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第三十六話:孤島「訓練生」

 大会の集合時間が近付く頃。参加者達が続々と城の前に集まって来た。ゲアンは仲間たちと合流し、ともに開いた門を潜ろうとした。

「申し訳ないが参加者以外は中に入れないことになっている」

「え〜マジすか!?」

 落胆の声を上げたのはアーク。門の前に来て通行を許可されず立ち止まって悪態を吐く。

「仕方ないな」とバド。

「済まない。オレが確認しておけば……」

「気にするな」

 申し訳なさそうな顔をするゲアンを元気づけるようにバドは笑いかけ

「がんばれよ。あまり無理しないようにな」と彼の背中を叩いて鼓舞した。アークやレミアも頑張ってと声援を送る。

「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

 ゲアンは仲間たちと別れて参加者たちの列に加わった。全員が城の門をくぐり終えると門の前にいた兵士らによって門が閉められた。担当兵士に引率され、参加者たちの行列が降りた跳ね橋を渡って城に入って行く。





 参加者たちは控え室に通された。

「そこにある兜と防具を装備しろ」

 傍らの台に鎧などの具足がずらりとかけてあった。それを見てゲアンが兵士に申し出る。

「あの」

「何だ?」

「これでは眼鏡をかけたまま被れないので、顔面が塞がれていない物に取り替えたいのですが」

 かかっているのはどれも皆、頭部から顎にかけてすっぽり覆われた樽型の兜だった。目と口の部分はスリットになっており、何カ所か空気穴が開いている。

「しょうがないなぁ」

 兵士は面倒そうに頭をかいた。

「じゃあ今コンタクトを持ってきてやるから待ってろ!」

 そう言って部屋から出て行く。他の参加者たちは着替えを始めた。

「兄ちゃん、目が悪いのか? 大変だな」

 向かい側にいた男性が声をかけてきた。ゲアンは「そうですね」と淡泊に返す。男性は鎧下に着替えながら、興味深そうにゲアンの青い目を見詰めた。

「珍しい目の色をしているな?」

「そうですか?」

「この国はみんな目が茶色だからな。それに兄ちゃんみたいな“ベッピンさん”はこんな大会には出ない方がいいぜ。この大会に出る奴はみんな野蛮な連中ばかりだからな」

 黒縁眼鏡の奥の青い瞳を細めて軽く目笑するゲアン。とそこに先程の兵士が戻ってきた。

「おい、お前これを使え」とコンタクトの入った箱を差し出した。ゲアンがそれを受け取る。

「使い方はわかるな? あっちの鏡を見て付けてこい」

 兵士は鏡がかかっている部屋の一角を指差した。ゲアンが言われた通りそこへ行き、鏡を見ながらコンタクトを装着する。そして戻ってくるが

「痛い……」

 今まで付けたことがない上にハードタイプだったので、我慢して付けてはみたものの耐え切れずそう漏らすゲアン。ギンギンに開いた目からボロボロと涙を零す姿が実に痛々しい。それでも兵士が「我慢しろ」と冷たく言うと

「それで試合に出るのはかわいそうだぞ」と先程の男性が意見した。

「困ったなぁ……」

 兵士が頭を抱える。

「ハーフヘルムの兜はないのでしょうか?」

 ゲアンが尋ねた。

「ハーフヘルム? まぁ、あるけどなぁ……う〜ん、わがままな奴だなぁ。わかった、じゃあ待ってろ!」

 言って兵士は大急ぎで部屋を出ていき、すぐ別の兜を持って戻って来た。礼を言ってゲアンがそれを受け取る。それからゲアンも含め参加者全員が着替えを終えると、彼らは兵士にまた別の場所に案内された。そこで係りの兵士の指示に従って並び順にくじを引いた。

「番号札1から20番以下の者はあっちで待機しろ」

 係の兵士がそう伝えた。ゲアンが引いたのは68番のくじだった。彼は待機場所へと移動する。すると周りがなにやらざわつき始めた

「カザルだ!」

「おお、あれがカザルか!?」

 参加者とは明らかに違う立派な鎧を身に纏った長身の男がこちらに向かって歩いて来た。兜を頭に被らずに小脇に抱えている。

「こっちへ来るぞ!」

「おい、マジかよ!?」

 参加者たちが興奮して口々に叫ぶ。カザルと呼ばれた男は均整の取れた長身で、褐色の髪を分け目を付けて後ろに撫で付けたオールバックのような髪型をしていた。顎に短い髭を蓄え、そのせいか風格がありゲアンよりも一回りほど歳が上に見える。着用している黒と銀を混ぜたような光沢を放つ鎧が、彼の持つその雰囲気と見事に調和していた。

