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第二話: 《王家》 邪念を喰らう物【姫編】

今回は姫ルートです。

「姫、着きました」

 ドチュールに到着し、ゲアンは馬車を停めた。

「オレはここで待ってる」

 手摺に肘を突いてルドは答える。

「分かりました」

 ゲアンは先に降り、踏み台を設置するとマージュの座る座席のドアを開け、手を差し延べた。

「……」

 マージュはその手に掴まり、むすっとした顔で降りた。




 ゲアンとマージュは城下町を進み、城へ向かって歩いて行った。風も無く穏やかな陽気。平和な町並みが広がっていたが

「何か……全然騒ぎになってないんだけど」

 いつもと変わらぬ町の様子に、マージュはがっかりした。

「確かにそうですね」

 ゲアンも同意した。一国の姫君が突然姿を眩ましたというのに……まるで無関心のようにこの町は平然としている。

 二人が歩いていると通行人の男性に声を掛けられた。

「姫様。御機嫌、麗しゅうございます!どちらかに“お出かけ”ですか?」

 呑気なその台詞にマージュは切れた。

「はっ!? 何言ってるの? 今、“帰って来た”ところよ!」


 それから二人は何人か町の人間に会ったが誰も驚かず、普通に挨拶して来るだけだった。

「何故、みんな私を見ても驚かないのかしら?……まるで、私が居なくなったことに“誰も気付いてない”みたい……」

 マージュはすっかり落ち込んでいた。

「妙ですね……ちょっと聞いてみましょう」

 ゲアンは近くにいた男性に声をかけた。

「すみません。お聞きしたいのですが」

「何でしょう?」

 男性は振り向いた。 

「最近この国で、何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと?……あっ! そういやぁ最近、王の様子が……うっ!」

 話の途中女性の蹴りが入り、男性は顔を歪めた。

「あんた! 何言ってんだい。姫様の前だよ?」

 女性は声を押し殺して男性を叱った。

「あの、何か?」

 不審に思い、ゲアンは尋ねるが

「いやいやいやいやいや……何でもありませんよ〜」

 と男性は苦笑いし、明らかに何か隠していそうだった。

「あっ!? そうだ。残ってる仕事があるんだった……なぁ?」

 男性が言い

「あっああ? そうだったねぇ、あんた」

 女性が口を合わせ

「じゃあ、そういうことなんで失礼しま〜〜〜す!」

 二人共逃げるようにその場から居なくなった。

「……」

「……」




 それから歩いて、ゲアンとマージュは城に到着した。しかし中に入っても、誰も驚いた様子は見せない。

「私、何だか怖くなってきたわ……あの部屋で待ってるから一人で行って来て?」

 マージュは益々不安になり、そう頼んだ。

「分かりました。では、行って参ります」

 そしてゲアンはマージュを置いて報告に向かった。




 ゲアンが王の間へやって来る。中にはドチュール国王エフブロッソが、真っ赤なベロア生地のイスにゆったりと腰を掛け寛いでいた。

「おお、ゲアン。久しぶりではないか。元気にしておったか?」

「はい、陛下」

 ゲアンは王の前に跪き、そう返事した。すると王は微笑した。

「そうか、それは何よりだ――ところで今日はわしに何の用で参った?」

「はっ、只今こちらにマージュ姫がお戻りになられたので、その報告に参りました」

 凛とした声でゲアンは答えるが

「何?」

 王は意外な反応を示し――こう言った。

「マージュなら“居る”ではないか?……マージュ」

「?――」

 王が名を呼ぶと黒いカーテンの向こうからマージュの姿が現れた。胸の辺りまである長い金髪、人形のような顔立ち、潤んだ蜂蜜色の瞳……確かにそれはマージュの姿そのもの――そうとしか言いようがなかった。

「陛下!」

 ゲアンが叫ぶ。

「何だ急に大きな声で?」

 王は驚き、眉を潜めた。

「それは“偽者”です!」

 ゲアンはマージュの姿を指差した。

「何だと? どこが偽者なのだ! 見れば分かるであろう。これはマージュではないか!?」

 王は苛つき、鼻息を荒くした。

「その者の“影”を御覧ください!」

「影だと?」

 それを見た王は愕然とした。

「ああぁ……!?」

 マージュには無いはずの角や尻尾が影には存在し、不気味に揺れ動いている。そして、みるみるうちにマージュの姿から影と同じ姿へと変わり――それは、不気味な魔物の姿へと変貌して行った。

