を一人連れて船旅に出た。その休日は半月ほどだったが、幾日経っても大臣の乗った船は帰港せず、心配した王が捜索を始めようとすると、ある日見たこともない船が港に着いた。その船から大臣が見知らぬ男を連れて出てきた。大臣は海で魔物に襲われ、船から投げ出されてしまい、他の船員たちの安否は分からないという。彼は運よく粉砕した船の切れ端に引っ掛かり、島に流れ着いたところをその男に助けられたと話した。それを聞いた王はその男に感謝して、盛大な宴を開いて厚く持て成した。男はそれをきっかけに王へと近付き、いつしか王の側近となり、王はその男の意見ばかり聞くようになってしまった。そして気でも違ったのか、王はその男に王位を譲ってしまった……」

 まるで腑に落ちない話にゲアンもバドも顔に疑問符を浮かべた。ゲアンが問う。

「前国王は今どうしている?」

「地下牢の中だ」

「何故、そんな所に?」

 声を沈ませてカザルは言葉を紡いだ。

「“あいつ”が――今の国王がそうさせた。前王だけではなく、それを支持する人間をも占脳し……」

 ゲアンは窺うように横を見た。

「バド、どう思う」

 虚空に視線を止めてバドは持論を述べた。

「“その男”が何者なのかが気になる。ひょっとするとこれは“人外の力”が及んでいるのかもしれない」

「調べる必要があるな。そこに悪の根源があるのかもしれない」

 彼らの言う悪の根源――魔の類いの仕業とあれば、それを狩るために生きる彼らが動かないわけにはいかない。

「それなら会ってみるしかないな」

 カザルが切り出した。

「そんなに簡単に会えるのか?」

 ゲアンに向かってカザルが頷く。

「“あいつ”は強い人間を好む。大会で優勝したお前ならすぐに会えるだろう。だが、危殆(リスク)をともなう」

「リスク?」

「ああ、あいつの前で闘うはめになるだろう。それも、“あの研究所で作られた化け物たち”と」

 ゲアンは大会でその中の一体と闘った。実戦で魔物と闘ってきた彼が負けるようなことはなかったが、他にどんな化け物が潜んでいるかわからない。

「あいつは血生臭い闘いを見るのが好きだ。研究所で魔物を改造しているのも本当は軍事のためではなく、人間とより過激な闘いをさせるためだと噂されている」

「魔物“たち”とはどういうことだ?」

「一匹ではないということだ」

「一匹ではない? では……」

「研究所にいる全部とだ」

「なんだって!?」

 バドは解せない顔で、「ありえない」と嘆息する。ゲアンは厳しい条件を突き付けられて絶句した。“男”と接触するためにはそれだけのリスクを背負わなければならないということか。しかし、それはそれで……という考えがふと過ぎる。挑戦しがいがあるかもしれない、と。

「いくらゲアンでもそれは……」

 さすがにそれは無茶な話だとバドは不安視するが

「一度に全部出てくるわけではない。相手は一試合ごとに入れ替わる」

 なんだそういうことかとバドは安堵した。

「ルールはあの大会と同じか?」

 ゲアンが問うとカザルは言った。

「いや、その試合では

“相手が死ぬまでやることになっている”」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