「その兜で試合に出るのか?」

 彼はゲアンの前で立ち止まった。側で見てみると深い皺もなくまだ若いようだ。凛とした直線的な眉に髪と同系色の瞳。全体の創りは優美と言っても良かったが、上辺だけが美しい優男のそれではなく、一糸乱れぬ佇まいと周りを圧倒させる気迫を漂わす孤高の美貌であった。彼はゲアンよりも僅かに高い視線からゲアンが被っている兜を興味深げに見入る。ゲアンが「はい」と答えると彼はふっと鼻で笑った。一人納得したように「そうか」と頷く――と一変して眼光が氷塊と化し、視線の刃でゲアンを射た。口の端には挑戦的な微笑が浮かぶ。ゲアンはそれに狼狽えることもなくまっすぐにその視線と対峙した。それを見ていた周りの者たちの方が狼狽してしまう。

「ハーフヘルムで試合に出ようとは大した自信だな?」

 蔑むような笑みを浮かべてカザルは言った。明らかにそれは挑発であったが

「いいえ、フルヘルムの兜では眼鏡をかけたまま被れなかったので仕方なく」

 淡泊にゲアンはそう言った。その答えに意表を突かれたように口を開けたまま表情が固まるカザル。彼の端正な顔に亀裂が生じたかのように思われた。しかし彼はそのクールな表情を維持したまま沈黙した。張り詰めた空気が辺りを包む。

 次の瞬間。

 カザルの手がゲアンに伸びた。その手がゲアンの顎を掴んでぐいっと自分のほうに引き寄せる。

「せいぜい気をつけるんだな。甘く見ているとその綺麗な顔に傷が付くぞ?」

 クールにそう言い捨てると彼は去って行った。いなくなった途端一斉にざわめきが起こる。

「なんだ今のは」

「コントか?」

「クールなカザルが“天然”に見えた」

「“哀れ”だな……」

 近衛騎士団の中でもっとも巧みな剣術の使い手とされる誉れ高き騎士――そのイメージが脆くも崩れ去ってしまった出来事であった。







 同じ頃バドとレミアは露台に設けた小さな料理屋でくつろいでいた。

「こうしていると初めてバドとデートした時のことを思い出すわ」

 向かい側に座っているバドのことを見詰めながら嬉しそうにレミアが言った。バドは「そうだな」と微笑してからコーヒーを飲む。

 幸せ……。レミアの心はまったりとした幸福感で充たされていった。久しぶりのデートである。同じ屋根の下で暮らしている彼らではあったが、魔物ハンターを業としているバドは遠出や外泊が多く、二人が毎日のように顔を合わせることはなかった。会えたとしても他の仲間がいたりする。バドもレミアも周りに気を使うので、仲間の前ではベタベタしなかった。となるとデートするしかないのだが、それも滅多にできない。それでもレミアは幸せだった。二人でいられる時があまりないからこそ、今のこの時間が幸せに感じられるのだ。そう思い。今までいろいろなことがあった。バドが体調を崩して――それもかなり重度な症状だったことも忘れてはいなかった。だがこうして彼といるとその時間だけは心が幸福の色に塗り潰されてしまう。溜め息が出るほど魅力的な彼。彼が自分を選んだことが奇跡のようだった。母親のもとで暮らしていた頃の自分にはまさかこんな未来が待っているなど夢にも思わなかった。あの頃は何度も死にたいと思った。それが今は彼と出逢えたことで、生きていてよかったと心から思える。

「どうした? さっきからニヤニヤして」

 クスッと笑ってバドが言った。

「なんでもないわ」とレミアは惚けるように口を閉じて首を振った。幸せが口の端から零れて小動物のような形になる。その愛くるしさに笑いのツボを刺激され、バドは思わず吹き出した。顔をくしゃくしゃにして笑うバドって可愛い。とレミアは思った。こうして彼を目の前で見ているとその時間だけは悪いことも忘れられる。頬杖を突きながら彼を見詰めて幸福なひと時を過ごしていると