「王を安全な所へ!」

 ゲアンは叫び、鞘から剣を抜いた。

「ゲアン殿、後は頼んだぞ!?」

 兵士の一人が言い、彼らは急いで王を連れてその部屋から出て行く。

「……」

 そして部屋の中はゲアンとその魔物だけになった。

「貴様、何者だ?」

 ゲアンは剣を構え、真っ直ぐにその魔物を見据えた。

「我ハ邪悪ナ人間ノ心ニヨリ コノ世ニ生マレシ者……健全ナ人間ノ エナジーヲ喰ライ成長スル……悪ノ根源ハ人間ナリ……我ヲ倒ソウト 人間ニヨリ何度デモ生ミ出サレ……途方モナイ話ヨ……」

「たとえそうであっても貴様を倒す!」

 ゲアンは揺るぎ無い冷酷な眼差しでそう言った。

 魔物はニタニタと不気味に笑い、ゲアンを誘発しようとする。

「良イ事ヲ教エテヤロウ……コウシテイル間ニモ我ニハ パワーガ集まって来ル……人間共ノ激シイ怒リ憎シミガ 我ノ チカラトナルノダ……」

 それには構わず、ゲアンは呪文を唱え始めた。

「馬鹿ナ奴メ! ソンナコトヲシテモ無駄ダト言ウノニ……!?」

 次の瞬間――ゲアンが放った魔法が、その魔物を直撃した。そして光の幕が魔物を包み込む。

「グハッ! オ オノレ……モウスグデ“実体化”デキタモノヲ!」

「やはりな」

 冷酷にゲアンはそう呟く。

「グギギ……ギ……全ク動揺セントハ……人間ラシクナイ奴メ!」

 光の幕は魔物を押し潰し――光が消えると共に魔物の姿は消滅した。

「……」


 戦いを終えるとゲアンは扉を開けた。

「ゲアン殿!?」

 すると兵士達が集まって来た。

「魔物は倒しました」

 ゲアンが報告すると

「みんな! ゲアン殿が魔物を倒したぞ――っ!」

「おお――っ!」

 それを聞くなり、兵士達は歓声の声をあげた。

「聞いてくれ!」

 その声に歓声は途絶え、皆の視線がゲアンに集中した。

「魔物は倒しましたが、また同じ事が起きる可能性が無いわけではありません」

 喜びから一転して緊迫した空気に変わる。

「それはどういうことだ!?」

 兵士の一人が尋ねた。

魔物あれは人間の邪念が集まって出来たものだった……」

「人間の……邪念?」

 兵士は眉を潜めた。

「そう――そして、その邪念が集まればまた……」

「また現れるというのか!?」

「そういうことになります」

 それを聞き、皆は愕然とした。

「では、どうすればいいんだ!?」

 兵士は苛つくように結論を急ぎ

「邪念を持たないこと……それしかありません」

 ゲアンは静かにそう答えた。




 

