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第三十八話:孤島「決勝。そして……」

 休憩を終えて鎧に着替えたゲアンが再び闘技場へ向かうと、回廊で燻し銀色の鎧姿のカザルにばったり出くわした。

「よぉ、オレの対戦相手」

 カザルは反応を窺うように声をかけてきた。

「どうも」

 ゲアンは短くそう返す。兜の奥にある二人の視線が衝突した。カザルの好意的とも取れるが隙がなく、臨戦態勢にある茶色い瞳とゲアンの心底が読めない凛々たる青い瞳が互いを見据える。どちらもまったく怯まない。闘いは既にそこから始まっていた。

「言っておくがオレは手加減しないぞ? その顔に傷を付けてしまうかもしれない。顔を傷付けてはいけないというルールはないのでな」

「それはお互い様だ。オレだって手元が狂って、あなたの喉笛を突き刺してしまうかもしれない」

 カザルはおや、と言うように眉を上げた。

「面白い、随分と挑戦的だな。気に入ったぞ。もしお前がオレに勝ったら……」

 ゲアンの声が遮断するように重なる。

「取り引きはしない。オレはただ純粋に試合をしに来ただけだ」

 ゲアンはきっぱりそう言うと足を早めて会場の中へ消えて行った。





 試合の開始時間になり、ゲアンとカザルは審判役の兵士に呼ばれて前に進み出た。

「え〜、では今から決勝戦を行う」

 両者が向き合って互いに礼をする。剣を構えて互いを見据えた。ゲアンの中で血が騒ぎ出す。彼の胸の鼓動を速めるのは、未知なる存在に対する期待という名の興奮だった。

「始め!」

 その声を合図に両者が激しく衝突する。剣を繰り出したそのタイミングはまるきり同じであった。剣と剣を交差させて鍔ぜり合いしながら二人の戦士は睨み合う。

「さぁ、勝負はこれからだ」

 カザルが低く言って後方に飛び退き、ゲアンも下がって構え直す。両者は相手を見据えながら反時計回りに足を運んでいく。そのまま探り合いが続くように思われたが……

 突如敏捷に仕掛けたゲアンの一撃から連続して激しい打ち合いが5、6号続く。速さ力ともにほぼ互角に見えた。しかしそれゆえ、一つ何かが狂えばそれが命取りになる。一瞬足りとも気が抜けなかった。あとは気力と体力か。

 頭上に振りかぶってきたゲアンの剣を受け止めたカザルが雄叫びを上げてそれを剣で跳ね退ける。その剣先が兜に覆われていないゲアンの顎を掠めて血が滲んだ。

「気をつけないと、今度はどこに当たるかわからないぞ?」

 嗜虐的な笑みを浮かべてカザルが言う。冷静に彼を見詰めながらゲアンは分析した。こいつは恐ろしく……

 カザルからの攻撃が始まった。試合のルールはあってないようなもの。カザルはゲアンのことを互角に闘える相手だと判断したのか、急所を避けずに容赦なく切り掛かってくる。ゲアンのほうはそれを受け止めて切り返すことも可能ではあったが、幾度となく繰り返される鍔ぜり合いに警戒していた。しかしカザルが巧みにその形に持ち込み、ゲアンの攻撃を渾身の力を持ってして弾き返す。なんという馬鹿力だ。ゲアンがそれに感心していると、そこを目掛けて跳躍したカザルがゲアンの脳天めがけて剣を振り被ってきた。

「!?」

 ゲアンの(ハーフヘルム)が真っ二つに割れて床に転がる。その衝撃でゲアンは脳震盪を覚えてよろめくが、気力でどうにか踏み止まって構え直す。

「ほぉ、まだやるのか?」

 カザルはその屈しない敵の姿を感心げに眺めて微笑した。その双眸が氷のように冷たい。

 この状況がゲアンの闘争心を萎えさせることはなかった。この時、魔物と対峙した時のように我が身を守ろうという気は先に立たなかった。それよりも今はただ相手に向かって行くのみ。命懸けではあるが、これは敵を葬るための野蛮な殺し合いではない。勝ち負けを決めるための正式な試合だ。それは勇者として魔物を狩る時のみ剣を振るってきたゲアンにとって、初めての経験であった。滾る闘争心が彼を奮い立たせ、休むことを許さない。彼はぶれた焦点をカザルに合わせると、目を細めて微笑した。と思うがいなや足が床を蹴って突進。カザルの右肩から左腰にかけて断つように斜めに、片手で持った剣を振り下ろした。同時にカザルが振り被った剣がゲアンの頸部の左側から肉を裂き、そこから血飛沫が上がった。一方ゲアンがカザルに狙いを定めて振り下ろした剣は、振り下ろした時とは反対側にあり、その刃がカザルの首を傷付けずに空中で停止していた。

