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第三十七話:孤島「騎士団員のお相手」

今回はギャグを言わないゲアンが戯れます




「まさか相手が魔物だったとはな……」

「“訓練生”って魔物だったのか」

「だいたい魔物あいつらに留めを刺すなって言ったって向こうは殺す気でかかってくるし……」

 予選を通過した者たちが待機場所でしゃべっていると別室のドアが開き、そこからゲアンが出て来た。

「兄ちゃんも勝ったのか?」

 待機場所に戻ってきたゲアンにその中の一人が声をかけた。

「魔物が相手だったんだろ?」

「ええ」

「で、どんな奴だった? オレのはこんなでっけぇとぐろ巻いた蛇」

「オレの相手は巨大な狼女でした」

「“狼女”!?〜」

 男が「なんだそれ」とゲアンを小突いてゲラゲラ笑う。やがてゲアンの後に呼ばれた者たちも終わって出て来た。

「これで全部か。では次に予選を通過したこのメンバーで準々決勝を行う。くじを引いて同じ色だった者同士で対戦してもらう」

 係の兵士に促され、またくじ引きが行われる。ゲアンがくじを引くと札の先端に“黄”と書いてあった。

「お前はあっちだ」と係に押して移動させられる。ゲアンを含めて四人の参加者はそれぞれ色別に分けられた。

「え〜今ペアになっているのが次の対戦相手だ」

 次に係の兵士はコインを投げた。そして落ちてきたコインをパッと掴んで掌と手の甲の間に隠す。

「表と裏どちらか選べ。当てたほうが先行だ」

「裏!」と青ペアの一人が先に答える。

「ではお前たちは表でいいな?」

 ゲアンとペアの男が同意して頷くと、係がゆっくりと上に被さっていた掌をどけた。

「表だ。では黄色から試合を始める。青は呼ばれるまで待機しろ」

 係の兵士が審判となり、彼の指示に従ってゲアンとペアになった男は互いに礼をした。

「始め!」

 直後闘争心を剥き出しにして勢いよく切り掛かってきたのは相手のほうだった。荒々しい力任せなその一撃をゲアンが剣でしっかりと受け止める。その勢いに乗って男が歯を剥き出しにしてゲアンを見据えながら剣で押してくる。

「オレはカザルと戦うためだけにこの大会に参加したんだ。こんな所でぐずぐずしているヒマはない」

 さっさと片付けてしまおうというわけか。力はそれなりにある。勢いも悪くない。得体の知れない魔物もどき(?)と闘って勝ち残ったのだからそれなりには、といったところか。しかしゲアンの興味の対象は他へと向いていた。ゲアンは相手の剣を押し退けてさっと後ろに飛び退いた。

「そんなに強いのか、カザルとは」

「お前、知らないのか?」

「知らない」

 さらっと返すゲアンを見て

「信じられん!?」と男は度肝を抜いたように目を見張った。

「おい、お前たち。私語を謹め!」

 審判から叱責され、対戦者同士口を噤み相手の顔を見て隙を窺う。のも僅か、相手にその機会を与える前にゲアンの足が床を蹴った。刺突される!?――わかったのはそれだけだった。男の目には鋭い尖端が自分のほうに迫ってきたということだけで、敵が剣をどのタイミングでどう突き出したのかも全く捕らえられなかった。気が付いた時はすでに尖端が自分に迫ってきていた。

「!?」

 その瞬間が男の動きと呼吸を止めた。

 突き刺される――その痛みを覚悟して男は目を瞠った。審判に制止させる機会すら与えなかったのか? 