「ゲアン、遅かったじゃない〜?」

 ゲアンがマージュのいる部屋に戻ると彼女はすっかり暇を持て余し、待ちくたびれた様子だった。

「お待たせして申し訳ございませんが、すぐに陛下の下へ参りましょう」

 ゲアンの急ぐような口振りにマージュは戸惑った。

「何をそんなに急いでいるの?」

「詳しいことは後ほどお聞きください。さぁ、急ぎましょう!」

「わ、分かったわ…」

 マージュは訳も分からぬままゲアンに連れられ、王の下へ急ぐ。そして王の間は先程の戦いで修理中の為、二人は別室へとやって来た。

「マージュ! 今度こそ本物のマージュであるな!?」

「え? ええ……」

 王の言ったことにマージュは困惑した。

「……」

 王はマージュの影を見て確認する。

「おお〜確かに、確かにマージュだ!? 無事で何よりだった……!」

 王はマージュを強く抱き締め

「……?」

 マージュはきょとんとしていた。






 感動の再会(?)を果たすと、マージュはゲアンの所へ行った。

「私、てっきり怒られるのかと思ってた……」

 マージュが言った。

「まぁ、良かったではないですか」

 ゲアンが微笑む。

「う〜〜ん……」

 マージュはなんだか腑に落ちないという顔をした。

「では、わたくしはこれで失礼致します」

 ゲアンはお辞儀し、その場から去ることにした。

「ゲアン!」

 マージュが呼び止める。

「はい?」

 ゲアンは立ち止まり、振り返った。

「もう、ここへは来ないの?」

 寂しそうにマージュは尋ねた。

「分かりません」

 ゲアンが短くそう答え

「ねぇ……」

 マージュがまた問い掛けた。

「何でしょうか?」

「私も連れてって?」

 マージュはゲアンの側に行き、彼の腕を掴んだ。

「……お願い?」

 潤んだ瞳で長身のゲアンを下から見詰める。

「それはできません。あなたはこの国の大事な……?」

 マージュがゲアンに抱き付く。

「姫、いけません!」

 慌ててゲアンがマージュの身体を自分の身体から遠ざける。

「私のこと……嫌いなの?」

 マージュは哀しい顔をした。

「そうではありませんが……」

 ゲアンは困り果てていたのだが

「それじゃあ好きなのね?」

 マージュはそう解釈し、甘〜い微笑みをした。

「……」

 ゲアンは黙秘した。

「何故黙るの? 本当は嫌いなのね……?」

 マージュは一気に落胆し、ショックのあまり目眩を起こす。

「姫!?」

 ゲアンはその倒れそうになったマージュを素早く支えた。

「姫、お気を確かに!?」

 その呼び掛けに、マージュはパッチリと瞼を開く。

「ゲアン……」

「はい」 

「一つだけお願いがあるの。聞いてくれる?」

わたくしにできることでしたら」

「……」

 マージュは自分の足で立ちゲアンの顔を見詰めた。

「眼鏡を外して?」

「?」

 ゲアンが言われた通り眼鏡を外す。

「外しました」

「貸して?」

 ゲアンはマージュに眼鏡を渡した。

「これは一旦、私が預かっておくわ」

「いつ返して頂けるのでしょうか?」

「私のお願いを聞いてくれたら返すわ」

「……」

「ゲアン」

「はい」

 沈黙が流れる……


 そしてマージュが再び口を開いた。




「私にキスして?」




「……」

 ゲアンは言葉を失った。

「お願い、ゲアン?」

 マージュは瞳を潤ませ、泣きそうな顔でおねだりした。

「本気でそう、おっしゃってますか?」

「本気よ」

 マージュはきっぱりと答えるが

「いくら姫の御要望でも、さすがにそれは……」

 ゲアンは困り果てた。

「そんなに拒絶するなんて……」

 マージュは悲しみに暮れ、今にも泣き出しそうになる。

「“拒絶”しているわけではありません。わたくしはただ、本当に好きな方とされたほうが良いと思ったので」

 するとマージュはすねた顔をした。

「聞いてくれないなら私、あなたに付いてくから!」

「ですから、それは……」

「あなたがお願いを聞いてくれるなら私、これ以上わがままは言わないわ!」

 半ば強引にマージュは言い、ゲアンは考え込み――やがて口を開いた。

「本当ですね?」

 彼はマージュの顔を真っ直ぐに見詰めた。

「ええ」

 とマージュは真面目な顔で答える。

「分かりました。その言葉を信じましょう」

 そう言うとゲアンはマージュに顔を近付け――瞼を閉じた。

「……」

 マージュは寸前まで接近する彼の顔を眺め――瞼を閉じ――ゲアンはマージュの唇にキスをした。

「――……」

 マージュが余韻に浸っている。

「では、わたくしはこれで」

 ゲアンが言うとマージュは、まだぼーっとしていて……ふらつく……

「姫!?」

 慌ててゲアンはマージュの身体を支え、マージュは支えられながら改めてゲアンの青く凛とした瞳の美しさに魅了される。

「姫、大丈夫ですか?」

 心配したゲアンはマージュの顔を覗き込んだ。

「そっ、そんなに顔を近付けないで!?」

 マージュは焦ったようにそう叫び、赤面した。

「申し訳ございません。近付かないと見えないので」

 ゲアンが顔を離す。

「そっ、そうよね……あなた目が悪いんですものね」

 マージュは苦笑いし

「これ返すわ」

 とゲアンに眼鏡を返した。

「では、失礼致します」

「……」

 ゲアンの言葉にマージュは寂しそうな顔をした。

「お元気で」

 ゲアンは踵を返した。

「ゲアン!」

 マージュが呼び止める。ゲアンは振り返った。

 マージュが駆け寄り、ゲアンを抱き締める。

「少しだけこうさせて?」

 マージュはゲアンの胸に頭を付けて寄り添った。




 ――静かに時が流れ、やがてゲアンが優しくマージュの身体を離す。


「もう、行かなくては」




是非、次話も御覧くださいませ

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