「お、お前……わざと剣を?」

 想定外の事態に驚愕してカザルは大きく目を瞠った。攻撃を仕掛けて反撃を誘い、寸前に剣を横に流して無防備になった左側を敵にさらして自ら肉を切らせるとはなんたる狂行か。何故そんなことを……!

 ほどなくしてゲアンは力尽きて手から剣を落とすと、そのまま膝から床に崩れた。

「それまで! カザル、お前の反則負けだ」

 審判の声がかかり、試合はそこで終了した。カザルは愕然として棒立ちになる。何故だ。何故そこまでして……。瀕死状態の敵を見下ろして血の気が失せていく。とうとう敵の瞼が塞ってしまった。

「おい、死ぬなよ!?」

 カザルは慌てて敵の前にしゃがみ込み、激しく呼び掛ける。こんな終わり方は後味が悪すぎるぞ。死んでどうする? ふざけるな! 彼がまた叫ぼうとするとゲアンが震える手を伸ばし、血の海を作っている自分の首の患部に翳した。

「!?」

 その光景を目の当たりにしたカザルは仰天した。ゲアンの裂けたはずの首がみるみるうちに元通りになっていく。やがてゲアンがすっと床から身を起こした。

「ッわ!?」

 カザルが驚いて床に手を付いたまま後退る。

「?」

 ゲアンは何事もなかったかのようにカザルのほうを向いた。なんなんだこいつは……。信じがたい光景を目にしたカザルが怪訝そうな目でゲアンを見る。

「今、何をした?」

「魔法を使った」

 魔法? と目を(しばたた)かせるカザル。

「今のが魔法なのか?」

「ああ」

 涼しい顔で答えるゲアンを見て、額に冷汗が滲むカザル。

「初めて見たようだな。えぐい所を見せてしまって申し訳ない」

「まぁ、仕方ない。そうしなければ死んでいる」

 そうは言っても顔が引き攣ってしまうカザルだった。







 無茶をしつつもカザルに勝利したゲアンは、優勝賞金を受け取ると着替えて城を後にした。城下町に繰り出して仲間と合流する。

「やっぱ先生って強かったんだね〜?」

「どうかな」

 称賛したアークだったが、当のゲアンに実感がないような返事をされて調子が狂う。

「だって優勝したんでしょ? 強いじゃん!」

「そうだな」

「そうだよ〜」

 目を細めて微笑するゲアンをもう〜、謙遜しちゃってと小突くアーク。そこへ何気ない口調でバドが切り出した。

「で、どんな奴と戦ったんだ?」

「一回戦目だけ“魔物”が相手だった」

「魔物?」

 その単語に反応してバドが視点を止める。ゲアンが答える。

「ああ、向こうでは“訓練生”だとか言っていたが」

「訓練生か……」

 バドは思案顔で腕組みした。

「魔物研究所の話はしてなかったか?」

「魔物研究所? なんだそれは」

「魔物を使って実験する所らしい」

 それでか、と試合で魔物と対戦した時のことを思い出す。

「その話、誰から聞いた?」

「魔物ハンターを名乗る男からだ」

「その男はどこにいる?」

「さっきこの町から出て行った」

「そうか……他に何か言っていたか?」

「この国の王が軍事力強化のために魔物研究所に魔物を集めて実験させていると」

 ゲアンはバドと顔を見合わせた。

「それが本当なら、黙って見過ごすわけにはいかないな」

「調べてみるか」

 二人は頷き合うと同じように胸の前で腕を組んで思考に浸った。そんな二人の様子をアークとレミアが横から不思議そうに眺めていると

「あっ!? 見付けたぞ、ハーフヘルムの男!」

 遠くのほうから誰かが叫ぶ声がした。


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