 刹那を跨ぐ。

「……」

 鼓動は続いていた。フルヘルムの男のである。場面はゲアンが握り締めた剣の先端が男の喉に突き刺さる手前で寸止めされている――そうなっていた。

「オレも戦ってみたくなった」とゲアンは微笑。無邪気なまでに瞳を輝かせ。剣を向けられた男の額から尋常ではない量の汗がどっとが吹きこぼれる。笑みを浮かべている敵の姿を唖然とした目で見詰めたまま動けなくなっていた。

「それまで!」

 ようやく審判の声がかかり、試合はそこで終了した。審判の判定でゲアンが勝者に決定し、相手の男が悔し涙を浮かべて退場していく。その後青ペアの試合が行われ、そちらも勝者が決定した。

「ええ〜では準決勝を行う」

 それからゲアンと青勝者の対戦が始まった。







「ぞろぞろと帰って行くなぁ」

 ピカピカに磨き上げられた鎧を身に纏った中肉中背の男が、回廊を渡ってくる鎧姿の男たちの姿を反対側の通路から眺めながら言った。その横で同じくそれを眺めている二人の男性。一人は長身で黒に銀を混ぜたような光沢のある燻し銀色の鎧姿。もう一人は銀一色の鎧姿の中年男性である。

「少しは骨のある奴が残っているといいが……」

 長身の男が髭を生やした顎に手を当てながら、冷めた微笑を目に湛えて呟いた。

「そもそも残っている奴がいるかどうか……」

 年配の男が皮肉で綴った。

 たちまち中肉中背の男の顔が歪んでくしゃくしゃになる。

「せっかく剣を磨いて手入れしたのに、誰もいなかったらショックだなぁ……」

「はっはっはっ、いるといいな? ヴァーニー」

 自分より小柄な若者の肩を慰めるように叩く年配の男。と涼しげな目元を細めて微笑する長身の若者。それは同情ではなく、明らかに面白がっているだけの二人であった。彼ら三人はそれから試合の様子を見に闘技場へと向かった。







「何っ、たったの二人?」

 闘技場に来てヴァーニーは拍子抜けしたように口をあんぐり開けた。そこには戦っている二人の戦士と審判の姿しかなかったのである。するとともに見物にやって来た長身の男があるものに目を止めた。

「ほぉ、まだ残っていたか」と腕組みしながら感心する。

「あいつ、ハーフヘルムじゃないか!?」

 同じく会場に足を踏み入れた年配の男は驚きに目を瞠った。戦士の一方が頭部だけを覆った兜を被り、顔面が無防備に晒された状態で戦っていたのだ。しかしそんなことはおかまいなしで切り掛かって来る相手との激しい剣の打ち合いが続く。

「あいつ、いつまで耐えられるかな」

 長身の男は顎髭に手を当てて、面白がるようにそう言った。それはどちらに対して言ったのか――

 次の瞬間、剣が弾き飛ばされて宙を舞った。床に落下して金属音を鳴らす。手の中が空になったのはフルヘルムのほうだった。彼は急いで剣を拾いに向かう。ハーフヘルムの男は黙ってそれを見ている。そこに剣を拾って戻ってきたフルヘルムの男が構えたその瞬間――

 虚空に一筋の亀裂が入った。

「……っ!?」

 ハーフヘルムの男が横一直線に剣を閃かせ、フルヘルムの男の首を切り落とす――かと思われたが刃は首に触れる寸前で止まった。フルヘルムの男は叫ぶ形に口を開けた驚愕の形相で固まる。どっと吹き出した汗が滝のように顔面を滴り落ちる。瞠った双眸が自分に向けられた刃を捕らえたまま動かない。剣を握り締めた手がカタカタと震える。

「終わりだぞ?」

 敵の声を意識の彼方に聴き、間もなくフルヘルムの男は床に卒倒した。

「それまで!」

 審判の声がかかり試合終了。

「おい、大丈夫か?」

 ハーフヘルムの男が倒れた男に声をかける。

「起きろ!」

 審判もそう呼びかけ、ぺちぺちと頬を叩くが反応はない。

「気絶している」

「仕方ない、運ぶのを手伝ってくれ」

 二人で担いでフルヘルムの男を端のほうに寝かせてやる。

「ほうっておけばそのうち目を覚ますだろう」

 言うと係の兵士はくじ引き箱を取りに行った。そして一人になったハーフヘルムの男のもとへ

「見せてもらったぞ!」

 嬉々として瞳を輝かせながらヴァーニーが近付いて来た。

「お前、なかなかやるじゃないか。今度はオレと勝負しないか!?」と自ら試合を申し込む。彼はハーフヘルムの男にすっかり興味津々のようだった。

「一旦休憩だ。決勝は3時にここで行う。それまで休んでおけ」

 係の兵士はハーフヘルムの男にそう伝えると、くじ引き箱を持って会場から出て行った。ハーフヘルムの男が兜を脱ぎ、その素顔をさらけ出す。彼は鉄の覆いから解放されて一息着くと、眼鏡の位置を直してレンズ越しに話しかけてきた相手を見た。美しい切れ長の青い瞳がヴァーニーを捕らえる。