「おっ、そのバッジは!?」

 誰かの喚声が聞こえて二人が振り向くと、だいぶ汚れた旅装の中年男性が近付いてきた。胸もとのポケットに、これまたくすんで艶がなくなった金属のバッジを付けていた。

「兄ちゃん魔物ハンターか?」

 バドに好意的な笑顔を向けて彼は言った。誰だ? 少し訝りながらバドが答える。

「ええ、そうですが」

「やっぱそうか、実はオレも魔物ハンターなんだ」と歯を見せて大きく笑う男性。悪い人間のようには見えないが……。すると彼は「ちょっと耳を貸しな」と声を潜めてバドを手招きした。

「教えてやるけどな、ここではハンターらしい仕事はできないぜ」

「何故ですか?」

 バドが問うと男性は耳打ちをやめて普通に話し始めた。

「ここでは魔物を殺すと“これ”だからなぁ」と両手を揃えて手錠をかけられた真似をする。

「笑えるだろ?」となんだか楽しそうに笑声を漏らす。

「魔物を殺さないでどうするんですか?」

「魔物研究所に運ぶんだ」

「“魔物研究所”?」

 怪しい単語が飛び出した。ああ、と言って男性がニヤリとする。

「魔物を使っていろいろ実験する所だ。この国の王が軍事力を強化するためにそこへ魔物を集めて研究させている」

「それはいただけない趣味だな」とバドは苦笑した。

「だろ? だからよ、ここでハンターの仕事と言ったら生け捕りにした魔物をそこへ届けることぐらいだ。金はいいがな、オレの性には合わないんで今からここを出る所だ」

「そうでしたか」

「じゃ、そういうことだからオレは行くけどよ。どっかでまた会ったら声でもかけてくれよな」

 男性は陽気に笑うとひらひらと手を振りながら去って行った。







「では次61〜73番の者」

 係の兵士が言って、ゲアンはようやく順番待ちから解放された。待機場所から出て兵士のもとへ向かう。

「え〜まずは簡単なルールを説明する。当大会はトーナメント形式で……」

 以下受付で聞いたことと同じ説明が続く。

「殺生及び留めを刺すことは禁止。守らなかった場合は反則と見なし賞金は受け取れない。決勝戦では我が軍が誇る最強騎士団団長モルブ、ヴァーニー、カザルのいずれかと対戦してもらう。以上で説明を終える」

 集まった次の試合に出る者たちが声を潜めてしゃべり出す。

「“いずれかと”って自分で選べるのか?」

「オレはヴァーニーがいいなぁ。実はたいしたことないらしいし」

「モルブ団長はそろそろ歳だしイケる気がする」

「間違ってもカザルとはやりたくねぇな」「61番」

 呼ばれた者が別の兵士に案内されて別室に入る。

「68番」

 ゲアンも呼ばれ、同じように別室へ案内された。兵士が扉を開け、ランブを片手に階段を降りて行く。中は真っ暗でランプの明かりに浮かび上がるのは打ちっぱなしの壁だけだった。闘技場は地下にあるのか訊いてみると兵士は「来ればわかる」とだけしか答えようとしなかった。長い階段を降りるとランプを持った兵士が待機しており、その兵士に案内役が入れ替わる。そして「こっちだ」と案内された先には、大きな檻が置かれていた。その中に光る怪しい二つの点。何かいるようだが暗くてそれ以外は見えなかった。部屋の四隅だけが壁に設置した松明の灯でほの明るい。

「次はお前だ、デイジー。対戦相手が来たぞ」

 兵士は檻の南京錠を外すと、素早く下がって部屋の角へ行き、壁に付いたレバーを下げた。すると彼の前に鉄格子が一枚、二枚と下りてきてそこから空間が遮断される。さらに彼はその横にあるハンドルをぐるぐる回し始めた。すると天井が割れてその中央に丸い形の天窓が現れ、そこから地上の光が差し込んだ。目が眩まぬよう咄嗟にゲアンは目を細めた。同時に手は剣の柄にかけて少し後退し、怪しげな檻から距離を置く。

「さぁ、起きる時間だ」

 言うと兵士は笛を鳴らした。それが合図のように檻の蓋を押し開ける金属が軋む音がして、中から巨大な化け物がぬっと現れた。“それ”は窺うように獲物ゲアンを見据えて、唸りながら威嚇した。天井から漏れる光の輪の中に入り、その全貌が映し出される。

「では試合始め!」

 兵士の声を合図に対戦が始まった。




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