「ほぉーこりゃまた随分と男前だなぁ!?」

 たちまちヴァーニーが歓声を上げた。予想外の美貌の主はゲアンである。連れの二人も近くまでやって来た。そこに見覚えのある顔が。

「ヴァーニー(そいつ)はやめておけ」

 と言ったのは長身の男。先程ゲアンに目を付けて、威圧的に近付いてきた相手であった。ヴァーニーを尻目に作った笑顔が嘲いのように冷たい。ヴァーニーが振り向きざまに彼を睨みつける。

「カザル!?」

 それには構わずゲアンに向けてカザルが言う。

「見たところお前の実力はヴァーニー(そいつ)より上だ」

 ヴァーニーは眉を吊り上げて憤慨した。

「何だとぉ、見ただけで何がわかる!?」

「ふっ……わかるさ、それぐらい」

 すっかり見下されたヴァーニーはますます向きになり

「オレとやれっ!?」と目を血走らせてゲアンに命令した。

「よせ、ヴァーニー。そいつはお前を選ばない」

「なんだと……ッッ!?」

 カザルは自信たっぷりな表情で

「勿論、このオレを選ぶよな?」

 と不適な笑み浮かべてゲアンに促した。

「どうしようかな」

 ゲアンが迷う素振りをみせる。ヴァーニーとカザルを交互に見比べて唸り。しかし微かに笑っていると

「んっんんーーっつ! オレがいることも忘れるなよ?」

 と後ろで咳ばらいする者が。ヴァーニーのもう一人の連れだった。

「誰にするんだ。早く決めろ!」

 ヴァーニーが急かす。

 三人の視線がゲアンに集中した。オレを選べよオレを選べよ? と訴えかけてくるヴァーニーの必死な視線――選ばれるのはオレだ、と余裕のていで構えているカザルのクールな眼差し――機嫌を損ねたままの仏頂面で見てくる年配の男、モルブの憎しみのこもった暗い視線。ゲアンの周りを邪悪な気が包み込む。しかし既に誰にするか決めていたゲアンは

「では、この中で一番“弱い人”」

 そう言った。

「何故ヴァーニーなんだ!?」

「そうだ!」

「……」

 ヴァーニーだけがキョトンとしている。

 ゲアンは改めて切り出した。

「では、この中で一番“強い人”」

 すると

「それならオレだ」

「いや違う。このオレだ!」とカザルとモルブが張り合う。

「二人で決めてください」

「なんだそれは!?」

「お前が決めろ!」

 カザルとモルブがまた抗議した。ゲアンが言いよどんでいるとカザルが横に来てそっと囁いた。

「モルブが団長だからと気を使う必要はない。オレにしておけ」

 それを見たモルブが二人に不審の眼差しを向ける。

「おい、何をこそこそやっている?」

 カザルは顎を上げ、昂然と相手を見下ろすような眼差しで返した。

「彼があなたに気を使うあまり本音が言えないようなので、正直に言えと言っただけですよ。“モルブ団長”」

 と厭味たっぷりに役職名かたがきで呼ぶ。涼しげながら微笑が勝ち誇って見える。生意気な!……

「おい、お前。正直に言え!」

 すかさずモルブが急き立てると

「では」とゲアンは開口し

「あなたで」と掌をカザルに向けた。モルブが愕然とした表情で言葉を失う。一方カザルはそれが当然の結果であるかのように涼しげな目を僅かに細め

「そうか」としたり顔で微笑した。




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